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全てを捧げる精霊魚
91 生還
しおりを挟むクオラジュがツビィロランを背後にまわらせ、アオガを拘束している黒い霧を剣で切る。
「ごめん。」
アオガは謝りながら直ぐに立ち上がり、ツビィロランを引っ張って一緒に後ろに下がらせた。クオラジュの邪魔になるからだ。
クオラジュはまた人質に誰も取られないよう床一面に神聖力の膜を広げる。炎の揺らめきのように橙色の波が広がり、ここに来た全員の足元を覆った。
「フィーサーラ、動けますか?」
「ああ、なんとか……。」
フィーサーラの声は掠れているが意識はしっかりとある。そしてフィーサーラは吸い取られる神聖力を逃さないよう身体の中に溜めていた。
「足元の膜を維持して下さい。」
「分かりました。」
フィーサーラが神聖力を溜めていることに気付き、イツズを取り戻す間の維持を命じた。
神聖力が吸われ続ける術が、クオラジュに全く影響がないわけではない。クオラジュも吸われ続けている。ツビィロランが無意識にクオラジュに神聖力を運んでいるのだ。ツビィロランはそのことに気付いていない。
だがこの力の供給は不安定だ。
サティーカジィが開いていた穴の維持が出来なくなった為、天空白露から神聖力が届かなくなった。
いずれサティーカジィの神聖力も吸われ続け底をつく。早めに終わらせる必要があった。
サティーカジィはクオラジュの隣に立ち、ジィレンに話し掛けた。
「私の花肉をどうするつもりですか?」
ジィレンは背後にある大きな器を、クオラジュ達が視界から消えない程度に少しだけ振り返る。
「スペリトトに出来るのだ。私にもシュネイシロの身体を作れるはずだろう?」
ジィレンは銀色の目を細めて笑う。
「それで私の花肉を?」
ジィレンは頷く。
精霊魚の花肉とは人にとって心臓のようなもの。魂の核とは心臓に繋がる器官の一つであり、どちらも生きていくにはなくてはならないものだ。
花肉を差し出せばサティーカジィは死ぬ。
イツズが痛みで涙を流しながらサティーカジィを見ていた。
イツズが最も大切なのはツビィロランだ。サティーカジィがここでいなくなっても、イツズは泣いてくれるだろうが、生きていけないわけではない。
ツビィロランがいる限りは守ってもくれるだろう。
「差し出せばイツズを解放してくれますか?」
「ああ、他の奴等も国の外に送り出してやろう。」
本当だろうか…。相手は妖霊の王だ。信じて良い相手ではない。
「サティーカジィ、ダメですよ。まともな交渉ではありません。」
クオラジュがサティーカジィをチラリとみて止める。サティーカジィが迷っているのを感じたからだ。
「…………っ、………。」
イツズがパクパクと何かを言っている。だが上手く声が出ないようだ。頭を掴まれ爪先立ちになるくらいに持ち上げられているのだ。自分の身体がぶら下がり痛みと苦しさがあるはずだ。早く助けないととサティーカジィは焦った。
「……………っ!」
クオラジュは冷静にイツズの様子を窺った。何を言っている?何をしようとしている?
イツズの腕がプルプルと動いている。
その動きをジィレンに気付かれないよう、クオラジュは手に持つ剣をジィレンに向けた。
ジィレンは剣を持つクオラジュに注意深く集中した。
クオラジュがイツズの命を捨てるつもりなら、ジィレンに切り掛かってくるからだ。
イツズの手が胸元に届き、ゴソゴソと何かを取り出した。
取り出したものを見て、クオラジュはサティーカジィの腕を突然掴み、グンッと動く。
突然前進したクオラジュに、ジィレンは咄嗟にイツズを盾にした。切り掛かってきたのだと思ったのだ。
だが違う。
クオラジュはジィレンに切りつけつつも、サティーカジィの手をイツズに触れさせた。
「神聖力を!」
クオラジュは短く叫ぶ。
サティーカジィも目の前の触れたイツズの手に、見知った物を見て瞬時に神聖力を出した。
パァッとサティーカジィの神聖力が三人を包みこむ。
イツズはジィレンに捕まって人質となり、皆んなの足手纏いになっていることが悲しくなった。
掴まれた頭は痛いし、浮き上がらせられている為、下に伸びて落ちる身体が痛い。首も千切れそうだ。
息がしにくく頭がボゥとする中、どうやってこの腕から逃げるかをイツズは考えた。
力はないし、神聖力もない。
イツズにあるのは薬材と薬草に関する知識だけ。
何か、何か…………!
