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全てを捧げる精霊魚
85 トステニロスとアオガ
しおりを挟むサティーカジィとクオラジュに言われて、トステニロスとアオガはネリティフ国のファチ司地を尋ねる為に、王城の周りに広がる町まで来ていた。
そして現在閉じ込められている。
「うーん、完全に隔離されてしまってるね。」
「こんなに空間を閉じ込めることが出来るんだね。」
そうだねぇと感心したように頷くトステニロスと、どうやってるんだろうとシゲシゲと見ているアオガが閉じ込められているのは、この国全てにだ。
国に入ったはいいものの、この国から出られなくなったことをすぐに二人は悟った。
トステニロスもアオガも通常の天上人よりも神聖力が高いと自負している。そう簡単にやられることもない。だがそれは神聖力を使えたらの話し。
「復活する側から抜かれてる感じだね。」
トステニロスは宿屋の部屋の中で手をグーパーと握ったり開いたりする。体力自体には問題はない。だが神聖力が使えなくなってしまった。
トステニロスの髪は深い茶色から薄茶色に、アオガの眩かった金髪も燻んでしまった。
「私の中にある魂の契約とやらはどうなるのかな?」
何かあったら知らせるようにとサティーカジィから言われていたが、神聖力がほぼ抜けた今は効果があるのだろうかとトステニロスに尋ねる。
「魂の契約は神聖力があればあるほど効果が増すからね。アオガの神聖力が無いに等しい状態だと…。」
「喋り放題。」
そうだけどね。とトステニロスは笑う。そこで喋っちゃったらダメなんだけど、そういうことだとアオガの聡さに感心する。
トステニロスはクオラジュからだいたいの状況説明を受けて、ほぼ無理矢理サティーカジィと魂の契約をさせられていた。だからトステニロスとアオガだけなら何を喋っても大丈夫なわけだが、神聖力のないこの状態ならば、契約違反をした場合の罰も軽くなってしまう。
サティーカジィはイツズにはこの魂の契約をしたくないと言っていたが、イツズは色無なのでそれならば大丈夫なのでは?と思ってしまう。それともサティーカジィと晴れて番になった場合にはイツズもそれなりの神聖力を持つことになってしまうだろうから、その時のことを心配しているのだろうか。まだまだ先は長そうに見えるのに心配し過ぎだろう。
神聖力のない状態で敵になるかもしれないファチ司地を訪ねるのは危険だと判断し、二人は王都にある宿を拠点に引きこもっていた。たまに外に出ては情報収集を行っているのだが、妖霊について拾える情報はどこにもなかった。
そもそもアオガがこの王都に暮らしていた時も、妖霊なんて聞いたことなかったのだ。
「どうするの?」
暇である。ここ数日二人はどうすべきか悩んでいた。あまり深く入り込むわけにはいかない。逃げられず捕まったらどんな目に遭うか分からない。
「とりあえずはクオラジュが気付いて助けに来てくれるのを待つしかないんだけど……。」
黙って待つのは性分ではない。
それはアオガも同じだった。
「トステニロスはここに来たことあるの?」
突然アオガが尋ねた。今まで特に聞いてこなかったのだが、やはり疑問に思うだろうなとトステニロスは笑った。
「あるよ。というかネリティフ国は俺の祖国だからね。」
祖国!?とアオガは驚いた。
「だから詳しいんだ?」
やけに地理に詳しいと思ったのだ。店やら何やらは知らないが、大体の場所を知っている。王都や大きな町ならそうそう地図上から消えることもないので、トステニロスは昔の記憶を頼りにここまで来ていた。アオガは案内されるがままついてきたのだ。なにしろアオガは子供の頃いはしたが、王都からほぼ出ることもなかったし、移動は飛行船任せだったので、ネリティフ国の地理はほとんど知らなかった。
「もう数十年も来ていないけどね。知り合いなんかもいないんだよ。」
「あれ?でもトステニロスはどっかの国の王族だって噂があるよ?」
