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神様のいいように

107 新月

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 透金英の親樹の下に作られた地下室に、スペリトトの魂が入っている壺が置かれていた。
 本人が透金英の近くにいたいと希望したからだ。

「今日なら魂が燃えないのか?」

「はい、今日は新月ですしまだ昼間です。今なら出して話を聞くことも出来るでしょう。」

 俺達はスペリトトと話す為に地下に来ていた。
 外はまだ明るい。
 最近痛みが酷くなった背中の針だが、クオラジュがスペリトトに会いに行くというのでついて来た。
 クオラジュは天空白露に戻った時、スペリトトが望む場所に壺を置いていた。スペリトトは透金英の下にある地下の長い廊下の途中にある部屋を指定していた。
 棚や机が並び元々は何か作業をやっていたらしき部屋だが、今は何も置かれていない。なんとなくイツズの作業部屋に似ているなと感じた。

 何もない机の上に置かれた壺に二人で近寄り、パカッと蓋を開けた。何も入って無さそうに見えるが、見下ろしていると半透明の何かがうねっと動いた。

「スペリトト?」

 呼び掛けるとのそっと半透明のツルリとした物が頭を出した。

「早く出て来てください。人型はとれないのですか?」

 クオラジュは今までのことがある所為か、かける言葉が厳しい。

ーーーとれる……。ーーー

 頭の中に声が響いた。
 壺の中から伸びてきた半透明の影は、高く伸びて徐々に人の形をとり出した。
 竜の住まう山で見たスペリトトの像そっくりの姿が現れだす。

「…………その身体に魂を繋ぎ止めているのか?」

 真っ白の長い髪に真っ赤な瞳の青年の姿となって、スペリトトはツビィロランを見下ろした。

「分かるのですか?」

「勿論。」

 俺には分からない。

「貴方には尋ねたいことがあって来たのですが、答えていただけますか?」

 クオラジュは疑問に思っていた。ジィレンはファチ司地を使って故意にツビィロランとスペリトトを引き合わせている。何の為に合わせたのかを知る必要があった。ファチ司地から無理矢理聞かなかったのは、スペリトト本人から話が聞けると思ったからだ。それにファチ司地はそう詳しく知らされているとは思えなかった。

「……穴は広がったのか?」

 クオラジュの質問には答えず、スペリトトは逆に問い返してきた。

「穴とはノーザレイの身体にある穴のことでしょうか?」

 スペリトトは声もなく頷いた。

「穴なら開いたままだけど封印してるよ。」

 ツビィロランが横から話すと、スペリトトはツビィロランの顔をじっと見つめた。

「そっくりに作ったつもりでも、中身が違えば別人か………。」

 何を当たり前のことをとツビィロランは憤慨する。フンッと鼻息荒く睨み付けた。

「当たり前だろ?それにシュネイシロは向こう側でもう既に生きてる。無理矢理こっちに呼ぶのはおかしいだろ?」

 スペリトトはそう語るツビィロランを見て悲しげに微笑んだ。今まで意識だけの声を聞くことはあったが、直接会って話せば静かな人だって。

「………そこの青の翼主がその身体を壊そうとした時、向こうに迎えに行った……。」

 ツビィロランは驚いた。中にいる津々木学がこちら側にやってきたのは、背中を切られ腹を刺されて殺された時だ。その時津々木学はツビィロランの中に入り、死んだツビィロランは向こうに行った。

「どういうことだ?」

「ツビィロランの魂が抜けると思ったから、シュネイシロに来るように言ったのに、来れなかった……。」

 そして代わりにその時死んでいた津々木学がスペリトトの魂に流されてこちら側に来てしまった。
 ツビィロランは自分が来た理由は分かったが、じゃあツビィロランの魂はどういうことだと疑問に思った。

「向こうでシュネイシロがお前の魂を戻そうとしたのだ。」

 シュネイシロは死んだ津々木学の魂が離れていくのを見て、呼び戻そうとした。その時ツビィロランの魂が向こう側へ渡ってしまい、身体が交換されることになってしまった。
 こちら側のツビィロランの身体はある程度スペリトトが修復し、向こう側の破損した津々木学の身体はシュネイシロが治したのだろうとスペリトトは話す。
 だからお互い入れ替わりはしたものの生きていたのかと理解した。

