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神様のいいように
103 ツビィロランの悪い予感
しおりを挟むツビィロランはこそこそと逃げていた。
恒例となった礼拝の帰り道、いつも裏口から出ていたのだが裏口で出待ちされるようになった。
その数は日増しに増えている。
礼拝場の裏なので勿論一般人は入れない。天上人か天上人になれずとも神聖力は多いので聖王宮殿に勤めているかという人達なのだが、大礼拝で見せたツビィロランの神聖力に感銘を受けたらしく、会って挨拶をしようと待ち構える人達が増えていた。
「手のひら返しとはこのこと。」
「逃げるぞっ。」
今日は反対側の廊下の窓から逃げることにした。
追いかけてくるわけではないが、立場上見つかると相手をしないわけにもいかない。
窓を開けて先に外に出て、降りようとするツビィロランに手を貸しながらアオガは呟いた。そしてアオガに急げとツビィロランは急かす。
逃げ道を確保する為にここら一帯の構造は把握している。ツビィロランはアオガを連れて走り出した。
「ツビィロラン様っ!」
走り出した二人の後方から、大声でツビィロランは呼ばれてしまった。
「げげーデウィセン。」
「げげーなどと言わないで下さい。」
白司護長デウィセンがはぁはぁと息を切らせながら近寄って来た。
デウィセンは天上人なので他の人達同様姿は若いのだが、実際は一番最年長らしい。長く白司護長として勤めているらしく、誰よりも天空白露のことを知っていた。
デウィセンの容姿は天上人にしては地味だ。白司護は司地を統括する役割があるのだが、もしかして白司護系列の役職者は皆んな地味なのかなとか失礼なことをツビィロランは考えた。ツビィロランが知っているヤイネも元は司地だが地味だよな。と思っていることは恋人のアオガには言えない。
「俺は行きませんから。」
デウィセンは最近ずっとツビィロランに頼み事を言いに来ていた。しかもクオラジュがいない時を狙う。その気持ち分からないでもないが、いちいち断るのが面倒臭い。
「そんなこと言わずに!」
デウィセンは以前各地の司地から地域の人口や経済の状況を毎月推移を出して報告するようクオラジュから言い付けられていた。
天空白露が大陸西側の海に落ちた為、東側地域は今後衰退する恐れがあるという予測から、どう対応すべきか検討しなければならないとクオラジュは言っていた。
その下準備としてデウィセンは仕事を割り振られてしまった。だがそれが司地の仕事でもある。
長く大陸外側を浮遊していた天空白露は、非常に安寧とした時代を送っていた。たまに地上に発生した欲深い国が天空白露を狙うことはあったが、それを許さない他国や天上人が多く住む天空白露が共闘して事なきを得ていた。あまり存続の危機に陥ったことがなかった。その為白司護も地守護も考え方が緩い傾向がある。
今回のことは前例がなく何をするにも後手に回り、もう予言の神子の御威光にすがろうと考えだした。
今日は白司護長だったが、たまに地守護長もやってくる。
予言の神子が各地を巡行してくれと言うのだ。そんなことクオラジュが許すわけがない。
ツビィロランだって十年間地上を歩き回り旅をしていた経験がある。流石に大陸一周はしていないが、天上人よりは旅慣れていると思う。だけど今のこの状態で行けるわけがない。
「お願いします。ツビィロラン様が東に行ってくだされば、東側の国も司地達も安心すると思うのです。」
「いや、俺一人言っところで騒乱は収まらねーから。」
東側にもマドナス国のように大きな国はいくつかあるらしいのだが、天空白露から降り注いでいた神聖力が無くなると聞いた国民達がこぞって西側へ移動を始めたらしい。
民がいなくては国は動かない。
人が減り動けないものや行きたくても行けないものが残り出した。
どの国も今存続の危機に陥り出した。
「そもそもさぁ~、その国がちゃんと元から統治してれば問題なかったんでしょ?」
最初の頃こそ丁寧に対応していたアオガだったが、何度も来るうちに敬意は薄れた。丁寧に話すこともしなくなっている。
その国にいる司地には撤退していいとクオラジュは言ったのに、デウィセンは何故か司地達を引き戻していない。早く戻さないと司地達は国を出られなくなるかもしれないと言われているのに、なかなかデウィセンは命令を出していなかった。
「いいえ、天空白露が落ちたのがいけないのです。」
落としたのがクオラジュなだけに俺は何も言わないことにした。俺も落ちればいいと思ってたしな。
「天空白露に頼りすぎじゃね?」
「いいえ、いいえ…。」
俺とアオガは困って顔を見合わせた。
まだブツブツ言っているデウィセンがちょっと不気味で、じゃあ無理だからなっ、と逃げるように言い捨てて走った。
「なんか白司護長日増しに不気味になってくな。」
「同感。あれ絶対ヤバいことしてるよ。」
走りながらヤバいこと?とアオガを横目で見る。
そー言えばクオラジュもなんか調べてみるとか言っていたな。
まだ後ろの方で佇むデウィセンの表情のない目を見て、何事も起きませんようにと心の中で祈った。
数日後、白司護長デウィセンが消えた。
「誘拐?」
そう聖王陛下から伝えられ、ツビィロランはとりあえず違うだろうなぁと思いつつもそう聞き返した。
「いえ、自ら行方をくらませたのです。」
「何でまた?」
「不正ですね。」
クオラジュが大量の書類を見ながら答えた。
そこ聖王陛下の椅子じゃないのか?というツッコミはもう誰もしない。当の本人である聖王陛下は来客用のソファでお茶を飲みながら寛いでいる。爺ちゃんか!
