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31 それは僕じゃない
しおりを挟む勝った方が卵を貰う。
シンプルな対戦を始めたパーティー同士、間に現れた黒い影に全員弾き飛ばされた。
ツキ、フミ、ジンの三人ではツキが前に出て攻撃をする事になる。
九月も終盤に入りだし、卵を持つパーティーは限られてきた。
最後に宝箱を貰う為には、卵なり育った獣なりを持つパーティーを探す必要がある。
手当たり次第に戦闘を持ち込んでも、卵を持たないパーティーが殆どになっていた。
そこでジンがチャットに入れてみると言い出した。
次の日対戦相手が決まったと聞いて、相手の指定する場所に飛んできた。
普通の森と平原が続く場所。
現れたのは七人パーティーで、今まで生き残っているだけあってレベルも戦闘力もありそうだった。
最近のジンはツキに甘えてくる。
前までは少し距離を取り、こちらが距離を詰めると恥ずかしそうに困ったように笑っていたのに、今は自分から腕を絡ませ隣を歩く。
どうしたのかと戸惑ったら、いつものようにふわりと笑うので、漸く親しくなれたのだと思った。
自分の事を一切話さなかったのに、今では今日の出来事を何でも話してくれる。
25歳の設定だが、まだ高校生で友達は多いのだと言っていた。
話し方も距離をとったものではなく、親しい友人の様になり、よく笑うようになった。
ジンが笑う顔は好きだ。
いつもホッとする。
だから笑ってて欲しい。
その笑顔に惹かれてやるつもりもなかったゲームをやり出したのだから。
イベント報酬が欲しいならいくらでも手伝ってあげる。
卵を増やすと凄く喜ぶ姿を見れる。
甘えられれば頼られていると、これで離れる事はなくなると嬉しくなる。
自分を必要としてくれている。
今までいつか消えてしまいそうだった雰囲気が無くなり、今は隣にいるのだという安心感がある。
………けれども、最近のジンに違和感を覚えるのは何なのだろうか。
絡まる腕にゾワリと鳥肌が立つのは何故なのか。
暁月の日本刀で一人二人と消していく。
折角ジンが見つけてきたのだから、卵を取らせてあげないと。
こいつらはいくつ持っているのだろうか。
「卑怯だ」と言っているが、それがゲームというものだ。
踏み込みもう一人……、そう思って横に刃を薙ごうとした。
ーーードッ、バリイイィィン!!ーーー
バリッという音を立てて黒い人影が飛び込んできた。
ツキの刃も対戦相手の攻撃も一瞬で全て弾かれる。
「仁彩!?」
ツキは思わず本名を叫んでしまい、慌てて口を噤んだ。
何故こんな所にいるのだと驚いたのだ。
「何!?」
「誰!?新手!?」
向こうも予想つかない乱入者だったのか、慌てて叫んでいる。
「ダメだよ。こんな騙すようなやり方は好きじゃない。正々堂々とした勝負をしようよ。」
仁彩の眼差しは静かにジンを見つめていた。大きな黒い切長の瞳は力強く澄んでいる。
そういえば、仁彩が真っ直ぐに顔を上げている姿を見るのは、いつもフィブシステムを通してなのだと気付く。
現実世界では識月の前では顔を伏せる。
こちらの方が身体に傷を付けた加害者なのに、申し訳なさそうにする姿しか見た事がなかった。
あの時と同じ、満月を背にして死神の大鎌を持つ仁彩は、とても怪しく美しく見えた。
「これはゲームだよ?力押しばかりではなく戦略もたてないと勝てないんだよ。」
ジンが珍しく怒りを露わにしていた。
「ジン、彼を知っているのか?」
まるで敵を見るかのような顔つきに疑問が湧き尋ねた。
お互い怒りを乗せた表情に、似ているなと思った。二人とも男性ではあるが、バース性は違うし年齢も違う。だが、仁彩が青年になり、もしベータだったならばこんな姿ではないだろうかと思わせた。
だが、そんな、同じ人間でないのは確かだ。ジンと仁彩は今この場に同時に存在する。
「コイツは前に邪魔した人間なんだよ。」
ジンは知っていたようだ。
そして、仁彩も知っているのかもしれない。
「邪魔?」
仁彩が乱入した事により、対戦相手が逃げてしまった。
「ああ!もうっ、逃げてしまった!ねえ、ツキ君はコイツ知ってるの?誰?同じ高校にいるよね?」
ジンがこちらの本垢を知っているので高校も知っているのは理解出来るが、何故仁彩が同じ高校だと知っているのか……?
