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33 識月の迷い
しおりを挟む月曜日、僕は識月君に説明する意気込みで学校へ向かった。
「おはよう。」
「はよ~。」
識月君はまだ来ていなかった。
「おっはよ。」
浅木君が僕の後に直ぐ登校して来て、僕達に真っ先に挨拶してきた。
ザワリと周囲がどよめく。
今までアルファに纏わりついていた浅木楓が、何故目立たないベータに?と言うところだろう。
(ねーねーどこに識月呼び出すの?)
(昼休みに校庭じゃね?)
(うー、どきどきしてくる。)
コソコソと顔を合わせて話す僕達に、皆んな集中していた。
ガラリと入って来た識月君が、僕達の方を見て怪訝な顔をする。
僕達の顔ぶれに驚いたのだろう。
(僕が呼び出しするから)
浅木君がにっこりと笑う。とても楽しそうだ。
「あ、僕の事は楓って呼んでよ!」
「じゃあオレは鳳蝶な。」
「じゃあ.僕も仁彩って呼んでね。」
仲良く話す僕達をクラスメイト達は終始驚いて見ていた、
最近の話題はついこの前一緒に陣取りゲームをした、対戦校の大将である泉流歌の話が多くなった。グランプリ優勝者が本当にアイドルとして世間に出だすと、一気に話が盛り上がりだす。
本物を見た、映像データ持っている。知り合いでもないのに友達の様に話しだす生徒を、楓君はフンと鼻で笑う。
「準優勝なのに楓はアイドルとして出ないんだ?」
鳳蝶が徐に問い掛けた。
アイドルグループで出るのだとばかり思ってるいたのに、楓君の話は一切出てこない。
「お爺様に勝手にエントリーしたの見つかって潰された。別に暇つぶしだったしいいけどね。」
最近一般視聴欄や情報番組を開こうとすると、宣伝映像に必ず泉流歌が出てくる。
鳳蝶が目に焼き付いてイラつくと言っていた。
「泉流歌より楓君の方が可愛いのにね。」
お世辞ではなく本音。
楓君はサラサラの黒髪に大きな黒いウルウルの瞳で純粋に可愛い。
「あんがと。でもオメガはやっぱ女の方が需要があるからさぁ。店も男オメガはコアなファンが多いし。」
オメガは男性より女性の方が圧倒的に多い。それはアルファに男性が多いのに関係しているのではと言われているが、一般的な意見は世界の殆どの人口を占めるベータ性の倫理観に引きずられているのではと言われている。
男で妊娠するのはオメガだけ。
普通に考えれば人間は女性体しか妊娠出産出来ないのだ。種の存続本能は女性体を求める。だから男性は女性を求めるのが一般的な本能になる。勿論そうで無い人もいる。
女性を求める男性が多い中、産むことが出来るオメガも、女性が多くなってきたと考えられている。
僕達は数が少ない。
「なんと二年生で男オメガ僕達だけ!」
それでもひと学年に三人もいて、クラスも同じとかって珍しい、と楓君が説明する。
「え?そうなの?」
僕は知らなかった。鳳蝶も知らなかったのか、へーと言っている。
「どっかの誰かさんの為に動いた金持ちがいるんだよ。」
「あーーー、理解しました。」
あ、そうなんだ。皓月伯父さん、過保護すぎる………。
僕達は急いで教室で昼食をとった後、呼び出した校庭で識月君を待っていた。
僕はドキドキが止まらない。
まず、信じてくれるかどうかがある。
次に怒られるかもってのがある。
「あ、来たよ。」
浅木君が指差した。
遠くからでも識月君ははっきり分かる。
背が高いしスタイルがいい。
近付いて来た識月君は、三人で待っていた事に対して、また怪訝な顔をした。
「この呼び出しはこの前の事でいいのか?」
浅木君が僕を前へ出す。
僕は識月君を前にするとついつい顔を伏せてしまう。
「あの、僕が浅木君に頼んで呼び出してもらったんだよ。」
識月君は少し眉を寄せて、更に近付いて来た。
「何故、あそこにいたか説明して欲しい。」
ううう、声が固い。
ジンとして話してた時は凄く柔らかい声だったのに、ジンじゃないとダメなんだなと思う。
「…………ジンの、事なんだけど。」
