偽りオメガの虚構世界

黄金 

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2 今日も楽しくゲームをしましょう

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 教室で飽きもせずイベントの感想をコソコソと話していると、隣にいた女子三人組に睨まれた。
 キモオタが何話したんだよって感じだろうか……。女の子って怖いんだよね。目で殺される。
 
 少し声を顰めて女子に聞こえない様にまた話していると、ガラリと教室の扉が開いた。
 入ってきたのは高身長の二人組。
 入った瞬間に光が差したんじゃないかと思うくらい、眩しい二人組だ。
 この学校の有名人、雲井 識月(くもい しづき)君とその友人青海 光風(あおみ みつかぜ)君だった。
 識月君は伯父さんの息子で僕の従兄弟にあたる。今は僕の火傷を作った伯母さんと共に家を出ている。
 顔立ちは伯父さんにそっくりで、サラサラの黒髪に切長の黒い目は理知的で吸い込まれそうな程綺麗だ。
 青海君は対照的に甘いマスクの茶髪に茶色い目。でもどこか排他的な人を惹きつけるカリスマ性を持っていて、男にも女にもモテるらしい。
 勿論、二人ともアルファだ。
 教室が一瞬にして二人を中心に回り出す。
 二人の席は窓側なので、僕達は通り過ぎるのを静かに待った。
 底辺は空気になるに限る。
 
 視線を感じて顔を少しだけ上げると、バチリ識月君と目が合った。

「………!」

 でもそれは一瞬。直ぐに前を向いて通り過ぎてしまった。

 識月君は伯父さんに言われて態々高校からこの学校に入学してきている。
 本当は有名私立に小学校から通っていて、高校までエスカレーター式だったのに、火傷を負った僕を見る様にと言われて来たのだ。
 識月君はお母さんである伯母さんと仲が良いので、嫌々ながらも来たに違いない。
 入学してからその事実を知ったので、本当に申し訳なく思った。
 でも特に僕達は仲良くはしていない。
 苗字が同じなので従兄弟同士とは周りも知っているけど、仲良さそうにもしていないので、僕の方は放置されている。そこら辺は助かる。
 高校一年生の時は火傷の痕もまだはっきり残ってて、識月君の存在のおかげでイジメの対象にならなかった気がする。
 当たらず触らず、それが周りが僕に下した判断だ。大変助かる。

 識月君達はそのまま席に座ると、あっという間に周りにクラスメイトが集まって取り囲んでしまう。
 
「はぁ、あの二人が来ると空気が変わるからお菓子が不味くなる……。」

 隣にいた女子三人組がいなくなったのをいい事に、鳳蝶はポッキーを取り出して食べ出した。
 そうだねぇとお裾分けを貰いながらポリポリと食べていると、青海君が識月君に何やらスクリーンを出して話し掛けていた。
 スクリーンはフィブシステムで出す半透明型の画面である。何もない空間に長方形の画面を出す事で、色々な操作を全部行える。例えば電話や動画視聴、ゲーム、公共の書類や銀行手続きも出来てしまう。学校では昔は紙で出来た教科書を態々手で持って運んでたらしいが目で見る教材は全てスクリーンに映し出される様になっている。
 手に荷物を持って出掛けるなんて、おじいちゃんおばあちゃん世代の話だ。未だに財布を持って出掛けたがるお年寄りがよくわからない。最近の若者は~って言う人いるけど、その財布もカバンも邪魔じゃないかなって思う。

「ほらほら~見てみ?コレ三月イベントの最終日のやつ!俺も挑戦してたんだけどさぁ~、コイツらが取っちゃったの!」

 青海君の声がよく響く。
 皆んな二人の存在が気になるので、青海君の話に注目している所為で声がよく通っていた。

「なに?…………なんだ、ゲームか。」

 はしゃぐ青海君に対して、識月君はあまり興味なさげだ。
 ちょうど後ろ側に座っている僕達から、前側窓際にいる青海君のスクリーンが見え、その画面に映る動画に「ブッ!」とお菓子を吹いた。
 目の前にいた鳳蝶に「ちょっと!」っと文句言われたけど、ごめんと謝ってまたコッソリと青海君達を盗み見る。
 
