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4 反逆者

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 何処をどう歩いたのか分からない。
 たまに兵士が追いかけて来て攻撃されるけど、僕の魔法の方が強かった。
 剣がなくても、鎧がなくても、僕は攻撃も防御も簡単に出来てしまう。
 
 僕は王太子殿下の婚約者から一転、国家反逆者になったようだ。
 この反逆者めっ!て罵られるから、きっとそうなんだろう。
 今自分が何処に向かっているのかなんて分からない。
 何となく寒いのは嫌だから太陽を見て南かな?って方向に向かっている。
 
 町や村に差し掛かっても、そこには入らないようにしている。
 騎士服を着た人達がウロウロしてるからね。
 戦場で得た知識は、僕に野外での過ごし方も食料の調達の仕方も教えてくれていた。
 水浴びで身体は清めてるけど、服がないのだけが困った。
 せめて逃亡用の道具くらい用意して、誰もいない時に逃げれば良かった。
 オルジュナ王太子殿下を焼いて来たけど、死んだっていう話は聞かない。
 この世界には治癒魔法っていうモノがあるから、きっと助かったんだろう。

 もう何日逃げたかな。
 国境が近いのか、騎士達の焦りが見えていた。
 僕は山の中を歩きながら、少し開けた場所に出た。
 何となく違和感がする。
 でも何だろうか…。よく分からない。

 フッと影出来る。
 目だけ見上げて、それが黒く空を覆う弓の雨だと気付く。
 たった一人の魔法使いに、何人の弓兵を用意したのか。
 僕は結界を張って弓を弾いた。
 魔法の防御結界は魔法攻撃には強いけど、物理攻撃にはやや弱い。
 ざっと音がして、僕は騎士に囲まれていた。
 剣が、槍が、僕を襲ってくる。
 魔法使いには物理攻撃の方が効果があると、漸く気付いたのかな?
 でも僕は国一番の魔法使いを自負している。 
 炎や氷の広範囲魔法で倒しつつ、僕は逃げ回った。
 流石に人数差が激しい。
 微妙に誘導されている気がするけど、そっちにしか逃げ場がない。

 はぁはぁと息を吐きながら、僕は走った。
 斬られた腕や脇腹から血が出て痛い。
 痛いって事は生きているって事だ。
 何でこんなに逃げ回っているんだろう。
 たった一人で逃げるというのは、こんなにも不安で恐ろしいものなんだと改めて思う。
 視界は揺らぎ、胸は苦しい。
 誰かに助けてと叫びたい。

 前世は良かった。
 幸せだった。
 あの程度のストレスはなんて事無かったんだ。
 僕は………、ぼくは…………、俺は、もう良い歳をした中年のサラリーマンで、妻も子供もいて、賃貸住まいで、学費は嵩むけど妻が戸建ての前金用にってお金を貯めてくれてて、思春期の中学生の息子は喋らなくなったけど、部活の大会の送り迎えついでに観戦して応援したら恥ずかしそうに喜んでくれて、下の子もそのうち思春期入るのかー寂しいなぁ~とか思いながら、妻と家買うなら何処が良いかなとか喋ってて………、普通で平凡な男だったんだ。
 幸せだったんだ。
 何で俺はここにいるんだ?
 ここ、何処だよ!?

 ゼィゼィと息が苦しく、足が重い。
 
 だんだんと森の奥へ奥へと進み、少し開けた場所へ出た。
 もうヘトヘトだ。
 直近で放った魔法の所為で、服は血を吸い重く臭い。

 もう良いんじゃないかな。
 もう諦めよう。
 次に襲って来たやつにられてしまおう。
 誰も俺を助けてくれる人はいないんだ。
 元の世界にも帰れないんだ。
 ここで死んだら帰れるだろうか?
 誰か答えてよ。
 誰でもいい、答えを教えて下さい。
 神様?仏様?
 この覚めない夢を終わらせて下さい……。
 
 足がヨタヨタと草を踏む。
 態とらした地面だと思った。
 俺を殺す為に用意したんだろうか。
 もう前を向く気力も無くて、下を向いて歩いていたら、目の前に黒い靴が見えた。戦闘中に俺もよく履いていた騎士団の靴だ。
 
「ノジュ。」

 耳に馴染んだ声だ。
 この世界に来て、女にモテそうだなぁ~と思った低い声。
 前世の平凡な俺ならきっと喋る機会も無かっただろう人種の声。

「大丈夫か?」

 よろけた俺をカダフィア様が支えてくれた。
 俺を殺しに来たんでしょうか?
 それとも捕まえて国家反逆罪で拷問からの見せしめ処刑でしょうか?
 俺はそんなものをやる世界に、最初は度肝を抜かされましたよ。
 どさりと膝をつく俺に合わせて、カダフィア様も目の前で膝をついた。
 綺麗な騎士服が汚れますよ。

「ノジュ、選べ。死ぬか、生きるか。」

 ………死にたくは無かったんですよ。
 でもとっても疲れました。
 頑張ろうって思ってたんですけど、頑張っても頑張っても、ちっとも幸せに近付かないんです。

「考えるんだ。そして選べ。どちらも一緒についてってやる。」

 俺はノロノロと顔を上げた。
 ついてくる?
 