何処かで会った事がある?
ジンの高校はまだ教えて貰ってないが、近いのかもしれない。
「従兄弟だ。」
簡潔に関係性を伝えると、へえ、とジンが目を細めた。
「今日は帰ろう。」
ジンがするりとツキの腕にしがみつく。
仁彩がそれを見て顔を顰めた。
こんな顔をする奴だっただろうか?いつもは大人しく下を見て、友達と喋っている時も声を抑えたように笑う人間だった。
ゲームの中だとまた違う本性が出るのだろうか?
今の怒りに顔を顰める仁彩に、黒いボロボロの服と大きな鎌はしっくりと似合っていた。
それでも仁彩の存在が気になってくる。
やんわりと絡みついたジンの腕を解き、仁彩に近付いた。
「仁彩、また後で話を聞く。今日は帰るんだ。」
厳しい言葉で帰るように促すと、仁彩は悲しげに見上げた。
何か言いたそうな、苦しそうな、そんな顔に戸惑う。
識月も急に現れた仁彩に戸惑っている。
まずはジンと仁彩を離した方がいいように感じた。
「でもっ………。」
「いいから、帰ってくれ。」
強く言うとくしゃりと泣きそうな顔で唐突に消えた。
「…あっ………。」
思わず引き留めそうになり、帰れと言ったのは自分なのに、何を言うつもりかと息と共に声を止める。
「ツキ君、仲良いの?乱暴な子だね。」
「いや…………。」
仁彩はそんな人間じゃない……、そう言いそうになって、ゲーム内の死神装備をした仁彩は確かに攻撃的かもしれないが、普段の仁彩は穏やかな人間だ。
「いいよ、ツキ君の親戚なら我慢するね。でももう邪魔しないように言っておいて?」
「…………わかった。」
ジンは許してくれるようだ。
町に戻りながら、ジンは今日は時間までどうしようかと話している。
その話に頷き集中しようとするが、仁彩の哀しげな黒い瞳がチラつき何度も拳を握っては、何故こんなに感情が乱されるのか分からず途方に暮れた。
自分達の町に戻り、喫茶店ではなく町の門の前に戻った。
大鎌は消して村人の服を装備する。
死神装備はある意味目立つ。
今日は零時前まで見張ってくる予定だったので、喫茶店にはミツカゼ君がいるかもしれないと思ったから喫茶店には直接飛ばなかった。
町の中央には大きな噴水があり、神話時代を模した天使の彫刻といく筋も流れる水の軌跡がシャワシャワと流れている。
そこまで辿り着き、噴水を囲むベンチに座り込んだ。
ここは広場になっていて、冒険者協会もあるから人が多い。
ざわざわと歩く人並みをぼんやりと眺める。
一際明るい音楽が流れ出した。
星がキラキラと舞いだし一人の少女が現れ歌い出す。
宣伝用のホログラムが建物の壁一面に現れ、少女が花を撒き散らしながら飛び出してきた。
少女の名前は泉流歌。
ジンの中に入っているであろう人間だ。
現実では近付くなと言われたから、僕のサブ垢を盗み『another stairs』の中で識月君に近付いてきた女だ。
ムカムカムカ。
毎日毎日、ツキ君の腕にぶら下がる自分のサブ垢に、反吐が出そうだ。
ホログラムはプログラムが組まれた通りに動いているので、ベンチに座っている僕にも手を振って愛想を振り撒いている。
今すぐ鎌を出して切り倒したい。
ジワリと我慢していた涙が浮かんでくる。
泣くもんか!
ぎゅうとズボンを握り締めて、俯いていたら誰かが前に立った。
「あー、ここにいた。フレンドになってないから探したよ。」
顔を上げるとフミ君がいた。
フミ君は本垢と同じ容姿を使っている。
聖職者のような格好が似合う、人好きのするアルファだ。
でも鳳蝶曰く腹黒いらしいので用心する。
「麻津くん……。」
一応仁彩の本垢姿で会った事はないので、フミ呼びはおかしいかと思い、苗字呼びにしてみる。
「フミでいいよ。」
先程考えなしに戦闘に乱入したが、フミもいた事を思い出す。忘れていた。
「追いかけて来たの?」
「そう、アルバイト中ー。」
アルバイト?首を傾げると、皓月伯父さんから個人的に、識月君の行動調査を報告しているのだと教えてくれた。
そんな事教えていいのかも尋ねると、本人も承知しているようだから大丈夫と笑っている。
「昨日呼び出されてさ、追加任務貰ったんだよね。料金割り増し。」
「追加?」
「うん、君の護衛と補佐。その本垢強さは申し分無いけど、危ないことをしないように見張れって事でさ。」
それ本人に教えていいのかな?
