落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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女王が歌う神仙国

63 新しい女王コーリィンエ

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 ぱちっと目を開けると、目の前にクオラジュがいた。いたというかツビィロランを抱き締めていた。
 クオラジュの視線は左上を向いており、サラサラと長い黎明色の髪が舞って、俺の顔に当たっては離れてを繰り返していた。
 クオラジュは左手で剣を握り、大きな白い蕾の茎をスパンと切った所だった。右も左も使える両手利きとはと、変なところで感心してしまう。
 クオラジュと切られた蕾とうねる炎の波。大量の火の粉に辺り一面緋色に輝いていた。
 
「どゆこと?」

 思わず出た言葉に、クオラジュの意識がこちらに向いた。
 ニコリと何事もないように微笑み返される。

「申し訳ありません。貴方が納得するまで待つつもりでしたが、ここまでが限界でした。」

 限界?と、辺りを漸く見回して唖然とする。
 ラワイリャンが仙達の花が咲くと言っていた意味はこれだったのか。
 まず俺を抱き抱えていたクオラジュの周りは火の海だった。そして火力が弱まった部屋の隅には白い花のレテネルシーが無数に咲いていた。近くにあるまだ焼けてないレテネルシーは、熱で萎れて今にも倒れそうだ。
 レテネルシーは仙が再生する為になる花だよな?てことは一本一本が仙だったということか?俺の意識がなくなった後この部屋に来て、クオラジュにやられていったということだよな?
 どんだけいたんだよと引いてしまう。

「ああ、あまりにも数が多くて……。やはり炎が一番扱いやすくて手っ取り早いですね。」

 爽やかに言い切ってるが、ラワイリャンがクオラジュのことを恐ろしいと言った理由が少し分かる気がした。







 ツビィロランの意識がなくなった後、その身体は他の仙達のようにラワイリャンの支配下に入った。
 次々と襲ってくる仙達を切り伏せながら、ツビィロランの放つ神聖力の攻撃を無効化していく。
 決して反撃してツビィロランの細い身体を傷つけてはいけない為、全ての力を消していった。
 ラワイリャンは神聖力を持っているので、ツビィロランの神聖力を少し扱えるのか、ツビィロラン本人より攻撃が上手だった。
 
 風の刃が無数に襲いかかり、クオラジュの髪を一房切っていく。散った髪の先を数本受け止め、それに息を吹きかけた。
 ふぅー…、とクオラジュから力を授かった髪は、ウネウネとうねってツビィロランの足にまとわりつく。

「少々大人しくしていて下さいね。」

 クオラジュはまず大量にいる仙達を消しにかかった。
 ラワイリャンの最後の抵抗だろうと思うが、クオラジュは容赦なく切っていく。
 倒れた仙の身体はモロモロと崩れ、地面に土となって積もり直ぐに双葉の芽を出した。みるみる育ってレテネルシーの花を咲かせていく。
 本来なら再生をする為にもっと大きく育つのだろうが、その花は小さく大人の親指が一本入る程度の大きさしかない。もう限界なのだ。ラワイリャンも、ラワイリャンが生んだ仙達も。早く次の女王コーリィンエに引き継がないと、仙という種族は滅ぶだけだろう。
 それでも彼等を憐れみクオラジュが手加減する必要はない。
 仙の命はきっかり一千年なのだ。ここで死んでも、新たなる女王コーリィンエが仙を生むにしても、今いる仙達は一度滅ぶ。同じことだ。

 暫く襲いかかってくる仙達の相手をしていたが、クオラジュの拘束を解いたツビィロランがまた神聖力で攻撃し始めた。

 キリがない。

 クオラジュは冷静に見回し、黎明色の羽を広げた。羽を一度羽ばたかせて、周りを囲っていた仙達を飛び越えツビィロランのすぐ横に降り立つ。
 トンッと額に指をつけた。
 意識を覗いてまだツビィロランはラワイリャンと話しているのを確認する。
 このまま攻撃を躱し続けてもいいが、それはそれで面倒だし、いつツビィロランに誤って怪我をさせてしまうかわからない。
 ツビィロランの身体を抱き込んで拘束した。そして羽をパサリと一度大きく羽ばたかせる。
 ブワッと黎明色の羽が散った。
 散った羽は一枚一枚黎明色のグラデーションに変わり、橙色の部分から炎が上がった。炎となった羽はクオラジュ達を取り巻き近寄ってきた仙達を次々と焼いていった。レテネルシーとして花も残さない猛火に、次々と仙の数が減っていく。
 操られている仙達には恐怖がないのか、死ぬのも構わず炎の壁の中に突撃しては消えていった。

 剣を持っていた右腕でツビィロランを抱き締めていたので、左手に剣を持ち直す。
 クオラジュは両手利きだ。どちらでも不利にならないよう訓練をした。普段は右利きと思わせるよう右利きとして動いているが、本当はどちらも使える。
 左手に握られた剣は、流れるように女王の蕾に向かった。重く垂れ下がる大きな蕾を支えていた太い茎が、スパンと綺麗な切り口で割れる。

