偽りオメガの虚構世界

黄金 

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25 熟れる熱

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 はあ…………。


 吐く息に熱が籠る。
 ペタリと布団に頬を付け、疼く後孔を高く上げて、自分の指でグチグチと弄った。
 今日の夜にはツキ君に会える。 
 そう思うと下腹部がキュンキュンと締め付け、前からも後ろからもダラダラと粘つく液が溢れ落ちる。
 足りない、足りない。
 もっと刺激が欲しい。
 後ろに入れて欲しい、ツキ君はどうやってセックスするのだろう?優しい?激しい?
 そう想像するだけでゾクゾクと太腿が震えた。
 薄い白濁がピュピュと出て、はあはあと全速力で走ったかのように息切れを起こす。

 ジンの設定をベータにしていて正解だった。もしオメガのままだったら、発情期中には会えないだろう。
 現実の熱が仮想空間にまで届きそうだ。

「ん、しづき、くん………、しづきくん…。」

 ん、ん、と言いながら自分の乳首を弄り快感を拾う。何度も名前を呼んで、自分があの綺麗で美しいアルファの従兄弟に恋心を抱いているのだと実感する。

 夜の九時に会った時、自分の顔が欲に濡れていないか心配だが、今この性欲を止める術はない。

 喉が渇く。
 サイドテーブルに置いた水をゴクゴクと飲み干した。
 まだ発情期は始まったばかり。
 仁彩はまだ軽い方だ。こうやって意識はちゃんとあるし飲んだり食べたり出来ている。
 思考判断能力があるオメガの発情期は軽度らしいので、重度のオメガはもっと酷いのだろう。
 ペタリと足を開いてベットのシーツの上に座り込む。
 スリスリと腰を動かすと、後孔と陰嚢がシーツに擦れて気持ち良い。
 鈴口に親指を当てて更に快感を増そうと無心に動かす。
 それでも思い浮かぶのは涼しげな切長の美丈夫だ。
 鬼装備、綺麗だった………。
 日本刀を振るう姿が目に焼き付いている。
 学校は日常風景の一つだ。そんな場所であんなにカッコいい識月君を見れるなんて夢のようだった。もう二度とそんな事はないだろう。
 そうだ、編集した映像を売りに出すって聞いたから買わないと…。
 はっはっと息が荒くなる。
 今日その映像があったら良かったのに。
 
 夢想しては精を放ち、識月の名を呼ぶ。
 こんな従兄弟に思われても迷惑だろうけど、どうか許して欲しい。
 どうしても思い浮かべるのは君だけなんだ。

 君のあの笑顔を、僕だけのものに出来たら良いのに…………。

 識月君が喫茶店の扉を開けて来た時、こんな風に想うなんて思ってもみなかったよ…。









 ツキ君に手を引かれて僕は歩いていた。



 アナザーに潜って階下の喫茶店に降りた僕を見て、アゲハは眉を顰めた。

「はぁ、今日は討伐休みな。」

「え?なんで?」

 アゲハはうーんと首を傾げている。

「なんか、いつもと違う。」

「………発情期中だからかな?」

「たぶん?………オレはちょっと近寄るのやめとく。流石に親友と間違いは起こしたくない。」

「今の僕はベータだよ?フェロモンとかない筈なんだけど。」

「いや、そーなんだけど、そーでもないというか………。とりあえず、早く帰っ…いや、発情期中だから、二階に上がって本垢に切り替えろ。」

 匂いは無い。フェロモンも無い。
 でも雰囲気というか、表情というか……。
 アゲハも考えているが、自分自身も元はオメガなのではっきりコレとも言えず口籠る。
 アイツらが来る前に仁彩を隠さなくてはならないと、ジンの背中を押して急かせる。

 二人でじゃあ今日はやめとこうと話していた時、カランコロンと軽い音を立てて喫茶店の扉が開いた。

「こんば…んは?」

 僕の顔を見て一瞬嬉しそうな顔をしたツキ君が、夜の挨拶を言い掛けて狼狽えた。

「こんばんは。」

「あ~~、来る前に先に帰そうと思ったのに………。」

 アゲハが何故か天を仰ぐ。

「こんばんは~~来たよー……ぉ?」

「…………え?あれ、ジンって……。」

 ツキ君の後から入って来たミツカゼ君とフミ君も驚いた顔をする。

「あ~~~、来た~~~。今日は休みでーす。ジンはもうログアウトしまーす。」

 アゲハが僕の手を取って階段を上がろうとした。
 それをすかさずツキ君がカウンターを飛び越えて僕の腕を掴む。
 ツキ君の切長の目が僕の目をジッと見つめていた。熱を孕む瞳に僕の顔が徐々に赤くなっていく。

