偽りオメガの虚構世界

黄金 

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11 父さんの番

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 カラン コロン。
 軽快な音と共に今日は来客が引っ切りなし。
 昨日アゲハが仕込んだ料理が次々とテーブルに運ばれていく。
 本日のオススメは、鹿に似たモンスターから落ちた肉をアッサリとしたタレに漬け込みステーキにして、塩茹でした香草を添えた一皿。サラダ、コーヒーは通常セットで、ご飯かパンが選べる。
 唐揚げ定食も良く売れるし、お弁当も次々とはけていく。

 識月君も食べに来てくれたけど、お客さんが多いから直ぐに済ませて、今日は遠慮しときますと残念そうに帰って行った。
 青海君もやって来た。
 アゲハは?と聞かれて、今アゲハは本垢の元の姿で調理しているので、忙しいから出れませんと拒否した。
 アゲハも青海君に身バレしたくないと言っていたので、今日は無理ですよとやんわりと断る。


 深夜零時前、予定通りオーダーストップを掛けて閉店する。看板を片付けてドアの鍵を閉め、表のライトを消せば終了だ。

「お疲れ様。」

 奥から鳳蝶が出て来てオヤツをくれた。
 
「わっ!アイスだぁ~。これも手作りしたの?」

「そ。リアルでも作れるから食べに来る?」

 食べたアイスはバニラ風味の美味しいミルクアイス。蕩ける冷たいアイスが舌の上で消えていった。

「これで三割減!食べる~食べ比べしたい!」

「こことリアルでどっちが美味しいかだろ?オレもやった!もちリアルが上手い!」

 きゃあ~~と女子高生並に黄色い声を出し、今日のログインも終了した。








 朝から起きて、一人で朝食を済ませ誰もいない玄関に行ってきますと挨拶をする。
 親がいないって寂しいけど、立派に一人で学校に行けている事に誇らしくもなる。
 そんな小さな優越感も、朝から不機嫌顔の王様に会うと、しおしおと顔を下に向けるしかない。

 なんか不機嫌だなぁ~。

 今朝の識月君は超不機嫌だった。
 教室に向かう階段で、前を上って行く集団の中に識月君がいた。
 その瞳とバッチリ目が合ってしまい、慌てて下を向いてしまった。
 こうやって目が合う事はたまにある。
 でも特に喋った事はない。
 向こうも話しかけて来ないし、僕も話しかけた事はない。
 なのに今日は様子が違った。

「お前の親、今ホテルだろう?」

 周りに群がる子達を青海君に連れて行かせ、僕は階段の踊り場で識月君と話す事になってしまった。高校に入学して初めてだった。

「え、う、うん。そうだよ。」

 慌てて返事をする。なんで知ってるんだろう?

「お前はホテルに行ったりしないの?」

 ホテルに?特に世話をする必要もないから行った事はない。
 首を振ると識月君はふーんと頷いた。
 その視線はとても冷たい。

「連れてってやろうか?」

「え?」

「一度行ってみた方がいい。」

 識月君の顔は笑っているのに目が笑っていなかった。
 僕は頭にきっといっぱいクエスチョンマークが出ていた事だろう。
 よく分からないけど放課後連れて行かれる事になってしまった。


 言うだけ言って識月君はさっさとその長い足で教室に行ってしまったので、僕は少しズレて同じ教室に入った。
 教室では相変わらず鳳蝶がクリームパンを食べてたし、識月君達は窓際の席で大勢の人間に囲まれて喋っていた。

「はよ~。」

「おはよう。」

「どした?変な顔して。」

 僕はさっきの識月君との話をした。

「世話はホテルがやってくれるんだろ?」

「うん、そう思って行った事無かったし、父さんも来なくていいって言ってたから気にした事も無かったんだけど……。」

 二人でなんだろね?と言いながらも、直ぐに昨日のアイスの話になった。
 明日は土曜日。
 父さんが作り置きしてくれた晩御飯は今日分までなので、鳳蝶が泊まりにこいと言ってくれた。
 僕は喜んでお願いした。





 放課後、僕は識月君に連れられてホテルに向かう。
 学校では送迎不可、タクシー使用不可なので、学校から少し歩いて、そこから無人タクシーに乗り込んだ。車内は無言で僕はもう早く帰りたかった。
 
 ホテルには初めて来たけど、タクシーから降りると数人のピシッとスーツ着た人達がお出迎えに来ていた。
 当然とばかりに識月君は応じているし、僕は置いて行かれないよう小さくなりながら着いて行くしか無い。
 
「こっちだ。」

 ロビーはとても広く、大きなシャンデリアがいくつも高い天井に並んで輝いていた。
 そこを学校と同じ様に王様の如く通り過ぎ、奥の奥へ進むと他とは違う、扉にまで布地に絵が描かれた高級そうなエレベーターに連れて行かれる。
 識月君が近付くと勝手に両扉は開き、二人で乗り込むと上に上昇した。
 乗り心地は全くわからなかった。だって全然揺れないし、上昇を示す電子数字がポン、ポンと上がるから分かるだけだ。
 目的の階に着いたらしく、先に歩き出した識月君の後ろを必死に歩く。だって識月君の足が長くて速いのだ。普通に悠然と歩いているのに、何故か駆け足でしか追いつけない。
 
