偽りオメガの虚構世界

黄金 

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 カラン、コロン。

 軽いドアベルの音と共に、今日も識月君が入ってきた。
 僕を視界に収めて、いつもは冷たい眼差しが暖かく緩むのに、僕の心臓は跳ねる。
 こんな表情見た事ないのだ。
 識月君が先に口を開いた。

「こんばんは。」

「いらっしゃーい。」
 
 アゲハが横から割り込む様に挨拶をする。
 それには識月君は無言だった。

「いらっしゃいませ。今日は喫茶店やってるんだよ。食べていかない?」

 なるべく大人の雰囲気を意識して話し掛ける。

「今日は討伐に行かないの?」

「うん、食材が増えてきたから消化しようと思ってるんだよ。はい、メニュー表。」

 メニューはそんなに凝った物ではない。
 基本店を開くのは夜が多いのでご飯系の定食もの。本来の年齢からアルコールは出さない。イメージは夜ご飯だ。
 一角兎と野牛の肉をミンチにしてハンバーグを作り、買ってきた茄子、トマト、森から採ってきたキノコ、野草で一緒に煮込んで使った煮込みハンバーグ。コンソメスープ、サラダ、飲み物にコーヒー。
 生産職を選んだ人達は、ゲームの中で畜産や農業を営む人もいる。回復はご飯か回復系の装備か回復系の職業を選んだ人任せになるので、回復にご飯を使う人は多い。そこを狙って生産職を本垢でまかないつつ、サブ垢でゲームを楽しむ人もいる。
 斯く言うアゲハもその口だ。
 本垢は料理人でサブ垢は騎士。
 討伐で肉や野菜類を採ってきて、足りない分は街で買うのが基本。
 肉がイベントリに溜まってきたら本垢に戻って店を開く。
 アゲハの料理人スキルは全振りで料理包丁と料理手袋に振られている。元々の才能もあるので、料理は評判が良く、看板を出すと意外とお客さんは入ってくる。
 下手な現実の料理より美味しいと言われている。
 味覚も現実よりは三割減の筈なのに、これはかなりの腕前と言える。

 今日のオススメを注文した識月君に、料理を運ぶのは僕の役目だ。
 アゲハは本垢の鳳蝶に戻って料理をしなきゃなので、厨房に引っ込んで表には出てこない。
 
「ありがとう。他には何がオススメなの?」

「唐揚げとかパスタも美味しいよ。」

 お弁当も販売してるから今度試してねと言うと、嬉しそうにそうすると言われてしまった。ついついいつもの癖で鳳蝶の料理を宣伝してしまい、毎日来られては困る事を思い出し、内心しまったと後悔する。
 お客さんも増えてきて、お弁当販売とも相まって忙しくなると、識月君はレジを済ませて外に出ていった。

 十二時、僕がログアウトするのでお店の看板を引っ込めに出ると、識月君が立っていた。

「あれ?どうしたの?」

 びっくりしたが、上手く驚いた顔は隠せた筈だ。

「そろそろ三時間経つしログアウトするかと思って待ってた。」

 識月君はジンがオメガ従兄弟の仁彩と知らないので、普通に三時間でログアウトすると思ったらしい。
 『another  stairs』の一日の切り替えは明け方の五時になっている。一番人が少なくなる時間を狙っている。朝の五時になったらリセットされる仕組みだ。

「うん、そろそろ出ようと思ってるよ。」

 なるべく早く会話を切り上げたくて、敢えて何故待っていたのか聞かなかった。

「明日、一緒に討伐に行こう。」

 僕は上手く笑えているだろうか。
 ダラダラと背中に汗を流しながら、さてどうやって断ればいいのかと思案する。
 
「ダメか?」

 識月君の方がサブ垢のジンより背が高いので見下ろされているのだが、コレはきっと幻覚だと思うんだけど、大型犬の伏せた耳と垂れた尻尾が見えて哀愁が漂う。
 必死だ。
 そのうちクーンという鳴き声も聞こえるかもしれない。