「何故シュネイシロはこちらに来れなかったのですか?」

 クオラジュは身体が用意されていて治せたのなら、シュネイシロが入れたのではと尋ねた。

「シュネイシロが宿る身体は生きていた。生きている身体は強い。特にシュネイシロのような魂に力がある者はなかなか離れない。だから無理なのだとその時理解した。それにシュネイシロの魂に神聖力が宿ったままだった。あれでは越えられない。」

 スペリトトはずっと泣きそうだ。
 よっぽどその時ショックだったらしい。

「私達の予測なのですが、妖霊の王は向こう側に行こうとしていませんか?」

 頷くスペリトトは小さくなっていく。

「あ、あっ、クオラジュっ、なんか丸まり出した!」

「もう魂の力が希薄なのでしょう。」

 まだ何故ジィレンがスペリトトをツビィロランに合わせたのか聞いていない。ツビィロランとクオラジュは慌てた。

「何故貴方はここに来たのです!?」

 クオラジュが急いで尋ねる。

「……ここに、眠る身体を、私が、鍵………。」

 シャルルル………と丸くなり、色が抜けて半透明になったスペリトトは、壺の中に自ら収まってしまった。ピクリとも動かず壺の中に丸まるように半透明の塊が見える。
 暫く眺めたがもう動かないようだった。
 諦めてツビィロランが壺の蓋を閉めた。クオラジュは壺に指で何か模様を描き出す。

「何してるんだ?」

「魂が満月で昇華するか、そのまま力を失って消滅するかしそうですので補強しておきます。」

 消滅して消えてしまわないようにするつもりらしい。
 クオラジュの指がピッと最後まで描き終わると、書いた文字が淡く光り出す。この地下には透金英の根があるので神聖力は吸われてしまうのだが、クオラジュの描く文字は消えることがなかった。

「神聖力使えるのか?」

「はい、長くここにいましたので、この中でも使える古代文字を学びました。」

 純粋な神聖力のみだと吸われてしまうが、文字に書き起こすと持続できるのだという。だからクオラジュは古代文字を使うことが多いのだと知った。

「最後何言ってたか分かる?」

「………おそらくですが。サティーカジィの所に行きましょう。確認します。」

 クオラジュはツビィロランの手を握り、地下から地上に出るべく歩き出した。
 ここに一人壺の中にスペリトトを置いていくのは気が引けたが、外に出しておくより透金英の根がはるこの地下の方が安全かもしれない。
 少し振り向いてから、静かに扉を閉めた。


 その二人の気配を、壺の中でスペリトトは静かに感じていた。





 聖王宮殿から出て予言者の一族当主の屋敷を訪れた。サティーカジィとイツズが出迎えてくれる。番になった二人は随分雰囲気が変わった。なんだが見ていて温かいと言えばいいのだろうか、ほわっとするのだ。

「うーん、田舎のおばちゃんちに遊びに行った気分。」

「だれ?それ?」

 いや、知らねーよな。イメージだし。イツズはまたツビィが変なことを言っているという顔をしている。

「今日はどうしたのですか?」

 突然の訪問だったのでサティーカジィがクオラジュに尋ねた。
 最近ツビィロランの体調があまり良くないことをサティーカジィもイツズも知っていた。酷い時は半日ベットに寝続けている。
 出て来ても大丈夫だったのかと心配していた。
 今日は動ける方だと笑って答えると、イツズは心配そうにくっついてくる。
 クオラジュは先程透金英の地下でスペリトトと話した内容を説明する。ジィレンがこれから起こすであろうことも伝えると、サティーカジィは眉を顰めた。

「天空白露をですか?それはまた……。しかし天空白露は穴に入れるには大きすぎるのではありませんか?」

「ノーザレイの穴は広がろうとしています。今テトゥーミに結界を張らせて抑えていますが、解除する方法が分かりません。下手したら……。」

「本当に天空白露を飲み込むと?」

 クオラジュは可能性はあると言った。

「それで私に確認したいのはスペリトトの魂がなんの鍵かということですよね?」

「そうです。」

 では祈りの間に行きましょうかと言ってサティーカジィは微笑んだ。


 ここに入ったのは二度目だ。
 部屋の床は一面水面で、出ている岩や壁は苔むしている。苔には小さな花が咲き、それが金色に光って仄かに室内を照らしていた。
 一緒についてきたはいいが、サティーカジィは迷いなく水の中へ入っていく。そこは下へ傾斜している為、サティーカジィの身体は腰まで浸かってしまった。