「どゆこと?」
 
 琥珀の瞳が見開かれてクオラジュが切った茎を見ていた。
 ラワイリャンの唱和の力を弱まらせる為に茎を切った。無事目を覚ましたらしい。
 炎に包まれた周囲を見回し、呆れたように口がポカンと開いていた。
 話の途中のようだったが、我慢できずに茎を切ったことを謝ると、何故か頭を抱えて唸り出した。

「俺の放火よりひでー……。」

「………………。」

 ここに入った時真っ黒になった室内と比べるとそう変わりはないように感じたが黙っておこうとクオラジュは思った。

「それより何故ラワイリャンの神聖力がツビィロランの中から感じるのですか?」

 先程まで白い大きな蕾の中にあった存在が、今はツビィロランに移動していた。蕾の中には女王の資格ともいうべき女王の種しか入っていない。
 ツビィロランを一旦離し、ドサリと落ちた蕾を持ち上げ、閉じた花弁をベリっとめくった。中には雌しべがあるべき場所に丸い大きな水晶玉が入っている。これが女王の種だろう。ツビィロランの身体を作る時に使った物よりもはるかに大きい。

「うん?うーんと…。」

 ツビィロランが眼を泳がせて言いにくそうに白状した。
 ラワイリャンに交渉して、向こうの世界にいる透金英の人生を見届ける為、ツビィロランの中に入っておけばどうかと提案したらしい。元々ツビィロランの魂の核はラワイリャンの女王の種を使用して作られているので、入れるのではと思ったとか…。
 そしてラワイリャンは無事に?入ってきたので良かった良かったと笑顔で言い切られた。

「それはいつまでですか?明日で終了になるのでしょうか?」

「へ?んなわけないじゃん。透金英が死ぬまでだから 五十…、んにゃ六十年か下手したら七十年………とか?」

 ツビィロランの話を聞くうちに思わず笑顔が深まってしまう。

「……割り切った性格をしているかと思いきや、どうしてそんなところでお節介になるのでしょう?」

 そっと頬を両手で挟み、彷徨う琥珀の瞳をこちらに向けさせる。

「…………ダメだったか…?」

 恐る恐るクオラジュの方を向く瞳が上目遣いに窺ってきて、ダメだと言えなくなってしまった。
 
「七十年も貴方は他人に自分の人生を筒抜けにするつもりなのですか?後でラワイリャンが仮に入れる器を探します。暫くはそのままでも結構ですが、ラワイリャンの魂は必ず移動させますからね?」
 
 ええ、必ず。
 
「お、おう。よろしくな?」

 思わず気迫が篭ってしまい、ツビィロランはオロオロと困った顔をしていた。





 女王の種を新しい女王コーリィンエに渡すべく、クオラジュとツビィロランはコーリィンエを探した。
 神殿ではイツズが薬液に浸って仮死状態になった芋虫を燻しているところだった。全く道具のない状態からよくそこまで作業を進められるなと感心してしまう。
 隣でサティーカジィが火の番をさせられていた。

「あ、ツビィ~!もう終わったの?」

「うん。コーリィンエ知らないか?」

「あれ?さっきまで一緒にしてたんだけど…。この臭い苦手だったかな?」

 ああ…、うん。臭いな?なんで薬作る時って臭いんだろうな。独特な生臭さと薬品の臭い。隣のサティーカジィが半死状態に見える。一言も喋らない。

 イツズには探してくると言って別れ、サティーカジィには頑張れ!と応援しといた。

「サティーカジィの愛情には痛み入ります。」

「そーだな。イツズはマイペースだからなぁ。」

 隣のクオラジュから貴方もですが?と言われたが気にしない。
 クオラジュにコーリィンエの居場所が分かるかと聞くと、頷いて神聖力のする方を指差した。俺は近くに誰かの神聖力が近付いたら分かるんだけど、クオラジュは相手の神聖力を遠くまで探ることが出来るらしい。羨ましいと言ったら、元々俺の魂には神聖力が全くないから、ツビィロランの身体にある神聖力を使いこなすことが出来ないのだろうと言われた。
 むしろ微細な調整は出来なくても、そこまで使いこなせるようになったのは努力した証拠だと褒めてくれた。

「え、そうか?結構頑張って使えるようになったんだ。」

 ちょっと照れて喜んでしまった。だって皆んなからは神聖力の無駄使いと言われてしまうからな。

「はい、身体から神聖力を引き出せるようになるのにも苦労したと思います。大変でしたね。」

 なんだかクオラジュ優しいなぁ。
 ふんふん、と鼻歌を歌いながらクオラジュが指差した方向に向かう。
 森の中の獣道の様な道をウネウネと歩き、出た場所は開けた崖の上だった。
 太陽を背に歩いてきた様で、薄紫色の空がどこまでも透明に広がっていた。

