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全てを捧げる精霊魚
99 悩める青少年
しおりを挟む本日もツビィロランはヌイフェンがいる農地開墾地へ赴いていた。
クオラジュは聖王陛下とアゼディムを伴って天空白露を隅々まで周っている最中だった。
俺が二度にわたって誘拐されるという事件が立て続けに起こり、天空白露に張り巡らせている結界を強化するのだという。
天空白露は空に浮かんでいた島だが、小さいわけではない。島の中央に透金英の親樹があり、透金英を守るように聖王宮殿が建っている。その周囲に町が広がり、さらにその周囲は手付かずの大自然が広がっているのだ。
今いる開墾地は町から程近い場所であり、まだまだ奥には森が広がっている。向こう側にはちょっとした山並みも見えるし、天空白露は小さくはない。
なので天空白露を端から端まで周るとなると、そこそこ時間が掛かるようで、ここ数日クオラジュ達は早朝出掛けて夜遅く帰って来ていた。
本日のメンバーは俺、イツズ、アオガ、ラワイリャン、ヌイフェン、トステニロス、それからイツズの護衛としてタヴァベルがついて来て、総勢七人だ。
クオラジュにイツズに誘われたから行きたいと言うと、開墾地なら真っ先に結界強化したから行ってもいいとOKがでた。その代わりアオガとトステニロスは必ず連れて行くように念押しされた。
イツズは最近サティーカジィと番になった。その所為か色無だったはずのイツズの髪が眩しくなってきた。神聖力が増して濃くなってきたのだ。アオガと並ぶと兄弟みたいに見える。どっちも綺麗な顔立ちなので、そう言われると信じてしまいそうなくらい似てきた。イツズがおっとり美形でアオガがちょっとキツめの美形だ。
本日召集をかけたのはイツズだ。
前回モグラの目ん玉を取り損なったのが心残りで、今日は違う薬材を採るのだと張り切っている。
声を掛けられ待ち合わせ場所に来たヌイフェンの髪は、天空白露に帰ってきてからは鈍色に戻っている。
「何採るの?」
ヌイフェンが尋ねた。
「今日はグロくないですよ!なんと蝶々です!」
ここにいる一同は皆んな、なんだ蝶々かぁ~と安心した。
ツビィロランは思う。イツズは自分が捕まえるものがグロいことをちゃんと理解していたんだなと。
あまり気にしていなかったが、親指サイズくらいの小さい蝶が確かにたくさん飛んでいた。羽虫みたいに追い払うとフワフワ飛んでいくので、鬱陶しい程度に思っていたやつだ。よくみると薄青い羽に斑点模様がある。
「こうやってですね!」
イツズはパッと目の前に飛んでいた蝶々を捕まえた。早業だ。
そしてブチリと羽が毟られる。
「!!!!!!!!」
全員驚いて無言になった。
「可愛い顔してエゲツないよ?」
流石、アオガ。直ぐにツッコめるのはお前くらいだ。ヌイフェンなんか蒼白だ。
「そうかな?でもいるのは羽だけなんだよね。」
イツズは不思議そうな顔で可愛く小首を傾げている。
「俺は無理。動物の解体とかも無理だけど、それも無理。」
俺は直ぐ様手を上げて辞退した。
「え?そうだね、ツビィは前からこういうの嫌がるもんね。じゃあ、蝶々の羽毟れる人ー?」
イツズは自分の手を上げて挙手を求めた。
手を上げたのはなんとラワイリャンとトステニロスだった。それをギョッとした顔で見て、渋々タヴァベルが手を上げる。
俺はイツズの肩に手を置いた。
「イツズ、人を雇え。お金払えばやる人はいる。お前はもう予言者の一族当主の番なんだ。人に金をばら撒くのも仕事だ。」
「え?そうなの?」
「そ、そうです。イツズ様!次からは薬の調合を研究なさっては如何ですか?新薬を普及させるのもまたいいかもしれません!」
タヴァベルが必死だ。イツズは確かに薬の研究もしたいけどー、と悩みだす。
