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全てを捧げる精霊魚

75 俺の名前は

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「どーいうことかの!?なんでわれの身体は小さいのだ!」

 五歳児程度の子供の声はうるさい。甲高く室内に響き、ツビィロラン達は耳を塞いだ。
 満月の夜、器から出て来たのは小さな女の子だった。見た目が五歳児程度のラワイリャンだ。
 
「ほら、クオラジュが言ってたじゃん。元になった仮死状態の身体がそのくらいだったからだって。」

 身体の組織となる魔狼やら妖霊やらの素材があればもっと大人の身体にすることが出来たらしいが、精霊魚の花肉が少しあった程度ではこれが限界だと言っていた。無ければ赤ちゃんだったらしい。
 理解はしてでも元のラワイリャンは大人の美しい姿だっただけに嫌なのだろう。

「この姿もあの男の企みに決まっておるのだ!」

 あの男とはクオラジュのことだ。どーもラワイリャンはクオラジュが嫌いなようだった。出てきてすぐ警戒してトステニロスにくっついていた。

「うーん、単に俺からラワイリャンを出したかっただけだろ?」

「お主は騙されておるぅ~!」

 ずっとこの調子だ。クオラジュに何かされると言い張る。

「考えすぎだろ?」

「あの男はそんな生優しいものではないのだぞ!?我は長く生ておるから知っておる!」

「コーリィンエはそんなこと言ってなかったぞ?」

 むしろ母を助けてくれて有難うと感謝していた。

「コーリィンエはまだ幼いから知らぬだけぞ!?」

 いや、三千歳って聞いたけど?
 騒ぐラワイリャンに困り果てていると、アオガがお菓子をラワイリャンに渡した。

「子供はこれ食べて静かにしなよ。隣は仕事してるんだからさ。」

 俺達は今、聖王陛下の執務室の隣室にいる。最近ここにいることが多いのも、聖王陛下の政務を手伝うクオラジュが直ぐ近くにいて欲しいと頼み込むからだ。
 アオガは俺の護衛なので一緒にいつもいる。そしてうるさいラワイリャンに辟易していた。

「我は子供ではなぁーーーい!」
 
 叫ぶラワイリャンに俺達は耳を塞いだ。






 昨夜の見事な満月から一転、今日の夜はシトシトと雨が降っていた。
 天空を浮遊している時は雲の中にいることが多く濃霧に包まれていたが、海の上ではそうでもない。この西の海は気候は温暖で晴れが多いのだという。だからか雨は久しぶりだった。
 農地に必要な水の確保をしなければならないと、クオラジュとイリダナルが話し合っていたのを思い出す。
 窓を開けるとヒヤッとした空気にブルリと身体が震えた。冬はそこまで寒くならないらしいが、朝晩はひんやりとする。

「身体が冷えてしまいますよ。」

 クオラジュの声が隣のベランダから聞こえた。

「あは、出てくると思ったんだよな。」

 おかしくなって笑ってしまう。クオラジュは時間がある夜は必ずといっていいほど会いにくるようになっていた。
 羽を出すことなくクオラジュは身軽にベランダを渡ってきた。

「夜の散歩に出ませんか?」

「雨降ってるぞ?」

 クオラジュは上を見た。俺もつられて見上げると、何故か雨粒が落ちてはツウーと放物線を描いて流れている。見えない球体が俺達の頭上にあるようだった。

「弾くので大丈夫です。」
 
「器用だな。」

 俺はクオラジュの手を取った。
 高い所は相変わらず苦手だが、クオラジュの飛行は最近慣れてきた。絶対にクオラジュは自分を落とさないのだと信頼出来るのが不思議だ。
 抱き上げられて身体が浮かぶ。
 ベランダから足が離れ、聖王宮殿の屋根を通り過ぎた。

