精霊の愛の歌

黄金 

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20 迎えに行く

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 何が起きたのか………。
 金の泰子の心は今ぐちゃぐちゃになっていた。
 ジオーネルが歌った。
 銀の眼で。
 圧倒的な銀の精霊力を精霊達が問答無用で運んできた。私の身体の中に。
 精霊は楽しいことが好き。
 好きな人の願いを叶えるのが好き。
 銀の力を身体の中に押し込めて、毒を無理矢理剥ぎ出された。

 身体の中で金と銀の力が駆け巡った。
 作り替えられる………。
 精霊達は大はしゃぎで身体の中を走り回った。身体を壊されるかと思った。
 身体が動かず、辛うじて伸ばした手は届かない。

 ジオーネルの足が一歩ずつ下がっていく。
 精霊達が行くのを厭うて名残惜しそうに花を纏って飛んでいた。

 あんなに欲した銀の瞳が遠ざかって行く。

 待って。
 待って。
 話しをさせて欲しい!

 彼の身体が花びらを纏って扉の中に落ちるのを呆然と見送った。
 何の音か分からないが、バキバキという音が頭の中に響く。
 重い扉がドォンと音を立てて閉じた。

 ここ最近の記憶が蘇る。

 気持ち悪い。
 自分は何をしていたんだろう。
 毎日の様に愛しい気持ちで肌を合わせた存在に憎悪が湧いた。
 
 気持ち悪い。
 気持ち悪い。

 桃色の液体をずっと飲まされていた。
 あれは何だ?
 酷く黒の巫女が大事な存在に感じるようになってしまった。
 あれだけ欲した銀玲が希薄になり、探すことすら忘れて黒の巫女の言いなりになっていた。

 ジオーネルはあの液体を知っているようだった。
 私に飲ませたくなくて愁寧湖に紫の液体を流した。あの紫の液体は以前食事に混ぜられた霊薬紫の腐花じゃないのか?
 黒の巫女が持っていた……。
 ジオーネルは嵌められたのか。
 私は彼がやっていないと言っても信じなかった。
 あの時信じて話を聞けば、もっと早くに銀玲に辿り着いた。
 
 ああ、気持ち悪い……。
 何だこの記憶は。
 殆どが自室で戯れていた。
 腰を振って獣みたいに喘いだでいた。

 いや、そんなことよりも、自分の身体の事よりも、もっと大事な事がある。

 フラフラと真っ青な顔で歩いて招霊門へ辿り着いた。
 銀玲であるジオーネルが落ちてしまった。
 金の泰子は扉にへばりついてカリカリと引っ掻いた。

「ああ……、銀玲が…………。」

 どうしよう、どうやって迎えに行けばと焦点の合わぬ目でブツブツ呟き出す。
 緑の泰子はうわぁという顔で引き攣っていた。
 ジェセーゼが走って来て金の泰子に怒鳴りつけた。

「お前がちゃんとジオーネルを見てないからこんな事になるんだろう!?ちゃんと最初から選んでくれてれば………!」

 ポロポロと泣くジェセーゼに、ジェセーゼは銀玲が誰なのか知っていた事に気付いた。
 だからいつも睨まれてたのか……。
 銀玲、銀玲言いながら弟に気付かない男に腹立てていたのか。

 ジェセーゼを慰めるように寄り添った緑の泰子が、金の泰子を見て驚いた。

「金の泰子の眼の色が、片方銀になってるぞ。」
 
 言われてみれば右眼がさっきから痛い。
 しかしそんな事はどーでもよくて、どうやってジオーネルが落ちた先を調べる事が出来るかどうかの方が大事だ。

「よし、上手く制約が解けたみてーだな!」

 ジオーネルが落ちる前に起こした幻視の世界に呆然としていた人々を気にした様子もなく、年若い少年の声が響いた。
 現れたのは鮮やかな緑の髪を後ろに三つ編みにし、深い緑の瞳を持つ緑の精霊王。
 呆然としていた司祭達が響めき膝を突いていく。
 司祭といえども精霊王に会えるのは人生で一度有ればいいという程度の話し。
 召喚されて歌舞音曲を披露する巫女でさえ、気に入られれば呼ばれると言う程度で数人いるかいないか。
 ほぼ人前に姿を見せない精霊王が現れたのだ。
 しかも謎に緑の蔦で拘束された金の精霊王を、犯罪者の如く引き連れた緑の精霊王が。

 扉にへばりついて思考に耽っていた金の泰子も流石に立ち上がった。

「端的にいうぞ。さっき銀玲が落ちて頭にバキバキって音がなったと思うが、あれは金の精霊王がやったバカな制約が切れた音だ。あの制約のせいで黒の巫女か銀玲が落ちなきゃならなくなっていた。で、色々端折るがお前がどっちを選ぶかでどっちが落ちるかが決まってた。」

 緑の精霊王は金の泰子を指差した。

「私は黒の巫女を選んだつもりはない。」
 
 金の泰子は目に怒りを乗せて言い返す。

「なくても霊薬の所為でも、選んだ事になっちまったんだよ。あの邪魔な制約解く為に銀玲には落ちてもらった。本人ももういいって言ってたしな。」

「そんな、もういいなどと………。」

 もういいと思わせたのは自分だ。
 なんて愚かなのだろうと奥歯を噛み締める。
 精霊達によって金の泰子から弾き飛ばされた翼は、我に帰ったように騒ぎ出した。

「ちょっと!ねぇ!!金の泰子は僕のものだよ!?金の泰子は僕を選んだんだ!」

 せっかく霊薬で自分好みに育ててたのに、何をしてくれるんだ!
 翼は金の泰子を正気に戻したジオーネルに怒りが湧いた。
 翼が駆け寄ろうとするのを、金の泰子は鳥肌を立てて身構える。
 
