落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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全てを捧げる精霊魚

77 遙か昔々

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 むすぅと頬を膨らませるラワイリャンへ、俺はそっとお菓子を差し出した。

「我は甘いものより辛いものが好きだのぅ。」
 
 と言いながらもクッキーを一つ摘んでサクサクと食べだす。
 昨日の夜クオラジュが探し出して連れ戻したはいいが、帰ってきてからずっとラワイリャンは不機嫌なままだった。

 俺達は今、ラワイリャンの希望により透金英の親樹に来ていた。
 今までラワイリャンは直接天空白露に来ることが出来なかったのだが、漸く本物の透金英の樹に来れたのだ。
 透金英の樹は触れると神聖力を吸ってしまう為、周りに建てられた観客用の椅子に座って眺めている。
 座っている俺とラワイリャンの背後には、静かにアオガが護衛としてついてきていた。
 クオラジュに透金英の樹に行くというと、昨日までは近くにいるようにと言われていたのに、今日は聖王宮殿の中ならどこに行ってもいいと言われた。そしてクオラジュはサティーカジィに用事があるからと言って、朝から出かけてしまった。
 俺もイツズに会いたかったのに、今日は大事な話があるから留守番をしておくようにと言われ渋々諦めた。
 なので護衛のアオガを連れて、俺はラワイリャンと過ごしている。

「なんで急に別行動かな……。」

 疑問を口に出すと、アオガが後ろから答えた。

「繋がってるからでしょ?」

「は?何が繋がってるんだ?」

 アオガが不思議そうに首を傾げ、赤い目をすがめて俺をマジマジと凝視した。

「番ったのかと思ったけど、ちょっと違うよね。でもツビィロランの魂と青の翼主の魂が何かで繋がっている。……ように見える。」

 ??何を言ってるんだろう?

「ほぉう、コレが見えるのか。なかなかいい目を持っておる。」

 ラワイリャンが感心したようにアオガを仰ぎ見た。

「ふふん、私は目がいいからね!」

「実に良い目だ。クオラジュはツビィロランと魂の契約をしたのだ。」

「げっ、本気?」

「魂の契約?」

 アオガは知っているようだ。

「昨夜クオラジュと交わしたのであろう?何を契約したのだ?」

 ラワイリャンは俺に尋ねた。

「契約?契約なんてした覚えないけど?約束なら、したけど……。」

 アオガにガッと肩を掴まれる。

「なになに?詳しく。」

 食いついてくるな。

「大したことじゃ……。俺が向こうに行ったら迎えに来てくれるって……。」

 なんか恥ずかしいな!
 アオガがニマニマ~と笑った。

「あんな恐ろしい男とよく契約できるのぉ~。もう逃げられんぞ?良いのか?しつこそうだぞぉ~。」

「わっかる!ねちっこそう~。」

 ラワイリャンとアオガが意気投合していた。
 ねちっこいってどーいう意味だろう。

「スペリトトもそんな感じの男だったのぅ。」

「え?スペリトト?」

 そうじゃぁ~とラワイリャンは頷く。

「見るか?」

 そして簡単に見せれるぞといった。ツビィロランの身体にはラワイリャンの種を使った魂の核が使用されている。ラワイリャンの今の身体は全くの別人の身体で、魂の核にした種も別人のものだが、元々のラワイリャンとツビィロランは繋がりが出来ているらしく、見せようと思えば過去の記憶を見せれるといった。
 過去を見れるとあっては見ておきたい。
 まだスペリトトがどこに行ったのか分からないし、向こうの世界に連れ行かれる可能性だってある。
 アオガには見せられないと言うので、俺の身体を見守っててもらうことにした。身体が眠ってしまうので無防備になるらしい。

「いってらっしゃい。」

 俺は早速座っていた椅子に寝転がった。アオガは腰に下げた剣を椅子に立てかけて、寝転がった俺の頭側に座った。日陰を作ってくれるようだ。

「よいかの?いくぞ。」
 
「よろしく。」

 ラワイリャンの合図と共に、身体の力が抜けていく。視界が狭まり、頭が重たくなっていった。







 次に目を開けると、どこか高台になった岩場の上にいた。眼下には森や川、岩場などが広がり、山や谷が延々と続いている。
 自分の姿を確認すると、今は元の津々木学の姿になっていた。
 ゴゴゴーーと大地が揺れ、バギバキと木々が倒れる音がした。音の方を見ると、巨大な人が歩いてくる。
 手足は太く、首も太くて短い。大きな身体を支える為だろうが、全体的にずんぐりしている。見た目から男性で、胸当てをした鎧姿だ。
 何をしているのかと思えば、これまた大きな亀がいた。リクガメのように甲羅は丸くゴツゴツとしている。甲羅の上には土が積もり植物が生え、鳥が巣を作り住んでいた。
 どうやら巨人は亀を捕獲したいようだ。

