偽りオメガの虚構世界

黄金 

文字の大きさ
上 下
38 / 79

38 仁彩のお父さん

しおりを挟む

 翌朝の土曜日。
 鳳蝶と楓君には夜のうちに連絡を取り、病院へ向かう事を伝えていた。
 朝早くから病院に着いたら、二人共もう面会用の入り口で待機していた。

「おはよう。」

「はよ~。」

 いつも学校でやっている挨拶を、病院でやるのは何か新鮮だ。
 
 皓月伯父さんを先頭に、僕、麻津君、鳳蝶、楓君とついて行く。
 伯父さんが来た事で病院関係者の人達が集まって来た。スーツを来た人達も大量にやって来て、伯父さんに話かけて行くたびに指示を出されては消えて行く。
 病室はいつもの場所ではなく、広い豪華な部屋にお父さんは移されていた。
 広々とした部屋にベットが一つ。その両隣に簡易ベットがそれぞれ一つずつ置かれていた。
 痩せこけ点滴を打たれるお父さんは、いつもの様に静かに寝ていた。

「お父さん、今日も来たよ。」

 僕はいつも通り声を掛ける。寝ていても挨拶は欠かさずやっていた。

「この人が仁彩のお父さん?」

「へえー綺麗な人だね。」

「似てると言えば似てる?仁彩君の雫さんに綺麗系を足した感じはこの人からきてるのか。」

 鳳蝶、楓君、麻津君の順で感想を言い合っている。

「さて、仁彩にはいつも通り彼の仮想空間に入ってもらう。付き添いとして一人ついて欲しい。仁彩の護衛と、もしもの時の為の強制帰還をやってもらいたい。フリフィアはフィブシステムとは別システムで動いている。そこの深層空間となれば簡単には帰れない。だから帰る為の強制コマンドを決めておく。」

「じゃあ、オレが!」

 鳳蝶が直ぐに手を上げた。
 
「本当は仁彩が最も信頼する者が付き添うのか良いと思うが、私は彼の中には入れないし、鳳蝶君はご両親の許可が降りないと入れない。流石に危ないからね。浅木君も君のお爺様が許可されないだろう。」

「はあ、本当は是非入ってみたいのですが。」

 鳳蝶と楓君が諦めた様に溜息をついた。

「と、いう事は?」

「と、いう事でお前が行くんだ。」

 と、麻津君は言われると、はいーぜひーと何とも言えない顔で返事した。
 麻津君は元々皓月伯父さんに雇われる際、識月君と僕の監視補佐が内容になっているので、あまり拒否権が無い。お母さんを楽させる為にもやっているアルバイトなので、これ幸いと賃上げ交渉をしていた。

 僕と麻津君はそれぞれベットに寝転がる。

「彼に状況を説明して動いてくれる様ならそのまま頑張ってくれ。もしダメなら10分でいつもの様に目が覚めると思う。」

 ………………ん?
 それは10分で説明しろという事?
 僕が不安そうな顔をすると、伯父さんは僕から麻津君の方へ顔を向けた。
 
「はい、頑張らせて頂きますー。」

 麻津君は頷いて渡された錠剤を飲む。
 これを飲むと長く仮想空間に入る場合や、精神的負担がかかった場合に、後遺症を軽減してくれる薬と説明された。病院でオメガ患者や末期患者に使用されている。
 二人のやり取りに若干納得出来ないものを感じるけど、麻津君がいるなら少し安心だ。
 僕も渡されてゴクリと飲み込んだ。

「史人、コマンドはこれだ。」

 伯父さんが麻津君に向かってスクリーンを開かせ、コマンドを打ち込んでいた。

「え?これですか?」

「そう。頼んだぞ。お前ならきっと私の期待に応えるはずだ。」

 麻津君がやけに皓月伯父さんからプレッシャーをかけられて、顔を引き攣らせて頑張りますと言っていた。

 鳳蝶と楓君からも頑張れよと励まされながら、僕の意識は落ちていく。
 睡魔の様な酩酊感。
 目を瞑り、次に目を開けると、僕はいつもの様にお父さんの夢の中に立っていた。








 どこまでも続く真っ赤に色付いた紅葉の群生。白く煙る霧が広がり遠くに何があるのか分からない。
 上を見上げても紅い葉か、厚みのある真っ白の雲の様な霧だけが見える。
 それでも明るい。

