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12 仁彩のお父さんは籠の中
しおりを挟む僕はボンヤリと考えが纏まらないまま鳳蝶の家にお邪魔した。
鳳蝶のお母さんが出迎えてくれたが、相変わらず睫毛ビシバシの美少女オメガだった。年齢聞くのが怖いくらい。鳳蝶も痩せたらお母さんそっくりになりそうだ。
「で?何を悩んでんの?昨日従兄弟殿はガッカリしながら帰ってったぞ。」
その従兄弟の所為で悩んでいる。
僕は今日、鳳蝶に聞いてもらうつもりで来た。
結局一晩考えてなんで頭がぐるぐるしているのか分からなかったのだ。
「あのね、昨日識月君と帰ったんだけど………。」
僕は昨日の事を話した。
「……………………え?それ、その話聞いたオレの命は大丈夫なのか?」
「え?だめかな?」
鳳蝶は勘弁してくれと嫌な顔をした。
「それで?親が兄弟で番になってたの知ってショックなのか?それとも親と伯父さんのセックス見て嫌になったのか、どっちなわけ?」
「…………………うーーーーん。」
僕は頭を捻った。
正直言うと、どっちでもないような?
「結論から言うと兄弟間で番うのは法律違反じゃない。ただ婚姻は出来ない。番は本能でやってしまう場合があるし、一度番えばオメガにとっては解除されちゃ困る。近い血筋でアルファとオメガが産まれた場合は、別宅で育てたり養子に出したりするんだけどな。」
オメガは一生に一度しか番えない。それを解除されたら発情期の度にいないアルファを想って性衝動に苦しむという。その苦しみは気が狂う程。
だからフィブシステムで、番解除で苦しむオメガを仮想空間に避難させる処置がある。
一旦眠らせれば身体の衝動もかなり軽減されるし、心は仮想空間で生活しているので苦しみを感じない。
そうしないと苦しい発情期を何度も経験するうちに、そのオメガは狂っていくしかないのだという。
最後に迎えるのは死だ。
決してこの処置で寿命を全う出来る訳ではないが、苦痛は軽減される。
「じゃあ、別に悪い事じゃないんだ?でも何で僕に隠してたんだろ?」
「さあ?デッカい会社だし色々お家事情があるんじゃない?というか、オレとしては今頃なんで雲井識月が仁彩にそれを教えたかが気になるけどな。それに仁彩の父さん一回結婚してるのになんで兄と番になってんのかは謎だよな。」
それは僕も気になった。
「うーーーーん、そう言われると、僕も一番そこが気になるかも?」
鳳蝶に相談した事によって、昨日からぐるぐるしていた僕の頭の中はかなりクリアになってきた。
父さんに聞いてみる?
それとも伯父さんに?
言えない何かがあるから黙ってるんだよね、きっと。
「あんまり番関係は根掘り葉掘り調べるもんじゃないしな。良いことばかりじゃないし。」
「………うん、機会があったら聞こうかな。ありがと、鳳蝶のお陰でスッキリした!」
やっぱり鳳蝶は凄いな!
尊敬の眼差しで鳳蝶を見ると、体型に似合わず目力の強い鳳蝶の目が優しく微笑んだ。
いつもそうやって笑ってればモテそうなのに。
鳳蝶の家で手料理を頂き、昨日話していたミルクアイスも食べさせて貰った。
そして僕達は夜九時にアナザーの世界に潜り込んだ。
カラン コロン。
今日もいつも通り識月君がやって来た。
「こんばんは。」
「いらっしゃい。」
僕が出迎えると識月君は嬉しそうに寄って来た。相変わらずリアルの僕との対応の違いがかけ離れ過ぎている。
本気でバレたら怖い。
「よかった。昨日は具合悪かったのか?」
耳と尻尾が見えそうなくらい嬉しそうに話し掛けてくる。
この『another stairs』にはケモ耳尻尾が存在する。最近実装された職業選択だ。
職業に獣人という職業はおかしいような気がするが、獣人を選ぶと何か動物が選択できる。
識月君は間違いなく犬か狼だ。
僕の薬師はなんとなくだ。天使装備に合いそうなのを見付けていて、これかな?と適当に選んでしまった。
薬師を選ぶと合成が上手くなるが、今んとこ活用されていない。
「うん、風邪かな?今日はもういいんだよ。それと僕達月間イベントをやろうと思ってるんだけど。」
年四回ある大型季節イベントの他に、毎月一日から二十日までの定期イベントがある。
ギルドイベントになるので僕達は普段参加していない。何故ならギルド月雫は会社が管理している警備用のギルドなので、イベント参加はほぼしない。
不審がられないようにランキングも中の下をキープしてある。
頭の良い識月君は今やってるイベントから瞬時に状況を把握した。
悲しそうに眉と目が下がる。一緒に討伐に出れない事を察したのだろう。
「わかった………。じゃあ、暫くは自分でレベル上げしとく。………その代わり次の夏イベは一緒にやって。」
夏イベは年四回ある大型季節イベントの中の一つ、夏イベント。この前アゲハが取った雷神の槍が春イベントだった。
お願い、と身長の高い識月君が必死にお願いしてくる。
うう………!
