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神様のいいように
110 俺がいくよ
しおりを挟むツビィロランの背中はズキズキと痛んでいた。息が苦しい。最初の頃こそ隠そうと黙っていたが、最近は息が苦しくて黙っていることなんて出来なかった。急に倒れたりベットから起き上がれなくなったり。
「魂が引っ張られて抜けようとしているのです。」
クオラジュから必死に神聖力が流れてくるのを感じる。ツビィロランの身体が生み出す神聖力だけでは抑え切れなかった。
引っ張られる。
向こうにいる自分の身体に引っ張られているのだ。
ツビィロランの神聖力もクオラジュの神聖力も、誰も敵わないくらいに強いのに、二人合わせても天空白露の重みには耐えられない。
「………はぁ、はぁ。」
外が騒がしい。
少し前まで部屋にいたクオラジュが慌てて出て行った。
「アオガ、外で何があってるんだ?」
ツビィロランの中の神聖力は吸われ続けている。身体の中でも荒れ狂い、外の様子を調べるなんてことは出来ない。
アオガは窓の外を窺いながら緊張して汗を流していた。
「聖王陛下の結界が壊されそうになるなんて……。」
「壊れたことないのか?」
「あるわけないよ。あったら天空白露はもう存在してないよ?」
それもそうかと額に手を乗せて考えた。ツビィロランは身体が重く起き上がれなかった。
引っ張られる。
どんどん。
クオラジュが泣きそうで、泣いてほしくなくてなんとか持ち堪えている。でもクオラジュの神聖力も限界だ。ずっと休みなくツビィロランに神聖力を回している。いくら強くったって、不眠不休で出来ることではない。
「クオラジュは?」
よほどのことがない限りツビィロランの側を離れなくなっていたのに、今は側にいなかった。
「あちこちで妖霊が暴れてる。」
最初の知らせではノーザレイを埋めた場所から妖霊達が出てきたという知らせが届いた。
直ぐにアゼディムが神聖軍を連れて駆けつけたが、次から次に出てくる妖霊に手が回らなくなりだした。
残っている地守護の兵士も町を守り、聖王宮殿周辺にきた妖霊をクオラジュが討伐しに出た。
まだ聖王宮殿の結界は無事だが、それもいつまで保つか分からなそうだった。
アオガは見えていた。ツビィロラン背中に刺さる針から空間が吸い込まれようとしている。それを青の翼主が止めているが、それももう無理かもしれない。
内側に吸い込まれた時、ツビィロランの魂ばかりかその身体はどうなるのか分からない。
妖霊の王ジィレンはツビィロランの身体を壊すつもりなのだろうか。
「なぁ、アオガ……。」
「なに?」
「俺がいなくなったらクオラジュ止めれる?」
「………無理だからいなくならないで。」
あはっとツビィロランが笑っているが、どこか乾いた笑いだ。本人も理解している。
限界が近い。
「クオラジュっ!」
聖王宮殿の外に群がる妖霊達を切り伏せながら、遠くから呼ぶトステニロス達を見つけた。
「トステニロス……?何故ここに。」
ザアッと一振りで三体の妖霊を切って弾き飛ばしながらクオラジュはトステニロス達が到着するのを待った。
「テトゥーミが刺された!穴が開くぞ!」
「…………っ!神聖軍は?」
「近くにはいなかった。数が凄かったから押し除けられたんだろう。」
「そうですか……。とりあえずテトゥーミを中へ。」
トステニロスに抱いて運ばれたテトゥーミはまだナイフが刺さったままだ。抜けば血が噴き出るのでそのままにして運んで来ていた。
テトゥーミはトステニロスに任せてクオラジュはフィーサーラを見る。
「フィーサーラ、開墾地に行って下さい。」
「………ここは………。」
「大丈夫です。開墾地まで兵を回せません。」
フィーサーラは分かったと言って飛んでいった。
後は?サティーカジィの所は自分達でなんとかするだろう。
空を見上げる。
黎明の空とは逆に、今から夜が訪れようと空は夕焼け色に染まっている。
「魂が燃える。」
今日は満月だった。
ツビィロランは廊下を歩いていた。
部屋にいるようにと言われたが、ジッとしていられない。自分だけ悠長に寝ている気がして、心が落ち着かず部屋から出てきた。
「……あ。」
今日は満月だった。
空には大きな月が煌々と輝き、空に魂の炎が燃え上がる。
満月の夜、死者の魂は冥界の炎によって燃え上がる。それを月冥魂と言うのだったか……。津々木学の世界では考えられない荒唐無稽な話だった。