「ふわぁ、綺麗~。」

「ここがいつも来てる仮想空間?」

 隣に麻津君がいて、ひゃっとびっくりしてしまった。
 
「あ、ごめん。いるの気付いて無かった。景色はいつも違うんだよ。お父さんの記憶に連動して場面は変わってるって聞いてるけど……。いつも景色は綺麗だけど、何かいつもと違う気がする。」

 いつもはもっと現実っぽい。だけど、今日の景色は非現実的だった。
 こんな場所が本当にあるのだろうか?
 紅葉と霧はあるかもしれないが、何処までも続く紅葉の林は、どこか非現実的だった。
 ハラハラと幼子の手のひらを思わせる紅葉が舞っている。
 
「いらっしゃい。」

 唐突に声が掛かる。
 驚いて声の方を見ると、そこにはお父さんが立っていた。
 その姿はいつも通り、笑顔を浮かべる優し気なお父さん。高校生くらいの若い姿からは、現実の痩せこけた大人の姿は想像出来ない。

 でも、いらっしゃいと言われたのは初めてだった。
 まるで今仁彩達がやって来たのを待っていたかの様な挨拶。
 仁彩は何時もは雫父さんの中に入っていた筈だった。そこでハッと気付く。今の仁彩は元の仁彩の姿をしていた。
 その事に動揺して言葉が出ず、隣の麻津君がどうしたのかと不思議そうな顔をする。

「いいよ、ちゃんと知ってるから。説明も不要だ。アイツが君達を寄越したんだよね?」

 知ってる?
 僕が仁彩だと知ってるのかな?息子だと理解してた?

「説明が不要なら助かります。俺達はファントムをフリフィアの深層空間に連れて行き八尋に合わせないとなりません。」

 麻津君が手早く要求を告げた。
 お父さんはそうだねぇと言って笑う。

「私にはアイツの息子を助ける義理は無いんだけど。」

 アイツとは皓月伯父さんの事だろう。
 皓月伯父さんの話では、お父さんと雫父さんは夫婦として結婚したけど、雫父さんを手に入れる為に皓月伯父さんはお父さんを追い詰めたのだと聞いていた。
 だからきっと仲が悪いのだろうとは思っていた。
 愛した人を盗られたお父さんは、精神的におかしくなって、ずっと仮想空間に精神を置いて、眠り続ける処置をしたと伯父さんは言っていた。
 
「……………僕、識月君を助けたいんだ。」

 僕の呟きに、お父さんは困った顔をした。

「前に話してた君に気付かない愚か者と言うのは、アイツの息子の事だろう?そんな奴を助けたいんだ?」

 いつもと違う少し意地悪な言い方に、僕は悲しくなる。
 お父さんからしたら憎い人間の息子なのだ。手伝うのは嫌だろうな……。

「うん、助けたいよ。…ダメ?」

 僕は気持ちが伝わる様にと、お父さんを見つめて真剣に言葉に気持ちを乗せた。
 お父さんは苦しげに顔を歪める。

「血の繋がりを感じるね。そっくりだ………。」

 哀しそうな苦しそうな顔に、僕は伝え方を間違えたのかと落ち込んだ。説得出来ないかもしれない。

「………ごめんなさい。」

 理由もなく謝る。
 いつも朗らかに笑うお父さんを困らせ、悲しませているのだと思うと、自然と謝ってしまった。
 お父さんはジッと困った顔のまま僕を見ていた。
 僕もこれ以上何を言うべきか分からずに、黙って見つめ返す。

「あの………、ちょっといいですか?」

 それまで見守っていた麻津君が手を挙げた。

「君は…………。」

 お父さんは麻津君を見て、目を瞑った。瞑ったのはほんの1秒程度。

「ああ、アイツの子分か。ちゃんとやり遂げる様にでも命令された?麻津史人くん。」

 名前を呼ばれて麻津君がほんの少し目を見張る。そして顎に手をやって面白そうに笑った。

「まさか、今の一瞬で検索でもされました?凄いな……。もしや貴方自身がファントム?噂では人工知能が作ったプログラムと言われてましたけど、実際は実在する人間が作ったんですか?」

 麻津君は一気にそう言い切った。
 お父さんも面白そうに微笑む。

「頭の切れる子だね。」

 肯定もしないが否定もしなかった。それが答え。

「へぇ………、そうなんだ!?凄いです!『another  stairs』が世に出るまで、全世界では数多の人工知能が開発されていた。それを全て潰す程の超越機構を造ったのがたった一人の人間!?」

