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全てを捧げる精霊魚
93 ヌイフェンの困惑
しおりを挟むヌイフェンはまだ子供だ。十四歳で花守主当主になったのも、他に成り手がいなかったから。
花守主は事情が事情なだけに、家系で継いできた。色無の家系だから寿命も基本短く、子供を多めに産んでいかなければ存続が危ぶまれるのに、今の花守主当主家は子供が少なかった。
リョギエンも二人兄弟だったし、そのリョギエンは番を欲しがることもなく独り身だった為子供がいない。
ヌイフェンの親もヌイフェンしか子供がいない。
花守主の当主家系で後を継げるのがヌイフェンしかいなかった。ヌイフェンの親は色無ではなかった。
それでも当主交代はまだまだ先だと思っていた。リョギエンがそれこそ死んでからだと。そうでないと年齢的にヌイフェンが開羽出来ないからだ。
だけどマドナス国の王イリダナルがやってきて、リョギエンを言葉巧みに連れて行ってしまった。俺達家族はあんぐりと口を開けて見送るしかなかった。
その代わりと花守主の一族を建て直す資金は潤沢に貰えたけど、だからと言ってリョギエンの代わりが増えるわけではない。
仕方なくヌイフェンが当主の地位に就いた。
そのうち開羽も出来るさと、諦めが大きかった。
ヌイフェンは小さな頃から花守主の当主になるべく教育されてきた。
ヌイフェンは色無なので天空白露から出る必要がない。むしろ神聖力を得る為に天空白露で暮らす方が良かった。透金英の樹にさえ触れなければ神聖力は少しだけ身体の中に溜まる。そうすれば神聖力も少しは使えて、身体も丈夫になりやすい。
普通は天上人になれそうな神聖力の多い子供は大陸の方で十三歳まで育つのに、ヌイフェンは花守主が所有する土地で静かに暮らしていた。
イリダナル王はヌイフェンが十四歳になるのを待ったのだろうと思う。
花守主の当主が色無と知る人間は少ない。当然皆次期花守主当主は十三歳まで大陸のどこかで大事に育てられているだろうと思っていることだろう。だからヌイフェンが十四歳になり、天空白露で自由に出歩けるようになるまで待ったのだろうと思った。
そこまで愛されるリョギエンおじさんが羨ましくもある。たまに帰ってくると大量のお土産を持たせられているし、とても幸せそうに見えた。
後は本人が愛されているのだと自覚するだけだろう。リョギエンおじさんはどこか浮世離れしているから。
ヌイフェンは寝ているフィーサーラを起こさないよう静かに自分のベットに座った。
フィーサーラの怪我は骨折はしていなかったものの、全身あちこち打ち身が酷く、頭の傷も意外と深かった。血が止まらずイツズの治療で漸く落ち着いてきたのだ。
よく分からないまま知ることとなった創世の話と精霊魚の話の説明をされ、サティーカジィから魂の契約をすることとなり、ここ最近の環境の変化にヌイフェンは疲れていた。
それでも塗り薬と飲み薬をヌイフェンが預かり、しっかりと看病しなければと意気込む。
ヌイフェンに力がないばかりにこうなったのだ。
最初赤の翼主として挨拶を交わした時は、何不自由なく生きてきたように見えて苦手だし好きになれなかったのだが、今は話すことも増えて慣れてきたと思う。意外とヌイフェンが何を言っても怒らないので話しやすくもある。子供だからという感覚で見られているのだろうが…。
ふぅ、と息を吐いてフィーサーラが起きるのを待っていた。
フィーサーラは最初熱が出てきて、漸く落ち着いてきたところだった。
コンコン、と扉を打つ音がしたので返事をすると、イツズとサティーカジィが入ってきた。
「あ、寝てた?」
コソッとイツズは話し掛けたが、フィーサーラは気付いたのか目を覚ました。
「…………ああ、すみません。また寝てしまいましたか…。」
掠れ声でフィーサーラが起きる。
「こちらこそ起こしてしまいましたね。」
サティーカジィが申し訳なさそうに謝った。
二人が入ってきて直ぐにツビィロランとアオガもやってくる。