「フレンドは無理でも、一緒にゲーム楽しむのはいいだろ?」

 ほんと必死だ。

「あ、う、うん。そうだね。」

 ついつい応えてしまう。
 識月君の表情が嬉しそうに微笑んだ。
 それがまた現実の冷めた識月君と全く違ってて、僕は微笑みを湛えながら固まる。

「じゃあ、明日また九時に来る。この店で待っててくれ。絶対だからな!」

 そう言い残して識月君は唐突にログアウトした。
 多分制限時間ギリギリだったのだろう。

「あっ……!」

 断る事が出来なかった………。
 後ろからカロロンというドアの開く音がする。

「何やってんの……。」

 鳳蝶の呆れた声に、僕はとほほと項垂れた。









 翌日教室で、識月君と青海君はクラスメイトに囲まれてワイワイと賑やかにゲームの話をしていた。
 今まではそこまで『another  stairs』の話をしていた感じは無かったのに、識月君がし始めたと聞いたとたん、皆んな話題を振って盛り上げだした。
 鳳蝶はそんな彼等を鬱陶しそうに横目で見ながらポテチを食べていた。

「おはよう。」

「はよ~。」

 渡されたポテチ一枚を摘みながら、視線を感じてそちらを何と無く見る。
 バチリと切長の目と合ってしまい、僕は慌てて鳳蝶の方を向いた。

(僕は何で見られたのでしょうか?もしかしてバレたのでしょうか?)
(アイツが仁彩の事見てるのいつもの事じゃん。今更だからバレてないと思う。)
(え?見られてたの?)
(鈍い。)

 知らなかった。てか何で見てるの?
 頭を捻る僕に、鳳蝶はポテチをボリボリ食べながら意味深に笑う。
 伯父さんにお目付役として学校を転校させられたので、責任は取らなきゃと一応たまに見てるとか?
 うん、そうかもしれない。
 いずれ伯父さんの会社を継ぐのは識月君なんだし、言い付けを守っているのだろう。
 人気者の識月君の時間をとってしまっている様で申し訳なさを感じる。
 別にほっといても大丈夫なのに。
 見てないからって伯父さんに告げ口なんかするつもりは無い。

「今日もお昼外にする?」

「お、やるやる~。」

 先生が入ってきたので、僕達は会話を中断した。鳳蝶のポテチは先生に没収された。












 今日も外の花壇のとこに敷物を敷いてお弁当を広げる。真夏になると暑いので、梅雨前までだなぁとか考えながらスクリーンを出して自動討伐を作動させる。
 今日も僕の本垢死神君は絶好調だ。

「アゲハも出す?」

「うん、出す。」

 早速三段弁当を食べながら、鳳蝶も『another  stairs』を開いた。
 共有して死神と騎士が連携して経験値稼ぎをしていく。
 
 鳳蝶はハアと溜息をついたので、どうしたのかと視線をやった。

「朝さぁ、アイツら喋ってだだろ?」

「アイツら?識月君たち?」

 そう、と鳳蝶はエビフライを齧りながら頷いた。鳳蝶のお弁当はお手製だ。
 今度『another  stairs』で海老取りにいってエビフライ定食作ろうかなと目を輝かせている。

「アゲハとジンの本垢特定しようとしてる。」

「ええ!?」

 何で!?
 青褪めた僕に鳳蝶はタコさんウインナーをくれた。

「雲井識月がジンが誰なのか知りたがってる。そんで浅木楓が相方のアゲハに会ったって言い出して、青海がノリノリになってんのよ。」

「何で探したがってるのかな……。」

 人同士知り合うきっかけを作る為のゲームとは知ってるけど、僕はそんな事望んでいない。

「識月に関してはジンを気に入ってるとしか思えない。オレは楓が会いたがってるって感じかな?面倒臭い。あの時走って逃げとけばよかった。」

 とりあえず気を付けといてと忠告された。
 気を付けると言ってもどうやって気を付ければ……。サブ垢使ってる人は本人が申告しなければ現実が誰だか分からないので黙っておくしか無い。
 
「鳳蝶も気を付けてね。」

 何で急にこんな事になったのか……。
 伯父さん恨む!








 夜九時になりいつも通りログインすると、カランコロンと扉が開いた。
 二階の自室から降りてくると、カウンターの前に識月君が待っていた。
 目が合うとニコリと微笑む。
 やっぱり識月君はアルファとして凛々しくカッコいい。いつもは厳しく冷たい切長の目が優しく微笑まれると、流石に絆されそうだ。
 僕が雲井仁彩だと知ったら、どういう顔になるのだろうか。
 無茶苦茶怒られそうで怖い。

