偽りオメガの虚構世界

黄金 

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40 呑気な子供達

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 パチパチと瞬きをする。
 白いマス目の天井には見覚えがあった。
 
「気がついた?」

 ヒョコッと薄茶色の瞳が覗き込んだ。
 鳳蝶の瞳が潤んでいる。

「鳳蝶……?」

「おう、よーやく目を覚ましたな。」

 キョロキョロと目を動かすと、窓側の隣にはもう一つベットがあって、識月君が寝ていた。
 その向こう側にある窓はカーテンが閉められているが、窓の形に薄く光って透けているので明け方なのかもしれない。

 身体を起こそうとするのを鳳蝶が手伝ってくれた。

「どのくらい寝てたの?」

「うーん、だいたい二十一時間か二十二時間か?一応覚醒反応があるから目を覚ませば仁彩は大丈夫って言ってた。従兄弟どのの方が長く入ってたから目が覚めたらコールで呼ぶように言われてるから。」

 そんなに寝てたんだ?
 ベットの脇には長椅子が置かれ、毛布が一枚落ちていた。

「ごめんね。ずっとついててくれたんだ?」

 鳳蝶が当たり前だろーとエヘヘと笑った。
 鳳蝶にお礼を言って、帰って休んで欲しいと伝える。目の下に疲れが見えた。
 識月君もそのうち目を覚ます筈だからと聞いて、自分がついていると何とか納得させた。

「鳳蝶、ありがとう。今度お礼するよ!」

「ん、じゃあ帰って寝るわ。伯父さん達は仁彩のお父さんの方行ってるからそのうち来ると思う。」

 分かったと言って手を振った。
 まだ早いのか病院の中はシンとしていて、鳳蝶が出る時に見えた廊下の明かりは落とされていた。

 モゾモゾと這いずり出し、識月君のベットに腰掛ける。
 いつ起きるだろう?
 起きたらなんて言おう。
 識月君は何を喋るだろう?
 
「ん~。考えても分かんないな。現実ではあんまり喋った事ないしなぁ~。」

 足をブラブラとさせながら、識月君が目覚めるのを待った。







 妙な息苦しさを感じる。
 ジッと誰かに見られている感覚。
 たまに母親が識月の部屋に入って見下ろしている事があった。よく分からないが寝付けずに識月の所へ来ていたので、部屋に戻して寝かしつけていたのを思い出す。

 母親か?とも思ったが、直ぐに違うなと感じた。母親の粘つく様な強い視線ではなく、もっと柔らかい優しい視線だったからだ。
 識月の頭を撫でて髪を梳かしている。
 親からはされた事のない触れ合いに、目を開けるのが勿体無くて瞑り続ける。

「識月君、いつ目を開けるのかなぁ。」

 仁彩の声に慌ててパッと目を開けると、真上から覗き込んでいた仁彩の真っ黒な猫目とぶつかった。

「…………わっ!」

「……………っ!」

 二人で固まる。
 非常に気まずくなり目を逸らしてしまう。
 こうやってちゃんと見ないからジンが仁彩だと気付かなかったのだ。
 だから見ないとと思うのだが、自分の今までの態度を考えると、やはり気まずい。

「………………………ふふ。」

 仁彩の黒目がふにゃりと笑った。
 とても機嫌良く楽しそうに笑う。

「……………なに?」

 ジンに対してはかなり甘えていた自覚があるので喋りにくい。
 仁彩は喋りにくいと思わないのだろうか?

「ふふ、ふふふふふ。識月君、識月君。」

 何が面白いのかクスクスと見下ろしたまま笑う仁彩を、識月は怪訝な顔で見上げた。

「約束覚えてるよ。僕成績悪いけど、人との約束はちゃんと守る様にって父さんから言われてるんだ。」

 とても子供っぽい仁彩に、これがジンかとしみじみと思いながら、見た目は重要なんだなと、あの大人っぽさは単なる喋り下手なだけだったんだなと思い返す。
 普段通り喋ったらバレると思って口数が少なかったのだろう。

「約束?」

 仁彩がコクコクと頷く。
 約束…、何かしたか?
 リアルではない。ならジンと?サブ垢を泉流歌に盗まれる前?