有名な噂なのにどこの国なのか誰も知らない。それがまた噂を広める原因にもなっていた。
「この国は特殊だからあまり公言していないんだ。クオラジュの足手纏いにもなりたくないし。」
クオラジュはトステニロスの姉の子供だった。姉と言っても異母姉ではあるが。
「特殊?」
「ああ、気付かないかな?」
何をだろうとアオガは考える。子供の頃とあまり変わらないように思えるのだが、変わったといえば国を覆う謎の時空の歪みのようなものしか思い当たらない。
「この国は差別が強いんだよ。この国に入って色無を見た?」
言われて驚く。そういえば見なかった。
どこの国に行っても白髪をもつ人間はいる。少ないとはいえ全くいないこともないし、奴隷として生きていたり貧民街で細々と暮らしたりしている。それなのにこの国には一人としていなかった。
「いないね。何で?」
アオガは窓の外から見える町の風景をみた。普通に人々は窓の外の道を通り過ぎ、正面に見える店では買い物客が店主と何か話しながら笑っていた。
いつもなら奴隷のように働く色無達がいない。
迫害される姿を見ないことは良いことだが、どこかおかしいと感じてしまう。
「この国は白髪の子供が生まれると殺してしまうんだよ。生きているのがバレると一家全員処刑だ。」
トステニロスはそんなこの国が嫌いだった。神聖力を重視するのはどこも同じだが、神聖力のない者は生きている価値もないのだと言うように殺してしまう。
そのくせ神聖力を使う教育はされていない。
矛盾した常識がこの国にはあった。
「子供の頃は神聖力はどうだった?」
トステニロスに尋ねられて過去を振り返る。
子供の頃はなにしろ学問と武術を片っ端から学んでいた記憶しかない。そういえば神聖力を使った訓練をしていないなと思い出す。
「あれ?神聖力使ってない。」
「そうだろうと思った。」
「なんで分かるの?」
「今も使ってないから。戦いの場でも神聖力ではなく剣術がメインだろう?」
言われてみてそうだなと思った。剣を習ったので一番その戦い方がやりやすくて、神聖力はあまり使っていない。神聖力はもっぱら身体強化と、目で何かを見るときにしか使っていない。ほぼその二つに全振りしていると言ってもいいくらいだ。
「言われてみると?」
「それだけ神聖力があるのに地水火風どの自然現象にも関与しない。珍しいよ。自力でつけた能力なんだろうね。」
トステニロスはアオガの努力を誉めた。自分の努力を認められて、アオガも悪い気はしない。
そんなアオガにトステニロスは頼み事をした。
「俺の目ではこの国を覆う術式を見ることが出来ない。だからアオガに見て欲しいんだ。」
「そうか。私だったら見えるかもしれない?」
トステニロスは頷く。
そうして二人はネリティフ国をあちこち回っていた。国としての規模は小さいので、巡回馬車を使えば国をほぼ回り切れる。
「この国って場所は竜の住まう山の麓で天空白露の軌道上じゃないのに、人口が多いよね。」
アオガが不思議そうにそういう。トステニロスも言われて気付く。
「言われてみれば、どこの町や村も人が多いね。」
活気があり豊かなのかと思えるが、何か違和感を覚えた。
竜の住まう山の西側はこんなに豊かではない。トステニロスはあちこち行った経験があるが、北も南も西とそう変わらなかった。何故東だけこんなに発展しているのか。
トステニロスはネリティフ国の出身だ。子供の頃はここに実際住んでいたわけだが、昔はこんなに人も多くなくもっと寂れていた。弱小国だったのだ。
二日かけて国の端まで行き、また王都に戻りアオガが紙に書いたメモを二人で解読する。国の周りには見えない壁のように古代文字が覆っていた。アオガの目でしか見れなかった為、紙に書き写し調べることにしたのだが、その内容に二人は唸る。
「国中の国民の神聖力を集めるつもりかな?」
