偽りオメガの虚構世界

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34 識月君行方不明

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 九月が終わった。
 季節イベは十位に入れなかった。
 識月くんがログインしなかった事により、統制が取れなくなって卵が集まらなかったのだ。
 夜九時に、僕とアゲハがログインしていると、アゲハのフレンドチャットに受信が入る。

「ん?ハヤミ氏じゃん。」
 
「ギルド抜けたのに?」

 アゲハはギルド銀聖剣も脱退しているが、ハヤミ氏とのフレンド登録はそのままだった。

「ん~~~?なんだろ?会いたいって。」

「今から?」

 

 カラン、コロン。


「てかもう来てるな。」

「ここが君達がやっている喫茶店?」

 ハヤミ氏………………、ん?誰?
 当然入ってきたのはハヤミさんだと思っていた。
 しかし、扉に立つのは全くの別人。
 ちょっと頼りなさそうな顔の眼鏡男子。小柄で身長は元の鳳蝶と同じくらい。年齢は二十代半ば、髪と瞳は黒だけどグレーがかっていて不思議な色合いをしていた。

「…………え、もしやハヤミさん?」

 アゲハが尋ねると、ハヤミさんは憮然とした顔になる。

「そうだが?これは本垢だ。」

 実物の速水重成さんってこんな感じなんだとびっくり。もっとキリリとした美人オメガを想像していた。

「どうしたんですか?」

 僕はついつい元のジンのつもりで話し掛けてしまい、今の自分も本垢の仁彩だと気付き、しまったと慌てる。

「………君が本物のジン?」

 なんで分かったんだろう?
 首を傾げながら速水さんに聞かれ、そうだと頷く。
 アゲハが喫茶店の中へ招き入れ、カウンターに僕と速水さんが座り、カウンターの中にアゲハが立ってコーヒーを淹れてくれた。
 コーヒーのお供は生クリームを添えたチョコシフォンケーキだ。生クリームの上にミントの葉がちょこんと乗せてある。

 速水さんは少食なのか少しずつケーキを食べながら話し出した。

「実はツキ君が攫われたんだ。」

「ええ!?」

 ケーキを食べながら淡々と言う姿と普段のサブ垢ハヤミ氏とのギャップが激しい。

「ゲームの中で?それともリアルで?」

 僕は驚いたけど、アゲハは冷静に聞き返している。
 速水さんはその時の状況を話してくれた。








 ツキが久しぶりにログインして来た。
 ハヤミは勿論嬉しい気持ちでいっぱいだった。あの雲井皓月とそっくりの息子だ。
 アルファとしても有能で、将来が期待されている。
 そんな彼を我がギルドに迎え入れる事が出来た。
 ゲームの中とはいえ、今では手足の様に働けて嬉しい限りだ。
 
 速水はオメガでオメガ枠で会社に入社した。
 それなりの人数を抱える会社は、福利厚生で一定数のオメガを雇用する義務がある。
 速水もその中の一人だった。
 秘書課にオメガを入れるのは、相手側にオメガがいた場合の対応枠だ。接客が伴う仕事では、アルファ、ベータ、オメガ性を揃えておくのが基本だ。
 現在秘書課にいるオメガは速水だけだった。
 上に立つ人間はアルファが多いので、秘書課にはアルファが多い。社員の大半を占めるベータ性の中でもアルファの数が多い課になる。
 そんな中で働くのは実際キツイ。
 しかも速水は入社式後の歓迎会という名の立食パーティーで、ちょっとやらかしてしまった。
 新入社員一人一人と挨拶をする皓月に、速水はこんな素敵な方の下で働けるなんて嬉しいです、と顔を輝かせて言った。
 これが何故か告白したと言う噂話になった。
 倍率の高い秘書課に入った速水への、嫉妬からくる嫌がらせの噂だった。
 後からあの時は誠心誠意頑張りますとでも言っておけば良かったと後悔した。
 皓月は気にするなと声を掛け、噂が消えるまでは秘書課課長の補佐につき、今後も励む様にと言ってくれた。
 そんな尊敬する皓月の息子さんである識月に、速水は自分の出来る限りの力を提示せねばと頑張っていた。
 給料を注ぎ込んでしまったギルドも識月だからあげたのだし、そんな識月が好きなジンにあげると言うなら、それでも良かった。

 最近のジンとツキの様子は何と無くぎこちない。主にツキの方が。
 ジンはどちらかと言えばツキにベッタリだ。
 
 九月イベの卵集めも途中迄は順調に進んでいた。ギルド内で集まる卵は全部ジンに集まっていた。
 
「ジンが卵集めをギルドで行うと言い出した時、こんな性格だったかなとは思ったんです。ですがツキ君はギルド内でも心酔する者が多いんです。メンバーの名前やプロフィールはほぼ覚えてます。たかがゲーム、顔も身元も偽った世界なのに、人として対応するんです。特に優しい訳でも無いし、気を遣っている訳でも無いんですが、人として丁寧に対応してくれます。だからギルドメンバーはツキ君の為に卵を集めたんです。」