 ………………!
 ハッと気付き識月の顔がやや赤くなる。
 ジンのリアルを言い当てたら識月のものになる、と一方的に言ったやつだ。
 何となくジンと仁彩が似ていると感じて、同一人物である筈ないと思いながらも、どこかそうかもしれないと期待しながら無理矢理約束した内容を言っている。
 自分がジンを仁彩と当てたらの話だ。
 約束は不履行。

「俺は、言い当ててない。」

 教えられただけだ。

「でも僕が教えたのはあのジンは偽物だよって言っただけなんだよ。」

「え?」

 そうだったか?
 学校で呼び出された時、仁彩の友達から顔を見て何も思わないのかと言われた。その前に言ったのは確かにジンは偽物だと言われただけ。……だったか?
 言葉に出してはいない。
 でも、言ったも同然だろう???
 怪訝な顔のまま見上げていると、モジモジとしながら左手を顔に添えた。いつもの癖だと気付く。火傷の痕を隠しているのだ。
 髪で火傷痕を隠して俯く癖。
 
「……………………言っていいのか?」

 パッと仁彩が顔を上げた。
 少し赤い顔でチラリと視線を合わせてくる。人の上に乗り上げている自覚は無さそうだ。

「………………仁彩が、ジン?」

 仁彩の顔がキラキラと輝く。

「うんっ!うん!そうだよ!あ、でも識月君はジンが僕だとダメなのかな……?」

 また火傷がある左側の髪を抑えながら俯いた。いつも識月の前では仁彩は俯いてしまう。
 火傷は仁彩の所為じゃないのに、どうして責めないのか。
 熱湯を被せたのは俺の母親だ。
 火傷を負わなければ仁彩はどんな高校生活を送ったのだろうか。
 今の様に俯く事なく、可愛く笑顔を振り撒いたのか。
 そう考えるとムカムカしてくる。

「ダメじゃない。火傷、触っていい?」

 触りたいと思っていた。
 必死に隠す手を退かせて、歪な耳を触って口付けて、舐めていたい………。
 そこまで考えて、ハタと自分の思考が歪んでいるのかと現実に戻る。

「ぇ…、火傷のとこ?」

 そこまでの拒絶を感じないので、押せば頷きそうだと思い、抑えたままの左手の上に自分の手のひらを乗せる。

「うん、触ってみたい。」

 じゃあ………、と手が外れる。
 仁彩は素直で押しに弱い。
 仁彩の小さい頭を引き寄せる。後頭部を掴んで固定して、腰も抱いて引き寄せると、ポスンと識月の上に倒れ込んだ。

「ゎぷっ!」

 仁彩の火傷の上に口を寄せる。
 ペロリと舐めるとビクリと身体が震えた。
 唇を這わせて左耳まで辿り着くと、カサカサになっている耳朶を口に含む。
 
「し、し、し、識月君…、それ、触って、るんじゃ……ないよ?」

 仁彩は恥ずかしげに身じろぎしながらプルプルと震えている。
 ベロリと全体的に舐め上げ、少し歪になった耳を齧り、耳の穴に舌を入れて舐め回す。 

「…………ぁ、…やぁ……音、が………。」

 縮こまる仁彩が横に逃げようとするので追いかけて上と下に入れ替わり、耳をジュウと吸い上げると、ビクンと身体が跳ねた。
 フワリと香る甘い匂いにうっとりとなる。
 仁彩のピアスから小さくカチリと音が鳴り、フェロモンの緊急抑制剤が投与された。
 そして自分のピアスからも音が鳴り、アルファのフェロモンが出ていたのだと気付く。