 麻津君が興奮している。基本冷静に周りを見ているだけに、今の麻津君の興奮度合いに驚く。そんなに興奮する事なんだろうか。

 お父さんは僕に近付き、頭をわしゃわしゃと撫でて来た。

「仁彩は人の欲から離されて育てられたんだね。素直で良い子だ。」

「??でも学校の成績は悪いんだよ。………その、ずっと知ってたの?僕が息子だって事?」

 僕の問い掛けに、お父さんは笑って頷いた。

「……お、お父さんって言っても良い?」

 本当はずっと言いたかった。でも雫父さんと思われていると思っていたので、言えなかった。

「ふっ…、いいよ。ごめん。もっと早く教えれば良かったね。」

 わしゃわしゃ、わしゃわしゃと頭を撫で繰り回される。
 僕は目が回りそうだ。

「あ、すみません、興奮してしまいました。ところで10分経つと戻されるかもしれないんですが、どうしたら良いですか?」

 僕達が和んでいると、麻津君は時間が無いと焦り出す。

「ああ、そうだね。設定を切っとこうか。」

 お父さんが手を振ると、ゆっくり落ちていた紅葉の葉がフワリと不自然に回った。
 
「八尋が私に何の様だろうね。」

 お父さんは僕の手を引いて歩き出した。
 僕達の後ろを麻津君もついてくる。

「お父さんは八尋にあったことあるの?」

 歩いていると小さな小道が現れる。どうやらこの小道を進むみたいだ。

「会った事はないかな?そもそも八尋はフリフィアを作った人工知能だ。可愛い仁彩の為に出向いてみるけど……。」

 一緒に行ってくれると聞いて、僕は嬉しくて笑ったら、お父さんも安心させる様に笑い返してくれた。

「すみません、フリフィアの内部については分かるんですか?」

 麻津君もついて来ながらお父さんに確認する。

「いや、フリフィアは元々フィブシステムのみの環境になった場合、もしそのシステムに異常が出た時の補填と避難場所として残されたシステムなんだ。各国一つ二つは同じように別システムを用意している。大概その中はフィブシステムが通じない情報を遮断された仕様だ。私では見れないね。八尋の元へも直接出向くしかない。」

 麻津君はそうなんですねと頷いていた。

 小道は少し幅が広がって来て、昨日八尋が現れた時の朱色の鳥居と登り道が近付いてくる。
 白い霧が無くなったからか、辺りは暗闇に染まり紅い提灯が道を照らしていた。
 坂道を登り出すと、鬼火が現れ纏わりついてくる。
 怖くてお父さんにしがみつくと、大丈夫だよと言って先を歩いてくれた。

 坂道の途中で識月君と手が離れた場所を通り過ぎた時、ゾワリと背中に悪寒が走った。

「昨日は仁彩に施していたプロテクトが作動して深層空間に行くのを弾いたんだろう。だから識月と手が離れてしまった。それが無かったら仁彩も一緒に連れ去られていたね。」

 手が離れた理由を聞いて納得した。
 あの時バリバリと雷が落ちたみたいになったのは、お父さんが守ってくれたのか。

「さあ、この先が八尋の領分。深層空間だろう。」
 
 用意はいい?
 そう聞かれて、僕と麻津君は頷く。
 坂道の頂上には、朱色に塗られた木でできた門があった。
 門の間抜きが触れてもいないのに外され、扉がギイィと開く。
 僕達三人は朱色の門の中へと進んで行った。











「10分経ちましたね。」

 鳳蝶が時計を見てそう言った。
 10分経ったと言う事は、説得に成功したと言う事。

「そうだな………。」

 そう答えた皓月の瞳は、真っ直ぐに痩せこけた美しい顔を見ていた。









しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貧乏貴族は婿入りしたい!

BL / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:582

もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:197,906pt お気に入り:4,818

死にたがりハズレ神子は何故だか愛されています

BL / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:3,829

転生したら性別が……

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:101

君は魔法使い

BL / 連載中 24h.ポイント:569pt お気に入り:19

囚われ王子の幸福な再婚

BL / 完結 24h.ポイント:3,173pt お気に入り:217

ただΩというだけで。

BL / 完結 24h.ポイント:392pt お気に入り:651

浮気αと絶許Ω~裏切りに激怒したオメガの復讐~

BL / 連載中 24h.ポイント:24,801pt お気に入り:1,927

最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

BL / 連載中 24h.ポイント:38,121pt お気に入り:13,354

処理中です...