俺はそんな聖王陛下と対面してお茶を淹れてもらっていた。アオガは黙って俺の後ろについている。
「ほらほらツビィロランもお菓子ありますよ?」
クオラジュが天空白露に帰って来てから高速で書類仕事が進む為、最近の聖王陛下は安眠できるようになったのかニコニコとご機嫌だ。よく寝れているんだろう。
クオラジュの方はたまに徹夜になるっていうのに、聖王陛下はこんなんで大丈夫なんだろうか。
クオラジュの叔父であるトステニロスは、一応青の翼主の補佐という形で仕事を手伝っている。
最近はフィーサーラが赤の翼主として外に出て仕事を熟していくので、以前は外に出て回っていたトステニロスも聖王宮殿に残って手伝うことが多くなった。
扉を叩くと同時にフィーサーラが入ってきた。
「白司護から書類を持って来ましたよ。」
白司護長デウィセンがいなくなった為、トップがいないと大混乱に陥った白司護の役所からフィーサーラが戻って来た。
「足取りは掴めましたか?」
デウィセンがいなくなったのは天空白露の結界から出たのを聖王陛下が気付いた時だ。
最近デウィセンが個人用に購入した小型飛行船に、私財を詰め込み飛び立った。
「東に飛んだそうでそこから追いかけました。おそらく東のナラスス国ではないでしょうか。」
そうですか………、と返事をしながらクオラジュはゴソゴソと書類を抜き出した。聖王陛下の執務机の上には大量の書類が積み重なっている。
「これですね。」
近寄って来た聖王陛下とフィーサーラに、クオラジュは書類の束を渡した。
二人はそれぞれ書類に目を走らせる。
「横領していたのですか?」
「色々な所から少しずつ……。ですが足せばかなりの金額です。」
「かなり細かく細分化して資金を着服していたようですね。」
「最終的には私のところに上がってくる数字は合わせてきていますね。」
三人で話す姿を見ながら、ツビィロランは呟いた。
「聖王陛下もフィーサーラも実はちゃんと数字読めたんだな。」
「いつも読んでいますよ?」
「酷いですね。」
聖王陛下とフィーサーラから文句を言われてしまった。いやだっていつもの感じからさ?
六主三護の中では白司護長デウィセンが一番長く勤めている。主に東側にいる司地達と共謀して横領を繰り返していたらしく、それは東の国ラナススからも金銭や金品を受け取っていた可能性があると説明してくれた。
クオラジュは西側にある今は滅んだロイソデ国に関わることが多かったし、その後はイリダナルと親しくなりマドナス国と親交を深めていったので、大陸東側の国には詳しくなかった。
「捕まえますか?」
フィーサーラはクオラジュに尋ねた。
最近フィーサーラはどうもクオラジュに敬意を持って対応しているように見える。同じ翼主という立場なのにだ。
というか目の前に聖王陛下が立っているんだけどな?
「持ち出した私財は没収したいですね。」
「俺が行ってこようか?」
トステニロスが手を挙げた。元々そういう手を汚すような仕事をしている節のあるトステニロスは、迷うことなく名乗りを上げた。
フィーサーラがちょっと迷うような素ぶりを見せて、自分もついて行きたいと申し出た。
「……敢えて関与する必要もありませんが。」
クオラジュがフィーサーラをジッと見ながら言った。その表情からは何を思っているのか窺えない。
ゴクリとフィーサーラは喉を鳴らした。
「私一人綺麗なままでいるのは気が引けます。」
聖王陛下は微笑んだ。
「そういう人材も必要とは思いますよ。サティーカジィやテトゥーミを見習っても良いのです。」
「今は人手が足りている。」
聖王陛下の後にそれまで黙っていたアゼディムも行かなくていいと言わんばかりに加勢した。
よく考えるとここにいるメンバー物騒だなと思う。急にフィーサーラが幼く見えてきた。
「ですが……。」
フィーサーラは同じ翼主として同じように勤めていきたいのだろう。下ではなく上を見ている姿勢は好感が持てる。決してサティーカジィとテトゥーミが下というわけではないけどな。
「まあまあ、フィーサーラ様は神聖力も強いしどちらかと言えば武芸派。こちら側を知っておくのは後々の為にいいと思うよ?」
トステニロスがフィーサーラに助け舟を出した。
「あの、トステニロス様に様付けされるのは抵抗があるのですが…。」
フィーサーラの前に赤の翼主をしていたのはトステニロスだ。自分の父親の所為で退任させられたばかりか息子をその地位につけている為、フィーサーラとしては気不味いのだろう。
「あ、そうかな?じゃあフィーサーラって呼ぶよ。」
「はい、私はいつもの通りに致します。」
つまりトステニロスのことを様付けするのは辞めないらしい。
「ではフィーサーラを連れて追いかけて下さい。」
「了解です。」
トステニロスは爽やかに笑って了承した。
「あまり無理はさせませんように。」
「ん?いつもの通りにやるよ?」
クオラジュが釘を刺している。トステニロスのいつもの通りがどんなものか気になる。
「いいなー、外。」
俺はずっと家の中にいる気分だ。
全員からダメですよと言われてしまった。
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