「…………え?あの、どーし、たの?」

 全員の視線が僕に集まっている。
 この状況に僕は狼狽えていた。何故こんなに皆んな黙りこくっているのか分からない。

「……………ジンの、相手は……、まさか。」

 漸く喋ったツキ君は、僕から視線を外して僕を通り越しアゲハを見た。
 ズンッーーーと空気が重くなる。

「ぐぅっ……!」

 アゲハが顔を顰めて背が丸まる。まるで上空から見えない何かに押さえつけられているように片膝を付いた。
 ツキ君がアルファの威圧をアゲハに放っており、アゲハは僕の手を離して息苦しそうにしている。
 ミツカゼ君もカウンターを飛び越えてアゲハの前に躍り出た。

「違うっ!識月!アゲハは違うって!」

 いつものんびりとした話し方が早口になっている。ツキ君から隠すようにミツカゼ君はアゲハを庇っていた。
 アゲハは驚いたように目を見開いている。
 庇ってくれると思わなかったのだろう。
 ツキ君は僕の腕を掴んだまま目を瞑る。
 眉を顰めて何か考えているようだ。
 
「…………そう、だな。すまない。」

 フッと威圧が無くなる。

「ジンは借りる。」

「あ、アゲハ……。」

 アゲハがはぁと息を吐いて何か喋ろうとするが、声が出ず諦めたようだ。
 僕は手を引かれてツキ君に連れられ、表に引っ張られていった。



「大丈夫?ジンは本体オメガだったの?」

 ミツカゼの確認に、これは隠せないなと感じアゲハは頷いた。
 
「ゴボッ……、本人の了承無しに言いたくねーけどな。はぁ、ツキって冷静沈着そうに見えて実は直情型?」

 座り込んで胡座をかくアゲハの隣にミツカゼも座り込み、まじまじと覗き込んできた。

「………ね、ねぇ、咄嗟に庇ったけど、違うよね?」

「ちげーーわ!」

 ゴンとアゲハのパンチがミツカゼの頭に当たる。

「えーー?もしかして俺だけあぶれてるのかな?」

 それまで静かに成り行きを静観していたフミが、納得いかないとぼやいていた。







 どこに連れて行かれてるのか分からず、引っ張られるままに町の通りを歩く。

「ツ、ツキ君っ、どこいくの?」

 絶対に離さないとばかりに掴む腕は強い。
 キョロキョロと見渡しこの通りに並ぶ店を見てハッとする。
 ジンにはあまり馴染みが無い通りだった。
 表通りからいくつか入らなければならないし、そういう目的を持った人間しかここには来ない。
 ツキ君は一つの店に入った。
 プレイヤーが経営している店もあれば、NPCがやっている店もある。
 
「…………あの、ここって…。」

「宿。」

 いや、宿は宿なんだけど、所謂ラブホというものでは……。
 
 ツキ君が選んだのはNPCがやっている店だった。
 プレイヤーが経営している店は怪しい店が多いから入るなとアゲハに言われた事がある。なんでも特殊なプレイに凝った店とか道具とか置いてたり、現実でもちょっとアレな職業の人達が経営してたりするから、気を付けろと言っていた。
 NPCが経営しているという事は、『another  stairs』の系列という事になり、面白みはないが安心安全という事になる。
 どちらを取るかは利用客次第だ。

 カウンターらしき所で部屋を選び、階段で二階に上がり部屋に連れて行かれた。

「ジン、発情期?」

 聞かれてハッとする。

「…………………何か、変?」

 ツキ君の手が頬を撫でた。
 先程喫茶店でアゲハを睨んでいた時とは違い、優しく僕を見ていた。
 切長の瞳の中の濃紺の瞳が揺れている。
 
「現実で会えない?俺が相手するから。」

 僕は目を見開く。
 そんな事は出来ない。
 僕は従兄弟の仁彩なのだ。僕を見て、同じ言葉を言ってくれるだろうか。
 現実では識月君と関わる事は殆どない。
 目も合わせない。
 識月君のお母さんをおかしくさせたのは僕達親子なのだ。恨まれこそすれ、好意を持っているとは思えなかった。

 僕がフルフルと首を振ると、少し悲しげに表情が曇った。

「じゃあ、ここでさせてよ。」

 まさか発情期の相手をするという事だろうか?

