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全てを捧げる精霊魚
101 識府護長ノーザレイ
しおりを挟むツビィロランは膝をつき、胸の前に手を組んで祈りを捧げる。
身に纏った純白の衣装の裾は放物線を描いて広がり、白い生地には白のレースと刺繍糸で精緻な模様が施されている。
伸びてきた漆黒の髪からはチラチラと金とも銀ともつかない粒子が溢れては落ち、まだ薄暗い礼拝場の中に美しい神の神子が浮き上がり、人々はその姿を目に焼き付けようと熱心に見つめていた。
以前行われた大礼拝の日に、夜姫の会によって中止にさせられた予言の神子の礼拝を、再度見れるとあって多くの人々が押し寄せていた。
同じ時刻だが冬になり夜明けが遅い。
あの日に比べればまだ外は薄暗く、陽が昇るまで少し時間があった。
中央最奥の祭壇で、ツビィロランは祈る。
その背後には六主三護が並び、多くの信徒達がいるというのに、礼拝場の中はシンと静まり返っていた。
ツビィロランを本物と見るか偽物と見るか。天空白露ではおよそ半々と言われていた。
何もしていない。そう見る人間は多い。透金英の親樹に神聖力を流して天空白露の大地を維持することはしているが、聖王宮殿の中心部にある透金英の親樹には誰も近寄れないので、それを見れる人間はいない。
今日が初めて予言の神子がその力を見せる日になる。そう思って人々は集まっている。
ツビィロランは内心こういう見せ物みたいなことは好きでは無いのだが、今後のことを考えるとやる必要がある。
それにクオラジュは青の翼主なのだから、自分がちゃんと予言の神子として働く方がいいのだと思う。
だから今日やり直しましょうと聖王陛下から言われてツビィロランは頷いた。
身体の中に神聖力を溜める。
背中に針が刺さっている。そう最初に言われた時はわからなかった。だけど最近チクチクとした痛みを感じるようになってきた。
これが針かと思う。
神聖力を身体の中に溜め込むと、少しだけスゥーと抜けている気がする。ほんの少し、入れ物に細い細い先が尖ったストローが刺さっている感じ。
クオラジュが心配するからまだ言っていない。
最近この針を酷く気にしているから、心配そうな顔を見たくなくて言えずにいた。
ツビィロランの身体に神聖力が溢れ、それは礼拝場の床に広がった。流れる波のようにゆらゆらと揺らめき薄暗い金色の海の中にいるような錯覚を覚えさせる。
人々から感嘆の声が上がる。
大気に溶け込み視認できるほどの神聖力を放つ存在などいない。これこそが予言の神子なのだと人々は思った。
天空白露には神聖力が多い者が集まる。だからこそ感じることが出来た。天空白露の大地に神聖力が漲るのを。
クオラジュは六主の反対側に並ぶ三護の三人を見た。
白司護長デウィセンは焦茶の髪と瞳の大人しそうな見た目をしている。真面目で朴訥とした印象が強い。各地の司地を束ねている。基本司地の役職に就く者は大人しい人物が多い。
真っ赤な髪に水色の瞳の大柄な身体の人物はフィーサーラの父親である地守護長ソノビオになる。野心が強く何かと六主に楯突く人物だ。
識府護長ノーザレイは黄土色の髪に右側の一房だけ緑色をしており、緑の部分だけ三つ編みにしている。瞳は黄緑色をしており、緑の翼主一族の血が少し入っているのが分かる。神聖力はあまり強くないが博識で研究熱心だと知られている。識府護は天空白露と地上の情報を調査する機関であり、遺跡品、古代語の解析、図書館蔵書の管理など多岐に渡る為か変人が多いとよく言われる。没頭して周りが見えなくなる者が多いのだ。
天空白露に戻って直ぐに、聖王陛下ロアートシュエにツビィロランの背中に刺さる針を見せた。
この天空白露は聖王陛下と繋がっている。毎年行われる創世祭の神事で予言者の当主のもと聖王陛下は天空白露と繋がる。結びつきを強固にし、天空白露を空に浮遊させ、守る役割を担ってきた。
ツビィロランに刺さった針は、細く長い糸のような物が伸びている。それがどこに繋がっているのかがわからない。
天空白露内ならば、この糸は天空白露を覆う結界を通り抜けてどこかに繋がる。結界を維持しているのは聖王陛下だ。何か感じ取れないだろうかと思い見せた。