 なんだか識月君が褒められて僕も嬉しくなる。
 学校でも王様の様に偉そうなのに、それでも識月君の周りには人がいっぱいいる。
 男も女もアルファもベータもオメガも関係なく人が寄っていき、識月君はそれを寛容している。

「成程、それで?」

 僕と速水さんが二人で識月君を思い出しうっとりしていると、アゲハがバッサリ断ち切ってきた。
 速水さんの説明が脱線したのはわかるけと、そんなバッサリ切らなくても……。

「あ、すみません。それで、この前の日曜日が九月最後の週末でしたが、他パーティーが襲撃して来たんです。」

 僕達がフリフィアで覗き見していた時のことだなと思い出す。
 ツキ君がいないので、ハヤミさんが頑張っていた。

「その……、ジンがギルドチャットで人を集めたんですが、そもそも防衛だけならジンがログアウトすれば卵は獲られなかったんです。ですが、その襲って来たパーティー分を獲ると言って戦闘を続けて、結局お互いタイムアウトになりました。ギルドの町がかなり壊れてしまって、折角建てた建物も買い直しになりました。私もログアウトになってしまって、修繕に手が回らず、月曜日にツキ君が来るのを待ってたんですが、今度はツキ君が入ってこなくて………。ジンが何度も呼び出して、漸く今日来たのですが………。」

 一旦速水さんが話を切って僕を見た。

「ツキ君が、ジンは偽物だと言って口論になりました。暫く言い争いを続けて、ジンがスクリーンを開けて何かしたと思ったら、ジンもツキ君も消えてしまったんです。」

「消えたって………何処に?ログアウトしたか、別のポイントに飛んだとか?」

 不思議間になってそう聞くと、速水さんは恐らく違うと言った。

「その、状況が状況でしたし、ジンの直前の行動も気になったのでログアウトしてから解析を掛けたんです。その、社員なら出来る機能を使ったんですが、行き先がフリフィアの中だったんです。」

 速水さんが泣きそうな顔で訴えてくる。
 えーと、フリフィアは反社会組織で浅木楓君の家で風俗とかある危ない所?
 分かっていない僕に、アゲハが溜息をついて教えてくれた。

「まず、フリフィアは今はそういう場所の総称になってるけど、本当はシステムの名前、フィブシステムに対応して国内で作られたフリフィアシステムから来てるんだ。」

「へー。」

「で、フリフィアはフィブシステムに繋がっていない。独自の管理下を持っている。この前フリフィアに入った時、検問やっただろ?あそこ通過するとフィブシステムから切り離されて、皓月さんの管理下から外れる。」

「うんうん。」

 それは凄いね。だからあんなに気をつけろって言ってたのか。
 今やフィブシステムが届かない場所があるなんて思わなかった。

「仁彩のサブ垢は今そんな場所に売られて使用されてるって、この前聞いたよな?」

「聞いたね?」

「ということは、フリフィアにいる従兄弟どのの精神はフリフィアシステムに拉致されたってことになり、皓月伯父さんの手の届かない場所にあり、助けるには困難だから速水さんはここに来た。」

「お~、なんか分かった!」

「え?ジンとツキ君の口論内容からここに従兄弟がいるって聞いて思い付いて来たんですけど、大丈夫でしょうか?」

 速水さんの顔が思いっきり僕を見て、この子大丈夫?という顔をしていた。
 失礼な!

「大丈夫、大丈夫。このダメな子は皓月さんに思いっきり可愛がられてるから。でも手を貸してもらうなら楓の方がいいかもな。」

 速水さんは血の繋がりのある僕より、アゲハの方が頼りになると思った様だ。

「仁彩、皓月さんに説明出来るか?多分従兄弟どのは意識の無い状態で寝てる可能性が高いから、確認してもらった方がいい。」

「まかせて!」

 アゲハも大丈夫かなぁ?という顔をしている。ま、いいか、1日放置くらいなら大丈夫だろ、とかも言っている。
 ちゃんと理解したよ?たぶん。


 その後すぐにログアウトして、僕はちゃんと皓月伯父さんに説明した。
 皓月伯父さんが識月君が暮らしている所に確認に行ったら、識月君は椅子に突っ伏した状態だったらしい。1日放置にならなくて良かった。
 伯母さんも居たはずだろうけど、そこについては何も言わなかった。混乱しているから病院に入院させたと言っていた。



「伯父さん、僕、識月君迎えに行けるかな?」

「こちらで訴えてもいいが、やってみたいならやりなさい。」

 ただし識月君の身体が眠ったままになると今後困るので、待つのは3日だけと言われた。
 僕達は楓君にフリフィアで調べてもらおうと考えている事を伝えると、確かに警察を通して調べるよりそちらが早いかもしれないとお墨付きを貰った。
 
 待っててね!識月君!













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