いくつも炎が上がっていた。
空に上がり消えていく。昇華されて全てを洗い流し次の生へと旅立つらしい。
聖王宮殿のおそらく外で、クオラジュが戦っているのが見えた。相手にしているのはまだまだいる妖霊達と、妖霊の王ジィレンだった。
「………………!」
他にもアゼディムや神聖軍もいるが、数が違い過ぎる。あんなに妖霊はいるのかと驚く。
ツビィロランは背中が痛むのを堪えて聖王陛下の所に走った。
アオガは皆んなを手伝うように外に出している。ヤイネやラワイリャンには隠れているよう伝えた。
「ツビィロラン様も一緒にいて下さい!」
「今のお前が行ってもどうもならんぞ?」
二人は引き留めたが振り切って出てきた。
聖王陛下は自分の執務室にいた。他の天上人達も天空白露を守る為に戦っている。夜の空に燃え上がるのは天上人達や町に住んでいた人達の魂の炎だ。
扉を叩く前に内側から開いた。
「安静にしておくように言われたでしょう?」
優し気に微笑むロアートシュエの顔色は悪い。
少し前に天空白露を覆う一番大きな結界が壊された。その時聖王陛下は倒れてしまった。それでも聖王宮殿を守る結界は維持している。
「聖王陛下こそ顔色悪い。」
「私は当たり前です。皆を守らなくては。」
戦えない者は皆聖王宮殿の中へ避難していた。
開墾地に行ったフィーサーラは生き残っていた人達を連れてきたが、半数は息絶えていた。ヌイフェンも怪我をしたらしく、デウィセンに刺されたテトゥーミと一緒に治療中だ。
「あのさ、聞きたいことがあるんだ。」
天空白露の結界が壊れたのは、ジィレンが言う世界の壁にぶつかっているからだ。
現実の世界と常世の世界を繋ぎ、天空白露を壁にぶつけた。その衝撃で壊れたのだ。
「俺についてる糸が無くなれば、天空白露は止まるんだよな?」
ロアートシュエは緩く首を振った。
「ノーザレイの魂もこちらのノーザレイの身体と繋がっていますので、ツビィロランだけが犠牲になっても一緒ですよ?」
どうせ引き合うのだと聖王陛下は言う。
分かってる。
俺は笑った。
「その糸が全部切れればいいんだな?」
俺は神聖力は多いけど全然上手く扱えない。やるか、やらないかの二択しかない。
俺は痛む身体に鞭打って走った。天上人みたいに羽があれば飛んでいけるのにと、高所恐怖症も忘れて思ってみる。今ならどんなに高くても飛んでいけそうだ。
聖王陛下が慌てて追いかけてこようとするが、聖王陛下も結界が壊れた時の衝撃で身体が痛んでいるはずだ。天空白露と繋がっているからその痛みも随時襲ってきているだろう。俺を追いかけてこようとして倒れてしまった。
ごめん、助け起こしてやりたいけど、それをしたら止められてしまう。
ゼィゼィ言いながら聖王宮殿の中を走った。皆んな隠れていて誰もいないので都合が良かった。
月が明るいからよく見える。クオラジュの髪が暗闇の中で橙色の部分が炎みたいに燃え上がっている。青い部分は透明がかった青で綺麗なんだ。
氷銀色の瞳が仄かに輝いて、水に浮かんだ氷みたいだと思う。
忘れないように目に焼き付けとこう。
俺は花守主の屋敷に走った。まだノーザレイの身体はそこにあるはずだ。
枯れた森の中を走り抜け、浮いた状態のノーザレイの身体を見つけた。胸に開いた穴はそのままだ。
目には見えないが、あの穴が広がって天空白露を覆っている。世界の壁がある場所に天空白露を引き摺り込んでぶつけているのだろうが、俺の目には見えないし感じることも出来ない。
ノーザレイの身体の前に来ると、余計に吸い込まれる感じが強くなる。身体の中がピキピキと鳴るようだ。
穴に手を触れた。
「なんだ、我が身を犠牲にしたところでその穴を塞ぐことはできんぞ。」
後ろから声がした。
さっきまでクオラジュと戦っていたのに、妖霊の王ジィレンが背後に立っていた。その瞳はクオラジュの瞳よりも濃い銀色をしている。思ったよりも静かな瞳だなと思った。こんな大それたことをしているのに、瞳の中には狂気も何もない。
「…………本当にシュネイシロの身体を作るつもりなのか?。」
「そうだが?」
「ニセルハティはどうしたんだ?」
「わかるだろう?」
「器はどこにあるんだ?」
ジィレンは上を指差した。ツビィロランも釣られて上を向く。
ああ、本当だ……。月の明かりの中にポツンと器が見える。窓からは見えなかったが、空に登った魂の炎が器の下に集まっていた。
あの中で今作っているということか?その為に満月の日に天空白露を襲い魂を集めたのか?
