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2 ジオーネルに転生してた
しおりを挟む年に一度、天霊花綾(てんれいかりん)で行われる始まりの祭り『創世祭』。
遥か昔、精霊と人は一緒に住んでいました。精霊と人は形が似ていた為、愛し合い子供を産むようになりました。しかし、長寿の精霊と短命な人は些細なことから歪み合い、別々の地へ住むようになりました。
精霊と人、どちらも祖に持つ者達は半精霊と言われ、精霊の力を借りる事ができる人の寿命を持った生き物となりました。半精霊は人と一緒に住みましたが、人から受ける過酷な生活に死に行く者が増えました。
哀れに思った精霊王は精霊の血を引く者は一人残らず精霊王が創る世界、『天霊花綾』(てんれいかりん)へ身を移させました。
半精霊は人の血がある為、人と同じ様に組織を作り生きて行くようにと、導き手として五つの泰家(たいけ)が作られました。金、銀、赤、青、緑、それぞれ五つの精霊王が五つの泰家を見守る事にしました。
その始まりの日を祝うのが『創世祭』だ。
私達は精霊殿の大広間、招霊門の前に白の巫女として並び立ち、精霊王へ感謝の祝詞を唱えていた。
私の芸は歌。
金の精霊王様が褒めてくれる歌を今日も金の泰子にお聞かせせねば!
創世祭よりも夜に行われる食事会の時の演芸に心がいっぱいだった。
そんな事を思いながら他の巫女達と共に首を垂れる。予行練習通りだ。
ガコンッ………キイィィィィ……
とても重々しい扉が開く音がした。
この部屋にそんな重々しい音を立てる扉なんて一つしかない。
巫女達は一斉に背後を振り返った。
総勢三十名。
その扉は招霊門と言う巨大な扉。
創世では人界から半精霊人を移動させる為に作られた扉だが、今は罪人を送る為の扉となっている。
罪を犯した者は落人(おちびと)と言われ、人界に落とされる。落ちた落人は人界の理に取り込まれ、人として生きていくと言われている。戻った者はいないので確かな事は分からない。
その扉が開いたのだ。
今日は祝いの日。落人などいない。
扉が人一人分開くと、ひょこっと人影が出て来た。
その人物を見てくらりと眩暈が起きる。
黒髪黒眼。
大きな眼は快活そうで、ふんわりと笑ったぷるんとした口元に見覚えがあった。
…………ムラサキ ツバサ。
蒼矢に抱きついて落ちていく俺を笑いながら見下ろしていた……。
あれ?俺、だれ?
白いヒラヒラした巫女服を着て、さっきまで金の泰子の前で歌う事ばかり考えてた俺って誰?
…………じっっと考えた。
俺は鈴屋弓弦。大学生なったばかり。翼に恋人盗られた男。
…………でも今は、ジオーネルという名前の天霊花綾の住人。物心つく頃からの記憶もちゃんとある。白い髪を長く伸ばし、細眼で黒い瞳のそばかす顔。
あれ、俺って悪役令…?
翼がやたらと主人公は自分に似てて、悪役令息は俺に似てるって言ってきてたゲーム?
おれ?わたし?俺?私?
弓弦は俺って言ってたけど、ジオーネルは私と言っていた。
いや、ここはやっぱり私だろう。
突然湧いた弓弦の意識は強いが、今までジオーネルとして生きてきたのだ。
私はジオーネル!
よし、大丈夫!
ところでなんで翼はゲームの通りに現れて、私はジオーネルとして子供の頃からここにいるのか……。
一緒に翼と召喚?迷い人?として天霊花綾に来たいわけじゃないけど、なんも態々悪役令息として転生してなくていいんじゃないだろうか。
弓弦はもしかしてあのまま落ちて死んだのか?