 スクリーンには僕達が映っていた。
 真っ白の輝く羽を広げて地から足を浮かせ、雷神の槍を褐色肌に金髪碧眼の青年へ渡す自分。片膝ついてほんのりと嬉しそうに受け取る騎士アバターの鳳蝶。

(なんで僕達を見てるのかな?)
(え?知らないの?イベント最終ギリギリで超目玉を取ったオレたちの動画が出回ってるらしいよ。)
(なんで!?)
(ジンのエフェクトの所為じゃない?)

 今時『another  stairs』をしていないユーザーはいないが、極々少数派はいる。
 識月君はお父さんの会社が運営しているゲームなのに、『another  stairs』をやっていない様で、青海君のスクリーンを見て話を聞いている。
 
(あのエフェクトは僕の所為じゃないよ…。)

 ぷっと頬を膨らませる僕に、鳳蝶は知ってるって!と笑いながらお菓子を食べ続けている。

 『another  stairs』は十六歳になると出来る仕様になっている。何故かと言うと課金しなきゃとはいえセックス出来るという仕様が盛り込まれているからだ。それにあまりにもリアルな現実とも思える仮想空間に、のめり込んで戻って来れないのではという危惧が発生し、ある程度の年齢に達する迄はゲームの世界に入れないとされていた。

 なんでセックス出来るという仕様があるのか?

 それは現代の人類が抱える問題にある。
 外に出なくても全てを賄えるシステム、フィブシステムは目の前にスクリーンを出して操作するだけで買い物も病院も、本当は学校の授業も家で寝転がってやる事が出来る。
 だがそれを享受していくと、人の生命活動が極端に無くなり、人と人との触れ合いもなくなる。
 人が動かなくなる。
 それは人類の破滅への一歩ではと唱える人が続出。
 そこで各国の政府は人はなるべく外へ出る様促す政策が行われた。
 大体は病院、役所、学校、買い物等は現地に行かなければならない、という政策だ。かろうじて毎日の生活に必要な食料生成品はネット通販可能だけど、衣料品や贅沢品に当たるものは外出しなければ買えなくなった。それに合わせて大人達は職場に出勤しなければならなくなり、経済も回り出した。
 後は極端に減った出生率。
 出会いが無くなった為に、婚姻率も下がり子供も減りに減った。
 人類を外に出させたが、他にも何かないか?
 という事で伯父さんが発表したゲームの仕様に政府が飛びついてしまったのだ。
 この際ゲームの仮想空間でも良いから、人と人を出会わせよう。
 ゲーム発表当初は賛否両論あったが、意外とコレが出会いに繋がるケースが増えて来た。
 登録者数が多く、離れた位置にいる人同士が出会い話す事で、現実世界でも合う様になり結婚する人が増えて来たのだ。
 今やもう『another  stairs』は政府公認のゲームになっている。

 僕達も十六歳の誕生日をお互い迎えてから、一緒に登録してやり出した。
 それを父さんと伯父さんに話した時、伯父さんが僕に装備を一部プレゼントしてくれたのだ。それがエフェクト神の癒し。キラキラと光の粒子を舞わせる仕様。SSR効果 回復MAX、売買不可、イベント報酬(希少)。
 他にも後三つプレゼントされた。
 この神の癒しというエフェクトは見た目が派手なのだ。アバターの周囲にいつもキラキラと光の粒が舞っている。
 装備してても出し入れ自由ではあるけど、戦闘中は出しとかないと回復MAXという恩恵が得られない。
 なのでイベント中僕はいつもキラキラとしていたのである。
 外すという選択は無い。だって常にHP全回復状態なんだぞ!
 三ヶ月に一度のイベント報酬は物凄く貴重で物凄く良い武器や防具が手に入るチャンスなのだ。
 伯父さんはそんな武器防具が、たまに成功者が少なかった時にだけ最後の最後で取らせる様に調整しているらしく、自分でも宝箱を開いて幾つか溜め込んでいた。それを一部くれたんだけど、その一つがエフェクト神の癒しだった。
 昨日鳳蝶にあげた雷神の槍と価値は同じだ。

