精霊の愛の歌

黄金 

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6 『月光の下で聴く音は』

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 翼が天霊花綾にやって来て1週間。
 ジオーネルはなるべく近付かない様にしていた。
 だって怖い。
 また池に落とされる様な事されても困るし、あからさまな悪意なんて怖いだろう?

 ジェセーゼ兄上の周りにいた泰子達は、最近翼の周りを囲む様になった。
 ゲームの流れになって来ている様だ。
 翼は攻略する気満々である。
 ゲームの流れとしては、日々の修練を行う事にって主人公は精霊力を上げていく。
 ゲーム上では週ごとに一日の練習内容をセットして、自分の能力を上げていく。
 金の泰子なら歌、赤の泰子なら剣、青の泰子なら楽器、翠の泰子なら花を育てたり生けたり。
 白の巫女は身バレ禁止なのになんで黒の巫女は堂々と修練してんだよ、とゲームしながらツッコンでたけど、現実でもゲーム通りだった。
 金の精霊王は割と適当な人なので、黒の巫女が素人なんだし髪が黒いから巫女服着ても一緒だとか言い切られて、堂々と修練やってるらしい。
 ゲームの主人公も裏ではそうやって主張したんだろうか。

 なにしろ翼は着々と修練しながら泰子達に近付いていた。
 蒼矢もああやって落とされたのかぁと、今や懐かしい幼馴染の顔を思い出した。
 金の泰子も私には笑顔一つ見せなくなったのに、翼には笑顔で対応している。
 
 室内修練棟は二階建ての朱塗りの建物だ。艶やかな黒の瓦に金と緑の色を塗られた竜の鯱鉾が構え、主要な柱にもこれまた竜や花、虎みたいな幻想的な動物が彫られて金や銀、赤、青、緑と色鮮やかに塗られている。
 パッと見、昔テレビで見た首里城っぽい。
 中は一階も二階も二十畳程の部屋が延々と並び、襖と障子で仕切られている。なんとも和と中華の混ざった不思議な建物だが、産まれてからずっとこんな中で暮らしていたので、これが普通になってしまっている。
 通路は縁側になっていて、雨の日は御簾を降ろしておく。
 棟は西棟と東棟の二つ。
 通路となる縁側は対面に有り、片側から反対側が覗けてしまう。
 
 私は翼が怖くて近寄らないが、今日もコソコソと対面にいる翼と金の泰子を覗いていた。
 笑いながら楽譜を見て音合わせをしている二人。
 こんな時の翼は純真無垢な美少年。……に擬態している。
 二人の笑い声が風に乗って聞こえて来るたびに、胸がぎゅうぎゅうと締め付けられる。
 翼の修練は上手く進んでいるらしく、桜の花びらが翼の周りをヒラヒラと舞っていた。
 寄って来た精霊がイタズラをしているんだろう。

 ……あれくらい私だって出来る。
 欄干に隠れて覗き込んでいた縁側から室内に入り、持っていた二胡を引き弾いた。
 精霊殿以外で歌う事は出来ないので、修練棟では二胡を弾く様にしていた。音や音域を確認したり、主に気晴らしに来ている。
 修練棟は練習する為の棟なので、何もせずにいると追い出されるのだ。
 二胡は縦に構える二本弦の細長い弦楽器だ。二本弦の間に固定された弓を巧みに操り、左手が棹(さお)の上を上下に動かして音色を奏でる。
 左手を動かし弾き出すと柔らかい独特な音色が広がる。
 歌ほどではないが、楽器でも精霊達は騒ぎ出す。
 風が生まれ、桜の花びらを持って来ては上から散らすイタズラが始まった。

「ふふふ、ごめん、花びらは後で掃除しろって怒られるから戻してね?」

 精霊達に頼むと桜の花びらはふわふわと風に流されて外に散って行った。

 縁側に出て翼達をもう一度見ようと思ったが、もう終わったのか二人は居なかった。
 どのくらいそうやって立っていたのか、誰かの足音が聞こえて来た。
 金の泰子だった。

 頭を少し下げて泰子を待つ。
 最近誰かしら泰子がやってくる。
 主に注意しに……。

「先程は君が対面から覗いていると翼が言うので修練を止めたのだが、本当だったか。」

 覗いてたのは本当なので黙っておく。

「返事しないと言う事は、本当か?翼から楽譜が無くなったり楽器が壊されたりすると言われているが、貴様がやったのではないだろうな?」

 君から貴様呼びされてしまった。
 私の好感度は早くもマイナスだろうか。
 そもそも翼は来たばっかりで楽譜や楽器等と言った個人の物は殆ど無いのでは?と言いたい。

「その様な事はしておりませんが、黒の巫女様が言われたので?」

 嫌味ったらしくなってしまった。
 私の声は鼻にかかったキー高め。
 意識してそうしてるわけでは無いが、やや間延びした感じの話し方が、嫌味ってらしく聞こえる。

「他にいないだろう。」

 いるかも知れんやん。
 白の巫女は私だけじゃ無い。
 翼は何を言ってるんだろう。

「はぁ。」

 あ、はいがはぁになっちゃった。しかも溜息風に。
 これでは金の泰子に呆れた様な対応をしたと思われるんじゃ………。
 ああー、泰子の秀麗な顔が仏頂面に。

「翼に招霊門から帰れと言っているとも聞いたが?」

 いや、落とされそうなのはこちらな気がしてならない。
 だって私はどの泰子とも仲悪いし。
 翼は金の泰子の他にも、他の泰子とも仲を深めている。
 これ以上話をしていては墓穴を掘りまくりそうなので退散しよう。