そうだ、こんな時の為に作ったんじゃないか!イツズは力がないから、もしもの時の為の武器が必要だと言われて作った。
重たい腕を必死に動かして、自分の胸元を探った。
あった……!
でも神聖力がない。これには神聖力が少しでいいから必要になる。イツズは色無だ。しかも今は神聖力が抜けてしまっている。サティーカジィに触れているなら兎も角、捕まっている状態ではどうすることもできない。
パクパクと口を動かし、サティーカジィの名前を呼ぶ。
側に飛んできて欲しかった。
なんて無力なんだとイツズは嘆いた。
それでも胸元から取り出す。せめてサティーカジィ様に手渡せば、どうやって使うか知っているはず。
だってあの時見てたから。
視界に剣先が見えた。
身体が大きく揺れて、サティーカジィ様が近付いてくるのが分かった。
「神聖力を!」
クオラジュ様が叫んでる。
パァッと慣れ親しんだ神聖力を感じた。
イツズが持っていた緑色の玉をサティーカジィは受け取ってジィレンに投げつけた。
咄嗟にジィレンはイツズを掴む方とは反対の手で払いのける。ジィレンはイツズを盾にする為に頭を掴む手を離さなかったが、払い除けたはずの玉がバラリと解け、勢いよくジィレンに伸びてきて巻きつき出した為、慌てて身体を後退させた。
そこに上から影が落ちてくる。
ズバンッと勢いよく振り下ろされた剣は、イツズを掴むジィレンの腕を切り落とした。一度クオラジュが鎧ごと切っていた場所だった為、あっさりと同じ場所から切り離される。
「神聖力に頼りすぎて身体が追い付かないのでは?」
上から落ちてきたのはトステニロスだった。
ツビィロラン達と別れた後、塔の上に辿り着いたトステニロスは、クオラジュ達の後を追いかけた。
そして素早く身を隠し回り込んできた。
イツズが人質に取られた為、器の上に登り好機を窺っていた。
クオラジュはイツズをサティーカジィに押し付け間に入り、剣をジィレンに突き立てる。
「ぐああっっ!」
トステニロスの攻撃は神聖力がない為、腕が切り離されてもダメージが少なかったが、クオラジュの攻撃はツビィロランから回ってくる神聖力のおかげで重たくジィレンに焼け付くような攻撃を与えた。
胸を狙ったが側にいたニセルハティが乱入してきた為、肩に刺さる。
素早くトステニロスはイツズを抱き締めたサティーカジィを引っ張り離れさせた。サティーカジィは争い事が全く出来ないので、誰かが誘導しないと動けない。それにジィレンから受けた胸の攻撃が後を引いていた。
イツズが作った寄生植物の玉は、ジィレンの行動を阻害し出した。
「なんだっ!これはっ!」
神聖力と衝撃で目覚めた寄生植物は、神聖力を吸われても問題なく動いていた。元はこういう植物なので、寄生する相手が目の前にあればウネウネと動き出す。
「ジィレン様!」
ニセルハティとファチ司地が駆け寄ってジィレンに巻きつこうとする寄生植物を剥がそうとした。
ジィレンは舌打ちすると、手に黒い神聖力を出す。それをファチ司地の口に無理矢理放り込んだ。
放り込まれたファチ司地は驚いた顔をする。
「身代わりになれ。」
ジィレンは刺された肩を抑えてニセルハティと器の方に避難した。寄生植物はジィレンからファチ司地に対象を変え襲いかかる。ファチ司地は慌てて二人に叫んだ。
「お待ち下さい!」
ジィレンの身体を中心に黒い円が出来る。それはジィレンとニセルハティ、そして器を囲った。
「クオラジュ、逃げるぞ。」
トステニロスがかける声と同時にクオラジュはジィレンにもう一度剣を突き立てようと飛び掛かったが、それより先に二人と器は消失する。
プツンと音を鳴らして空間が閉じてしまった。
先程までジィレン達がいた場所で停止したクオラジュは、地面に向けて神聖力を放つ。それは地面にめり込みビキビキと抉り、バキンッと大気を鳴らした。
「何したんだ?」
ツビィロランが尋ねる。ツビィロランの中から神聖力がゴッソリ失われたので、漸くここで自分の神聖力がクオラジュに流れているのだと気付いた。
「申し訳ありません。使いすぎましたか?」
神聖力のことだと気付き、ツビィロランは首を振った。
