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5 カダフィアの話

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 俺の騎士団にはどうしようもない捨てられた者が寄越される。
 家に捨てられたり、同僚に嵌められ、行き場を失くした者達の目は暗い。
 そんな寄せ集めの騎士団だったが、だからこそ俺たちは一致団結して戦った。
 死にたくなければ戦うしかない。
 絶望して死ぬくらいなら、足掻いて戦ってみろと言うしかない。
 それでもついて来れないならそれまでだ。
 
 ノジュエール・セディエルトもその内の一人だったが、彼の場合はかなり特殊だった。
 まだ学生のうちから死ねとばかりに前線で戦う騎士団に送られて来る貴族子息。
 第一王子の元婚約者。
 魔力は高いが性格が悪いから王子に捨てられたという悪評高い貴族令息。
 殆ど国に帰らず不在が多いのに、その噂は誰もが知る程有名だった。
 
 折角帰って来たのに休む暇もなく婚約破棄の署名に付き合わされる。
 他にも大勢いたが、どうやらノジュエール・セディエルトが暴れた時、王族を守る為に集めた証人らしい。
 俺もそのうちの一人のようだが、ただでさえ戦争帰りで疲れているのに、こんなバカバカしい場に付き合わされるのかと思うとうんざりしていた。

 俺は王族の一員ではあるが、その列に列席する事はない。
 したいとも思っていない。
 昔から現王である兄からは疎まれている。
 その息子からは言わずもがな。

 オルジュナの隣には今まさに自分の名を書いている少年が立っていた。
 先程まで何で!どうして!と騒ぎ、兵士や侍従に抑えられて名前を書かせられていたのに、書いた途端に静かになった。
 しかもニコニコしだすし、さっきまで縋り付いていたオルジュナにさっさと書けとばかりにペンを渡している。
 オルジュナも急に態度を変えたノジュエール・セディエルトに戸惑っているようだった。
 
 いつもだったら騎士団に入隊してから顔合わせをするのだが、追いかけて声をかけた。
 ノジュエール・セディエルトは小柄なまだ少年という域を出ていない青年だった。
 魔法使いとはいえ、あんな細身で前線に立てるのだろうかと危惧してしまった。

 振り返ったノジュエール・セディエルトは綺麗な青年だった。
 ブルネットの髪は窓から入る陽の光で茶色に艶を作りながらも、影の部分は黒く見えるという深みのある色合い。瞳は珍しいローズピンクだった。
 決して我儘を言う人間には見えなかった。
 冷静に、声を掛けた自分を観察している。
 そして自ら挨拶をする姿は、甘やかされた貴族子息とは思えなかった。




 ノジュエール・セディエルトは強かった。
 詠唱破棄は当たり前、魔法陣も杖も要らない。何故使わないのかと聞けば、何故使う必要があるんですかと答えてくる。
 学院で何をどう習っていたのだろうか。
 授業や模擬演習はどうしていたのか更に尋ねれば、暫く考えて、そういえばそうですねとまた変な答えを返してくる。
 冷静に淡々と戦場を駆けるノジュエール・セディエルトは、敵兵にも知れ渡り畏怖の目で見られていたが、味方からすれば心強い仲間だった。
 新米の下級騎士ながら勲章の数が増え続け、様々な所から賛辞を贈られても、ノジュエール・セディエルトの表情は変わらなかった。
 ローズピンクの瞳は美しく遠くを見つめるばかり。
 白い頬は滑らかで、ノジュエールに気がある者は後を絶たなかったが、本人には興味が無さそうだった。夜這いの数と怪我人が増え続け、ノジュエールを一人部屋に切り替え、本人以外が勝手に入るのを禁止にした。
 