「仁彩、いい匂いがした。」

「う、うん。識月君からもすっごくいい匂いがしたよ。」

 仁彩が赤い顔をして目を潤ませている。
 お互い発情しそうになったのだ。
 匂いがしなくてもアルファを誘うオメガの色香。
 仁彩の黒髪を掻き分け歪な耳をクニクニと触る。

「仁彩は被害者だから俺達を責めていいし、もっと強く出ていいんだ。何でそんなに何でも許すんだ?」
 
「…え?ううーん、分かんない。でも喧嘩するより仲良くしたほうがいいし…。伯父さんと父さんのこと詳しくは知らないけど、きっと僕達親子の所為で識月君達家族が仲悪くなったかもしれないし………。」

 そんな事を考えてたのか………。
 大人しすぎるだろう。

「雫叔父さんがいなくても、あの二人は仲良くはならない。だから気にしなくていい。」

 そういう訳にはいかないよと仁彩は気にするが、本当に関係ないと思っている。母はともかく父の執着の所為であって、仁彩達親子の所為ではない。

「今度からは仲良くしたい。リアルでも一緒にいたい。ゲームもまたやろう?」

 仁彩はニコニコとうんうんと頷いている。
 嫌われてなくて良かった。
 正直大人しすぎるとは思うが、そのお陰で仲良くなれるのだ。
 今は感謝しかない。
 これからは学校でも常に側にいて守れるようにしよう。
 そしたら苛々せずに済む。
 八月に行った陣取りゲームで、仁彩が本陣を守る姿を体育館で見ていた人間はかなりいた。識月にそれを聞いてくる人間もチラホラといたのだ。
 仁彩は騒がれるのが嫌いだから直接聞くなと圧をかけたが、気が気でなかった。
 これからは近くにいて、見張っていればいい。

「はっ!そぉだ!識月君、僕のサブ垢とラブホ行ったの!?……や、やっちゃた…?」

 恐る恐る仁彩が問い掛けてくる。
 見られてた…?いや、やましい事はしてない!

「誘われたけど、やってない。時間まで添い寝しただけだ。」

 何度か宿には誘われて、嬉しいはずのにその気にならなかったのだ。今思えば中身がジンでは無いと無意識に拒否していたのだろうか……。
 しかし、入ったのは事実だし、入った時を見られていたから聞かれたのだろう。信じてくれるだろうか?

「なぁ~んだ!良かったぁ~。」

 信じた!
 信頼されているのだろうか…?それとも仁彩の性格か?

「仁彩には俺が用意出来る最高級の部屋を用意するから。」

「え??」

 絶対に仁彩の発情期に合わせて部屋を確保する!

「わぁ、楽しみ~!」

 よく分かっていなさそうな顔で、ニコニコと猫目が笑う。
 仁彩の朗らかな笑顔は、『another  stairs』の中のジンの笑顔よりもずっと優しく識月を迎え入れてくれていた。







 仁彩と識月の目覚めを待つ間に、先にやるべき事を終わらせる為、皓月は病院の最上階に向かった。
 最上階はラウンジになっており、机や椅子が休憩できるように配置されている。
 パーテーションの代わりに観葉植物や絵画にも見える壁が置かれているが、全てが架空の映像で出来ている。
 自動でカフェや食事も出来るので昼間は利用者も多いが、今はもうじき朝日が昇る頃。誰もおらずシンと静まり返っていた。

