偽りオメガの虚構世界

黄金 

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36 ブレる世界

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 次の日、僕達はまた夜にフリフィアに来ていた。
 識月君は眠ったままで、皓月伯父さんが病院に入院させていた。
 今日は金曜日。伯父さんには明日まで無理なら伯父さんの方で動くと言われた。
 今識月君の精神は無理矢理眠らされているのだという。泉流歌がシナリオを動かす時に、識月君は起こされる。
 なんて横暴なと怒ったら、楓君からフリフィアの拷問や洗脳に使われる手なのだと教えられた。
 身体は眠らせて精神だけ疲弊させていく。
 泉流歌が選んだシナリオは《学園の王子様》だったからまだいいが、もっと拷問や洗脳に特化したシナリオも裏メニューとしてあると言っていた。
 ただ《学園の王子様》も何度も重ね掛けされると洗脳に近くなる。恐らく泉流歌は識月君が自分を愛し堕ちるまで、繰り返し続けるつもりだと説明された。
 本当は例え同級生でも教えないのだが、雲井家には恩を売りたいのと、友達サービスだと言って照れていた。
 何度も友達を言われた気がするので、僕は楓君から友達だと認定されているのだと嬉しく思ったけど、鳳蝶曰く、奴には友達がいないからな…と言っていた。





 次のシナリオは不良に絡まれ襲われる生徒会長を、助けに入る副会長。
 そして今、その現場を眺める僕達。
 昨日と同じメンバーで予定された体育倉庫の近くで待機する事にした。

「えっと、ここで識月がやって来て、あの女を助けるんだよ。そして不良達は立ち去り、なんでかここであの二人は良い雰囲気になる!」

「体育倉庫でまさかやるのか?」

 楓君の説明に、鳳蝶が確認した。
 
「シナリオではやる事になってる。でもねぇ~流石上位アルファというか、識月君の理性が勝ってるというか、実は1巡目もやってないんだよね。」

「え!?」

 じゃあ、番は?結婚は!?

「セックスもやんなかったし、だから勿論番もなってない。ただ最後の結婚式は強制的に式場にシナリオ進むからやったけどね。ま、誓いのキスで逃げてエンドなってたけど。」

 それを聞いてホ~と息を吐く。

「そ、そおなんだ。良かった!」

「でも二回目は冒頭のキスをほっぺにやってたから、徐々に染まって行ってるのは確実だよ。」

 うう、そう言えば………。
 
「じゃ、邪魔しなきゃ!邪魔出来る!?」

 昨日も咄嗟に生徒会室のドアを叩いて、出て来た識月君と空き教室に行った為、イベントが発生しなかった。

「昨日も出来たし、出来るんじゃないかな?いっそのこと仁彩が不良に殴られれば良いかも。……それにしても他ユーザーが混ざっただけでシナリオが簡単にズレちゃうなら、このプログラム見直しかなぁ。」

 他の人が使用中に乱入する人間なんて今迄なかったから、目から鱗だよ~と楓君は言っているけど、僕はそれを無視して体育倉庫に向かった。




 僕は体育倉庫をカラカラと開けてみた。

「お邪魔しまぁす。」

 何となく挨拶してみる。
 中には誰もいなかった。シナリオはまだ始まっていないらしい。
 シナリオからいくと、泉流歌は誰かに呼び出される。内容は告白の手紙を受け取ったと言うもの。
 今時なんで紙を使うという設定にしているのかと不思議になる。全てがスクリーンで済むのに、紙に印刷するという工程を掛けてまで、それを用意する必要性はない。今や紙は希少価値の高い物となっている。

「誰だ、お前?」

 仁彩は肩を震わせた。
 驚いて後ろを向くと、柄の悪そうな生徒が三人こちらを見ていた。
 
「ぁっ…………あの。」

 勢いで出て来たので何と言うべきか困ってしまった。助けを求めて隠れているであろう鳳蝶達の方を見たが、仁彩の方からは見えない。
 ……どうしよう~。

 一応出演者がセリフ以外の事を喋っても応えれるようにプログラムされていると楓君は言っていたけど、唯のNPCに何と言えば良いのか……。
 迷っていると襟を掴まれた。
 
「最近むしゃくしゃするんだ。お前で良いから相手しろよ。」

 このセリフは生徒会長に言うセリフでは…?僕が何も言わないから、僕が生徒会長の代わりになってしまったんだろうか?
 更にどうしよう~と頭を抱える。
 
 突き飛ばされ体育倉庫の中にあるマットの上に倒れ込んだ。なんでこんな所にマットが?