「どうやって………?」

 カダフィア様の琥珀の瞳と目が合った。
 綺麗な琥珀色の瞳は、甘い蜂蜜を思い出させた。
 貴方の甥っ子に火傷を負わせた人間を、そんな優しい目で見たらダメでしょう。まぁ、オルジュナ殿下と仲良いとは思えませんでしたけど。

「俺が属国へ向けて王都を出た後、かなり足止めをくらってたんだが、お前が反逆者として逃げたから捉えるようにと呼び戻されたんだ。」

「………婚約は?」

 あの綺麗なお姫様と婚約するんじゃなかったのか?
 話の途中で思わず聞いてしまったが、カダフィア様にはするわけないだろうと一蹴されてしまった。
 婚約しないと聞いて、何故かホッとする。
 
「それでノジュがオルジュナと婚約させられたのだと知って…………。」

 敬称が抜けてますよ。

「まだ治療中だったが思わず追加で殴ってしまったんだ。」

「……………はぁ………。」

 いつも冷静なカダフィア様が?

「追手がかからないよう少々王都に混乱を起こして来た。俺も追われる身になる。だから選べ。お前についてってやる。」

「………………えぇ?」

「死ぬなら一緒に死んでやる。苦しまないように一瞬で死ねる毒も用意している。生きるなら一緒に逃げてやる。俺はあちこち行ってるから逃げるのが楽になるぞ。」

「………………はぁ。」

 えー?
 どーしたらいい?
 王弟殿下と一連托生?
 しかも俺がそれ選ぶの?
 俺は急に振られた人生の岐路に、ボーと意識が飛んだ。

「どーしたんだ?決めないなら俺が決めるぞ。」

 琥珀の瞳が力強く俺を見ている。
 この目は、うーん、読めないけど、強いて言うならカダフィア様は生きたいのかな?
 だって死を選ぶ人の目じゃないし。

「じゃあ、決めて下さい。俺は疲れました。」
 
 カダフィア様が少し目を見開いた。

「……おれ…?そうか、本当は………いや、いい、そうだな。じゃあ、逃げるぞ!」

 カダフィア様は笑顔で俺の腕を掴み引き上げた。
 頭上に影が落ちる。
 
「飛行獣?」

 頭上にはトカゲに羽が生えた大きな生き物が飛んでいた。
 蝙蝠みたいな羽が大きく空を覆っている。
 希少動物でお金持ち用の移動用に使われているやつだ。
 戦争なんて危ない場所に使われる事はない。

「行くぞ。」

 俺を小脇に抱えてカダフィア様はトカゲに飛び乗った。
 いくら小柄とはいえ荷物運びはあんまりではないだろうか。
 カダフィア様の前に座らされ、ベルトで落ちないように固定される。

「どこ行くんですか?」

「亡命する。南の海沿いの国に船を用意させている。部下もかなりついて来てしまうが置いていけない者ばかりだ。」

 あーそうですね。貴方の周りって後の無い者が多かったですもんね。そんな人達に貴方は好かれてますもんね。
 このトカゲを着地させる為に場所を作って待ってたのか。
 下の方には黒い騎士服の元同僚達が手を振っていた。
 
「アイツらも後から来る。」

 馬に飛び乗り彼等はばらけて行った。
 王宮からの追手を片付けてくれてたのか。
 カダフィア様の部下は歴戦揃いの優秀な人達ばかりだ。
 
 俺は、生きるのか。
 生きてしまうのか……。

「ノジュエール、安心しろ。お前の生きる道は俺が作ってやる。」

 カダフィア様の少し伸びた青銀色の髪が、俺に影を落とす。
 目を上げれば優しく笑う琥珀の瞳。
 この人が敷くレールの上は、何故か安心できる気がした。

「疲れただろう。落ちないから寝ると良い。」

 トカゲの飛行は思ったより早く、でも緩やかで気持ちが良かった。
 こんなにゆっくり飛んで大丈夫だろうかと心配になったが、落ちていく瞼を止めることが出来ない。

「…………お休みなさい。」

「お休み。」

 俺は久しぶりに安心して眠る事が出来た。





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