「漸くラワイリャンを出せましたね。」

 クオラジュは機嫌良く俺を下腹部の上に乗せてクルクルと回った。

「うわっ、ちょっ…!慣れたけど、早く動くな!」

 笑うクオラジュに抱きつくと、両腕を回してギュと抱きしめられた。
 フワッと停止したので、俺はクオラジュの顔を見た。後頭部に手が回され、グッと力が入るのを感じた。氷銀色の瞳が細まり近付いてくる綺麗な顔に心拍数があがる。
 薄く開けられた唇が重ねられ、斜めに傾け舌が伸ばされ入ってきた。
 外が寒いからかやけにクオラジュの舌が熱く感じる。
 音もなく降る雨の中、クチュ…という音が頭の中に響いてきて、ん…、という鼻から出る甘い自分の声に、クオラジュの服をギュッと掴んだ。

「…………ん、…ん、………んむ。」

 だんだん深くなり舌が絡んでくる。気持ち良くて自分の舌を伸ばすと、ジュウ…と吸われてピリピリとした快感が走り抜けていく。
 ジュ…と音を立てて離れていくと、ハッと熱い息を吐いた。
 心臓がドクドクなっている。自分のだろうか、それともクオラジュのだろうか。誰かに聞かれるのではないかというくらい音が響き苦しい。

「んっ………!」

 クオラジュの長い指がお尻の割れ目に添えられ、スリッと擦ってきた。
 ツツツと割れ目のさらに奥に指が動き、睾丸の形をなぞるように刺激してくる。

「おま、お前、ラワイリャンがいなくなった途端……!」

「我慢していたのですよ。」

 スリスリ、スリスリと服の上から与えられる刺激に、ツビィロランはピクッと肩を揺らした。

「………あっ、ん………、はぁ、ぁ、おまえ、俺とそういうこと、したいの?」

 気持ちよくて声が甘くなってしまう。
 ツビィロランの潤んだ琥珀の瞳にうっとりしながら、クオラジュは当たり前だと頷いた。

「したいです。そして番いたい………。」

「つが、つがいたい………。そうか…。」

 ツビィロランは上げていた頭を下げてクオラジュの肩にポスンと乗っかる。
 はぁ、という溜息に、クオラジュは不安になりツビィロランの背中と頭に手を乗せた。自分達は良い関係になってきたと思ったていたのは思い違いだったのだろうかと心が騒めく。

「……………嫌ですか?」

 嫌と言われたらどうしようか。そう言われても、きっと自分はそれを無視するだろう。自分の性格は自分がよく知っている。

「嫌じゃないなぁ。」

 嫌じゃないと言いながら、その声は暗い。
 ツビィロランが顔を上げた。クオラジュの氷銀色の瞳を覗き込み小さく笑う。

「あは、そんな顔すんなよ。」

「…………どんな顔でしょうか。」

 ツビィロランは、ん~と考える仕草をする。

「友達に置いてかれた子供かな?」

 ツビィロランの言葉に、クオラジュは抱き締める腕に力を入れて、グルンと身体の位置を変えた。

「うわっっ!?」

 下に何もない状態になったツビィロランは、慌てて上になったクオラジュに抱きつく。

「友達?貴方と私は友達ですか?私のこの感情は友に対するものですか?」

 ツビィロランは見上げたクオラジュが怒っているのだと感じた。雨が落ちてくる中、爛々と輝く銀の瞳が、今日は見えない月のように暗闇に浮かんでいる。

「違うよ……。ごめん、例えだよ。」

 慰めの言葉は届かないようだ。

「私は貴方が欲しいっ!一緒に、これから先もいたい。番になって離れないようにしてしまいたい!貴方を抱きたい。一つになりたい。元の世界になんて行かせない!!」

「……………。」

 激しい言葉にツビィロランは押し黙った。

「貴方は名前を教えてくれない。きっと尋ねても濁してしまう。私は貴方といたいのに、…………貴方は違うのですか?」

 時折羽ばたいていた黎明色の羽は、力を無くしたようにシオシオと羽を落とす。それでも浮遊感はあるので、ゆっくりと落ちている状態だ。下は暗闇でどこに落ちているのか分からない。