 制服を引っ張られて、襟を留めたボタンが弾け飛んでしまう。
 これがシナリオ通りと知っていても、僕は怖くて血の気が引いた。カタカタと身体が震えてしまう。

 そうだ!シナリオ通りなら識月君が助けに来る筈!
 識月君!識月君!
 目を瞑って識月君の名前を呼び続けた。

 開け放してあった体育倉庫の扉に、識月君が現れた。
 なんでか現れた識月君自身がびっくりした顔をしている。
 そして中を見渡し、マットの上に転がる僕を見付けて怪訝な顔をした。
 識月君は僕の側まで悠然と歩いて来た。
 手を掴み立ち上がらせてくれる。
 僕の襟元を見てキュッと厳しい顔をした。
 グルリと見渡すと三人の不良は身構える。
 喧嘩するのかとハラハラしていたが、五分程経つと不良達は捨て台詞を吐いて逃げて行ってしまった。今の間はいったい?
 僕はポカンとしてそれを見送った。
 今の一連の流れがシナリオなのかな?

「……………大丈夫か?すまない、俺も少し混乱していて状況が読めないんだが、今は何時だ?ここは体育倉庫?」

 識月君が僕の襟を直しながら困った顔をしていた。
 シナリオに添ってここに無理矢理登場したは良いが、何をやるべきか混乱しているといった感じに見えた。

「そうだけど、違うんだよ。ここは現実じゃない。識月君、僕が誰だかわかる?」

「…………君は、仁彩だろう?」

「そうなんだけど………、その元の関係性というか……。やっぱり覚えてない?」

 楓君の説明では、今の識月君は元の人格の上に別の人格を乗せている状態。何度もシナリオを繰り返すうちに馴染んでしまうが、初期状態なら何かしらの刺激で別人格を自分で剥がせるか、思い出すかする可能性がある。
 この別人格を貼り付けるプログラムは違法な物で、無理矢理剥がすと後遺症が残る可能性がある。記憶の消失や人格障害もあり有るので、出来れば自力で剥がすのが一番らしい。
 このプログラムを泉流歌に売り付けたのは、浅木家には関わりの薄い下っ端の分家筋。あとで潰しとくねと楓君は笑顔で言っていた。未成年に売るのはタブーだし、手を出しては不味い雲井家に手を出したので、制裁含めて消すしかないとか言っていた。
 
「最近何か変なんだ。違和感というか、不自然というか……。俺は何か忘れているのか?」

 そうか識月君はずっと違和感を覚えながらも、シナリオに流されているんだ。
 これを繰り返すうちにシナリオ通りに演じ出し、そのうち泉流歌の思う通りの人間になる。
 識月君の意思を無視している。元の身体は眠り続け、無理矢理精神をフリフィアのシステムに繋げっぱなしにしている。
 泉流歌が許せなかった。

 でもどうやったら思い出してくれるんだろう?
 僕は仁彩として現実ではそんなに話した事がない。せめてジンのアバターがあれば、そっちに変更して話せば可能性があったかも知れないけど、そのサブ垢も泉流歌に取られている。
 明日までに識月君が思い出してくれなければ、伯父さんが無理矢理干渉して起こすだろう。
 その場合のリスクはあるけど、このまま洗脳されるのも困るので、早いうちにやろうとは言われている。
 
 僕が識月君の手を握ったまま見つめていると、識月君は少し照れたようにこちらを見ていた。
 それがジンといる時と同じ反応で、僕は嬉しくなってフワリと笑ってしまった。

「……っ!」

 識月君の切長の目が見開かれる。
 その黒い瞳の中に僕が真っ直ぐに写っていた。

「必ず、何か思い出せるように考えてくるね。待っててね。」

「わかった……。待ってる。」
 
 識月君は素直に頷いてくれた。










 おかしい!
 流歌は苛ついていた。シナリオは流れているが、識月が思うように動かないのだ。
 セリフは多少ズレるとは聞いていたが、行動までかなり違う。シナリオ通りに動かない。

「不良品じゃないの!?」

 高い金を払っているのに、何が洗脳出来るよ!
 雲井識月に近付きたくて、識月のお気に入りであるジンというアカウントを盗んだ。
 なりすまして恋人同士になろうとしたのに、識月は一線を越えようとしない。まずはゲームの中でも良いからと宿に誘ったのに手を出してこないのだ。
 以前も添い寝だけだったからと大事にしようとする。
 流歌は勿論それで満足するはずもない。
 識月を自分に惚れさせ、思い通りに動く極上のアルファを手に入れようと思っていたのに!
 だからフリフィアの店員が声を掛けてきた時、この話に飛びついた。
 仮想空間の中の商品に良い物がありますよと誘惑される。

 
 流歌は次のシナリオに移るべく、体育倉庫に向かっていた。
 なのに何故か辿り着かない。
 
「お客様、申し訳ございません。只今システムエラーにより、シナリオが一時中断しております。」

 突然後ろから声を掛けられた。
 振り返ると綺麗な作り物めいた男性が立っていた。
 見た感じからアルファに見えるが、仮想空間では性別変更が可能な為、素直にアルファだとは判断できない。
 涼し気な整った顔立ちに黒い短髪。背は高く、声は低い。
 少し謝罪の為にお辞儀をするが、有無を言わせぬ迫力があり、先程まで怒り狂っていた流歌も流石に大人しくなった。