俺達が開墾中のあちこち穴のあいた土地で話していると、小型の飛行船が飛んできた。二人乗り用で津々木学の知識からいくと空飛ぶ平べったいタイヤがないバイクに似ている。
「ここにいたのか。」
長い鈍色の髪を三つ編みにしたリョギエンが上から話しかけてきた。その後ろにはリョギエンを支えるようにイリダナルが跨っている。
「リョギエンおじさん!」
ヌイフェンが叫んだ。空飛ぶ乗り物に驚いている。
小型飛行船はゆっくりと地面に降りてきた。
「すげー、こんな小さいのも作れるのか?」
「開発中だ。まだ神聖力を使いすぎるから改良中だな。」
マドナス国は色々な事業に手を出しているが、イリダナルは飛行船の開発が好きなようだ。
俺達が話し出すと、馬の蹄の音が聞こえ出した。開墾地の向こう側から一頭の馬とそれを駆る真っ赤な髪が見えた。
「フィーサーラじゃん。」
土埃が上がるのを遠慮したのか、少し離れて馬を止めて降りて来た。
「お久しぶりです、皆様。」
なんで来たのか聞いたら、天空白露にイリダナル達がやって来たが、俺達がいなかった為案内して来たらしい。
「いつの間に仲良くなったんだ?」
以前神仙国の使者が来た時会ってはいるが、そう話していた感じもなかったのに、態々尋ねるくらい親しくなったのかと思い尋ねた。
「いや、元々顔見知りではあるからな。赤の翼主とはパーティーで頻繁に会っていた。」
パーティー?と不思議になるが、以前観劇に行った時貴族のような格好が板についていたことから、イリダナルのような大陸の王族や貴族がいるパーティーに出席しているのかもしれないなと思った。
「ツビィ~~~。」
向こう側から蝶々の羽をどうやって集めるか話し合いだしたイツズがツビィロランを呼んで助けを求めていた。
呼ばれたツビィロランは行ってしまう。
ヌイフェンは向こう側で話し合い出した大人達を少し離れて眺めていた。開墾地についてのことなら兎も角、イツズ様の趣味にまで口を出せると思っていない。
「最近あまり討伐を依頼されませんが大丈夫ですか?」
一緒に行ったものと思っていたフィーサーラが話し掛けてきた。
フィーサーラより背の低いヌイフェンは見上げなければならない。見下ろしてくる水色の瞳は空と同じように明るい色をしていた。
「最近は大分地面掘り返したおかげか出なくなった。」
「それは良かったです。ですがもし何かあったら直ぐ呼んで下さいね。」
フィーサーラの申し出は有難い。
でもヌイフェンは複雑だった。だって漸くあの日のことが薄れてきたのに、思い出してしまうからあんまり会いたくなかった。
「最近は皆んなでやれているし、俺も成長している。」
ちょっと子供っぽいかもしれないが、平気なのだと言っておこうと思う。
もうちょっと平気になるまで遠ざかっておかないと、ヌイフェンはどうしたらいいのか分からない。
「ヌイフェンはまだ成長期です。身体だって小さいのですから、周りの大人に頼ってもいいのですよ?」
ヌイフェンはムッとして言い返す。
「頼れる大人がいたら花守主になってない。花守主になれると判断されたからなってるんだ。」
ムキになって言い返してしまった。フィーサーラの水色の瞳が少し驚いたように見開いたのを見て、言い過ぎたかもしれないと思いその場から逃げた。
作業者達が向こう側で土を掘り返して平すのを手伝いに行く。
遠去かる小柄な後ろ姿を見て、フィーサーラは溜息を吐いた。最近避けられているような気がしてならない。
元々仲が良いわけではないので気の所為かもしれないが、ネリティフ国へ連れ去られた騒動で少しは近付けたのかと思っていたのに、また遠くなった気がする。
フィーサーラの周囲には大人しかいなかったので、ヌイフェンのような子供にどう接したらいいのか分からなかった。
なるべく優しく大人としての対応をと心がけていたのだが、どこかで間違ったのだろうか?