一人自問自答している間に、翼はこの世界の説明を受けていた。
ここが天霊花綾という精霊のいる世界で、半精霊となった人々が暮らしている事。
今は創世祭という祭の最中で、翼が人界から迷い込んで来たのだろうという事。
「この顔を隠した白い人達は?」
「彼等は白の巫女です。白髪に黒眼は精霊王に選ばれた花嫁なのです。伴侶となれば花婿の色を濃く継ぐ子供を授かる者達なのですよ。精霊王との制約により白の巫女は精霊殿の中では顔を隠すようになっております。」
私達は皆白髪に黒眼の者達ばかりだ。
この天霊花綾の住人は髪と瞳に精霊の力が宿っている。
その色味は金、銀、赤、青、緑の五人の精霊王の色が基本色となり、その色が鮮やかで単色である方が精霊力が強い。
精霊力が強ければ精霊達からの恩恵が強いので、色味がはっきりした子が喜ばれる。
白髪に黒眼の白の巫女は、精霊力が強い子供を産むことが出来る存在だ。
家格の高い家、特に金、銀、赤、青、緑の五泰家は白の巫女を花嫁として迎え入れる。
私達白の巫女の瞳は特殊で、一つだけ得意とする歌舞音曲を披露する事により瞳の色を自分が元々持つ色味に変化させる。
歌舞音曲とは歌や踊り等の芸事の事なのだが、私の場合は歌を歌う事だ。
ソプラノからアルトまでの音域でゆっくりとした歌詞を歌う。それは既存の歌でも自作でも良い。精霊達が喜べば良いのだ。
私は歌を歌い精霊力を乗せれば瞳の色が銀色に変わる。
銀に変わるので本来なら銀泰家に嫁げば銀泰家に更なる強い精霊力を持つ子供を授ける事が出来る。
金や赤でもなく銀の方がいい。
しかし今は銀泰家は滅んで無くなってしまってる。白の巫女と婚姻せず、只人を産んで銀の色を保つ子が産まれずに滅んでしまった。泰家を存続させなかったとして落人として招霊門から落とされてしまったらしい。
それはともかく、白の巫女は同色の目を持つ家に嫁げばより強い子を授かれるが、それでは巫女の取り合いや一つの家格が強くなり過ぎる等の弊害が出てくる為、色合わせは精霊王により禁止されてしまった。
色合わせとは髪や眼の色が同色のものを選ぶ事だ。
一般的には当たり前の事でも白の巫女はそれが出来ない。普段の黒眼の状態でのみ伴侶を選ぶ様にと言われている。
だから白の巫女は精霊殿の中で精霊王に対してしか歌舞音曲を披露出来ないとし、念の為に祭事の際は眼の変色を見られぬよう顔もベールで隠さなければならないという決まりが出来た。
なんなら白巫女装束の時は歌う時以外声が出せない。
精霊王の制約で自分の眼の色も精霊名も言う事は出来ないし、それとなく教える事も出来ないようになっていた。
結果私達は精霊殿の中で顔を隠した真っ白な巫女服を着るという、真っ白な集団になってしまっている。
「貴方様は黒髪に黒眼。黒の巫女です。黒は全ての色を持つ色。どの泰家に嫁いでも素晴らしい子を授かる事が出来るでしょう!」
………と、ゲームの通りの説明が成されていた。
翼はあのゲームやり込んでたから知ってるだろうけど、笑顔でうんうんと聞いている。
ゲームの主人公に成り切っているのだろう。
説明しているのは祭事を取り仕切る精霊殿の司祭フーヘイル様。
黒の巫女の出現に興奮しているようだ。
「ぜひ、選霊の儀への参加を!」
この天霊花綾では毎年選霊の儀という、簡単に言えば集団お見合いという婚活が開催されている。
今年は四泰家の子供である金の泰子、赤の泰子、青の泰子、緑の泰子が参加する事になり、かなりの白の巫女が集まった。
ジオーネルの生家、白家は白の巫女を輩出する家なので、勿論適齢期の子供である私とジェセーゼ兄上を送り込んだ。
そこら辺に生まれた白の巫女に遅れをとる事なく、泰子を射止めて泰家に嫁げと。
泰家とは太古から精霊王が見守る格式ある家の事で、泰子とは泰家の嫡子の事だ。泰家の子供は争いを防ぐ為必ず一人しかいない。髪と眼の色味は精霊王と同じ子供が産まれる。死ぬ事が無いよう精霊王から様々な加護が与えられているという。必ず白の巫女を娶り髪と眼の色味を損なわないようにしている。泰子達は名前を持たない。結婚してから婚姻相手の名前を一文字もらって初めて名前が付くのだそうだ。
「はい!頑張ります!」
翼は選霊の儀に参加する気満々だ。
今年の選霊の儀は花嫁側が白の巫女三十名と黒の巫女の一名という、総勢三十一名の大所帯となった。
白の巫女を娶れるくらいの裕福な家の花婿側が三十名なのに、一名あぶれるんじゃ?とつっ込みたい。
こっそり金の泰子盗み見た。
金の髪に金の瞳の金泰家の泰子。
キリリとした目に眉、真っ直ぐな鼻梁に穏やかそうな口元。
整った美しい顔は真面目そうな印象を持っている。
ジオーネルが大好きな人。
彼に好かれたくて毎日の修練も頑張っている。
目に入れて欲しくて、自分を選んで欲しくて、毎日金の泰子の元へと通っていた。
その人は今、黒の巫女である翼を見つめていた。
※一部不適切な表現があった為、訂正致します。ご迷惑お掛けしました。
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