「物凄く細いですね。確かにツビィロランの神聖力が流れています。ですがこの糸は結界を通っているわけではないようですよ。」
意外なことをロアートシュエは言った。
「外に繋がっているのではないのですか?」
クオラジュが驚き尋ねると、ロアートシュエは優し気に微笑んだ。
「クオラジュでも必死になれるのですね。嬉しい限りです。」
ホワホワと笑うロアートシュエに、クオラジュは肩をガッと掴む。
「早く話して下さい。」
ロアートシュエはハイハイと返事をした。
「物か人に繋がっていそうですよ。おそらく六主三護の誰かか、その誰かが所有する何かにです。」
「それは、つまり……。」
クオラジュが何かを考えるように押し黙った。
「なんで六主三護?」
ツビィロランは背中を見せる為に背中を向けていたのだが、服はそのままでいいと言うので椅子に座って二人の会話を聞いていた。
「六主三護なら聖王陛下の管理下から外れているのですよ。」
六主三護は聖王陛下の下で補佐的に働く。その当主と長には聖王陛下の補佐と共に、天空白露を担うに値するか監視する役割もあった。だから六主の当主と三護の長は独自の権限を持っている。
聖王陛下は天空白露の内部を自由に見れるのだが、当主と長だけは見れないし、聖王陛下側から何か調べることも出来なかった。
天空白露の中で糸は見えても行き先が見えないということは、六主の当主か三護の長に繋がっている可能性が高い。
ロアートシュエが言うのはそういうことだ。
「神聖力を流して追ってみるのは?」
神聖軍主アゼディムが提案した。
「どうでしょうか…。今も少しずつ流れていますが、糸の存在は途中で消えています。この量から考えると相当な神聖力を流す必要がありそうです。」
「大量に神聖力を流した途端、糸を切ってしまいそうですね。」
それくらい細い糸だった。
「じゃあ、切るところを見れば?」
ツビィロランが言った。目の前でみたら流石に分かると。
一見すると地守護長ソノビオのように思えるが、ソノビオはフィーサーラに予言の神子と番えと言っていた。聖王陛下の椅子を狙うのに天空白露や予言の神子を危険に晒すとは思えない。
残るは白司護長デウィセンか識府護長ノーザレイになるのだが…。
ツビィロランはどんどん神聖力を上げていく。その姿は神々しく、音のない光が朝の太陽のように明るい。
立ち上がると神聖力が白く長い服をはためかせ浮き上がった。髪につけた白いリボンがふわふわと靡き、薄く開けた琥珀の瞳は美しく輝いている。
ゆっくりとその瞳は動く。
クオラジュを見るとクオラジュは前へ出てツビィロランに手を差し伸べた。
ツビィロランはクオラジュを信じている。
だから迷いなくクオラジュの手に自分の手を乗せた。
「見えますか?」
クオラジュが尋ねてくるので、ツビィロランは自分の背中から垂れる糸を見た。ツビィロランには針も糸も見えなかった。でも今はクオラジュと繋がり見えた。
キラキラと光が走る。
その糸が繋がる人物は、ツビィロラン達を真っ直ぐに見て微笑んだ。
三護が集まり、ツビィロランが違和感なく神聖力を大量に出せる日は礼拝か何かしらの神事を行う日しかない。最も直近でやれる日は今日の大礼拝の日だった。
微笑む人物は識府護長ノーザレイ。
ツビィロランの神聖力の光の中、ノーザレイはずっとツビィロランとクオラジュを見つめていた。
礼拝が終わり、ツビィロラン達は横扉から裏にある控え室に戻った。
ツビィロランの神聖力を目の当たりにした人々が、興奮も露わに礼拝をしては帰っていく。その喧騒が控え室まで届いていた。
退場しようとするノーザレイをアゼディムが捕まえ控え室に引き摺ってくる。
「ノーザレイ、連れてこられた理由は分かりますか?」
クオラジュが控え室の奥に連れられて来たノーザレイに尋ねた。
ノーザレイはクオラジュと同じで変わった配色の髪色をしているが、神聖力は弱いらしい。普通血筋が混ざると神聖力は落ちる傾向にある。髪色が薄くなるか、色がまだらになり神聖力が少ない子供が産まれてくる。だからそれぞれの一族は自分達の一族の血を残そうと同じ配色の者同士番になり子供を産む。一族の者でなくとも、髪色が同色ならば迎え入れたりもする。色無の花守主だけは例外らしいが。
「ええ、分かります。」
ノーザレイは不思議と落ち着いていた。