この顔面でそんな悲しそうにお願いされたら断りずらい。
「そうだね、じゃあ夏イベやろうか。」
ついOKしてしまった。
背後にいる無言のアゲハの圧が怖い。
識月君は嬉しそうに帰って行った。
学校の識月君は大人っぽいのに、アナザーの識月君のなんと可愛い事か!
「僕、ベータだから識月君の事可愛く見えるのかな?」
「いや、単純に絆されてるだけだろ?」
アゲハのツッコミは早かった。
父さんがいない一週間はあっという間で、学校から帰ると家の中に人がいる気配がした。
この平屋はかなり昔に建てられたオメガ用の離れらしく、純和風のレトロな平屋だ。
台所の隣には座敷の部屋、風呂、トイレ、僕の部屋、更に奥に父さんの部屋と客間がある。
今まで客間は伯父さんが使ってると思ってたけど、実は父さんと寝てたのかな?鈍い自分が恥ずかしい。
着替えて座敷に行くと皓月伯父さんがいた。いつも父さんの発情期明けは皓月伯父さんがいたのに、本当に僕は鈍いのだなと思う。
「伯父さん、ただいま。」
「おかえり、一週間何も無かったか?」
そう聞いて来た伯父さんはいつもの伯父さんだった。
とてもあの日、父さんに覆い被さってフェロモンを垂れ流していた人には見えない。
僕は発情期はきてるけど、恋人もいないしアルファの友達もいないので、まともにアルファの匂いを嗅いだのは初めてだった。
だからと言って伯父さんが素敵に見える事は無いので安心した。
何も無かったよと答えながら、置かれた座布団の上に座る。
今時この部屋にはコタツが置いてある。今は暑いので机だけだ。
父さんがやって来て「おかえり。」と言ってお茶とお菓子を置いていった。
二人ともいつも通りだ。
父さんは荷物を片付けてくると言って、奥の自分の部屋に行ってしまった。
聞くなら今かな?
どうやって聞こうと悩んでいると、伯父さんから話しかけてきた。
「識月と来ただろう?」
僕は伯父さんの目を見た。
伯父さんはとても静かな目をして僕を見ていた。何を考えているのか分からない。
「うん、来たし見たし、父さんと伯父さんが番だって知ったよ。」
僕が一気にそう言うと、伯父さんはほんのり笑った。
何で笑うんだろう?