この様子なら僕のサブ垢がジンで、泉流歌が盗んだと知っているみたいだ。
でも相変わらず皓月伯父さんは過保護だ。
「危ない事しないし……。」
「そう?さっきも君のアカウント盗んだやつの目の前に飛び出して来たでしょ?向こうは今日はもう遊ぶつもりみたいだから、こっち
来たんだよね。ところでちょっと確認なんだけど…、聞いていい?」
僕がうんと頷くと、良かったと微笑んだ。
その表情からは腹黒さは感じず爽やかイケメンだ。
僕は騙されているのかな?
「君が元々ジンとして一緒にいたアゲハって、湯羽鳳蝶のこと?」
「………………。」
これ、答えていいのかな?
鳳蝶は内緒にしている。勿論フミ君にも。
フミ君とミツカゼ君は学校でも一緒にいる仲だ。これ教えたらミツカゼ君にも話が行っちゃう?
「あ、安心してよ。光風には言わないから。護衛する上で関係性を確認しときたいんだよね。俺もアルバイトはちゃんとやりたいし、雇用主は秘密主義だし、自分で模索しなきゃなんだよね。」
ごめんね?といいながら仁彩の表情を伺う姿は人が良さそう。
信じていたのかな?アゲハに尋ねたくても、今ミツカゼ君に捕まってるしなぁ。
仕方なく頷いた。
アゲハが鳳蝶だという事で。
「やっぱり!うわぁー光風知らないよね?どーしようかなぁ。君達は教えるつもりがないんだよね?」
確認されて、これにも頷く。
「OK OK、話は合わせるよ。でも、識月には教えないの?あれ偽物だよって。」
教えれば確かに話は早いのかもしれない。
でも………、せっかくジンとしていろんなしがらみ抜きで笑い合っていた関係性を捨てる事が出来ない。
僕は識月君の家庭を壊している一員だという自覚がある。
もし今のジンが偽物で、本当は僕がジンだったと知った時、もうあんなふうに嬉しそうに笑ってくれない気がして悲しい。
「……………言った方がいいとは思うんだ。でも何事もなくサブ垢を取り戻せたらと思ってて……。無理かな?」
見上げて尋ねると、フミ君が目と口を開けて見つめていた。
??どうしたんだろう?
「あー、君、学校でいつも大人しいから知らなかったけど、それはちょっと……。しかもジンの本体オメガだったよね?て事は君はオメガ……。いやいや、君子危うきに近寄らず。」
…何言ってるんだろう?
「あの、鳳蝶と相談していい?」
とりあえず鳳蝶に相談したい。一人で決めるのは自信がないのだ。
「うん、いいよ。………と、またこの二人一緒にいるの?喫茶店の中?」
「あ、今は入れないからここで待ってるんだよ。」
スクリーンを開いたフミ君が、アゲハとミツカゼ君が一緒にいる事に首を傾げている。二人の関係は知らないみたいなので、多分フミ君も入れないようロック掛けてあるはずだけど、迂闊に喫茶店の中へ飛んで行かないよう忠告する。
「アゲハがパーティー抜けた時点で喫茶店の出入り不可になってるから飛べないけど、ミツカゼはアゲハにご執心でアゲハの本垢見つけたい言ってたな?アゲハのトコに入り浸ってて、アゲハは湯羽鳳蝶で、君オメガで、あれ?鳳蝶はアルファじゃないよな?どーみても。ベータ?オメガ?」
顎に指を掛け思案顔で一気に確信をついてきた。
どーいう思考回路でそこに行き着いたんだろう?
しかし親友のバース性を簡単にバラすわけにはいかない!僕は口を手で塞いだ。
「うん、可愛いけどそれで分かるからね?」
ニコッと笑って言い切られた。
ごめん、アゲハ……。
応援ありがとうございます!
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