俺と同じような針と糸を魂に打ち込み、身体が無くなれば集まるようにしているのもあるとジィレンは説明する。妖霊達には集めるよう命じたが、天空白露は神聖力の多い者が多数いて抵抗が激しくて骨が折れると笑っていた。
「身体を作っても向こうのシュネイシロの身体がある限りこっちには来れないらしいぞ。」
ツビィロランはジィレンに話しかけながら矛盾に気付いた。大きな穴を開ける為に天空白露をぶつける。それはジィレンが向こうに行く為だけど、シュネイシロの新しい身体はこっちに作るのか?
やっぱりジィレンはこっちの世界でシュネイシロと生きていくつもりなのか?
どっちだ?
「お前は、どうしたいんだ?」
ジィレンは先程まで軽快に話していたのに、今度は黙り込んでしまった。ただ薄く笑うだけだ。
「ナマブ!」
遠くからクオラジュの声がした。ジィレンを追いかけて来て、ツビィロランの姿を見つけて叫んでいた。
近付いてくるクオラジュをジィレンは邪魔しなかった。黙って観察するかのように見ているだけだ。
「クオラジュ………。」
「何故ここにいるのですか?」
俺が黙り込むとクオラジュは悲しげな顔で覗き込んでくる。
「お願いです。戻っていて下さい。」
俺を抱き込みながらジィレンから隠すように立ち塞がった。クオラジュの身体は傷だらけだ。滅多に傷を負ったところなんて見たことなかったけど、服が裂け白い肌と赤い血が覗いている。
「クオラジュ、天空白露が壁にぶつかるのを止めないとならないだろ?」
クオラジュは後ろ手で俺の腕を掴んだ。
「ダメですよ。」
「糸が無くなればいいよな?」
そうしたら引っ張られないんだよな?
ギュウと強く腕を掴まれる。
俺の神聖力はずっと吸われ続けている。神聖力がどこかに溜まっているとかではなく、この糸を補強しているんだと思う。
俺は出すか出さないかくらいしか調整ができない。黙ってても勝手に吸われ続けるんなら、出す方を選ぶしかない。
クオラジュ、返事をしてくれ。
「約束したよな?」
「…………しました。でも………。」
行かないで欲しい……。小さく呟かれる。
うん、行きたくないけどさ。とりあえずこの状況をどうにかしないと。針は抜けないし、糸は切れない。でも俺なら切れそうな気がするんだよ。
「来るんだろ?」
強く掴むクオラジュの手を上から握り返した。真っ直ぐに見上げてクオラジュに問い掛ける。氷銀色の瞳がチラリと後ろを振り返った。
「…………忘れないで、下さい。」
「忘れないさ。」
「必ず、私を呼んで下さい。」
「分かった。」
身体の中に神聖力を溜めていく。一気にいった方がいいだろう。ストローの中に入り切れないほどの神聖力を。
「信じてるよ…。」
ーーーーーー流すっ!
ドッと音の無い奔流がツビィロランを襲った。針のある背中に渦が出来る。
クオラジュが泣きそうな顔をした。
そんな顔をさせるつもりじゃなかったけど、お前ならどうにかしてくれるんだろう?
「……マナブっ!」
氷銀色の瞳から落ちる涙は、綺麗な宝石みたいなんだな………。
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