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28 犯人探し
しおりを挟むすっかり朝晩が冷え出した頃、制服のカーディガンを羽織って登校した。
「おはよう。」
「はよ~。」
最近の鳳蝶はすっかり朝間食をしなくなった。朝ごはんでお腹いっぱいになってしまうんだそうだ。
一学期に僕達の横でオタク死ねとばかりに見ていた女子に、何故か食べないからとお菓子をあげていて、いつの間に仲良くなったのかと驚かされた。
鳳蝶のコミュニケーション能力は尊敬する。
「そんな輝いた目で見でも、もう菓子はねーぞ。」
「違うよ、鳳蝶。僕のこの澄んだ目を見てよ。そんな卑しい目はしてない筈だよ?」
「真っ黒だな。」
「それは僕の元々の目の色です!」
アゲハの瞳は薄茶色の綺麗に澄んだ目だ。
少し痩せてきて可愛くなってきている気がする。
(昼休みどこで喋る?)
(うーん、屋内はどこも混んでるから、詳しい話は僕んちでしない?伯父さんも話があるって。)
(もう何か調べたのか?)
僕がコクリと頷くと、鳳蝶は感心したようにオーケーと言った。
担任の先生が入って来たので鳳蝶は自分の机に戻って行った。
「湯羽、どーした?お前が何も手に持ってないなんて……。」
「………何言ってんすか?」
担任の先生は本気で鳳蝶の食細りを心配していた。
今日は体育があった。
朝はヒンヤリしていたので気が抜けていたのかもしれない。
外で走っていて、陽射しが強くて暑かった。
「あれ?顔赤く無い?日焼け?」
クラスの女の子が話し掛けてきた。
「え?………あ。」
多分火傷痕が赤くなっているのだ。
慌てて左側を手で押さえた。
「バカっ、雲井君のは違うよっ。」
隣の子が慌ててコソコソと何か耳打ちしている。
「え?あ、……そか、そー言えば、ゴメン!」
「あ、ん~ん、ありがとう。心配してくれて。」
「ホントごめんね。せっかく肌白くて綺麗なのに焼けちゃったのかと思って。」
肌が綺麗と褒められて嬉しくなり微笑むと、女の子の頬もほんのり赤くなった。
抑えた左手に力が入る。
「実は雲井君に話しかけたかったんだぁ~。」
「え?僕に?」
「うん、ほら夏休みの陣取りゲームで雲井君、本陣の旗守ってたでしょ?あれ、体育館で見てた子多いんだよ。あたしも見てて、すっごく綺麗で強いから見惚れちゃった!そうやって笑ってるとやっぱり本物なんだぁって感じる~!いつもそうやって笑っててね!」
さっきはごめんねと、その子は謝りながら遠ざかって行った。
好意で言ってくれたのだろうから悪い気はしない。でも火傷痕が赤くなっているのだと気付き、早くこの場から離れたくなってきた。
あの子は良心で言ってくれたのだ。それでも左側の手を離す事が出来ない。
気温が高い時は肌が弱いことを理由に見学する事が多い。今日は涼しいと思って参加してしまった。
どうしよう、今から見学にしようかな。
モヤモヤと立ち止まって考えていると、ポスンと頭にタオルが乗せられた。
「!?」
「タオルくらい持って来い。」
タオルを乗せたのは識月君だった。
大きめのフェイスタオルはスッポリと顔を隠してくれる。
「終わるまで被っとけばいい。」
そう言って立ち去ってしまった。
「…………ありがと。」
聞こえているのか分からないけど、ポソリとお礼を言う。
タオルの端と端を握って感極まっていると、鳳蝶がソソソと近寄って来た。
「まさか、リアルでもワンコ化?」
「え、今の要素にワンコ入ってた?」
ここはキュンキュンくるとこでしょー。
揶揄ってくる鳳蝶に肩で体当たりをしながら、タオルを目深に被って赤い顔を隠した。
最近識月君の周りが静かになった。
『another stairs』をやり始めた頃は一緒になって話してた子達も、今は寄っては来ても逆にその話題をさけている。
鳳蝶に聞いても、朝からそんな感じらしい。『another stairs』の話を識月君に振ると、機嫌が悪くなるので、誰も話しかけられないのだとか。
ミツカゼ君も何となく大人しいし、フミ君もよくこっちのクラスに来るけど、空気を読んでゲームの話はしない。
「何で機嫌悪いのかな?あ、着替えそこに置いてていーよ。」
今日も鳳蝶は泊まりで遊びに来てくれた。
僕のゲームアカウントの為にここまでしてくれるなんて、なんて良い友人なんだろう。
「…………え、気付いてない?ま、いいや。 じゃあ置いとく。」
鳳蝶が一瞬なんとも言えない様な顔で僕を見たけど、なんだろう?