「どうだの?遙か昔の大陸ぞ。あっちには精霊魚が遊んでおる。」

 場所は移り、今度は水辺に移動していた。
 どういう仕組みかと思ったら、仙の目を借りて見ているらしい。ラワイリャンは神仙国から出られないので、大陸に渡り歩き回る仙達が見る風景を、ラワイリャンは覗き見ていた。
 今のラワイリャンは最初に会ったラワイリャンの姿をしている。美しい女性の姿だ。
 仙の目の前には湖が広がっていた。そこが浅いのか深いのかは分からないが、ザッと二十人程度の人影が水浴びをして遊んでいた。
 だが彼等は人ではない。
 濃淡の違いはあれど、金の髪に赤い瞳、白い鱗の肌に魚の鰭のような耳をしていた。
 足は水の中に入っているので、人間のような足なのか、それとも魚の尾をしているのか判断出来ない。

「あれが精霊魚?」

「そうだのぅ。」

 精霊魚の上に黒い影が近付いて来た。精霊魚達はキーキーと泣きながら慌てて水の中へ逃げている。

「なんか来た。」
 
「妖霊だの。」

 黒い影は真っ黒な羽を持つ人型だった。細長い棒に先の尖った刃をつけたもりを持っている。精霊魚に向けて投げられた銛は、一人の精霊魚に背後から刺さり、刺された精霊魚はバタバタと血を流し暴れていた。
 
「生々しいな。精霊魚って人?魚?」

「どちらでもあるの。知能は普通に人と同程度あるぞ?水の中でも長時間過ごすことは出来るが、陸の方を好む。陽の光が必要なのだろうな。足の先から頭のてっぺんまで、余す所なく材料に出来ることからあのように狩られてしまうのだよ。」

「材料?」

「うむ。神聖力が高く肉にしろ骨にしろ、髪の毛すら何かに使える。食用でも薬材でものぅ。万能薬の材料にもなっておろう?」

「うわぁ、それでああやって狩られてるわけ?妖霊以外にも?」

「なにしろ戦闘力がないのだ。戦えぬ。力なき人間にすら狩られるぞ?精霊魚は千里眼を持つと言われており、その力を使って逃げておる。だがああやって狩られてしまうのじゃ。」

 先程黒い翼の妖霊が捕まえた精霊魚は、血が流れぐったりとしたところを髪を掴まれぶら下げられて空の彼方に持ち去られてしまった。
 あ、足あるんだ、などと思ってしまう。
 この光景に弱肉強食という言葉が頭の中に浮かんでしまった。

「てか、あの色合いに既視感覚えるなぁ。」

「そりゃ、そーじゃろう。」

 ラワイリャンはボソリと同意したが、景色に目を奪われているツビィロランは次の観察物に目がいっていた。

「あ、また妖霊がいる。」
 
「阿呆。あれがシュネイシロではないか。」

 よく見ると黒髪と黒い羽から金の光が粉のように散っていた。
 何かを探しているのかキョロキョロとしている。
 草むらをかき分け湖を覗き込み、眉を垂らして必死だ。
 背は高くもないが小さくもない。顔立ちは意外と普通。
 というか………。

「ツビィロランに似てる!」

「そりゃーそうじゃ。スペリトトが作ったのだからの。」

 見た目も似せてたのか。
 肝心のスペリトトがいない。
 シュネイシロを観察し続けていると、シュネイシロがパッと顔を綻ばせた。

「スペリトトっ!こんな所にいたの?」

 探し物はスペリトトだったらしい。
 枝の上から細い手がニョキっと生えた。その手を羽を使って浮いたシュネイシロが手を伸ばして握りしめる。
 引っ張り出されたのはまだ子供のスペリトトだった。

「子供の頃のスペリトトだの。」

 真っ白の髪に赤い瞳の少年だった。痩せて肋が浮いた身体からは、以前ラワイリャンに見せてもらったスペリトトよりも貧弱だった。

「この時代の人間は力なき動物。そこらにいる鹿や狐と同じものだったのだよ。シュネイシロにとってスペリトトは最初愛玩動物でしかなかったのだ。」

 まさかのペット!