「ここは………。」

ーーーよく二人がいた場所だのぅ。ーーー

 ラワイリャンの声が頭の中に響いた。
 崖の上には平たい岩があり、そこに腰掛けていた白と黒の天上人を思いだす。

ーーーその頃は天上人というものは存在せず、世界に二人だけの羽を持つ人間だったのだよ。とても美しい番だったなぁ。ーーー

 しみじみとラワイリャンの声が響いてくる。
 そうか。天上人は天空白露が出来た後に発生した種族だったか。天空白露にある石碑にそう書かれていた気がする。

「ここが何か?」

 呟いた俺の言葉に、クオラジュが不思議そうに聞いてきたので、ここはラワイリャンの記憶の中で見た景色だと教えた。漆黒に光の粒を散らして輝くシュネイシロと、真っ白なスペリトトが寄り添いあう美しい記憶の風景だ。

 平たい岩の上にはコーリィンエが座っていた。
 近付いていくと、コーリィンエは俺を見て笑いかけてきた。

「そうかぁ。そういう手があったか。我もそうしてあげればよかったのだな。」

 コーリィンエも俺の中にラワイリャンがいるのに直ぐに気付いた。

「我々を巻き込まず先に処理して貰えると有り難かったのですがね。」

 クオラジュの声がトゲトゲしい。
 そう言いながらも持ってきた女王の種をコーリィンエに渡していた。
 コーリィンエは何も言わずに受け取り、大事に抱きしめる。

「これを渡せとは言えなんだ。我が受け継ぐ時は母の命が失われる時。そう思い込んでおったのよ。」

 コーリィンエの口が大きく開く。

「おお………!」

 思わず声が出てしまった。
 だって開きすぎじゃね?
 子供サイズのコーリィンエにしたら、女王の種は大きい。とても一口でいけるサイズではなかったのに、グニョンと広かった口にパクんと一飲みしてしまったのだ。
 ゴッくんと飲み込む時も喉がグニョンと広がり身体の中に吸収された様だ。
 
 コーリィンエは朗らかに笑った。
 
「さぁ、我が子たちをなそうか。」

 岩の上で両手を広げてそう宣言する。
 今日が一千年に一度の繁殖期。
 足りない神聖力を集めて回っていた仙達は、唱和の歌を歌う女王に神聖力を捧げる。
 
 土となり崩れても、新たな女王が新たに仙を生み神仙国は続いていく。

 コーリィンエは楽しげに歌を歌っていた。
 歌いながら崖の上から空に身を踊らせる。
 慌てて駆け寄り覗き込むと、目が眩む様な高さで本当に眩んでしまった。
 一緒についてきたクオラジュが抱き止めてくれて、崖の下に転落は免れる。

 コーリィンエの姿は見えなくなったが、歌はずっと続いていた。
 チラリと恐る恐る見た崖の下には森と点在する池や沼地らしきものが見えた。繋がる様に小川も流れ、鬱蒼とした森というより、水辺を彩る樹々が美しい風景のように見える。
 それも夜が訪れ、崖の影の中に消えていく。
 漆黒の闇の中、ポツンポツンと白い光が灯り出した。
 
ーーー美しい……。ーーー

 ラワイリャンが涙を流しているのが分かる。
 それはこれから生まれる仙達の花の蕾だった。
 レテネルシーのような小さな花ではなく、人が一人入れる大きな花の蕾が、あちこちある川辺に沿って生え出している。
 ブワッと暗闇に光る白の灯りは、どこまでも続いて広がっていった。

「これが仙の繁殖か……。」

「ええ、なかなか見れない光景でしょうね。」

 不思議な種族だなと思う。
 夜の闇の中、空には満天の星空と地上に浮かぶ白い花々の光は、どこまでも果てなく続いているようだった。
 生まれるのは明日の明け方になると言われて、じゃあ明日の朝にまた来ようということになった。

 そして明け方訪れた俺はあんまりだと悲しくなった。
 崖の上は怖いので、遠回りだが早起きして崖の下に直接向かったのだが、その光景は昨夜とは打って変わって現実的だった。
 仙は個人個人の好みで性別も年齢も好きな様にとれるらしい。だいたいは動きやすい若者だけど、年寄りから子供まで幅広くいた。
 仙の蕾から生まれた彼等は百合の花の様に開いた花の中から美しく出てきたわけではない。
 ちょっとネチャッとした感じでポトンと落ちてきた。そして皆んないやー生まれたわ~というまるで朝の起床の様に欠伸をしながら水辺に向かい、おもむろに身体を洗い始めた。

「………そっか、まずは綺麗に自分で洗うんだな……。」

「その様ですね。」

 だから水辺に生えるんだ………。そう納得した。





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