「伯父さん今日は早目に帰って来るって。父さんが喜んでるよ。」
喜びすぎて晩御飯張り切っている。皓月伯父さんが定時上がりとかあるかないかの話なのだ。
こういうのを見ると、番だったんだなぁと感じる。何故今まで気付かなかったのか。
先にお風呂を済ませると、伯父さんが帰って来たので晩御飯になった。
本日のメニューは鮭とキノコのポテトグラタンとささみの梅じそ挟み揚げ、春雨スープ、トマトの薄切りサラダ、デザートにコーヒゼリーまであった。
そんなに食べれるかな…。
「調べたんだが、仁彩のアカウントは社内で盗まれた可能性が高い。」
「あーそうですね。もうそこしか無いとは思ってたんですけど、誰が盗ったか分かったんですか?」
皓月伯父さんは頷いた。
が、まずは食べてからという話になった。
雫父さんがムウっとした顔をしていたからだ。
「美味しいよ、雫。」
伯父さんが褒めると、父さんはニコニコだ。
食べ終わってから、お茶を飲みながら会話を再開した。
「仁彩のアカウントを盗んだのは経理部部長の泉翔也だ。」
「泉?」
鳳蝶も聞き覚えがあったのか不思議そうにした。僕にもあるけどどこで聞いた名前か思い出せない。
「まさか泉流歌の親ですか?」
伯父さんはにっこりと笑う。
「え?何でそれで僕のアカウント?」
僕は確かに陣取りゲームで泉流歌を強制退場させた。まさか腹いせ?
「おそらくジンのアカウントが仁彩の物とは知らずに盗んでいるんだろう。本垢とサブ垢の紐付けは使用者には簡単に見えるが実際システム的にはかなり複雑に出来ている。むしろ、そうしている。仮に今回の仁彩のようにサブ垢を盗まれた時、本垢まで辿り着き本垢の各種データを盗まれれば、それこそかなりの痛手になる。簡単には辿り着けないようになっている。」
鳳蝶は指でトントンとコタツの天板を叩いて考え込んだ。
「つまり、ジンに入っているのは泉流歌で、目的は雲井識月目当て。その道具として従兄弟どのがご執心のジンを盗んだ?」
またまた皓月伯父さんがにっこり笑った。
正解した時こういう顔をする。
僕はあまりされたことはない。正解しないから。
「あ~その流歌ちゃんって子は識月君が好きなんだ?もしかしてオメガ?」
「オメガの女の子だよ。」
折角排除したと思ったのに、しつこいよね。
「どうする?フィブシステムは国のシステムでもある。そこに手を付け盗んだんだ。それ相応の罪に問われる。」
「オレとしては叔父上どのが動いてさっさと捕まえて、仁彩にサブ垢返してくれるのが一番早くていいんですが。」
僕のアカウントの話なのに、会話の主導権が皓月伯父さんと鳳蝶になってしまっている。
「それがそうもいかない。今仁彩のサブ垢はフリフィアに繋がっている。」
「げっ何で!?」
「フリフィアって何?」
「えぇ!?」
順番に鳳蝶、僕、父さんの流れ。
「どどど、どーして仁彩はそんなにお馬鹿さんなの!?フリフィアは教材にも載ってるでしょ!?」
「………………。」
やばい、これ、知ってなきゃならん事らしい。助けを求めるべく鳳蝶を見た。
鳳蝶は溜息を吐いている。
「あー、フリフィアってのは現代史に載ってる。今から五十年程前にフィブシステムが全世界に広がったけど、その時一部反対派組織が産まれたんだよ。ま、今じゃ闇だな。フィブシステムを通さずに仮想空間を使用したい奴らが通う場所の事をフリフィアって言うんだよ。」
「フィブシステムを通さずに仮想空間を使う?」
「ま、要は風俗だけどな。後は犯罪とか?」
「ふぇ!?」
仁彩には風俗がどんなものかという知識はあったが、何故態々フィブシステムを通さずに仮想空間を使う必要があるのかが理解出来ない。
「風俗は隠れて通いたい人間も多いからね。妻帯者とか、世間体とかね。フィブシステムは全ての人間の体調管理や社会的な安全を保証してくれるけど、逆に管理され過ぎてておかしな事も出来ないからね。」
父さんには理解出来る事らしい。
これが年の功なのかな?