「こんばんは。今日は討伐に行こう。」

 約束したよね?と圧がくる。
 同じ様にログインしたアゲハが二階から降りて来た。

「オレもいい?オレとジンはパーティー組んでるからさ。」

 識月君が一気に無表情になる。

「分かった、仕方ない………。だったら俺の友人もいい?レベル上げするのにパーティー組んだから。」

 何だか嫌な予感がした。
 識月君が閉まっていたドアを開けると、開いたドアから青海君と浅木君が入って来た。
 僕とアゲハは二人で内心ゲッと引き攣る。

「ミツカゼです。本垢と見た目一緒ですけどサブです。」

 青海君は確かに見た目一緒だった。ただ真っ赤な髪に目の覚める様な金色の瞳になっている。ただ右目を隠す眼帯をしていた。アクセサリに眼帯は良くあるので違和感はない。年齢も性別も弄っていないように見える。
 浅木君も本垢なので現実通り。サラサラの黒髪に人を惹きつける黒い瞳の小柄なオメガ。本垢というのは本当らしい。

「僕は楓です。よろしくお願いします。」
 
 二人とも教室での横柄な態度とは違い大人しい。
 僕達は仕方なしに経験値稼ぎの討伐に出た。







 冒険者協会に行って依頼を受けて仮想通貨エンも稼ごうという流れになった。
 冒険者協会とは運営が管理している機関になる。ギルド登録もパーティー登録も冒険者協会を通して行われ管理されている。
 ギルドはギルドマスターを筆頭に大人数でチームを組んでいる組織の総称で、月毎のイベント参加や町や村を作り独自に運営することが出来る。
 パーティーは少人数で組む組織で、三ヶ月に一回開催される季節イベントに参加したり、通常討伐をやったりする。

 通常討伐ではただ狩場に行ってモンスターを倒しても、経験値とたまに落ちるアイテムしか手に入らないので、エンが欲しい時は冒険者協会で依頼報酬を受けるか、生産系で商売をやるか、オークションで売り捌くかになる。
 依頼はアゲハが取りに行くというと、ミツガゼ君とカエデ君もついて行ってしまった。
 大丈夫だろうか。

 僕は協会の建物の前で待つ事にした。
 中はかなり混み合っている。
 夕方から夜半にかけて人が多いのだ。
 僕の隣には今、識月君がいる。

「本当は二人でしたかったんだけど。」

 ぐはっ!!
 識月君の流し目が強烈だった。
 そんな優しげに見ないで欲しい。
 どうしたらいいのか分からん。

「そう?でも人数多い方が討伐も良いのが取れるし、早く片付くよ。」

 普通に喋れているだろうか……。
 現実でもこんなに喋った事ない。
 挨拶………、すらした事ないな?
 なるべく身元がバレない様に大人っぽい喋り方を心がける。
 僕は大人、僕は二十五歳!

 意外と早くアゲハ達が出て来た。
 
「はい、これ。リピテトカゲ十五体討伐一時的なパーティー組んだから経験値も五人で振り分けられるよ。」

 アゲハがリーダーで依頼を取って来てくれた。
 リピテトカゲは大人の男性位の個体で足が速い。トカゲというより恐竜に似ていて二足歩行で走る。
 僕達はリピテトカゲが生息する森へ向けて出発した。








 
 ザザッと走り去る影。
 リピテトカゲは森に潜む為に緑と茶色のマダラ模様をしている。
 
「そっち行った!」

 アゲハが叫ぶと、待ち伏せしていたミツカゼ君が双剣で流れる様に切り刻んだ。
 識月君、ミツカゼ君、浅木君の中では戦力になるのがミツカゼ君のみだった。
 識月君は始めたばかりでレベル15。浅木君に至ってはアカウントは前から作っててもゲームをやった事なくレベル1だった。
 
 僕が弓を引いて遠くから踊り出ようとしていたトカゲの額を撃ち抜く。
 アクセサリ 天使の憂翼の効果、攻撃MAXのおかげで狙いは百発百中。矢が通らない物はない。
 天使の羽がふわりと動いて、キラキラと粉を舞わせる。
 向こう側ではアゲハが雷神の槍で二匹目のトカゲを串刺しにした。力任せに槍を振ると、トカゲは勢いを付けて抜けてドサリと落ちる。
 識月君はレベルが低いにも関わらず、リピテトカゲの大きく開いた口を受け止めていた。レベル15で受けれる牙では無いのだが、識月君が装備している物であれば、それも納得できた。

   職業 鬼
   装備 暁月シリーズ
      鬼をモチーフにした課金装備
      武器 日本刀SSR
      防具、靴 手袋 帽子
         豪奢な和装鎧SSR
      エフェクト 夜炎の鬼火SSR
      アクセサリ 狂火の角
            瞳孔が縦長になる