「ああ。」
ゴクリと唾を飲む。
一拍置いて、思い切って言った。
本当はたまに識月君が僕だって気付いてくれないかな、とか気付かれた時どんな反応するのかなって想像することはあった。
識月君があんまりにも嬉しそうに笑って話し掛けてくるから、あと少しだけって引き延ばしてきた。
きっと嫌そうな顔されるのかなって思ってたから。
「あのジンは偽物なんだよ。」
「………………。」
識月君が無言になった。
俯いていて表情が分からないので、チラリと上を向く。
識月君の表情が無くなっている。……でも、瞳の奥には怒りが見えた。
ズンーーーッと重力が掛かる。
肌がピリピリと泡立ち、目の前のアルファが苛立っているのだと、僕のオメガ性が怯えた。
「待てっ、識月!」
何処にいたのか麻津君が飛び出して来て、僕を庇う様に識月君との間に立った。
視界を遮られたことにより、僕にかかっていた圧力が弱まり、ヒュッと息が出る。
自分が呼吸を止めていたことに、今気付いた。
「何故史人が庇う?」
識月君の声が低い。
「俺が皓月さんと繋がってるの、知ってるよな?」
フッと空気が軽くなる。
「それで?だから邪魔したと?何故ジンが偽物だと知っているんだ?」
識月君が怒りを抑えたので、麻津君もホッとした顔をした。
「仁彩君が言ってる事は本当だ。識月も違和感はあるんじゃないか?」
「…………皆んなでそれを知って教えに来たのか?」
識月君の声が少し震えた。
鳳蝶が僕の顔を後ろから両手で挟んだ。
俯いていた顔が識月君に向けて上を向く。
「これっ!この顔見て何も思わない?」
「………………。」
識月君は僕の顔を見て、眉を顰めている。
何かを言いたいような、でも苦しいような、そんな顔だ。
「その顔、少しは疑ってたのか?」
識月君が顔を逸らした。
頭を振って何かを考えている。
長い沈黙を破ったのは識月君の呟きだった。
「………………だったら、だとしたら……。」
瞳が揺らぎ、いつもは凛々しい力が宿る眼差しが、弱々しく泣きそうだ。
「………どうしたの?」
とても苦しそうだ。
心配で僕は頭を掴んだ鳳蝶の手を退けて、識月君を覗き込んだ。識月君の方が背が高いので、俯いた瞳がちょうど僕の視界に入ってくる。
「何か、あるの?」
識月君はジンの僕に無邪気に笑いかけていた。
甘えるように話しかけてきた。
誰かに縋っていたいのかと、思っていた。
……だから苦しいなら、助けてあげたいと思っていた。
僕達親子がもし識月君を苦しめているのなら、僕は彼の為に何が出来るだろうといつも思っている。
「……少し、考えさせてくれ。」
識月君は立ち去ってしまった。
その後ろ姿は真っ直ぐで相変わらず綺麗に歩いていくのに、どこか哀しく見えた。
つい、信じたくなくて怒りをむけてしまった。
ジンが仁彩に似ていると、そう思っていたのは事実だ。
階段で目が合った時も、死神の姿で美しく笑った時も、ジンと仁彩の顔が重なり目が離せなくなった。
もしかしてと、つい最近まで疑っていた。
でもこの前、ジンと仁彩が同時に現れて、違うかと安堵した。
もし同一人物なら俺は選ばなければならない。
これは父親が張り巡らせた罠だ。
自分はまんまと罠に嵌ってしまった。
識月には二つの血筋が混ざっている。
その血筋はどちらも古い血統で国に深く突き刺さっている。
父の家系雲井家と、母の家系。
どちらも大きく、どちらも血筋が少ない。
当主が交代する度に、争いによって分籍は排除されていった。
だから識月はどちらからも望まれる後継という存在だった。
しかもアルファの血統の中でも、より強いアルファとして生まれた。
識月がついた方が血筋が残り、権力が集中する。名前は関係ない。どちらが優遇されていくかになる。
皓月は勿論、識月を雲井家につかせようとする。愛する番を守る為にも、大きな権力を維持させたい。
どちらかを選べばどちらかは消える。
邪魔な存在は排除される。
皓月は識月に母方を捨てろと暗に言っている。