そんな事を考えながら父さんの説明を聞いていると、何故か眉間をグリグリされた。
脱線すると感じたのか皓月伯父さんが代わりに説明し出した。
「ジンを使っているのは間違いなく泉流歌だろうが、自分のアカウントに連動すれば直ぐに身元がバレると思ったんだろう。フリフィアにジンを預けて使用しに言っている筈だ。」
「えっと、フリフィアは場所?」
「場所だ。その区画だけを風俗街として国が許可した場所の事をフリフィアと言っている。そこに行けば本物の人間相手でも、仮想空間の相手でもどちらでも遊べる合法的な場所だ。」
「伯父さんも行って………。」
「ない。」
食い気味に否定された。
「しかしそこまでして従兄弟どのが欲しいかねぇ?最終的に本物は自分ですと名乗り出るつもりかな?」
鳳蝶の言葉に僕は憤る。
僕だって本当は名乗り出て、リアルでも仲良く『another stairs』の話をしたいのに!
「そんなの嫌だ!僕だってアナザーの中だけじゃなくて、現実でも次のイベントの話をしたいのに!」
「いや、あの女はゲームの話をしたいんじゃない筈だけどな?」
「動物は選ぶなら狼にしてって言うつもりだったのにぃ!!」
「あー残念、ライオンらしいぞ?」
「がああぁん!僕のワンコが!」
「いや、リアルで従兄弟どのにワンコ言うなよ?」
流石の伯父さんも肩を震わせて笑っているし、父さんは腹を抱えて笑っている。
「ワンコ!下僕の次は犬!ぷはっ、あははは!」
「ふふ、識月を犬扱いしてたのか。それより、話は戻すが一度フリフィアに売られたアカウントは色々とあまり良くないプログラムを入れられる。取り戻しても同じ状態には戻らないぞ。」
そう聞いて僕は涙が出て来た。
折角今まで育てたのだ。装備だってすごく気に入ってたのだ。
「僕の天使装備……。」
識月君がくれた森の精霊のローブと天使の靴も諦めなきゃならないのかな。
悲しくなって来た。
僕の気持ちがいっぱいいっぱいになってしまったので、今後の方針は明日に決める事にした。
この前買った陣取りゲームの中の識月君をスクリーンに映し出す。
鬼装備の識月君はとても綺麗でかっこいい。
「お菓子やった女の子達に聞いたんだけどさ、その子達ノーカット版買ってるらしいんだけど、仁彩の死神装備映って無いらしいぜ。」
僕は味方本陣の前で死神装備になって泉流歌を切った事を思い出した。
そう言えば体育の時も女の子から体育館で見てたと言われた。でも映像には残ってないんだ。すっかり忘れていた。
「生徒会の奴らが言ってたらしいけど、あの仮想空間作ったの従兄弟どのらしいんだ。映像もノイズの入ったやつや誰も映ってないトコは全部外して生徒会に渡したのも従兄弟どのらしい。」
「ノイズ入ってたから消したのかな?」
「どーだろな?」
鳳蝶は隣の布団に寝転がり、熱心に雲井識月のサブ垢を見ている仁彩を見た。
きっと識月は仁彩の映っているデータを消したのだろうと思っている。
仁彩は自分の容姿も死神装備をした時の姿も何故か醜いと思っている。
多少の火傷痕など気にならないくらい、仁彩は綺麗だ。
そう鳳蝶は思う。
柔らかそうな黒髪も、微笑む姿も、細い肩も、きっと識月は気になっているはずだ。
気付いている訳では無いと思うが、識月はジンと仁彩の存在に揺れ動いている。もしかしたら、という可能性も視野に入れているかもしれない。
その時識月がどう動くのかまでは鳳蝶には予測出来ない。
だから自分はずっと仁彩の味方でいる。
助けてあげたい。
でも、出来ることならこの呑気で馬鹿な親友が、幸せになってくれる事を願っている。
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