 今月の目玉ガチャフル装備だ。
 豪奢な和装は作りが凝っている。下は袴っぽいが膝下でキュッとしまってて足袋と底が厚い下駄に組紐で複雑に締められた物を履いている。上は着崩した着物に羽織を羽織っていた。アクセサリの狂火の角は二本角で、おでこの上、髪の毛から出ているのだが、これがまた似合っててかっこいい。
 エフェクトの青白い鬼火が識月君の秀麗な美しさを更に引き立てていた。
 全部を出そうと思ったらウン百万掛かるとかなんとか言われているガチャ。
 全部回したの?って聞いたら、日本刀だけサクッと出てきて、それでいいかなって話していたら友達が皆んなでガチャ引いてくれたらしい。
 …………それは、貢物?
 と言いかけて口を紡いだ。
 教室で皆んなしてスクリーン弄ってたのはもしかしてガチャ引いてたの?

 森に入って装備をつけられて、今月のガチャフル装備痺れた。
 特に装備したのが眉目秀麗で切長の目が麗しい識月君なだけあって、モデルが装備している姿よりも似合っている。
 毎月テーマに沿った装備ガチャが開催される。新しいガチャは定価で10連が五千円。三ヶ月、半年、と時間が過ぎるにつれて割引されていく。
 強さ重視でなら過去のガチャで充分だが、やはり人は新しい物に飛びつく。
 こんな今月フル装備の人はなかなかいない。
 町では目立つよと言ったら、一回装備つけて歩いたら人がいっぱい寄ってきて困ったから装備を解いたのらしい。


 僕は刀でトカゲの牙を防いだ識月君をサポートして、討伐を進めていく。
 僕と識月君で五匹、六匹、と片付けて、周りにアゲハ達がいない事に気付いた。

「あれ?逸れちゃったかな?」

 周りにリピテトカゲもいない。
 もしかしたら残りはアゲハ達について行ったのかも。

「あ、さっきあっちに走って行った。」

「そうなの?あ、本当だ近くにはいるね。歩こうか。」

 スクリーンを開いてアゲハの位置を確認する。
 フレンド登録をしておけば地図上に目印がつくので、場所が特定できる。
 
 歩こうとして識月君に手を取られた。

「俺ともフレンド登録して。」

 もう片方の手も取られてしまう。

「え?」

 近い。
 引き寄せられて直ぐ側に識月君の顔が近付く。
 息っ、息かかる!
 識月君の黒い瞳に、驚いて目を見開く僕が写っている。
 背中の羽が気持ちに連動したのかパサリと羽ばたいた。

「フレンドになりたい。」

 識月君の顔が近付いて、彼の唇が僕の唇に触れた。
 ………………!?
 内心びっくりしているが、あまりに驚き過ぎて声も出ない。
 薄く開いた口の中に舌が入って来た。
 ペロリと舐められて肩が揺らぐ。
 口内をゆっくりと舌が這い出した。
 見開く僕の目と、識月君の目が交錯する。
 舌の付け根から回り込む様に動く舌は熱い。
 少しだけ背の低い僕の方に唾液が溜まり出して、どうしようと戸惑っていると、後頭部を抑えられて上向かせられた。
 思わずゴクリと飲み込むと、識月君の目が嬉しそうに細められる。
 グチュ、クチュと音が響く。
 シンとした森の中にも響いてるんじゃないかと思える程、心臓がバクバクとなっていた。

「…………ん、…………ぁふ………!」

 息苦しくて頭がクラクラしてきた。
 ガクリと力が抜けて、識月君は僕の腰を支えて倒れない様に抱え込んでくれた。
 漸く唇が離れたけど、銀の糸がつつーと繋がってプツリと切れるのを、僕はぼやける視界で見ていた。
 きっと顔は真っ赤になっている事だろう。

 識月君は僕の腰に手を回し、頬にもう片方の手のひらをあてがって、瞳を覗き込んでくる。

「ね、フレンドなって。」

 掠れた声が背筋に電流を流したように響いてくる。

「………や、待って………。」

 はぁはぁと喘ぎながら漸く否定する。
 ダメって断らなきゃならないのに、待つようにお願いしてしまった。

「何で?」

 だって僕は従兄弟の仁彩だよ?
 君と君のお母さんが嫌っている雲井雫の息子だよ?
 言ったら君はきっと僕を罵倒して、騙したと言って離れていく。
 今の様に僕を優しく見なくなるだろう。
 
 それが………、何だが…………。

「………だって…………、無理なんだよ…。」

 悲しくなって、小さく小さく言葉を吐き出した。











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