「倒れるほどじゃない。減ったなってくらいだ。」
それを聞いてアオガが呆れていた。
「いや、今のやつ、この国に掛けてある神聖力を奪う術を無理矢理壊したんだからね?一気に大量にぶつけて重要な場所を破壊した音だからね?」
アオガは目がいいので壊れるところがよく分かった。それを聞いてもツビィロランは「へえ?」と言うだけなのを、アオガはえぇ~と何かまだ言いたそうに不満顔になる。
「はあ、ようやく戻ってくる。」
端の方で人質が取られないよう全員分の空間を保護していたフィーサーラが、疲れたように神聖力を解いた。
「よく持ちましたね。見直しましたよ。」
上から目線で褒めるクオラジュに、フィーサーラは何も言いたくないといった顔で座り込む。
フィーサーラの保護が保たなければ、全員器の中に強制移動させられ材料にさせられるところだった。
神聖力が戻っても怪我が治るわけではない。治りが早くなるだけなので、満身創痍だった。
目の前でツビィロランがクオラジュの元に駆け寄るのを見て、はぁと溜め息を吐く。
「……………暫く会わないうちに更に仲良くなってるね。」
ヌイフェンがそれを見て呟くので、フィーサーラは苦笑した。
「仲良いどころか番ではなさそうですが、魂が捕まえられています。」
しかもツビィロランはクオラジュに捕まえられているのを無意識に許している。そうでなければこの神聖力が吸われ続ける場所で延々とクオラジュに神聖力を渡すわけがない。
本気で仲良くなりたいと思ったのに、全く近付くことすら出来なかった。
赤の翼主としての仕事はどんどん回されてくるし、最近は仕事が詰め込まれて自由がなかったのだ。開墾地の治安に関しても、地守護の仕事を見直すか兵士を増やすかしようと聖王陛下に奏上したら、それもフィーサーラに任せられてしまうし、どう考えても青の翼主が手を回しているとしか思えない。
「だから言ったんだ。」
ボソッと言ったヌイフェンを怒る気にもなれない。
「そうですね………。」
そもそも最初っから間違っているので、不利な状況でもあった。だから仕方ないのだろうが、悔しい。
ヌイフェンがその様子を見て、ふわふわの頭をクリクリと動かす。
「…………フィーサーラは顔はいいんだから次がある。」
子供らしい安直な慰めだが、フィーサーラは笑ってポンポンと頭を撫で、気を遣われるのも悪くないなと思いながら笑った。
全員で外に出て、破壊された城を後にした。城も王都も混乱し、誰もツビィロラン達を見咎めるものはいない。
王都を出て、離れた森の中から羽を出して近くの町まで移動し、そこで一晩過ごした。
ツビィロランは勿論クオラジュに抱っこされたわけだが、夜の飛行には慣れてきたが、昼間のよく見える景色にはまだ恐怖が湧いてくるので黙って目を瞑っていた。
テトゥーミの翡翠の鳥がパタタタタと降り立つ。
クオラジュの腕に止まり、足をヒョイと上げて手紙が入った筒を渡してきた。
中には小さく折り畳まれた手紙に、無事かどうかと迎えを出すので詳細な場所の指定が欲しいと書かれていた。
そして小さく無事ですか?というテトゥーミにしては遠慮がちな主語のない質問。
「トステニロス、テトゥーミが無事かと聞いていますので返事を。場所はとりあえずネリティフ国へ飛行船を寄越すよう伝えて下さい。」
手紙の返事をトステニロスに出すよう渡した。
言われてトステニロスは自分が泊まった部屋にテトゥーミの鳥を受け取って入っていった。
「え?あれ?二人はそうなのか?」
ツビィロランは興味津々でクオラジュに尋ねる。
「さぁ、どうなのでしょうか。」
仲は良いと思うが、トステニロスの方が距離をとっているのだとクオラジュは教えた。
「ふぅーん。」
ツビィロランがなんでだろうと首を傾げていると、隣の部屋の窓から軽い羽音を立てて翡翠の鳥が飛び立っていく。
そこに何が書かれているのだろうと気になるが、微妙な関係だと言うのなら藪を突くのは我慢しようと思う。
ネリティフ国へ来たメンバーはそれから一月以上掛けてようやく天空白露に帰ることとなる。
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