こう言うところが識月君と一緒だなと思う。笑って感情を殺すところが。
「意外と冷静なんだな。もっと拒絶されるかと思っていた。」
「それは…、しないかな?そこまで嫌だって感じてないし。それよりもいつから番になってたの?全然気付かなかった。」
伯父さんの説明では、僕は父さんの元夫との子供で、産んだ後に番になったらしい。
父さんが離婚したのは僕が中学三年生の時だ。ずっと両親は別居してて、離婚の理由も夫夫仲が冷めたからだと聞いていた。
気付いた時には離れて暮らしてて、月に一度程度、お父さんは会いに来ていた。
あんまりお父さんの記憶は無い。
物静かで、父さんとお父さんの距離はいつも開いていた。
それは仲が悪いからだと思っていたけど、もしかしたら別の番を持つ父さんに、近寄ることができなかっただけなのかと思い至った。
「お父さんは、今どうしてるの?」
何となく…、これは勘だった。
父さんの話をする伯父さんの顔を見て、怖くなった。
「そんな顔をしなくても、ちゃんと生きてるよ。」
そう言った皓月伯父さんは笑ってたけど、怖いくらいに笑っていなかった。
後日、僕は伯父さんに連れて行ってもらった。
白い病院、緑の庭園。
最後にいる場所。
ベットの上には見覚えはあるけど、痩せこけた父親がいた。
アルファだから逞しい長身の骨格なのに、寝たきりで動かない身体は痩せて小さく見えた。
ずっと夢を見ているのだと伯父さんは言った。
死の近い身体、壊れた心を休める為に、作られた仮想空間でその時まで眠り続けるのだと説明を受けた。
此処は皓月伯父さんの会社と提携している病院で、僕が実の息子だから面会出来るけど、家族以外は面会謝絶になるのだと言われた。
特別に入った世界は、現実と何ら変わらない世界だった。
ただスクリーンに表示される暦も時間も過去の時間だった。
「雫、どうした?」
見た事もない優しい表情のお父さんは若い。高校生だ。
何でもないよと、僕は笑った。
心配させたくなくて、幸せな夢を見るお父さんの夢を壊したくなくて。
僕は雫父さんの中で笑った。
詳しく聞いたら、皓月伯父さんと雫父さんは兄弟だけど別々に育てられたのだという。産まれて直ぐに遺伝子から第二性が判明するので、お互い知ってはいても会わされることは無かった。
兄弟間で番にならないように、そう育てられていた。
だけど皓月伯父さんは雫父さんを知っていた。こっそりと見ていた。
執着は年々増していく。
両親は幼馴染でずっと一緒にいた。
お父さんは雫父さんが好きで、ずっと守っていたし恋人になってと告白したのもお父さんからだった。
二人は結婚を約束していた。
でもそれは皓月伯父さんの執着を更に酷くさせた。
お父さんの生活は皓月伯父さんの手によって壊されていった。
社会的に追い詰められ、雫父さんと結婚しても番になるなと言われた。
雫父さんには番い防止の首輪がはめられ、僕を産むまで外される事はなかった。
どうして結婚を許したのか聞いたら、雫父さんが子供が欲しいと言ったからだという。
その願いの為に二人は結婚を了承され、番うことなく子供が産まれ、雫父さんは皓月伯父さんに項を噛まれた。
僕の記憶の中のお父さんは、雫父さんに触れる事はない。
それは触れたくても、触れたらオメガで違う人間と番った父さんの体調が悪くなってしまうから。
どんなに愛していても、愛しているから触れられない。
離婚の本当の理由はアルファのお父さんが精神的にダメになってしまったから。
離婚する数年前から会った記憶はない。
「雫、ずっと一緒にいよう。」
お父さんがこんなに優しく笑う人だとは、知らなかった。
きっと凄く父さんのことを愛していた。
死ぬまで見続ける幸せな時間。
これは皓月伯父さんの善意なのだと言われた。
自分のオメガを守っていた報酬だと。
最後まで項を噛まずにいる事が出来た褒美だと。
飼い主が飼い犬を世話する様に、お父さんは好き勝手に飼われた。
制限時間が来て、僕は現実に戻される。
伯父さんはお父さんを此処に入れたけど、会う事はないと言った。会いたくないんだって。
大事な番の側にいたやつに対する攻撃性。
アルファの伯父さんとアルファのお父さんは対立して、お父さんは伯父さんに負けたのだ。
その結果が幸せな夢を見る死への道。
「伯父さんは、何で僕にここまで教えてくれたの?」
父さんは知らないらしい。
入院している事も、死ぬ事も、幸せな夢を見ている事も。
伯父さんはやんわりと笑っただけだった。
いつも優しい伯父さんが、この時から何を考えているのか分からない絶対者に見える様になった。
こんな狂気に囚われ雫父さんに執着する皓月伯父さんを愛している伯母さんに、初めて同情した。
そして、そんな人達の子供に産まれた識月君が可哀想に思えた。
僕はきっと、親が実の兄弟で番になった事よりも、それで可哀想な人生を歩む事になった人達がいる事よりも……、毎日誰かも分からない僕に懐く識月君の事が、一番気になっていた事に気付いた。
ぐるぐると回る僕の心は、縋りつき懐く識月君を、どうやったら掬い上げていけるのか、それだけを考えて回り続けていたのだ。
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