「さあ、潜りましょうか。」

 サティーカジィは自分の後ろで戸惑う三人に声をかけた。





「水の中ってこんな深く潜ったらダメだよな?」

「うーん、僕は潜ったことないんだよね。」

 俺もないけどな、と思いつつクオラジュの手をギュと握った。離すと何処かに流されてしまいそうに感じる。
 ツビィロラン達は深く水の中に潜っていた。イツズはサティーカジィに手を引かれ、ツビィロランはクオラジュが引いている。トン、トーンといった感じでリズムよく降りていくサティーカジィに合わせて、クオラジュもついて行く。俺とイツズはそれに引っ張られている感じだ。
 水の中なのに息が出来るのが不思議だった。
 水の中は暗く、元々仄かに明るいという程度の部屋の光源は、とっくの昔に上の方に消えていた。
 これって飛んでる時と同じだよなぁ…と思いながら、手を繋いでいるのがクオラジュじゃなかったらまず無理だなと思った。何処にも着いていない足が怖い。しかも水の中は真っ暗だった。

「なんで暗いのに見えるんだ?」

 素朴な疑問に各々が神聖力を放っているからとクオラジュは答えた。

「見て下さい。」

 クオラジュが指差す方に明るい場所があった。

「何あれ?」

「今から向かう所でしょう。神聖力の塊があります。あの塊に私達の神聖力が反応しているのですよ。あれこそ人が神聖力をもち天上人が生まれた根源なのでしょうね。」

 クオラジュがいう根源とやらに近づいて行く。
 水の中に小さな光が舞い出した。チラチラと明滅しながら淡雪のように現れては消えて行く。
 
「綺麗だね…。」

 イツズが淡雪の光を捕まえようとして手の中で消えて行くのを見つめていた。

 どんどん降りて行くと、光の集まりに近付いた。
 その中に見知った姿を見つける。

「これって…。」

 俺が呟くと、先に降りていたサティーカジィが振り返った。

「古の神。シュネイシロ神とその番スペリトトの遺体です。」

 サティーカジィは言った。
 スペリトトの魂はこの空間を解き放つ鍵なのだと。

 遥か昔、精霊魚の長が天空白露に永住することを条件にシュネイシロとスペリトトの遺体を隠し守ると約束していた。
 こんな水の中にあったのかと驚きつつも、暗闇の中に淡雪のような光に包まれる二人の姿は幻想的で美しいと感じた。白と黒の一対の番。

「保存をかけているのですか?」

 これ以上は近寄れないのだとサティーカジィに止められたので、俺達は遠巻きに眺めていた。

「はい。もう死んだ遺体には帰れないそうですが、スペリトトが無くさないで欲しいと願ったそうです。記憶とは薄らぐものですから、確かにあるのだと思いたかったのでしょう。」

 クオラジュはサティーカジィに見せてくれたお礼を言って四人で地上に戻った。
 天空白露の地中にこんな水の空洞があるなんて思いもよらなかった。

「妖霊の王は二人の遺体をどうにかするつもりなのかな?」

 まさかノーザレイの身体みたいに使うつもりか?
 俺はちょっと気持ち悪いなと思い嫌な顔をしてしまった。シュネイシロとスペリトトの遺体は綺麗に保存してあった。身体の傷もなくし、お揃いの白い衣装を着せてあり、精霊魚の一族が大事に扱ってきたのがわかる。
 あのまま綺麗に置いてあげていて欲しかった。

「……態々スペリトトの魂をこちらに持ち帰らせたのですから、可能性はあるのでしょう。」

 クオラジュも少し渋い顔になっている。
 とりあえず妖霊の王ジィレンが次に何を仕掛けてくるのか分からないので、用心するしかないということになった。






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