「でも、僕の身体はベータなんだ。この身体には必要ないよ。」

「本当に?」

 ツキ君は僕をベットに座らせた。手を取り僕を見る目は熱を孕んで熱い。
 この身体がベータなのは確かだ。オメガの発情期を感じない身体。発情期の苦しみから逃れる為にここにいるのだ。
 それなのに、何故身体が疼くのか。
 緩く熱を持ち始めた下腹部に、僕は身体をモゾモゾとさせた。

「………必要、無いはず?………なんで分かったの?発情期って。」

 ツキは小さく笑った。
 分からない筈がない。
 潤む瞳、薄っすらと朱に染まる頬、人を惹きつけ誘う色香。
 オメガのフェロモンの匂いが無くても、アルファなら惹きつけられる香りの無い媚香。

「本体がアルファなら何となく本能で理解できる。きっと、良い匂いがするんだろうなって、ジンを見た瞬間に思った。」

 瞳から、繋いだ手から情欲が伝わり、ブルリと身体が震えた。
 後ろは濡れるはずが無いのに、脳が、本能が、お前の身体は濡れる筈だと、アルファを求める筈だと訴えてくる。
 熱い視線に堪らず俯いた。
 これ以上見ていると、本当に口に出て来そうだ。

 ーーー抱いてーーーと。

「このサブ垢でセックスは?」

 ツキ君からそう聞かれて思わず身じろぎする。
 セックスは課金なのだ。
 プルプルと首を振った。きっと顔は真っ赤だ。そんなつもりでこの『another  stairs』を始めたわけではない。
 だけど、自分は今期待した。
 抱いて欲しいと喜びに溢れてしまった。

「じゃあ、キスだけ。」

 身体を引かれ抱き締められる。
 暖かい。
 オメガの身体なら、アルファのフェロモンの匂いを感じるのだろうか。
 どんな匂いだろう?
 知りたい。
 でも、ダメ。
 
「……………んぅ。」

 合わさる唇の熱が、柔らかさが、僕の心を揺さぶる。
 入る舌の厚さが生々しく、きっと現実ならもっと溺れてしまうのだと理解した。
 好きだと言いたい。でも、言えば嫌われるかもしれない。
 閉じていた目を開くと、ツキ君の長い睫毛が震えているのが見えた。薄っすらとお互い瞼を開けて見つめ合う。
 それだけで興奮する。
 なんて幸福な時間。
 押し倒され唇が深く合わさる。快感がむず痒い。

 父さんが前に言っていた。好きな人と過ごす発情期はいつもより興奮するのだと。
 こういう事なのかなと思った。
 ここは精神だけの仮想空間で、ベータの偽りの身体なのに、識月君と会えると思うと身体が熱くなった。
 今日はツキ君に会えるのだと思うと、心がはやり花が咲くように浮き足だった。
 喫茶店に入って来たツキ君を見て、心が歓喜した。
 嬉し過ぎて涙が滲む。
 現実で、仁彩として会えたらどんなに良いか。
 仁彩に笑いかけてくれたらどんなに嬉しいか。
 発情期を一緒に過ごしてくれたら、きっと幸福で死んでしまうがしれない。

 僕達はツキ君の制限時間ギリギリまで、ただお互いの唇を貪っていた。
 ツキ君は腰が砕けてしまった僕を抱っこして、ちゃんと喫茶店の僕の部屋まで送ってくれた。

「発情期はいつまで?」

「……………まだ、始まったばかりだから。」

「じゃあ、明日からこの部屋で過ごして良い?」

 馬鹿正直に教えたのは期待が溢れていたから。優しい顔のツキ君に甘えてしまった。
 僕は羞恥で目を合わせれなくて、目を閉じて頷いた。

「また明日の九時に……。」

 そう言って消えたツキ君が消えた場所を、僕は名残惜しくずっと見ていた。














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