 ノジュエールは口数の少ない青年のようだった。
 あまり笑わず喜怒哀楽も少なく、生きる希望を持てていないように見えた。
 オルジュナとの婚約破棄がそんなに心に深く刺さる傷になったのだろうか?
 そう思うと何故か苛々した。
 そんなに死に急いでは、いつかそれは真実になる。
 ノジュエールを自分の側に置く事にした。
 彼の実力なら一足飛びに副官の位置につけても問題はないだろう。


 ノジュエールは今まで敵地に飛び込み敵兵を潰す戦い方をしていたが、副官にしてからは必要な場所にのみ行ってもらう事にした。
 騎士団には多くの騎士がいるのだ。
 一人で全てを屠る必要はない。
 俺から直接指示を出すようになってからは、表情が出て来るようになった。
 笑顔も増え、俺の事を信頼するようにもなっていた。
 そうか、その能力が高すぎて俺も忘れていた。
 まだ学院を出たばかりの若者に、必要以上に戦力を要求し過ぎていたのだ。
 なまじそれが出来てしまうから、誰も気付かなかったが、ノジュエールの心労はかなりのものだったのだろう。
 自分で考え人を殺すのと、指示されて殺すのは責任の在りどころが違う。
 彼の心の負担が減った事により、漸く心に余裕が出て来たのだと察した。
 自分が上司として心の拠り所であれば、きっと彼はこのまま隣にいるのだろうと思っていた。
 今思えばそれは己の単なる希望だったのだ。



 オルジュナが立太子した。
 当たり前のように豪奢に着飾った歳の近い甥の容姿は、自分とよく似ている。
 自分の容姿を特段考えたこともなかったが、あれがノジュの元婚約者で捨てた男かと思うと腹が立ってきたし、そんな奴に似ているのが今更ながら嫌になってきた。

 普段滅多に会う事もない兄陛下と、立太子したばかりの甥から呼び出された。
 壇上の上から見下ろしてくる二人に、片膝をついて礼を取る。
 こうしないとあの二人は納得しないのだ。
 会話を簡潔に済ませたいので、これくらいで早く済むなら膝くらいついてやる。
 陛下から、この前落としたばかりの国からやってきた第一皇女を、国まで送って行けと命じられる。
 それは前線を飛び回る俺達の仕事では無いとは思うが、暫くは戦争もないからと無理矢理出されてしまった。
 そして何故かオルジュナの次期婚約者フィーリオルが、俺の騎士団に入ってきた。
 何故?
 しかもノジュエールはいつの間にか退団し、その後釜にフィーリオルが収まってきた。
 周りの騎士達も困惑顔だ。

 ただの自国から属国迄の護衛任務だ。
 何も危険な事はないのに、フィーリオルはいつ戦闘が始まるのかと聞いてくる。
 バカなのか?
 ノジュエールの静かな気配が懐かしい。
 何故退団したのか聞きたかったが、そんな暇もなく出されてしまった為、第一皇女を送ったら直ぐ帰るつもりでいた。
 なのに歓待だパーティーだと何かと足止めを食らって帰れない。
 自国に帰りたい旨を告げれば、属国の現在の経済状況を調べて報告しろと返事がくる。
 今迄は落とした国の美味い汁は自分達のものだと言わんばかりに、後からやって来ては俺達騎士団を次の戦地に送り出して来たくせに、何故この国だけ滞在を引き延ばそうとしてくるのか。
 とても嫌な予感がした。




 ふた月後、突然帰国の命が下った。
 国に反逆者が出たから捕まえろと言うのだ。
 国にはちゃんと警護用の騎士団がいるじゃないか。
 だが帰っていいと言われた時に帰らないと、いつ帰れるか分からない。
 かなり経ってから第一皇女との婚約式を執り行うと言われて寒気がしていたのだ。
 俺を国の守りとして飼うつもりか?
 その時はあまりの怒りに魔力で威圧し、国の重鎮どもが失禁したものだが、俺は拒否し続けた。
 なのでこれ幸いと、騎士団を率いて急いで帰国した。