「だから悪役令息のジオーネルが落ちたんだよ!?」

 駆け寄った翼が金の泰子に辿り着く前に、緑の蔦が拘束した。

「うわっあ!?なに!?」

「どっちが悪役かは置いといてだ、こっから本題。」

 捕まえた翼を無視して金の泰子を見据えた。

「迎えに行くか?」

「行こう。」

 即答した金の泰子にジェセーゼが噛み付いた。

「行くなら僕がいく!」

 信用ならないとばかりにジェセーゼは主張する。

「すまない、私に行かせて欲しい。必ず連れて帰る。」

 緑の泰子も口添えした。

「金の泰子に行かせた方がいい。ジェセーゼは仲良い分やんわりと断られると強く出れない。金の泰子なら無理にでも引っ張って来れる。」

 緑の泰子の本音は帰って来れなかったら困るからだが、ジェセーゼは泣きそうな顔でそうなのかな、としょぼくれた。

 緑の精霊王は自身の髪を一本引っ張っると、プチっと離れた髪は鋼鉄の杭となり石の床に深々と突き刺さった。
 金の精霊王から遠慮なく長い髪を数本摘んで引き抜く。
 
「いだいっ!」

 金の精霊王の泣き言など無視して、刺した杭に金の髪を近づけると、髪は繋がり一本の細い糸になる。

「俺たち精霊王が行く分には簡単だけどさ、迎えに行くなら帰って来て欲しいと望む人間が行くのが一番だ。行き先は金の精霊王の髪が銀玲の所に導く。」
 
 本当は金の泰子が正気に戻れば銀玲を選ぶのは分かっていた。しかし、落人になり白の巫女で無くなった銀玲は、一度落ちてもう一度天霊花綾に来る必要がある。
 銀玲が元々何処から来たのかは知っている。元の黒髪黒瞳の姿も。
 黒の巫女と同じならば、その立場をひっくり返してやろう。
 緑の精霊王の手には一本の鋏。

「髪を捧げろ。髪には精霊力が宿り、帰る為の指針になる。自分の髪が一番馴染んで帰りやすくなる。」

 天霊花綾の住人にとって髪とは精霊力を表す命のように大事なもの。
 精霊力が弱い一般の人々でも長く伸ばしている。切るのは揃える程度。
 それを切れと言われたが、金の泰子は躊躇いもなく切っていった。

 ジャク、ザクザクザク。

「おー思いっきりいいなぁ~。」

 緑の精霊王は感心して拍手した。
 金の泰子の髪は肩より上で適当に切ってしまっていた。

「これでいいか?」

 鋏はポイと捨てられた。

「じゅーぶん、じゅーぶん。これだけ有れば帰りやすい。」

 落ちた金の髪は、金の精霊王の髪から出来た糸に絡まり太い綱になる。
 緑の精霊王は招霊門に手をかけると、たいして力も入れない様子で片側の扉を開いた。
 
「綱は離すなよ?ずっと握っておいて、帰る時に願えば勝手に引っ張られて帰って来れる。」

「分かった。」

 金の泰子は綱を握り、ふと足を止めた。
 緑の精霊王も、ん?と気付く。

「ああ、アレか?落とすつもりだったんだが、殺し以外は好きにしていいぞ。」
 
 緑の蔦をはシュルシュルと解かれ、翼がドスンと落ちた。

「いったぁ~~~!?何するんだよ!!あ、金の泰子!助けてよ!もう帰ろう!?」

 翼は近付いてくる金の泰子へ縋りついた。
 金の泰子の表情はこの上なく無表情。
 眼は一切の感情を消した冷たい金と銀の眼。
 翼の襟首を掴んで引き摺った。

「え?え!?金の泰子!?」

 翼は引き摺られ、ポイっとゴミを捨てるように招霊門の中へ捨てられる。

「え!?きゃ…!」

 翼に何も言わせる事なく落とした。

「じぁあ、行ってくる。」

 金の綱を握り締め、金の泰子も扉の中に滑り込んで行った。

「綱が繋いである限り扉は開いてるから落ちるなよ~。」

 緑の精霊王の言葉に皆扉から離れる。
 皆んなこの状況をよく分かっていなかったが、緑の精霊王と金の泰子の様子に何かを納得し、黒の巫女を気遣う者はいなかった。

「ちゃんと連れて帰ってくるかな?」

「来るんじゃないか?あの様子じゃ……。」

 緑の泰子は金の泰子から常に銀玲の話を聞き続けたのだ。
 今回の選霊の儀で銀玲が探せず、もし他の候補者が銀玲を娶った場合、どうやってそれを潰し、銀玲を引き取るか…………、という半精霊人にあるまじき話まで聞いていた。
 だから金の泰子は連れて帰る。
 執念深いから。
 もしジオーネルが帰らないと言ったら、一緒に向こうへ残りかねない。
 向こうの人界がどんな世界か知らないが。
 どっちにしろ金の泰子は銀玲がジオーネルと知ったからには、必ず捕まえに行く。

「むしろ一緒に帰って来てからの方を心配すべきじゃないか?」

「え?なんで?」

 ジェセーゼは不思議そうに首を傾げた。











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