 ここの階の廊下はフカフカの絨毯で、走っても足音が出ない。不思議な事に部屋に入る為の扉が見当たらないが、少し先に見える唯一の扉に向かっているのだろうと思われた。
 所々に飾られた絵や壺がとっても高そうだった。

 識月君が扉の前に立って躊躇う事なく開けた。

「あれ?ホテルなのに鍵かかってないの?」

「俺自身が管理者権限でマスターキー代わりになっている。」

 なんで?
 と、聞く暇もなくどんどん奥に進んでいくので慌ててついて行く。
 僕がついてくるのが当たり前だと思っていそう。
 黙れと識月君の唇の前に人差し指が立てられた。
 
 とても広いリビングフロアの奥にある一つの扉の前に来た。
 外側の壁は全面ガラス張りながらも、緑のベランダが広がっていた。美しい庭園には薔薇の花が綺麗に咲き誇っている。
 ここはどこの世界でしょうかと思いながらも、手を引かれて一緒に扉の前に立たされた。

 ボソボソとした声と軋む音。
 
 そこは寝室で、よく知る二人が裸で繋がっていた。
 アルファの匂いが充満している。
 僕はオメガだから父さんのオメガの匂いは分からないけど、何人でも番う事の出来るアルファの匂いは嗅ぐ事ができる。
 
 頭の中にカチリと音がして、耳に小さな痛みが走る。
 アルファのフェロモンに当てられて発情したのだと、冷静に考える事が出来た。
 耳のピアスから緊急抑制剤が投与されたのだろう。
 
 父さんは意識が飛んでるのか扉から覗いてる僕達に気付かない。
 皓月伯父さんは分からない。
 僕達に背中を向けているし、父さんを攻める動きは全く緩まない。もしかするとアルファの発情期、ラットに入っているのかもしれない。

 腕を引かれて識月君が僕を外に連れ出す。
 僕は目を見開いて固まっていた。
 先程見た光景が頭の中でぐるぐると回っている。
 
「知ってたか?」

 識月君が尋ねてきた。
 識月君は何を考えているのだろう。その表情は何も知らない僕を馬鹿にしているようだった。
 
「……なにを?」

「アイツらの関係。」

 僕は首を振った。
 だって、父さんの番は別れたお父さんだと思ってた。
 ここでああやってるって事は、父さんの番は皓月伯父さんじゃないか。
 父さんの表情は嫌々やってるのでも、苦痛に歪んでるのでも無い、とても気持ち良さそうに愛する者を見つめる顔だった。
 見たこともない親の濡れた顔に、僕は呆然としていた。

「ま、そう言うことだから。」

 識月君はそれだけ言って、僕を本邸の離れまで送ってくれた。
 説明も慰めもない。
 放置されないでよかった。
 頭が冷凍されたみたいに固まって、置いてかれたら帰れなかったかもしれない。

 僕は突然知らされた事実に、どうしたらいいのか分からなかった。
 僕の頭は回らなくても、いつもやっている事は出来た。
 お風呂に入ってご飯を食べたけど、いつもは美味しい父さんの晩御飯の味が全くしなかった。







 

「…………。」

 母親はマンションに押し込められている。
 ごくごく普通の、なんの変哲もないマンションに。
 なんなら今日無知な従兄弟に見せたホテルの一室の方が広くて豪華だ。

「ただいま。」

 母は昔、艶やかに咲き誇る花の様な人だった。
 あの日、仁彩に火傷を負わせ、母に無関心だった父親の怒りを買うまでは。
 地位も財産も奪われて、萎んで枯れた母はアルファとは思えない平凡なただの人間になった。
 立ち上がることも出来ない程に押さえつけられ、滅多にこのマンションから出る事はない。
 ボンヤリと過ごす母の目は、虚ろで何かの妄執に駆られている。これ以上あの親子に何かをしでかせば、次は命がないかもしれない。そう思えば、母をここから出すわけにはいかなかった。

 まるで子供をあやす様に、ご飯は食べたか、お風呂は入ったかと世話を焼く。
 識月の心も疲弊していた。
 自分の番に夢中な父親と、愛されない事に狂った母に挟まれて、識月の心が休まった事はない。
 仁彩が何も知らないのは本人の所為ではないだろうが、二年になって楽しげに笑う姿に苛ついた。
 だから教えてやった。
 腹いせだ。
 そんな心の小さな自分にもまた、識月は苛ついて仕方なかった。
 仁彩に当たり散らしたって仕方がないというのに……。



 夜九時に、あの人に会いたくてログインしたけども、今日はジンの方がいなかった。
 フレンド登録させてもらえれば、ログインしているか、何処にいるのか分かるのにと悔しくて思っても、まだそこまで許されていない。
 何故そんなに気になるのか、何故そんなに会いたいのか分からないが、あの人の側にいると何故か癒される。触れるとフェロモンの匂いなんか感じないのに、何かを嗅ぎ取り鼻を擦り寄せたくなる。

 アゲハも今日はジンが体調不良で潜って来れないからログアウトすると言っていた。
 
 『another  stairs』なんか嫌いだった。
 これは皓月が雫の為に作ったゲームだ。
 たった一人の愛する番を慰める為に作られた世界。
 絶対にやるものかと思っていたのに……。

「明日は会えるだろうか……。」

 この現実よりも現実らしい、美しい理想の世界の夜の様なあの人に。






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