(今晩は雷神の槍のレベル上げな!)
(りょうかーい。)

 先生が来たのでお喋り終了。
 ワイワイ騒いでいた識月君達も解散して自分の席に戻って行った。
 鳳蝶と今夜の約束をして、また夜のゲーム内容を考える。
 それを思うと退屈な学校も少しは楽しく感じられる。













『another  stairs』は元々医療目的の精神世界。
 リアルな仮想空間は食の楽しみを、人と触れ合う喜びを思い出させてくれたが、現実世界よりも楽しいと、この世界で生きたいと望み依存する人も増えてきた。
 なので使用時間が決められている。

 医師の処方有り。一日五時間、連続使用時間二時間。
 医師の処方無し。一日三時間、連続使用時間二時間。

 オメガや、医師の判断で精神安定のために一時的に許可が降りた者は、医師の処方有りと看做され五時間ログインする許可が降りる。
 僕達はオメガなので五時間の許可が降りている。
 これは発情期の苦しみがあるオメガ性を考慮した結果で、少しの間でも身体を休める様にと長めになっている。
 一般的には三時間しかログイン出来ない。
 少ないと文句を言う人は沢山いるが、ログイン中は身体が寝ていたり椅子に座っていたりする状態で放置される為、そう長くログインさせる訳にはいかないらしい。
 トイレや食事の問題もあるしね。
 制限時間無しにすると、身体を放置して死に至られては社会問題になるとして、最初からこの時間制限は設けられていた。

「今から潜るね。」

 『another  stairs』に入る事を潜る。と皆んな言うので、僕もログインではなくよく潜ると言っている。
 僕は毎日夜9時からログインしているので、父さんに声を掛けた。

「うん、今日は僕達入らないから、鳳蝶君と楽しんでね。」

「分かった。伯父さん来るの?」

「今から来るよ。」

 皓月伯父さんは忙しい。
 だけど帰って来たら必ずこの離れにやってくる。
 父さんと伯父さんは仲良いい兄弟だ。毎日は無理みたいだけど、本邸に帰って来たら必ず父さんに会いに来ている。

 自分の部屋に入って鍵をかける。
 今日もいつも通り課題もお風呂も食事も終わらせた。
 僕は九時から深夜零時までの三時間『another  stairs』で遊ぶ。本当はオメガだからもう少し時間に余裕があるけど、そこまでやってると深夜にログアウトになるし、身体はベットに寝てるとはいえ、頭は休んで無いし身体も意外と休めた状態になっていない。
 なので十二時には終わって寝る様にしている。



 ベットに寝転がって目を瞑る。
 少しの酩酊感と空気が変わる感覚に、僕は目を開けた。
 ここは『another  stairs』の世界。
 そして前回ログアウトした場所に戻ってくる。
 『another  stairs』にある自分の部屋の自分のベッドの上。
 直様起き上がり部屋を出て階下に降りて行くと、既にログインしていたアゲハがそこにいた。

「漸く来た!」

 鳳蝶のサブ垢は名前はそのままアゲハになっている。そして金髪碧眼の褐色肌、身長百八十センチの性別アルファ男性。
 アルファで登録すると身体機能がベータやオメガよりも上がりやすい。
 それは現実にも言える事だし、それを知っているのでゲームを楽しみたい人はアルファでアバターを作る傾向にある。

  職業 騎士 名前アゲハ 
        年齢25 男性アルファ
  装備 武器 雷神の槍
        イベント報酬SSR(希少
        素早さMAX
     防具、頭、靴 手袋 騎士の銀装
        課金装備SR 
     エフェクト 光綾な風
        涼やかな風が吹く
     アクセサリ 真眼
        道具の鑑定が出来る