 そしてあんまりな内容に驚く。
 無理矢理ノジュエールを婚約者にして、夜に部屋に入ってきたオルジュナを、ノジュエールは焼き殺そうとしたらしい。
 ノジュエールを犯そうとしたくせに、部屋の中には護衛騎士も配置されていたと聞いて、ノジュエールの悲鳴が聞こえてきそうだった。
 王族としてはそれが普通かもしれないが、数年も戦場を駆け回った人間に、王族の常識は受け入れ難い。
 ノジュエールは身持ちも硬いし、真面目だ。さぞかし嫌だった事だろう。
 焼き殺そうとする程、元婚約者が嫌だったのかと知り、俺は少し嬉しかった。
 が、オルジュナがやった事は許せない。
 俺はオルジュナが立ち上がれない程殴りつけた。
 近くに侍っていた護衛騎士も侍従達も同様に殴って気絶させる。
 ついて来た俺の部下達も一緒に加担して、陛下、オルジュナ、その他大勢、俺が謁見した場に居合わせた者全て縄で括って連れ出した。
 
 ノジュエールは一人逃げているのだという。
 逃げる間に国の騎士は三分のニになっていた。 
 たった一人の魔法使いが、そこまでやったのだ。
 どうりで俺達を急いで呼び戻したわけだ。
 ノジュエールは南に逃げているらしい。
 では陛下には北に行ってもらおう。
 逃げ足の速い部下に生きている程度の扱いでいいからと、北のなるべく遠くに捨てて来るように命じた。
 後は資金調達だな。
 これでも一応王族。鍵の在処は知っている。
 宝物庫に入り売り飛ばしやすそうな金品を部下と一緒に適当に袋に放り込んでいく。
 南の国の港ですぐ出せる船を用意するよう部下に命じて、金品と現金を持たせ早馬で駆けさせた。

 さて、ノジュエールを迎えに行かないと。
 
 俺達騎士団が反逆者集団に変わった事を知らない騎士達が、仲間だと思い道を開けてくれる。
 今王宮では消えた国王と王太子を血眼で探している事だろう。
 因みに王太子は地下水路に捨てて来た。
 水路は入り組んでいるから探すのに時間が掛かる。
 歯が抜けるくらい顔面を殴ったので、治療にも時間が掛かるはずだ。無くなったものを再生するのは治癒魔法を持ってしても大変だ。抜けた歯は水路に流したしな。フィーリオルが喜んで頑張るだろう。
 自分と似ている顔が、少しでも変わるように歪んで欲しいものだ。
 その他の配下供は適当に地下水路のあちこちに捨ててきた。



 森に追い込まれたノジュエールを発見した。
 後はこちらでやると行って、追いかけていた王宮騎士達を下がらせる。
 怪我人も死者も相当出ているらしく、簡単に我が騎士団と交代してくれた。
 
 飛行獣で先回りし飛び降りて、適当に風魔法で樹々を切って広場を作っておく。
 さあ、来い。
 


 現れたノジュエールは満身創痍だった。
 死を覚悟した顔。
 それはいつかの戦時中の顔と同じだった。
 あの時はただ淡々と敵を殺していたし、勝利に結び付く行為だった為気付かなかったが、あの時からノジュエールは死を身近に感じていたのだ。
 何にも期待しない諦めた顔。
 手元に置いて漸く表情に輝きが出て来ていたのに、また失くなってしまった。
 
 また側におこう。
 今度は離れないようにしよう。
 誰にも邪魔されない所へ行こう。


 見上げて来るローズピンクの瞳に、もう一度光が差すように、連れ去ってしまおう。
 自分の事を本当は俺と言ってたんだな。
 知らなかったぞ。
 もっと知らないお前を見せて欲しい。
 そして薔薇の瞳を綻ばせて、俺の側で笑ってくれ。

 
 柔らかく温かい風でノジュを包み込む。
 腕の中で眠るノジュエールが滑り落ちてしまわないように、大事に大切に抱き締めた。


















 
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