母を、捨てろと。
恐らく、父が捨てられる未来よりも、母が捨てられる未来の方が残酷になる。
皓月とはそう言う人間だ。
皓月は出ていく時、残れとは言ったが強制はしなかった。
識月も上位のアルファ。
皓月に対立すれば長引きお互い疲弊するのが目に見えている。
だから、皓月は仁彩を使った。
それにまんまと嵌ってしまった。
見上げる黒い瞳が、識月を心配そうに見た。
細い眉が寄せられると、艶かしくなる。
左耳の歪な形が、自分の母の傷害だと言うのに、思わず触って撫でてしまいたくなる。
きめの細かい白い肌、ほんのりと色づく頬が、視界に飛び込んできて、これが父の罠だと理解しといても、抗うのにかなりの力がいった。
仁彩は純粋無垢に育てられている。
悪を知らず、権力の事など何も知らない。
嬉しそうに口元を押さえて笑う仕草も、楽しそうにゲームをするのも、無邪気で可愛い。
そう育てられたのだ。
守り慈しまれる存在になるように。
ついジンに近付いてしまった。
あの笑顔が近くにあればと思ってしまった。
こんな何にもない世界に一つでも見ていて心が晴れる存在が有ればいいと思った。
それが仁彩ならば、手に入れるには雲井皓月の下につくしかない。
仁彩は番の雫叔父の子供だ。
母方について、仁彩だけを無理矢理手に入れても、仁彩は喜ばない。
というか、今まで冷たく接してきた自覚はある。
今更好意を持ってくれるのか……?
だから最初の頃、『another stairs』の中で会いに行っていた時、複雑な顔をしていたのかと納得も出来た。
そりゃまさかずっと同じ学校にいながら親しくなろうともしなかった従兄弟が、急に近付いてきたら警戒もするだろう。顔に火傷を負わせた人間の息子でもあり、今はその母と一緒に暮らしている。
でも最近はいい雰囲気だったと思う。
『another stairs』の中では自分の顔を見て笑ってくれていた。
笑顔が見たくて近付いたのに、最初の頃は視線が合わなかったのに、真っ直ぐに見てくれる様になっていた。
プレゼントも嬉しそうだったし、デートも出来た。
そこまで考えて、じゃあ仁彩を手に入れるかというところまで行きつき、また母の問題に戻る。
何故ジンのアカウントを取られたと言ってきた時に、もっと話してこなかったのか。
何故教えにきたのか。
いつも迷う事なく決断してきたのに、答えの出せない苦しみに逃げてしまった。
仁彩は自分の事をどう思っているんだろうか……。
詳しく聞けば良かった。
いや、あの場で間抜けな自分をもし笑われたら?本当は困っていたんだと拒否されたら?
仁彩の事になると全く頭が働かない。
不安ばかりが増してくる。
手に入れれるかも分からない。
手に入れる為には、仁彩は代償が大きい。
『…………君さえ許してくれるなら、僕はきっと君の隣にいるよ。』
いつか言ってくれた言葉。
ジンが仁彩だと言うのならば、きっとその言葉に深い意味はないが、本心からの言葉なのだろう。
その言葉に手を伸ばしたくて、信じたくて、ぎゅっと目を瞑った。
夜も更け、ひんやりとするマンションのロビーを通り過ぎ帰宅する。
外から見て電気がついてないのは確認していた。
室内は真っ暗だ。
「………お帰りなさい。」
老けた母は出迎えてくれるようになった。
「遅かったのね?待ってたのよ。」
にこりと笑うが目は何処を見ているのだろう。
腕を絡めて抱きついてくる。
こちらが求めない抱擁。
最近ジンからも同じような不快感を覚えるようになっていた。絡まる腕が重たかった。
無意識に本能で拒否反応が出ていたのかと、笑ってしまう。
「あら、楽しそうね。貴方が笑うと私も嬉しいのよ。」
「……そう。良かった。」
識月は色の無い微笑みを乗せる。
母は今誰を抱きしめているつもりか……。
近付ける口付けに違和感を覚えないのだろうかと、識月の瞳は深く沈む。
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