アオガは紙を睨みつけながらトステニロスに尋ねる。読み解くと、死なない程度に人々から神聖力を奪う内容になっていた。天上人の髪色は濃いものが多いが、大陸で生きる普通の人々の髪色は薄い。それでもこの国に生きている人達の髪はもっと薄かった。白ではないが、ほんのり色がついている程度。これでは皆寿命が短いのではないだろうかと心配になる程だ。
「集まる先は王城か…。」
トステニロスは王族の末端ではあったが、妾の子で王族としての扱いを受けた試しがなかった。そのくせ神聖力の多さから貴族に持ち上げられることもあったり、嫌な任務を押し付けられたりと散々な目にあったので国を出て天空白露に行った。
あまりいい思い出はない。
あのまま国にいても番になりたくもない相手と番わされて、その地で朽ち果てていたことだろう。
それはクオラジュの母である異母姉も同じだった。
あのまま青の翼主一族の片隅で幸せに暮らせると思っていたのに、騒乱に巻き込まれて死んでしまった。
「城に集めているのは王様?」
今の王をトステニロスは知らない。トステニロスは現在約百三十歳になる。天空白露と違い大陸に住む人々の寿命は神聖力を持っていても百歳程度になる。トステニロスの親も兄弟もほぼ亡くなってもういない。
「王か……。実は今の王を俺は知らないんだよ。」
「え?血の繋がりはあるんでしょう?」
流石に親族ならば式典や新王の戴冠式なんかには出たんじゃないかと思いアオガは尋ねた。
「向こうは度々それを理由に招待状やらなんやら送ってきてたんだが応じたことはないんだ。しかも最近は全く来なくなっていた。たんに時間の経過と共に忘れさられたんだろうと思っていたんだけどね。」
もしネリティフ国で異常事態が起こっていたのだとしたら?
この国を覆う結界らしきものを見るとあり得ないことではなかった。
「ファチ司地の件は置いといて、城を探ってみる?」
アオガはその方がいいのではないかと判断していた。
「………いや、もし妖霊が城にいたとしたら危ない。」
トステニロスは慎重だ。どうにかして天空白露に連絡をとりたかった。こちら側からは神聖力を飛ばすことが出来ない。クオラジュならばなんとかしてくるのではと思っている。
二人が宿の一室で考え込んでいると、ブワッと鳥肌が立つような波が大気を流れた。
「……………っ!?なに?」
「城の方からだ。」
素早く窓に走り、波が来た方角である城の方を見る。
外から町の人達の声が聞こえた。
「やぁ、今日は少し寒いね。」
「そろそろ冬支度を進めないと…。」
話しながら通り過ぎる人々を見れば、特に変わった様子はない。誰もこの気配を感じていないようだった。神聖力の波だったので、あまり神聖力を持たない人々には感じ取れなかったのかもしれない。
城の方向を見て、空が異様に歪んでいるのに気付いた。
「門が開く。」
アオガが呟いた。その目は城の聳え立つ塔の上を見ていた。
「何か見えるのか?」
トステニロスには空間が歪んでいるだけにしか見えなかった。
「外から無理矢理何かを引っ張り込んでるね。」
アオガの目には渦を巻く穴が見えた。そこから何かが落ちてくる。集中して視力をあげていく。トステニロスはこの国に入ってから神聖力が吸い取られて使えなくなっている。見れないはずだから自分がやらなければとアオガは城の上空を見た。
赤い、羽だ。羽ばたき誰かを庇っている。だがこの国は神聖力が吸い取られてしまうので、豊かに覆った羽がボロボロと散りだす。
男性、真っ赤な髪、黒い髪、小柄な少年?
「赤の翼主。それとツビィロランと………花守主?」
アオガは花守主ヌイフェンと話したことはないのだが、ツビィロランの側にいる存在であの鈍色の髪色からヌイフェンではないかと予測した。
「なんでその三人なんだ?」
トステニロスも怪訝な顔をする。そして花守主と聞いて懸念があった。
どうする?とアオガはトステニロスを見る。
「行こう。」
兎に角行かなくてはならない。ツビィロランに何かあってはならない。二人は静かに宿を飛び出した。
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