 奥の窓側に進み、壁そっくりの映像の奥にいる少年へ話し掛けた。

「お陰で上手く行った。礼を言おう。」

 窓の外を眺めていた少年は振り返り、大きな潤んだ目をにこりと細めた。
 浅木楓は皓月がそろそろ話しかけてくるだろうと待っていた。

「いいえ、滅相も有りません。」
 
「たが、識月を攫うにしても、頭のおかしいオメガを使うのは困る。」

 楓は軽く顔を歪め、笑みを浮かべる。昼間のどこか軽い少年の顔とは違う、妙に大人びた顔をしている。

「では、シナリオもそちらでご用意願いたかったですね。こちらも八尋のコピーが一つ壊されたんですよ?八尋はあらゆる内容を同時処理しているので僕の方では動きが掴めないんです。状況を読みながら上手い具合に進めるのには骨が折れました。」
 
 何も知らないふりをして演技するのは得意ですが、と楓は態とらしく困った顔をした。

「損害分も含めて口座に振り込もう。」

 楓はそれを聞いて、ならいいですと益々笑みを深めるが、どうやっても作り物である。

「コチラもまさか攫った後に別人格を乗せるとは思っていませんでしたので、その分は差し引かせて頂きますね。欲をかいた下っ端が小銭稼ぎしたようで……。泉親子の処分もこちらで請け負いますのでご安心を。」

「泉親子はそちらに任せよう。」

 人の処分は表に生きる以上なるべく手は汚さない方が良い。その為のフリフィアだ。

「アイドルのグランプリなんて粗末な賞ですが、負けるのは本意ではありません。個人的な感情もあるのでお任せて下さいね。」

 和かに楓は微笑んでいる。
 さて、壊されるのは身体か心か。

「そこまでして、あの男性を目覚めさせたかったのですか?仁彩の父親ですよね?」

 皓月もまた薄っすらと笑い表情を読ませない微笑みを浮かべる。
 仁彩のサブ垢が盗まれたと騒いだ時、フリフィアが関わっていると知って思い付いた。
 ずっと眠る男を目覚めさせるチャンスではないかと。可愛い我が子が会いに来て目覚めたのだから、困って嘆く愛息子の為に動くのではないかと。
 そして、引き摺り出す。

「そうだ。目覚めてくれなければ身体がこれ以上は持たなそうだった。」

 元夫に雫は合わせられない。
 合わせても傷口を抉るだけになる可能性が高かった。
 だから仁彩を合わせてみた。
 幼くて可愛いくて素直な仁彩を。
 案の定、眠って揺蕩っていた意識が覚醒し出した。
 だから一か八か目覚めさせてみることにした。
 史人は保険だったが、いい働きをした。

「ふうん、それだけでは無さそうですが?………ま、こちらは依頼内容通り完遂しましたので失礼します。またの御利用お待ちしております。」

 出口に向かって楓は歩き出す。
 あっ、と何かを思いついた顔をして振り返った。

「これ、まるで子犬が戯れる様に可愛いですね。」

 ピッと立てた人差し指の上にスクリーンが開く。
 一つの映像がそこにはあった。
 ベットが二つ並ぶ病室の中。
 窓側の一つのベットに並んで眠る仁彩と識月。寄り添う二人は一度起きたのか、穏やかな顔をして眠っていた。
 
「ふう、私は子育てにはむかないな。」

 識月の能力は高いが、環境が整いすぎて平和ボケ感が強い。
 母を捨てろと暗に言うのは、何も雲井家存続の為だけでは無い。母方の家は残しても膿にしかならない。私欲は程々がいい。
 識月はどこか優し過ぎて母方の一族は重しにしかならない。
 識月が将来受け取る財産には人の命が掛かり過ぎている。
 仁彩は雫が過保護に育てすぎているし、まだまだこの二人には管理監督の必要性を感じた。

「僕の親よりは十分良い親だと思いますけどね?ま、お爺様に消されてもういませんけど。」

 今度こそ楓は廊下に出て行った。
 フリフィアの管理人、浅木家は実質楓が動かしている。若いからこその豪胆さが楓にはある。オメガだからこその慎重さも持ち合わせている。

「フリフィアの後継は優秀だな。」

 呑気な子供達を起こしに行くか………。
 皓月もまた階下に向かって歩き出した。





















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