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10 魔王討伐
しおりを挟むかなり王宮を探し回り、ようやく見つけた場所は広場だった。
送られてくる負傷者の数が尋常じゃないと、サヤラーテは確認作業に入っていた。
「サヤラーテ!!」
名前を呼びながら駆け寄ると、サヤラーテは事情を他の騎士達と確認していたが、その手を止めた。
「ミヤビ、護衛騎士を置いてきてはいけません。」
「いや、そんな事いいから!」
勢いよくサヤラーテにしがみつき、聞け!と訴えると、あ、はい、と素直に返事する。
サヤラーテをグイグイと引っ張り近くに寝ている怪我人へ近寄った。
今や王宮には、怪我人が居ないのではないかと言うほど怪我人だらけになっていた。傷口には黒い瘴気が纏わりつき、治りを遅らせている為、回復する見込みがない状態だった。
「見てて。」
怪我人を見て治るように祈る。
白い六角模様のついた白い半透明の膜が出来、半球体を作って怪我人を覆った。
黒い霧が晴れ、傷口が消えていく。
浅く繰り返していた息が穏やかになり、ゆっくりと目を覚ました。
「これは…!白葉結界じゃないですか!」
「はくば結界?」
「まぁ、そのような木の葉があって、そこから名前がついてますが、そんな事はよく、もっと大きく展開出来ませんか!?」
大きく?今初めて出来たのでよく分からない。でも………。
上を見上げた。
空から丸く王宮を包むように思い描く。
空の一角から一つの六角形が現れ、チカチカと光を反射しながら広がっていく。
サヤラーテの口が上を見上げてポカンと開いていた。
王宮を包み込む巨大な半球体の結界に気付いた人々が、自然と皆空を見上げた。
チラチラと白い雪の結晶の様な光が舞い落ちてくる。
黒い瘴気を溶かし、怪我を治し、安らかな心を与える。
人々から無意識に歓声が上がった。
「この力どうだ!?使える!?」
サヤラーテは雅に揺さぶられてハッと覚醒した。
「使えます!直ぐに殿下に通信を………!」
雅とサヤラーテが慌ててピアスに集中した時、青い光がチカチカと瞬いた。
ドスンと落ちたのは清彦だった。
「清彦!?」
たぶんピアスの方に転送されたのだと気付き、雅は慌てた。
主戦力の清彦が来る時は危なくなった時と言われてたから…。
清彦は急に変わった景色にキョロキョロと見渡し、急いで立ち上がった。
「やばい!!アフィーナギ俺の代わりに火の玉受けたかもしんねぇっ!!!」
目の前の雅とサヤラーテに助けを求める為に、清彦は手短に説明した。
「とにかく殿下がいないと転送魔法使える者がいません!早く通信を!」
そう言いながらサヤラーテの顔は青い。
「右側のピアスが暗いっ。左も点滅してますね。殿下も負傷しています。私が魔力を送りますので、失礼しますね。」
サヤラーテは雅の左側のピアスに触れた。
「あーーーっ遠っ!この距離をひょいひょい繋いで、転送してくる殿下が信じられませんっ!」
文句を言いながらもなんとか繋がったらしい。
頷いて雅を見つめる。
「アフィーナギ!?」
繋がっているはずだが、返答はない。
その代わり向こう側の声が聞こえてきた。
剣戟の音と爆風、そして肇の必死な声。
『雅!?雅の声する!!どーしよぅぅぅ王子様怪我凄いよ!?聖水と回復薬ぶっ掛けてるけど、治んないよ!!!』
「肇!!アフィーナギの意識は!?」
『分かんないよぉ!左側の目は少し開いてるけど焦点合ってない!!』
肇の声は半泣きだ。
ーアフィーナギの意識を戻さないとー
雅は胸に手を重ねて乗せ、喉に力を入れた。
「アフィーナギ!…………ナギ!」
言葉が届く様に。
俺の力が魔力に乗って届く様に。
「ナギ!目を覚ませ!」
「そして、俺をそっちに送れ!!」
雅は意識していた訳ではない。だが、雅の髪はふわりとゆらめき、黒い瞳がキラキラと輝いていた。
アフィーナギの方は意識が戻っていなかった。それでも、左のピアスが点滅した。
ピアスの点滅を見て、清彦は慌てて雅を掴んだ。それを見たサヤラーテも急いで清彦を掴む。
三人の姿は忽然と消え、残った人々は降り落ちる結晶の中で我にかえり出した。
アフィーナギの状態は何故まだ息をしているのかと不思議になる程の怪我だった。
右半身は焼かれて赤黒く変色し、服も皮膚も無い。髪も焼けて根本部分が縮れて残っているだけ。顔の右側は焼け爛れ、青い瞳は無くなっていた。
喉も火を吸い込み焼き切れており、時期に死を迎えるだけになっていた。
「ナギ……。」
雅は幾重にも白葉結界を張った。
幾重にも、幾重にも重ねていく。
重ね掛けで早く治れと。