 これがアゲハの装備。騎士なだけあってアバターは筋肉がついて逞しいが、筋骨隆々というわけでは無い。見た目も重視されて細マッチョという感じ。
 基本は課金アイテムだけど、先月ゲットした雷神の槍を早速装備して、武器のレベル上げをやっていた。
 アバターと一緒で武器防具もレベル上げしないと強くなれない。
 倒したモンスターから得られる経験値を、どちらかに振り分けたり、レベル上げ用の特殊アイテムを使ってレベルは上げていく。
 アイテムはオークションで売りに出されているので、安いものから買い占めて、ストックしておいたのを全部雷神の槍に突っ込んだようだ。

「僕のアイテムもやろうか?」

 オークションで安いアイテムは買い占めておくのは基本だ。暇な時は検索を繰り返して買っておく。
 マネーはなんと現実世界の円でも、ゲーム世界のエンでもOK。その代わりゲーム世界のエンは割高になる。そこの設定は出品者の匙加減になるので、なるべく安く出品された物を探すのが基本だ。

「え?いーのか?」

 うん、と頷いてアゲハのイベントリへプレゼントする。
 フレンド同士ならただで譲渡出来る仕組みだ。
 今の所僕は新しい武器防具は手に入れていないので、問題なく全部アゲハに送った。
 アゲハは嬉しそうに雷神の槍に全振りしている。

 僕もサブ垢アバターの装備を広げる。


   職業 薬師 名前 ジン
       年齢25  男性ベータ
   装備 武器 弓矢 天の裁き課金SSR
      アクセサリ 天使の憂翼
       SSR効果 攻撃MAX
        売買不可
        イベント報酬(希少)
      防具と靴 冒険者の服R+        
      帽子 ただのゴム
      手袋 革手袋 R
      エフェクト 神の癒し
        SSR効果 回復MAX
        売買不可
        イベント報酬(希少)
      
「ただのゴムと革手袋は良いの買ったら?」

 ただのゴムはモンスターが落とした拾い物で、革手袋はゲーム内ショップで安くで買ったやつだ。
 武器防具の価値は下からR、R +、SR、SSRの順に上がる。
 武器は頑張ってゲーム通過エンを貯めてオークションで安いのを探して買った弓矢 天の裁き。コレは課金ガチャでゴミSSR として出てくるやつで割とありふれているが、一応SSRなので装備している。
 アクセサリとエフェクトは伯父さんがプレゼントしてくれたイベント希少品。イベントボスから落ちる宝箱は毎回十個しか無い上に、その中から武器、防具、靴、手袋、帽子、アクセサリ、エフェクトの内どれか一つだけSSR希少品が出てくるのだ。
 伯父さんはそれを僕にプレゼントしてくれたのだが、やり始めた時はその希少性もよく分かっていなかった。今ならとんでもない事だと理解している。
 伯父さんは父さんと甥っ子の僕にとてつもなく甘い。

「うーん、あんまり強い武器着けちゃうとレベル上げが大変なんだよね。」

「今くれたアイテム返す?」

「いや、もう全部入れちゃったでしょ?」

 アゲハはへへへと笑っている。
 アバターも武器もレベルに天井は無い。
 始めたのが早い人程レベルは上で、僕達のアバターも武器防具もまだまだ低いのだ。

 ジンのレベルが182、アゲハは176。





 カラン、コロン。

 今日はモンスター狩りをして経験値貯めするかと話していたところで、扉が開いた。
 ここはアゲハが開いている喫茶店のお店だが、開店日は特に決まっていない。
 気が向いた時に開く裏通りの小さな店だ。
 売り上げを貯めておくことが出来るので、店を開く人間も多い。
 表には準備中のフダが下がっている筈なのにと思い、アゲハと僕は入り口の方を見て固まった。

 そこには従兄弟の雲井識月君が立っていた。































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