ここには青の翼主と聖王陛下、神聖軍主がいる。俺の護衛でトステニロスとアオガもいる。
ノーザレイは弱い。体術や剣術も出来ないと聞いているのに、何故か余裕があるのが不思議だった。
それは全員が感じていた。だからこそ用心している。
ノーザレイは一部緑の翼主一族の色をもっていても、緑の翼主一族ではないらしい。大陸から神聖力がそれなりに多かったからやってきた人物で、頭が良く博識だったため、天上人になってから識府護に合格し勤めるようになった。識府護は学識がいる為、入るには試験が必要になる。生まれも育ちも特筆すべきところはないのに、何故かノーザレイの知識は豊富だった。
とんとん拍子にノーザレイは地位を上げ、その頭脳で識府護長に就いた人物だった。
「ジィレンと繋がってるのか?」
俺は直球で核心を尋ねた。
ノーザレイは少し困ったように笑う。
「ええ、そうです。」
そしてあっさりと認めた。
「何故でしょうか?」
「何故でしょうね。」
話すつもりはないらしい。クオラジュの質問に笑っておうむ返しをして揶揄う。
「ノーザレイ、このままでは貴方を処罰しなければなりません。」
聖王陛下から言われてもノーザレイの態度はあまり変わらない。
クオラジュとアゼディムが目を見交わした。
「少々キツイとは思いますが、その身体ならば大丈夫でしょう。」
クオラジュはノーザレイにそう言い放ち目の前に立つ。アゼディムがノーザレイの背後に回り脇の下から腕を通し肩を拘束し身動きが取れないようにした。
「大丈夫なんだろうな?」
拘束しつつもアゼディムは確認する。
「はい、どうやら作り物のようですから。」
「な!?」
ノーザレイが目を見開く。
クオラジュがノーザレイの額にトンと指を付け押した。
「………………!?」
ノーザレイが固まったように動かなくなる。
俺達はそれを黙って見ていた。
「どうだ?」
アゼディムがクオラジュに尋ねる。
「直ぐに切られましたね。ですが糸の先が分かりました。」
「どこなんだ?」
クオラジュは俺の方を振り返った。
振り返ったクオラジュの後ろでは、固まったノーザレイの身体が崩れ落ちる。壊れた人形のように力無くズルズルと滑るように倒れた。
「ツビィロランです。貴方が生まれた世界に繋がっています。」
それはクオラジュが立てた一つの仮説が当たったということだ。
俺の心は一瞬不安になる。
でも二人で決めた。
「分かった。信じてるからな。」
だから怖くない。
「この身体はどうする?」
アゼディムが崩れ落ちたノーザレイを片腕だけ持った状態で尋ねた。
とても精巧に出来た身体。
「その身体はジィレンが死体を復活させた身体です。死者が死者に戻っただけですので埋葬しましょう。」
スペリトトは万能薬で新しい身体を作ることを考えたが、ジィレンは死体を使って生き返らせる方法を考えていた。
「天空白露に入った時にはこの身体だったのでしょうね。」
だから分からなかった。途中で身体なり魂なりが入れ替わればロアートシュエが気付いたが、最初からこの身体ではよく調べないと無理だった。
ツビィロランの糸の先を追ってノーザレイの身体に行き付き、その中を覗いて分かった。
「結局ノーザレイの中には誰が入ってたんだ?」
「………おそらくジィレンかと。天空白露の中は聖王陛下の領域ですので、気付かれないように極々小さな切れ端といったところでしょうか。元のノーザレイの魂の核に自分の切れ端を混ぜて入れていたのだと思います。」
「じゃあノーザレイではあったんだ?」
「いいえ、ノーザレイ自身は死んでいたようですので、ノーザレイの魂の核を使用しただけですよ。魂の核は今生きる自分の身体の核のようなものです。」
そう話しつつも、クオラジュは何か考えているようだ。
「さぁ、朝食をいただきに戻りましょうか。私達はこの身体を安置してから食べますから、二人は先に戻って食べると良いでしょう。」
ロアートシュエはクオラジュとツビィロランを促した。
久しぶりにツビィロランと食べれると思ったのに……、と残念そうにしている。
「次一緒に食べような。」
なんだか酷く落ち込んで見えるので、ツビィロランが聖王陛下にそういうと、クオラジュが少し面倒臭そうな顔をした。
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