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全てを捧げる精霊魚
78 シュネイシロの慟哭
しおりを挟む目まぐるしく景色は移っていく。ラワイリャンの意識と記憶が繋がっているのか、どんどん景色は流れていくのに内容はちゃんと入ってきた。
ざっくり言うとペットと思っていたスペリトトに、シュネイシロは特別な愛情を持つようになり、短命なスペリトトに死んで欲しくなくて番になったのだということが分かった。
うーんと考える。自分が津々木学だった頃、実家では犬を飼っていたが、恋人や伴侶にしたいと思う程の愛情を持っていただろうか。可愛いとは思っていたが、精神の繋がりをもってまで愛せるかと言われると愛せない。
「妖霊は精神体の方が強いからのぅ。思い込んだら感情のままに動く傾向があるのだょ。」
「え?妖霊?シュネイシロはやっぱ妖霊なわけ?」
「そうじゃあ。妖霊の見目は黒い羽に黒髪が基本なのだが、シュネイシロはその中でも特別だの。無尽蔵に生まれる神聖力を持って生まれたシュネイシロは、妖霊の中でも稀有な存在。番という生態は妖霊特有のものだったのだが、シュネイシロの神聖力を浴びた人間にもその繁殖能力が備わったようだの。」
今の人間と天上人は、シュネイシロの力によって大きく進化した姿か。シュネイシロの神聖力とはかなり特別で強いものらしい。
確か石碑には天空白露が出来てから天上人が生まれたとあった。
「シュネイシロが天空白露を造って、今の天空白露はシュネイシロの神聖力が出ている?」
「ふむふむ、そうだの。実際見るといい。この精神世界ならば伝えられるからの。我と繋がるものの特典だの。」
先程まで延々とシュネイシロとスペリトトが睦み合う景色を見せられていたのだが、景色がグルリと変わった。
この二人がいたすところをジックリと見たわけだが、ラワイリャンは見てたんだな?とチラリと横にいる美女姿のラワイリャンを見る。見た目に反してやることが変態っぽいな。
「その目はなんだの?言っておくが、我は透金英に付き合っただけだからの?」
本当だろうか。
ぐるりと変わった景色は、黒い羽が大量に舞っているものだった。ムアっとする熱風に羽は煽られ、空から大地へと吸い込まれるように消えていく。
空一面に黒い羽の妖霊が飛び、まるでカラスの大群のようだと思った。
「何してるんだ?」
「戦じゃよ。」
ラワイリャンの説明では、妖霊の王がなかなか返ってこないシュネイシロを捕まえに来たらしい。
そしてシュネイシロが既に何の力もない人間と番になっていたと知って、怒り狂い戦いになっているのだという。
「妖霊の王?じゃあその妖霊の王はシュネイシロが好きだったのか?」
「どうかのぅ?我は妖霊の王とは喋ったことがないからの。妖霊は気性が荒く残忍だからの。他の種族とは仲良くならぬ。」
あれが妖霊の王だとラワイリャンは指差した。
空一面にいる黒い羽の大群の中で、一際大きな黒い羽の人物がいた。周りの様子から明らかにその人物が中心人物なのだとわかる。
漆黒に揺れる髪と、同色の瞳の青年だった。顔立ちは美しいが青白い肌が血色悪く見え、赤く薄い唇が目立っていた。
対峙しているのはスペリトトと透金英だ。
「シュネイシロは戦わないのか?」
「スペリトトが隠れていて欲しいと頼んだから、我と一緒にいたのだ。スペリトトは神聖力はあっても戦うのが嫌いじゃったからな。だから自分の神聖力を使って動く透金英を作ったのだ。透金英はシュネイシロの代わりに戦う存在だったのだよ。」
ラワイリャンが説明する間も、スペリトトと妖霊の王との戦いは激化していく。
お互い剣は持っているのだが、神聖力を使った攻撃は嵐を呼び雷を落として大地を焼いていた。