「フィーサーラは動けそうか?」
ツビィロランがフィーサーラの様子を窺いながら尋ねてきた。
「移動ですか?」
「うん。王都に戻って司地の屋敷を調べようって。移動はサティーカジィもまだ安静だから馬車移動にするって言ってる。」
ここは王都の一つ隣の町だった。クオラジュの攻撃で城が半壊し王都は大混乱に陥っていたので逃げてきたのだが、様子を見に戻るという。
「ええ、大丈夫です。熱も下がりましたし。」
フィーサーラは頷く。
ツビィロランがまじまじとフィーサーラを見た。
フィーサーラがなんだろうと首を傾げる。
「そうやって常識人っぽく大人しくしてればマトモに見える。」
「私はいたってまともですが?」
最初の印象が悪いだけにツビィロランからフィーサーラは毛嫌いされていた。
ヌイフェンに手伝って貰いながら上体を起こして、今後の予定を尋ねる。
移動は明日になり色々必要なものはクオラジュとトステニロスが用意しているとサティーカジィが説明する。
その説明を聞きながらフィーサーラはサティーカジィをジィーと見て、次にイツズを見た。
番と言うほどではないが繋がりかけているなと思う。神聖力を見ることに長けている者は、番かどうかが分かる。浮世を流すフィーサーラだが、この番になりかけているような微妙な間柄の人間には手を出さないようにしていた。絶対にもめるからだ。
見られていることに気付いたイツズが首を傾げて不思議そうにしている。
「…それで捕まえたファチ司地の処遇なのですが………、聞いていますか?」
フィーサーラはサティーカジィに視線を戻す。サティーカジィが少々剣呑な顔になっているのを感じて、この穏やかな男にも嫉妬や焦りという普通の感覚があるのだなと思いフィーサーラは笑顔になった。
イツズを見ていたので機嫌が悪くなっている。
「いえいえ、聞いております。お二人がもうそろそろなのだなと思ったまでです。」
「もうそろそろ?」
ツビィロランが何のことかと聞き返す。
「番になるのですよね?おめでとう御座います。」
フィーサーラの祝いの言葉にツビィロランは驚きイツズを勢いよく見た。
「そうなのか!?」
「ええ!?」
そしてイツズ本人が驚いている。何で驚くんだとアオガは呆れて見ていた。
「ちょっと、ヘタレと鈍感の組み合わせなんだからそんなあからさまに言って足踏みしたらどうするの?」
アオガは知っていたらしく、フィーサーラに文句を言った。
「………それもそうですね。気が利きませんでした。」
フィーサーラも素直に謝った。ヘタレと鈍感の組み合わせという意見には何も言及しない。
フィーサーラはサティーカジィとイツズの二人を見て、これで確かに足踏みされたら自分の所為だなと思い助言することにした。
「ここで関係性が停滞する方々もいるので、やはり性行為は続けた方がいいと思いますよ。」
サティーカジィがゴホッと咳き込む。
「ゴホッ、ゴボゴボ……、せ、せ、せいこうい……。」
二人の真っ赤な様子にフィーサーラは目を丸くする。
「ああ……、すみません。まさかその手前?だったらサティーカジィ様の体調が戻り次第試してみるのがいいかもしれませんね。」
赤裸々なフィーサーラの意見にアオガが食いついた。
「あ、私もそれ思ってた。流石に口に出すのは控えたけどね。」
ツビィロランはイツズがそういう閨事に疎いことを知っている。十年間一緒に旅をしながら生活していたのだ。自分が白髪だからと殻に閉じこもり、恋人なんか出来たこともないイツズは、まっさらな人間だった。
それにしてもこの二人がちゃんとやれるのかツビィロランも心配になってくる。
「やり方が分からないなら少し説明しましょうか?」
「え?流石に知ってるんだよな?」
フィーサーラの善意?の申し出に、思わずツビィロランは口が出てしまった。サティーカジィは前に番について説明してくれたことがある。セックスの仕方くらい知ってるよなと本気で心配になってきた。
サティーカジィは知れば知るほどヘタレなのだ。いやーまさかな?と思わないでもない。
アオガはことの成り行きを面白そうに傍観しだしている。