「システムエラーですって!?いつ直るの?私は忙しいのよ!?」

 この違法シナリオを買う代わりに学校にちゃんと通うようパパから言われている。
 ただでさえアイドルになって仕事もあるのに、フリフィアに通う為に休む事は出来なかった。
 だから夜に少しずつ通っている。
 パパは洗脳相手が雲井識月だと知らない。
 洗脳が終われば識月は流歌の思う通りに動くので、言う必要は無いと思っていた。
 それとも雲井識月だと言えば学校を休んででも洗脳を進めろと言ってくれるかしら?
 
「いいわ、シナリオは進めなくてもいいから識月に合わせてよ。」
 
 腰を折る男性へ、流歌は命令した。
 自分は顧客、相手は接客業。流歌の方が上だと思っている。
 男は頷いて此方へと案内しだした。
 流歌は当たり前だと言う様に鷹揚に頷き、その後ろをついて行った。







 黒い猫目に見覚えがあった。
 優しい微笑み、柔らかな黒髪、細い肩。
 仁彩の手が識月の頭に乗り、よしよしと撫でた。

「……………は…っ…。」

 識月は吐息を漏らした。
 細い身体を思わず抱き締める。

 流歌を抱き締めろ、愛せ、その命令に添い身体を動かそうとしたが、その命令に従おうとする度に、虫唾が走り吐き気がした。
 可愛いと思いながら醜いと叫ぶ。
 愛しいと思いながら憎悪が浮かぶ。
 流歌にはそんな感情しか覚えなかった。

 これは俺のオメガだ。
 流歌よりも背は高い。男性体なので身体は少し硬いかもしれない。
 だけど愛おしい。
 胸の中に、逃げない様に抱き込んだ。
 何を忘れているのだろう?
 思い出さなければならない。
 他の事はどうでもいい。
 仁彩の事を思い出さないと………。


「識月!?なに?そいつ!!」

 流歌の叫び声に現実に戻される。
 せっかく思い出し掛けたのに霧散した。
 仁彩を抱き締める腕を緩めて、流歌を見る。自分の婚約者なのに愛情が湧かない。

「流歌とは結婚しない。」

 識月のハッキリとした拒絶に、流歌は唇を戦慄かせた。

「ど、どうしてよ!?何でシナリオ通りに動かないの!?ねぇ!やっぱり不良品でしょう!?」

 流歌は後ろに控えていた男性へ非難の目を向けた。

「購入前にご説明した通り、これは遊戯用、必ず思うがままに進むわけでは無いとご忠告致しました。」

 男性の姿は慇懃無礼という表現がピッタリとくる。

「じゃあっ、遊戯用じゃないシナリオを出しなさいよ!あるんでしょう!?」

「御座いますが、これは軍事用。子供の御遊びには向きません。」

「お金ならいくらでも出すわ!」

 流歌が言うお金の出所は、識月を手に入れた後の話だ。
 それが分かっていながら、男性は薄っすらと微笑む。

「では、試作品の実験台にでもなって頂きます。」

 契約時、幾つかの契約書にサインをさせた。
 フリフィアは裏の顔を持つ。
 フリフィアはフィブシステムとは別に独自に進化したシステム。
 男性の名は八尋(やひろ)。
 フリフィアシステムの番人。

「御ゆるりとお愉しみ下さい。」

 八尋は忽然と消失した。

 ゴオッと大気が唸る。
 景色が変わり、ズラリと並ぶ朱色の鳥居が現れ、緩やかな上り坂の上へと導きぶら下がった提灯が紅く灯されて行く。
 サブ垢ジンの装備を着た流歌が、識月の手を引いた。半透明の白い翼が空を覆い広がる。
 仁彩を見下ろしていた識月の瞳が見開かれ、瞳孔が縮む。
 
「さぁ、識月。こっちよ。」

 流歌は手を引き識月を促した。
 鬼火が導き白いローブの裾が広がる。
 鳥居が並ぶ和の世界に、流歌という異分子がいる様だった。
 風が舞い開くべきでない空間が開かれる。

「し、づきっ…っ君!」


「仁彩!急いで戻れっ!」

 鳳蝶が仁彩の手を引いた。
 下に戻れと引っ張る。
 識月と仁彩の間にバリバリと見えない壁が発生し、衝撃で二人の手が離れた。

「一時退避だ。史君!仁彩を抱えて!」
 
 楓の指示に、史人が仁彩の腰を持ち上げ肩に担ぐと、逆の手で鳳蝶を引っ張った。

「空間が閉じる!急いで!」

「識月君!識月君っっ!!」

 鳥居の道の下に下に駆け降りて行く。
 暗闇の中へ四人は飛び込んだ。













    
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