「三日三晩続いたのだが、何せ妖霊の数が多すぎての。しかもシュネイシロが心配して戦場に来てしまった。妖霊はシュネイシロを捕まえようとするし、戦いは不利じゃったのぅ。我が子らを送りはしたが、我の足は動かぬ。我自身は何も手伝えぬから悲しかったなぁ。」
ラワイリャンは何も出来ず見るだけだったのか。
「この戦いでスペリトトは死にそうになったのか?」
「そうじゃあ。そして妖霊の王に胸を刺され魂の核を切られてしもうた。それを見たシュネイシロは妖霊に捕まり連れ去られた。」
今まさに目の前で、泣き叫ぶシュネイシロは攫われて行った。大量にいた妖霊の数は僅かとなり、妖霊の王の跡を追って飛び去って行った。
羽音が広がり黒い羽が舞い散る。地面には大量の妖霊達の死体と、仙達が土に戻った後に咲くレテネルシーの白い花となり、花弁を垂らして咲き乱れていた。
一度気を失ったスペリトトは、静かになった戦場で意識を取り戻した。
同じように傷だらけの透金英が、荒く息を吐くスペリトトを起き上がらせる。
「シュネイシロ……。」
スペリトトの白い羽は折れ、肩翼は千切れていた。
飛ぼうと羽ばたくが、無い羽では飛べない。神聖力で出来た羽が出せないということは、スペリトトの身体の中の神聖力が失くなっているということ。
「無理だよ、スペリトト。魂の核が傷付いている。」
「魂の核……。シュネイシロ、が、くれた魂が…。」
透金英が制止すると、スペリトトはブツブツと目を見開き膝をついた。
「スペリトト……。」
「修復を…。」
スペリトトは透金英の胸を攻撃しようとした。剣を持っていた腕に力を込める。
透金英は目を見開き驚いたが、静かに微笑んだ。
「シュネイシロを連れ戻したら、元に戻してもらうから……!」
胸に剣を突き立てられ、透金英の核をスペリトトは取り出す。
「すまない……!」
「…………いいよ。持って早く行きなよ。暫くは魂の核が無くても動けるから。ここで待っているよ。」
スペリトトは透金英の魂の核を持って羽を修復した。白く大きな羽が空に舞う。
そこからまたスペリトトは力の限り戦っていた。
だがまだ残る妖霊の数に押されて、スペリトトは身体中傷だらけにして地に落ちた。
妖霊は一体一体が強い。現在の天上人と変わらぬ強さを持っている。スペリトト一人では無理があった。
血まみれで落ちたスペリトトの姿に、シュネイシロは絶望した。シュネイシロとスペリトトは番だ。シュネイシロの魂に殆ど力がないことは明白だった。
実際は透金英の魂の核で戦ったわけだが、スペリトト自身の魂の核はもうほぼ停止しているようなものだった。
「スペ、スペリトトッ!嫌だっ!やだっ!」
泣き叫ぶシュネイシロの神聖力が嵐となって吹き荒れた。大地はひび割れ浮き上がる。
妖霊の王が止めようとするが、王自身スペリトトとの戦いで傷付き満身創痍だった。
「こんな力はいらないっ!欲しいやつがいたらあげるのに!」
自分はスペリトトといたかっただけだと泣く。静かに二人で生きていければ良かったのだと叫ぶ。
シュネイシロは巨大な大地を浮き上がらせた。
「お前達が絶対に入ってこれない楽園を………。」
愛したスペリトトと同種である人間と、無害な動物と植物だけを大地に乗せる。
全てがシュネイシロの神聖力で行われていく奇跡だ。
「こうやって天空白露が出来たわけだ?」
「そうじゃあ。だがシュネイシロは見落としてしまった。スペリトトの身体は死んだのだが、スペリトトの魂が透金英の魂の核の中に入ってしまったのだ。」
「自分から入ったんじゃなくて?」
「我の女王の種の所為かもしれぬ。繁殖期の為に神聖力を吸う性質があるからの。神聖力を纏う魂ならば集めてしまう。普通の仙の種にはない性質なのだが、女王の種は特殊だからのぅ。」
そうか。それで死んだスペリトトは透金英の魂の核に入ってしまったが、身体は無い状態になった。