白く白く落ちる結晶に埋もれる様に、アフィーナギの皮膚が修復していく。
焼け爛れた口の中を見て、雅は口づけをした。
ーーーーふぅぅ…………ーーーー
息を吹き込む。
口を離すと元通り、綺麗に生え揃った歯が薄く開いた口から見えた。
右の瞼が震え青い碧眼が瞬く。
「ミヤビ…………。」
アフィーナギは久しぶりに見た雅の力強い瞳に歓喜した。
アフィーナギが倒れ、ギィレンは直ぐに肇へ聖水と回復薬を使う様、指示した。
アフィーナギがいないと王宮へ戻れないと理解していたからだ。
その間なんとしても魔王からの攻撃を防がなくてはならない。
トレビーと共闘し、典哉の補助魔法を駆使してアフィーナギと肇を守るが、聖魔法のないメンバーでは防御がいっぱいいっぱいだった。
咲夜が放った攻撃魔法を取り込んだ魔王は、火を吹き風を起こし、生み出した魔物達を嗾けてくる。
「くっそ!あいつ聖者とか嘘だろう!?」
「こえーよぉ!!!咲夜どこ行った!?」
「……逃げたな。」
三人の怒りは咲夜に向かっている。
「俺も手伝う!」
「あれ!?清彦?どーやって戻ったの!?」
突然現れた清彦に典哉は驚いた。
後ろを見れば雅がアフィーナギの頭を抱きしめていた。
白い膜の様なものが二人を覆い、半透明の為によく見えないが、先程まで赤かったアフィーナギの身体が肌色に戻っている気がする。
「まさか、本物?」
やたらと冷静なトレビーの声に、典哉は本物?と首を傾げた。
雅とアフィーナギを覆った膜がパラパラと剥がれ、出てきたアフィーナギの姿は元通りとなっていた。
「うわっ本物じゃねーか!おい、結界張れ!無茶苦茶大きいやつ!!」
攻撃を交わしながら、ギィレンが叫んだ。
雅は分かったと頷き、空を見上げた。
王宮でやった様に、それよりも大きく上を見上げる。
空に大きな六角形が現れた。
ーーーぱき、ぱきき…ーーー
大気を震わす様に乳白色の六角形が空を覆い出す。
それは大きく天高く、ソリアーディの大地を包み込む。
白い結晶が落ち、黒い瘴気を溶かしていく。
「キヨヒコ!剣で切れ!!」
起き上がったアフィーナギが清彦に攻撃を指示した。
魔王は白い結晶に包まれ、唯一人らしい部分の顔は苦悶に満ちていた。
「清彦、これで切れ!!」
肇は収納からとっておきの剣を取り出し清彦に渡した。
「はあぁ!?それ、俺の宝物ーーー!」
名工が作った聖剣とも言われるギィレンの宝物の剣だった。使うつもりがなく、無くしたくなくて肇に預けていた剣は、あっさりと清彦が握ってしまった。
「攻撃力上昇、俊敏上昇、聖属性上昇、身体強化!えーとえーと……。」
典哉は思い付く限りの補助魔法をかけていき、トレビーは清彦の身体を結界魔法で包んだ。
「どっ!!!せえぇぇぇぇーー!!!」
普段落ち着き払った清彦にしては、体育会系な掛け声だなぁと雅はのんびりと見ていた。
なんせ戦闘は今初めて見るのだ。
ザックリと顔も含めて縦半分に割れた魔王に、はわーと声を上げてしまう。
割れた部分から結晶が入り込み、チラチラと溶け出していく。
魔王の真っ暗闇の目の中に緑色の瞳が煌めいた。それは雅を見つめ、ゆっくりと目を閉じ、結晶と共に消えてしまった。
「人の目だった。」
ポツリと呟いた雅に、アフィーナギは教えてくれた。
ソリアーディには聖者と呼ばれる青年がいたこと。子供の頃から王族が隠し、なかなか外に出されずに大人になり、誰も彼を見る事が叶わなかった。
聖と闇は表裏一体。
魔王と呼ばれた闇は聖者ではないかと、ずっと言われていたが確認する事は不可能だった。
なんせソリアーディの聖者は噂でしか聞かず、誰も会った事がない。
「ミヤビを閉じ込めるつもりは無いけれど、出来れば私の所にいて欲しいな。」
「ん?帰れないんだろ?行くとこないし、置いてくれないと困るんだけど?」
ふふふと笑うアフィーナギをサヤラーテは半眼で見つめた。
サヤラーテは戦闘は不参加なのでここから頑張らなければならない。
戦後処理と隣国への対応、ラヴディーデリア王国の聖者の誕生。やる事がいっぱいある。
雅への対応もアフィーナギの様子から考えなければならない。
王太子宮に部屋を用意し婚姻の前に婚約期間があった方がいいのだろうか……。
貴族どもが咲夜とアフィーナギを結婚させて自分達が傘下に入り込み、甘い汁を吸おうとしていたので、全て叩き落とさねばならない。
やる事がいっぱいだ!
ブツブツ呟いてると、清彦がトントンと肩を叩いてきた。
「俺もできる事あれば手伝うからさっ。」
サヤラーテは自分よりも背は低いが頼りになる清彦へ、スリスリと頬擦りした。
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