「し、し、知ってます!」
サティーカジィは叫んだ。イツズは真っ赤になって固まっている。
「いきなり挿れてはダメですよ?無理と思ったら媚薬を使うのは恥ではありませんからね?」
「お前……、実は真面目な奴なのかと見直してきたのにやっぱ下半身緩いのな。」
「え!?これくらい誰でも知っていることですよ!?それに番の成立は子孫繁栄にも繋がるので天空白露でも教育の一環に組み込まれています!」
慌ててフィーサーラは弁明している。
「ええ?教えてもらうのか?」
「そうですよ。任意ですが、年齢関係なく申し込めば受けられます。天空白露は様々な勉学の場を設けますので。サティーカジィ様は当主教育で受けているでしょうが、もし経験がないのであればと思い言ったまでです。講師が多少実践してみせる方もいらっしゃいますよ。」
ツビィロランはえぇ~!?と驚いていた。
「へぇ、私は受けてないんだよね。当時はサティーカジィ様の許嫁だから問題ないとか言われて。実践って何やってくれるの?」
アオガはこういうネタが好きなのかよく話に食いついてくる。
「え?最後まではしていなかったような……。私も受けてはいませんしね。そもそも受けれる年齢の頃には経験済みでしたし。」
フィーサーラは側に立って黙って大人達の話しを聞いていたヌイフェンを引き寄せた。
「確かこの様な感じで愛撫の仕方とかを教えていたはずです。」
迷いなくフィーサーラはヌイフェンをベットに押し倒し、片手でヌイフェンの両腕を頭上に縫い付けて、フワフワの白髪を撫でてスルリとその手を耳に降ろして撫でる。耳朶を揉んで頬から顎に指を這わせて首を刺激しつつ、襟の中に手を入れて鎖骨を撫で上げた。
何の躊躇もなく行われた動作に、一同固まる。やられたヌイフェンも藤色の大きな瞳を見開いて固まっていた。何をされたのか理解していないかもしれない。
ツビィロランはポンとフィーサーラの肩を叩いた。
「やっぱ、お前ダメだわ。」
「ええ!?」
ツビィロランのダメ出しにフィーサーラは驚くが、何で驚くのか俺の方が驚くわっ!とツビィロランは叫んだ。
その夜、ヌイフェンは昼間のことを思い出して布団の中で丸まった。
隣のベットではフィーサーラがよく寝ている。イツズが用意した薬は痛み止めと眠れない時の為の睡眠薬があり、明日の移動に備えてよく休息を取っておく為にと睡眠薬を飲んで寝ていた。なのでフィーサーラが起きることはない。
コロンと転がりフィーサーラの方を見る。
ヌイフェンもフィーサーラの噂を聞いたことがあった。いろんな人と付き合っている遊び人だと言われている。そのくせ対人関係でもめたこともない。
フィーサーラにとって昼間のことなんてどうってことない直ぐに忘れる様なことだと理解している。
見上げたフィーサーラは大人の男でヌイフェンより大きい。今は寝て過ごしている為真っ赤な髪は軽く一つに結ぶだけで降ろしている。ヌイフェンを押し倒した時、その髪がサラサラとヌイフェンの頬に当たった。
ヌイフェンの両手首は簡単に掴まれるし、力を入れても解けなかった。
頭を撫でる手は大きくて、耳から頬、首、鎖骨と流れる様に降りてくる指の感触に心臓が止まるかと思った。
いつものヌイフェンなら怒鳴りつけているのに、驚きすぎて声が出なかった。息すら止まっていたかもしれない。
ヌイフェンはつい最近まで屋敷に引き篭もっていなきゃならない人間だった。人と触れ合う機会が少なかったので、急にあんなことされてもどうしたらいいのか分からなかった。
モソッと布団に潜り込んで丸まる。
水色の瞳がヌイフェンの身体を撫でる時、よく分からない目で見ていた。光を帯びてヌイフェンの身体の中の中まで見てしまう様な、よく分からない瞳だ。
それをすぐ側で見上げてしまい、見なければよかったと後悔する。
水色の瞳がチラチラと掠める。
頭から離れずに困ってしまい、ヌイフェンはキュウと目を瞑った。
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