天空白露を作ったシュネイシロは、スペリトトの亡骸を抱いて力尽きた。動揺したシュネイシロは、透金英の魂の核には気づかなかった。
透金英が二人の姿を探して見つけた時は、息をしていない状態だった。
重なる二つの身体はしっかりと抱き合っている。
透金英はスペリトトの懐から自分の魂の核を取り出した。ラワイリャンの女王の種と同化した魂の核は、まだ力を残していた。そしてその中にスペリトトの魂を見つける。
透金英は困惑した。シュネイシロは既に魂が離れてしまっている。なのにスペリトトは透金英の魂の核の中で力を使い過ぎ眠りに落ちようとしている。
出してあげたくとも出すことが出来ない。
自分の中に一旦魂の核を戻そうかと思ったが、身体が崩れ出して既に手遅れだと気付いた。
ああ、何もかもが上手くいかない。
「間違ったかもしれない…。」
ポツリと蒼白になって透金英は呟いた。
「ごめんね、ラーヤ。約束は果たせそうにないよ。ごめんね………。君が番の証にとくれた命の半分を、僕はスペリトトにあげることにした。」
透金英は女王の種に話し掛けた。きっと見ているだろうと思って、ラワイリャンに笑いかける。
モロモロと身体が崩れるのも構わずに、優しく語り掛ける。
「ラーヤ………。君の残りの人生が、幸せであります様に……。」
空には巨大な大地が浮き上がった。
中心には一本の木が生える。
スペリトトは何も出来なかった自分を呪いながら、意識を閉じようとしていた。
残されたシュネイシロとスペリトトの身体の側に、一人の存在が近付いた。
最初に見た精霊魚だ。眩い金の髪と赤い瞳、白い真珠のように輝く鱗に魚の鰭のような耳をしている。
「スペリトト、どうか我々もこの島に乗せて下さい。」
精霊魚はこの浮島を作ったシュネイシロの番であるスペリトトに頼み込んでいた。
精霊魚は常にどの種族にも狙われている。人にも狙われるのだが、他の種族よりはまだ共存できる。精霊魚にも安住の地を与えて欲しいと頼んだ。
その代わりスペリトトとシュネイシロ二人の身体を誰にも盗られぬよう隠すと約束した。そしてこの地に生きる者達を守っていくと言った。
やってきたのは精霊魚の長だった。
精霊魚はシュネイシロの許可した種族ではなかった為、無理をして入り込んでいた。
スペリトトは戦闘能力のない精霊魚ならばと了承した。他に頼める存在もいない。ラワイリャンは神仙国から出てこれないのだ。
スペリトトと精霊魚の長との間で、神聖力を使った魂の契約が結ばれる。
この浮島がある限り、精霊魚は守護者となるように。
「あれ?じゃあ創世からある予言者の一族って?」
「ふむ、気付いたかの?金色の髪に赤い瞳だの。」
サティーカジィの一族じゃん!
「でも魚の身体じゃないぞ?」
「神聖力を抑えておけば人型になるぞ。じゃが長い年月で人と交わり続け、今じゃ精霊魚の性質を持つ者は数名しか残っておらぬ。」
「もしかしてサティーカジィも?」
そう、とラワイリャンは頷いた。
そうなると精霊魚の花肉だけは手に入るのではないだろうか?いや、花肉ってそもそもなんだろう?
ここは素直に尋ねるのが一番だ。
「花肉ってなに?」
「そのまま肉だのぅ。」
「どこの?」
ラワイリャンはトントンと自分の豊かな胸を指差す。
え?もしや心臓!?それは軽々しく頂戴とは言えない。
「クオラジュにも昨日教えたのじゃ。」
何でもないことのようにラワイリャンは言った。
「クオラジュに?…………もしかして今日サティーカジィの所に行って大事な話をするってのは……。」
「はよ助けに行かぬとなぁ?」
ラワイリャンは二マーと笑う。今は大人の美女姿なので、その表情は妖艶に映る。
俺はまじかーと顔を顰めて急いで起きることにした。
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