「フィーサーラ、趣味を変えたのか?」
イリダナルが近寄って来てフィーサーラに話し掛けてきた。
「何のことです?」
フィーサーラとイリダナルはよく夜会で会っていた。フィーサーラが天上人になる前からの付き合いだが、赤の翼主になる前までは気前のいいイリダナルについて回って夜遊びを繰り返していた。
最近ではフィーサーラも仕事が忙しく、イリダナルの方もリョギエンを捕まえてからは大人しくなってしまった為、たまに会っても少し会話をする程度になっていた。
割と似た系統の人間を好んで選んでいた為、イリダナルがリョギエンを囲い込むように自国に連れて行ったのには驚いた。
実はこっちが本命だったのだなと、イリダナルの意外な好みを知ったばかりだ。
「あんな精通もしていないような子供が好みとは。」
「いえ、お待ち下さい。どういう意味ですか!」
フィーサーラは慌てて止めた。ヌイフェンは子供だ。そんな邪な目で見たことはない。
なんとなく世話を焼くようになっただけなのだとフィーサーラは説明する。
イリダナルはその説明を聞きながら、そうだろうかと遠くで作業をする現花守主を見る。
無理矢理当主交代を押し付けてしまった手前、惜しみなく援助をしているのだが、ヌイフェンはそれに甘えることなく地道に努力をするタイプだった。
今の花守主の一族には強い後ろ盾と、ヌイフェンの次に繋がる後継が必要だ。ヌイフェンにはそのうち番候補を選んでやるつもりだったのだが……。
意外な組み合わせだが、アリではないか?
「まかせろ。」
「本当に待って下さい。余計な事はしないで下さい。」
タラリと汗を流すフィーサーラに、イリダナルははははっと力強く笑った。
そして数日後、イリダナル王から夜会の招待状が二人に届く。
訪れた夜会会場は天空白露の中で行われた為移動には困らなかったが、煌びやか過ぎてヌイフェンは気後れしていた。
「マドナス国の王と仲良かったんだな。」
突然イリダナル王から招待状が届き困惑していると、フィーサーラがやって来て説明してくれた。
フィーサーラとヌイフェンが話しているのを見て、仲良さそうだからと出してくれたらしい。フィーサーラはイリダナル王と面識があり、ヌイフェンも援助を受けている身なので、とりあえず行ってみようということになった。
参加すると返事を出すと、衣装一式まで送り届けてくれた。
「ええ、遊び仲間のようなものです。」
先程挨拶を終え、二人はベランダで休憩をしていた。
フィーサーラはこういう場にも慣れているようだが、ヌイフェンは初めてだった。しかも歳が若いのに花守主だと挨拶をすると、相手には目を丸くして驚かれるし、妙に目立っている気がしてならない。その繰り返しにヌイフェンは頭がクラクラしていた。
夜会ということもありお酒の匂いにも酔っていた。
「水を持って来ますから、ここから動かないで下さいね。」
フィーサーラが中に戻って水を持って来てくれると言うので、ヌイフェンは大人しく頷いた。
フィーサーラはずっとヌイフェンについていてくれた。ふらつきそうになるヌイフェンを手を取って支えてくれていたし、会話はほぼフィーサーラがやってくれたので、ヌイフェンは隣に立ってついて回るだけで良かった。
それでも疲れてしまった。
もう懲り懲りだ。
大人の世界にヌイフェンはすっかり意気消沈していた。早くフィーサーラが帰ってこないかなと会場の中を覗く。ここを動くなと言われた手前、移動はしづらかった。
「!」
フィーサーラは何人かの男女に囲まれていた。女性は少なからず参加していたのは知っていたが、その殆どがフィーサーラに集まっているのではないかと思える。
手にはコップを持っていることから、ヌイフェンに水を持って戻る途中で話しかけられたようだ。
笑いながら話す姿は落ち着いている。
やっぱりフィーサーラを見ていると落ち着かない気持ちになる。
「………………。」
あの水を飲んだら帰ろう。
フィーサーラはまだ大人の付き合いがあるだろうから、馬車だけ手配して貰えれば帰れる。
そう思いながら窓から離れた時、ポンと肩を誰かに叩かれた。
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