「…………違わないよ。そうじゃないんだ……。」

 そうじゃないんだよ。

 ツビィロランは心の中でもそう繰り返す。
 名前を教えないのは、自分に対する縛りだ。月日が経てば経つほど、津々木学という人間はこの世界に染まっていく。知る人間が増えれば増えるほど、帰りづらくなっていく。
 とっくの昔にもう迷っている。
 この世界でもいいんじゃないかって。
 しかもクオラジュみたいに求められれば、その存在に依存してしまう。一緒にいて、ここで死ぬまでいたらいいじゃないかと思うようになる。
 だけど、そしたらもし、もしもだ。突然向こうに帰ってしまったら?ツビィロランがこっちに来て、俺は津々木学の身体に戻れば?
 もう10年交代していたのだ。
 職場は変わらずとも仕事内容は変わるし人間関係も変わる。実際道谷柊生と仲良くなっていた。
 こっちにいるって決めたのに、あっちに帰るってなったら?
 俺は今更向こうで生きていけるんだろうか。
 
 最近、そう不安になる。
 
 どっちつかずだ。
 自分の足場をどこに置けばいいのか分からなくなった。
 クオラジュに『津々木学』を教えれば、俺はここの住人になるという固定概念が生まれる。俺はこの世界の人間になったのだと認識する。
 そうなると、俺はもう向こうには帰りたくない。帰れと言われても行きたくない。
 そう、していいんだろうか。
 大丈夫だろうか。
 不安が押し寄せる。

「名前さ、お前に教えたら、もうここの人間になったんだって思っちゃいそうなんだ。そうしたらさ、もし、もしさ、向こうに帰っちゃった時、俺、この世界に戻りたいって、きっと思うんだ。俺………、そうなった時大丈夫なのかなって思っちゃうんだよ。悲しくなってしまいそうで……。」

 思いつくまま不安を言葉に乗せていく。
 
「教えて下さい。」

 クオラジュがギュッと強く抱き締めてくる。

「貴方が向こうに行かないようにしますから。もし行ったとしても私が必ず迎えに行きますから。だから、教えて下さい。」

 落ちていた羽がパサパサと羽ばたく。
 意外と羽って感情が出るんだなと、不思議とそんなことを思ってしまった。
 俺の答えに期待するかのように、何度も忙しなく羽ばたく様が、早く答えをくれと急かしているようだ。
 ラワイリャンは騙されていると言うけど、どうしてもそういう気になれない。
 俺に対してはクオラジュは素直なのだ。
 確かに時々言動がおかしいし、やる事も凶暴だけど。

「本当に迎えにきてくれる?」

「勿論です。」

 口を開き、また閉じて……、心を落ち着ける。
 まるで儀式のようだ。
 上になったクオラジュを見上げると、雨粒が俺達の上で細かく弾けて散っていく。黎明色の羽は透き通り雨に濡れることはないようだった。
 
「絶対だぞ?」

「絶対です。」

 羽がゆっくりと大きく羽ばたく。包み込むように膨らみバサリと大気を揺らす。
 氷銀色の瞳が奥の奥まで澄んで見開かれる。
 綺麗だ。
 シンとした暗闇に黎明色の羽が一枚二枚と剥がれて広がる。ハラハラと舞って炎を灯して広がっていく。

「ここに誓います。」

 クオラジュの神聖力が膨らみ、黎明色の羽が二人を包んだ。

「私の全てを懸けて。」

 低く澄んだ声が大気に震える。
 重力に従い落ちていた雨粒が、停止して、砕けた。
 キィィーーーーー………ンと何かが広がる。
 黎明色が燃えている。散って、ハラハラと炎は火の粉になって落ちていく。

「必ず、迎えに行きます。」
 
 だから教えて下さい。
 散ったように見えたクオラジュの羽は、淡く光りその背で羽ばたいていた。

 俺はその光景を綺麗だと思いながら見惚れていた。

 俺の身体をまた自分の腰に乗せて、クオラジュは軽くキスをしてきた。

「ね?」

 優しく言い聞かせてくる。
 火の粉が全て暗闇の中に散り、また静寂が俺達を包む。

 俺の名前は………。

「名前は…。」

「はい。」

 黎明色の羽がパサリと揺れて、暗闇を灯す。
 止まっていた雨が、またシトシトと空から落ち出した。




津々木つづきまなぶ。」








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