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10 翼の罠
しおりを挟む翼は緑の泰子のイベントを邪魔された事に気付いた。
お昼に金の泰子から緑の泰子が修練棟に行ったと聞いて、急いで向かったのだ。
そこで見たのはジェセーゼを抱っこしている緑の泰子と、暫くしてから花手水を使用人に聞いて廊下に飾っているジオーネルだった。
ゲームの時の様に暑化粧も過度な装飾もない地味な姿だった。
蛇の様に執拗な性格だったはずなのに、大人しく目立たない存在になっている為、主人公である自分に意地悪をしてこない。
銀の精霊王が銀の眼を与えたからだろうか。
しかし泰子達に話を聞けば、以前は粘着質で他の巫女を怒鳴りつけたり怪我をさせたりしていたと言う。
性格が変わった?
ともかくジェセーゼを使って邪魔をされたのは分かった。
これで緑の泰子の攻略は難しくなった。
何故緑の泰子のイベントを邪魔したのか。偶然か計画的にか……。
計画的だとしたら、ジオーネルはこの世界がゲームと知る人間という可能性が高い事になる。
向こうの世界の人間か?
疑問は尽きない。
金の泰子は銀玲に心が傾いていて、攻略を進めているにも関わらず落とせている気がしない。
とにかく金の泰子がジオーネルの事を銀玲だと気付く前に、ジオーネルを招霊門へ落とす必要がありそうだ。
翼は暫く思案した後、精霊殿に向かった。
夕食時。
ガヤガヤと賑わう食堂で事件は起こった。
食事を食べた人々が次々と体調不良を訴えていく。
食べ出して1時間程度で体調を崩し出したが、殆どの人間が同じ頃に食べにやってくるので、皆んな倒れてしまった。
倒れなかったのは用があって居なかった者と、いつも遅れてくるジオーネルくらい。
ジオーネルは周りから陰口叩かれるのが嫌で食事は遅めにくる様にしていた。
入り口で先に食べたジェセーゼと話していて更に遅くなった。
話している途中、ジェセーゼが具合悪そうに崩れ落ちた。
「ジェセーゼ兄上!?どうしましたか!?」
慌てて支えて助けを呼ぼうと周りを見渡すと、殆どの人間が崩れ落ちている。
泰子達や他の候補者、白の巫女も皆一様に青白い顔をしていた。
その中に黒の巫女、翼もいる。
平気なのは給仕などをしていた使用人達くらい。
もしかして白の巫女で立っているのは私くらい?
何故か背中がザワザワとした。
部屋を検めると言われた。
一人倒れなかったのを疑われたらしい。
部屋に戻るのは許されず、精霊殿から来た司祭達に別の部屋に押し込まれた。
部屋から出て来たのは霊薬紫の腐花。
精霊力を下げる薬として、天霊花綾では毒薬になっている。ゲーム上ではジオーネルが銀の精霊王を狂わせる為に使った薬だ。
精霊力を失い自我をなくした銀の精霊王が狂って暴れるのを、黒の巫女と四人の泰子達で倒す。
倒すといっても殺すのではなく、銀の精霊王の精霊力を黒の巫女の力で復活させて正気に戻すのだ。
霊薬紫の腐花を使ったジオーネルは落人となって招霊門へ落とされる。
黒の巫女は攻略対象者の中で一番好感度の高い者と結ばれてハッピーエンドとなる。
しかし、そんな薬は持っていない。
何故部屋から出て来たのかも分からない。
食事の中から霊薬紫の腐花が出て来たと言われても、なんで混入していたかも分からない。
違うと言っても信じてもらえず、幸い体調不良者が多かったが死者もいなかったので、部屋で一ヶ月謹慎処分となった。
せめてジェセーゼ兄上を見舞いたいと言っても許可は降りなかった。
誰かに嵌められたのだと気付いても、誰が信じてくれるだろう……。
せめて金の泰子とジェセーゼ兄上には違うと言いたかった。
霊薬紫の腐花で精霊力が落ちて寝込んだ者は、だいたい一週間から三週間で完治していった。
食事量で摂取量が変わるし、個人の精霊力にもよるので、回復期間がかなり違った。
先に起きてきたのは泰子達だった。
「本当にジオーネルなのか?」
緑の泰子の質問に青の泰子は苛立たしげに顔を顰めた。
「ジオーネルの部屋から霊薬が出て来たのですよ?何故もっと厳しい処罰をしないのです?招霊門に落としても良いくらいですよ?翼も辛そうにして………、可哀想です。」
青の泰子は今朝見舞った翼の事を思った。儚げに震える黒の瞳が悲しげだった。こんな事をしてしまったジオーネルを口では庇っていたが、恐怖で身体は震えていた。
大丈夫だと抱きしめると、細い指が服の胸元を握りしめ、それがまた小さく儚く可愛らしかった。
落とした口付けに真っ赤に染まる頬。
…………青の泰子は完全に翼に落ちていた。
そんな青の泰子を横目に、緑の泰子はのんびりとお茶を飲んだ。
緑の泰子も食事は摂った。
食後にお茶を飲みながら同じテーブルに着いていた者達とお喋りをしていたのだが、皆体調を崩した。
身体の力が抜け、血の気が引いていく感覚と、得体の知れない恐怖感。
命の源とも言うべき精霊力が無くなった為に起きた現象だったが、この時は誰も何が起きたのか分からなかった。