「私は部屋の持ち時間も過ぎましたので、これで失礼させて頂きます。」

 私は顰めっ面で溜息を吐く金の泰子を置いて、そそくさと逃げた。




『泰子!金の泰子!私はジオーネルと申します!白の巫女としてよろしくお願いします!』

 選霊の儀が始まった時、今までは銀玲として会話もなく褒められるだけで帰る事しか出来なかったが、これからは話しが出来るのだとここへやって来た。
 白家から出て選霊の儀の間だけ外へ出て金の泰子と会話が出来る。
 嬉しくて、ジオーネルとして面識もないのに話し掛けた。
 金の泰子は愛想笑いだろうけど、笑ってよろしくと言ってくれた。
 それが嬉しくて更に話し掛けた。
 追いかけてつけ回して、他の白の巫女達を追い払った。
 
 弓弦の記憶から見たら、やってはいけない事だった。
 弓弦も人付き合いは下手な方だったが、ジオーネルは人との付き合い方を全く知らなかった。

 銀玲もジェセーゼ兄上と思われちゃうくらいだし、まさかジオーネルだとは誰も思ってないだろう。







 その夜、私は眠れず外に出た。
 白の巫女も泰子達や他の伴侶候補も全員この精霊殿周辺の宿泊棟で今は暮らしている。
 選霊の儀で伴侶が決まれば、そのまま二人で此処を出るのだ。
 金の泰子と共に出る事を夢見てたけど、どうも無理そうで泣けてきた。

 トボトボと池の畔を歩いていると、歌が聴こえてきた。
 低く腹の底に響く様な、囁く様な歌声に、ふらふらと惹かれるように近付いていく。
 そこは談話室として使われる部屋だった。
 部屋の外はすぐに池の水がある為、落ちない様に窓の外には格子が付いている。そこに金の泰子が肘をついて歌を歌っている。
 部屋の方が明るい為、池の畔にいる私には気付かないと思うが、最近の印象の悪さを思うと見つかりたくなかった。
 植木に隠れてそっと泰子の歌声に聴き惚れる。
 一緒に歌えれば………。
 別の音階を合わせてハモってもいい……。
 ムズムズとするが、歌う事は出来なかった。こんな時白の巫女である事が恨めしい。
 
 今日は月が綺麗に出ていた。
 月光がサラサラと落ちるのは金の泰子に賞賛の光が落ちているからかも知れない。
 緩やかに伸びた長髪は簡単に纏められ、夜着に羽織を着ているので、泰子も寝れずに出て来たのだろうか。
 
 見惚れていると、金の泰子の胸あたりでモゾモゾと動く存在に気付いた。
 少し距離があるので目を凝らす。

 「翼……?」

 翼の黒い頭が見えた。
 黒い髪を撫でている金の泰子の手も見えた。
 
「……………っ。」

 翼が金の泰子に寄り掛かって寝ている様だった。
 ……そうか、イベントか。
 夜の月明かりの下で金の泰子に抱きしめられながら、金の泰子の歌を聞く幻想的なシーン。そのまま寝てしまい部屋へ送り届けてくれる。スチルは月光の下で抱きしめられ撫でられて寝ているシーン。
 イベントの中でも金の泰子の個別イベント『月光の下で聴く音は』で落としてはならない大事なイベントだったはず。
 課金の金チケットで寝キスシーンになる。寝ている黒の巫女にそっとキスをする。
 弓弦は課金する程ハマったわけではないので、金の泰子が寝ている黒の巫女を抱きしめて歌を歌うスチルしか見ていない。
 翼は課金してそうだったけど……。

 現実に見せられるとショックが大き過ぎて動けない。
 無課金ならこのまま金の泰子が寝ている黒の巫女を部屋に抱っこして連れて行く。
 …いや、そんな、金の泰子は銀玲に好意を寄せている。
 寄せていると思ってたけど、あれは単なる歌が上手い人への歌手に対するファンの様なもので、違ったのだろうか…。
 翼にキスしないよな……?
 怖くて動けなかった。

 暫くすると金の泰子の歌が止んだ。
 翼の頭が動いた様に見える。
 起きたのか?
 翼の腕が動いて泰子に抱きついた。
 そのまま顔が近付きキスをする。
 呆然とそれを見やった。
 金の泰子は驚いた様だが、怒る事はなく二人は何か話をして笑いながら帰って行った。

 ジオーネルが話しかけて腕を絡ませた時はやんわりと解かれたのに、翼はいいの?
 黒の巫女なら許されるの?
 翼の方が好きなの?
 銀玲よりも?
 いや、たとえジオーネルが銀玲だと分かっても翼には勝てないのだろうか。
 あんなに長くいた幼馴染もあっさり捨てたのだ。
 私が可愛くないから?
 
「やっぱり皆んな顔が一番なのかなぁ………。」

 悲しくて、惨めで、植木の陰でずっと泣いていた。













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