「え?番って…………。」

「成長すると妖霊達とさして変わらぬ姿になるからの。シュネイシロは動物の子供を拾って育てているうちに愛情が行きすぎてしもうたようだの。」

 お、おーーーー………。そうなんだ。

「ちょっとドキドキするのぅ。」

「それを下世話と言うんだよな。」

「うるさいのぅ。ともかく、この頃の人間は短命で子供を次々と生むことで生き抜く種族でしかなかったのだ。今でこそシュネイシロが己の命を使って神聖力を与え、天上人が生まれたが、昔はみなスペリトトのようにそこらの動物と変わらぬ存在だったのだよ。」

「同じ人間としてはショックだなぁ。」

 進化ってそんなもんかもしれないけど。人間はシュネイシロのおかげで進化したんだろう。

「二人の様子を追うか?」

 ラワイリャンに聞かれて俺は頷いた。
 ではもっと意識を同調させるかのぅ~というラワイリャンの言葉に、俺の意識はもっと深くへと入っていった。







 透金英の周りには草木は生えない。小さな動物も虫もいない。鳥は寄り付かずただ静かに一本の大木が有るばかりだ。
 ラワイリャンはツビィロランに乗っかるようにして寝てしまい、ツビィロランも横になって深く眠りについている。
 この聖王宮殿内で何かあるとも思えないが、アオガは日差しを遮るように静かに見守っていた。

 ザッザッという足音に顔を上げると、アオガの好きな人が近付いてきていた。

「入れてもらえて良かったです。」

「うん、ツビィロランが来るはずだからって言っといてくれたんだよ。」

 透金英の周りには誰も寄り付かないよう見張りの兵士が常駐している。許可なく近寄れるのは予言の神子と六主三護くらいになる。
 天空白露に飛び込むようにして帰って来たヤイネは、アオガに引っ張られてあれよあれよという間に部署替えを余儀なくされた。アオガはツビィロランに専属の従者をつけるべきだと進言したのだ。
 それまでは赤の他人に気を遣いながら仕事をするのが面倒で、そのくらいなら一人で護衛兼従者をやる方がマシだと思っていたのだが、ヤイネならば逆にいて欲しい。いや、是非従者になってもらいたい。
 ツビィロランは最初ヤイネにも都合があるのだからとアオガを諫めようとしたが、ヤイネは司地の仕事にこだわりがあるわけではないからと言って了承した為、じゃあ…といって専属従者になってもらった。
 ヤイネの次の司地が決まるまではそちらの仕事をやりつつ、徐々に従者の仕事を覚えることになった。
 今日は午前中司地の部署に顔を出して、午後からツビィロランにつくことになっており、ゴロゴロとお昼ご飯の乗ったワゴンを押して自分の主人のもとへやってきた。

「これはどういった状況でしょうか?」

「うーん、お昼寝?」

 お昼寝?とヤイネが首を傾げる。肩で切り揃えた髪がサラサラと頭の動きに合わせて揺れた。

「ごめんね。日陰作ってるからこっち座ってよ。」

 アオガはツビィロランとは反対側の椅子をポンポンと叩く。ヤイネは素直に言われるがまま隣に座った。
 アオガが目を細めて笑うので、ヤイネも合わせて自然と笑顔になる。
 ヤイネから見ればアオガは雲の上の存在だ。地味な自分にいつも合わせてくれる。天空白露内での勤務は実力者揃い。ヤイネのように天上人であっても地味な人間は、大陸の各地にある司地につくか、地守護の兵士になることが多い。それなのに予言の神子の専属従者だなんて、そうそうなれるものではない。精一杯頑張らねばと思っている。
 両親には断りもなく決めてしまったが、以前から天上人として出世して欲しいと願っていたので、地元の司地を辞めてしまっても文句は言わないだろう。一応手紙は出したが返事が返ってくるのはまだまだ先だろうと思っている。
 
「お昼までにはまだ時間もありますから、このまま寝かせていても大丈夫でしょうか?それともお部屋に……?」

 移動を…、と言おうとしたが、膝の上に置いたヤイネの手の上にアオガの手が乗せられ、驚いて止まってしまった。

「このままお喋りしてようよ。」

「…っ!は、はい、そうですね。」

 アオガの腰が近付くのでヤイネが少し離れようとすると、アオガに腰を抱かれて止められてしまう。
 こうやってすぐ隣に並ぶとアオガが意外と逞しいことが分かる。

「そんなに離れたら話しにくいし、そばにいてくれないと困るよ?ほら、日陰が作れないでしょ?」

「は……、そ、そうですね。」

 言われるがまま腰の移動を止めたが、こんなに密着する必要があるのだろうか?そう思いつつも、こうやって話すのはヤイネも嬉しい。

「えぇ~と、何を話しましょう?」

「ふふ、そうだねぇ~。」

 
 チュ…。


 ポカンとヤイネは呆けてしまった。

「え?」

「口は話すだけじゃないけどね?」

 すぐ近くにある綺麗な顔とキラキラ輝く赤い瞳に、ヤイネは暫く思考停止していた。










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