ともかくジェセーゼを安全な所に移さねばと、動かない身体に鞭打って抱き合う二人の元へ向かった。
金の泰子と緑の泰子は髪と眼の色が鮮やかな事から分かる様に、精霊力が誰よりも高い。
倒れず動き回る事が出来た。
金の泰子は精霊殿からジオーネルが霊薬紫の腐花を使用したと聞き、憤っていた。
緑の泰子は、あの時何が起きているのか分からず兄を抱きしめたまま固まっていたジオーネルを思い出し、ジェセーゼの部屋へ向かった。
話を聞いたジェセーゼは青い顔を更に青くして、身体を引きずる様にして机に向かい、手紙を書き出した。
生家である白家への嘆願書だ。
このままではジオーネルは落人として招霊門へ落とされてしまうのではないかと考えたらしい。
ジオーネルが霊薬紫の腐花を持つ事は不可能だし、やる必要性がない事等を書き連ね、無実を訴えていた。
愛しい人が必死に頑張る姿はなんと可愛らしいことか。
ここはジェセーゼを手伝い緑家からも圧力をかける事にした。
「緑の泰子、有難うございますっ。」
弱々しくも嬉しそうに笑う姿に、下半身から脳髄まで一直線に震えた。
……なんと可愛い生き物だろう。
半精霊人である天霊花綾の住人には、本来生殖行為は必要ない。子供が欲しければ二人の精霊力を混ぜ合わせ、精霊殿にある祈りの間で祈り、精霊達の力を借りて卵を作るのだ。それに毎日精霊力を注いでいくと、半年ほどで産まれる。
下半身にくる生殖行為は人であった頃の名残で、快感や愛情を楽しむ為の行為でしかなかった。
だから番になっても全く性交をしない夫婦もいるし、男女の身体の違いも関係ない。
しかし、緑の泰子はジェセーゼに対してその身を愛したい、そして蹂躙したいという欲望が渦巻いていた。
可愛いジェセーゼは何も知らぬげに、ただ緑の泰子は優しいですねと喜んでいる。
舌舐めずりする心を優しい笑顔で隠して、毎日の様にジェセーゼの見舞いという看病を続けていた。
たまに手を出して。
「白家と緑家が動いたと聞いたが、本当なのか?」
「本当だが?」
金の泰子に緑の泰子は言う事があった。だからハッキリと白家の為に緑家が動いた事を言う。
「ジェセーゼは違うぞ?」
ジェセーゼは銀玲ではない。
この言葉は精霊王の制約で言葉に出来ない。しかし、長年の付き合いからこれで分かるだろう。
意図を汲んで金の泰子は目を見開いた。
「そうか。」
緑の泰子はジェセーゼの眼の色を確認したのだろう。前からジェセーゼに対する好意を感じていたが、手を出す程だったのか。
悪い事をしてしまった。
おそらく銀玲探しをする私に気兼ねして黙っていたのだろう。
ならば、銀玲は誰だ?
後たった二十九人の中の一人だ。
同じ年の選霊の儀に銀玲の名を見た時はこれで近付けると喜んだものだが、全く進展出来ずにいる。
緑の泰子の様に一人一人確認するわけにもいかず、自分の不甲斐なさに気落ちした。
選霊の儀が病人だらけでも、もう直ぐある感謝祭はしなければならない。
要となる白の巫女も次々と回復していってるので延期する必要はないだろう。
最近、銀玲の歌声が聴こえない。
銀玲の歌は精霊殿の外まで響く。
喜び飛び回る精霊達が歌声を外にまで届けてしまうせいだ。
歌が流れ幻視が見え出すので、誰にでも今銀玲が精霊王に歌を捧げているのが分かるのだ。
銀玲は大丈夫だっただろうか。
顔も見えぬ白い巫女姿を思い浮かべた。
謹慎して二週間、部屋に訪問者が現れた。
「すまない、なんとか頼み込んだんだが一ヶ月も謹慎になるなんて……。」
ジェセーゼ兄上だった。
体調が回復すると、直ぐに来てくれた様だ。
「いいえ、兄上。落人にならなかっただけでも助かりました。」
落人になればジェセーゼ兄上に二度と会う事も無かっただろう。
銀玲として歌う事も、金の泰子に賞賛される事も無い。
ただの大学生に戻り、平凡な人生を送るだけだ。翼はいないかもしれないが、幼馴染の蒼矢とよりを戻したいとも思わない。
弓弦としての記憶はあるが、それは遠い昔の記憶だ。今のジオーネルの方が強い。
「緑の泰子にもお礼を言いたいです。他の方々は私の事を何か………。」
言っているかと聞こうとして、ジェセーゼ兄上の顔が悲しげになるのを見て、言われない訳無いかと思い直す。
「私は違うと信じている。招霊門に落としてたまるか!霊薬の出所も犯人も今調べているから!………私は、言い難いが黒の巫女ではと思っている。」
ジオーネルの存在が無くなっていい思いをするのは翼だけである。
本来なら選霊の儀で伴侶が見つからなくても来年また参加すればいいだけだ。
今年泰子に選ばれなければ来年がないのは私か翼だけ……。
ジェセーゼ兄上が信じてくれている。
可能性が低くとも、最後まで頑張ろうと思う。
「有難うございます、兄上。ジェセーゼ兄上に相談して良かったです!」
弓弦の時でもここまで親身になってくれる存在はいなかった。
ゲイである事に怯え、ビクビクと身を縮こませていた日々。
戻りたくないと思った。
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