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女王が歌う神仙国
62 ツビィロランの提案
しおりを挟む人一人が入れそうな巨大な蕾は、ふっくらと縦長に膨れ、重たそうに首を下に垂らしていた。
俺はピーんときた。
「あの中から生まれてくるんだ!」
叫んだ俺に、クオラジュはキョトンとした。
「はい。仙が生まれる姿があれですね。」
なんと正解だった。
「は、花から生まれるの?」
そうですよとクオラジュは頷いている。仙が植物ってこういうこと?
ちょっと緑がかった肌色の肌だから植物なのではなく、植物から生まれていたのか…。未知だ。
「仙は身体に損傷が出来ると生まれ直しが出来るそうです。ああやって花をつけ蕾の中で再生し、花開く時に出てくるそうです。森の中にあるレテネルシーという花は、再生に失敗した元仙だそうです。」
「え?あれ元々仙だったのか?いっぱい咲いてるじゃん。」
「そうです。それだけラワイリャンの力も薄れているということです。再生出来ない仙が溢れ、新たに生む力も消え失せようとしているのです。だからコーリィンエが早くラワイリャンの女王の種を取り込む必要があるのにそうしようとしません。」
ツビィロランはふーんと言って少し考えた。
「俺さ、ラワイリャンと話してみたいんだけど。」
なにしろ俺は何も分からないので人から聞くしかない。
膨らんだ蕾に近寄り、手を伸ばすと冷たいのかと思った花弁はほんのり温かかった。
クオラジュはその様子を微笑みながら「いいですよ。」と了承した。
蕾の中からずっと歌が聞こえている。
滑らかに上がったり下がったりする歌詞のない音程。
蕾に触れたままツビィロランは目を瞑った。
暗くなった視界には歌だけが流れてくる。
ツビィロランの中にもラワイリャンの種がある。
きっと女王の種があるからこの歌が聞こえるのだろう。少し哀しくて、懐かしさを覚える歌。
古き女王ラワイリャンの歌だ。
その歌に耳を傾けた。
「いいですよ。」
クオラジュはツビィロランの願いに応えた。ツビィロランが何をしようとしているのかは理解していた。ラワイリャンの歌に耳を傾ければ、仙の種を身に宿すツビィロランも、他の仙と同じように唱和の術にかかると理解して了承したのだ。
閉じられた瞼がゆっくりと開く。
琥珀の瞳が薄暗い神殿の中に煌々と光を灯した。
クオラジュはゆっくりと微笑む。理解していた。ラワイリャンは邪魔者を排除しようとしている。今ツビィロランの身体はラワイリャンの掌中だ。
邪魔者はクオラジュだけ。
ツビィロランの身体から神聖力の嵐が巻き起こった。その細い手がゆっくりと振られると、ゴウッと竜巻がおき、クオラジュに襲いかかってきた。
それを後方にトントンッと下がって躱すと、部屋の出入り口からワラワラと追いついてきた仙達が入ってきた。
「さて………、ツビィロランが目覚めるまで持ち堪える必要がありますね。」
薄っすらと笑うクオラジュの表情には、先程までツビィロランに見せていた微笑みはない。
今のツビィロランの身体に、「彼」はいない。
だが身体に損傷をつけるわけにはいかない。「彼」が戻って来れなくなる。
シュィンと腰に下げた鞘から剣を抜く。
「さあ、どうぞ…。」
クオラジュはツビィロランの攻撃を躱しながら、襲いくる仙達を切り捨てていった。
目を開けると、自分は津々木学の姿になっていた。
景色は向こうの世界。
朝にコーリィンエの誘導で見た高校生達が沢山いた。教室の中に机が並び、同じ制服を着て授業を受けている。壁に掛かった丸い時計はもう直ぐ昼休みになる時間が近かった。
「…懐かし。」
あの時計もだが、教室という風景に酷く懐かしさを覚えた。
同じ服を着た生徒達を見下ろし、天空白露の信徒達が同じような神官服を着ているのを思い出し、どこにいっても人とは集団を好むのだなと漠然と思った。
神聖力があるかないかで世界の進み方も違うのだろうかと不思議になる。
「あ。」
どうやら自分の声は聞こえないし、姿も見えないようなので、津々木学は遠慮なく教室を歩き回る。
歩き回っていて今朝見た高校生を見つけた。
真面目そうなセンター分けの男子生徒だ。
朝は学の姿を見れたのに、今は見えないようだった。それに景色がユラユラと蜃気楼のように揺れている。
「そやつはシュネイシロだよ。」
女性の声が話しかけてきた。振り向くとラワイリャンの神殿で樹に生えていた女性だった。彼女が古き女王ラワイリャンなのだろう。
「あー、うん。朝にコーリィンエが見せてくれた時そう言ってた。朝は俺の姿が見えてたのに、何で今は見えないんだ?」
ラワイリャンは髪の長い美しい女性だ。細身ながら出るところは出ている妖艶な姿をしている。今は足もちゃんとありツビィロランの側に歩いて来た。
「コーリィンエはお前の魂を送ったのであろう。今見ている景色は我が見ている景色だからの。我の魂は神聖力が邪魔してこの世界に渡れぬ。仙の種の気配を辿って覗き見るので精一杯だからの。」
なるほど。神聖力のない津々木学だから行けるけど、神聖力のあるラワイリャンは行けない。そして今はラワイリャンが見ている景色を一緒に見ているわけか。
納得していると、ラワイリャンが一人の男子生徒のところへ近付いて行った。
朝の登校時風景で見た、シュネイシロと名乗る男子生徒の隣にいた茶髪にピアスの子だ。
「知り合い?」
ラワイリャンはその茶髪ピアスの男子生徒の隣に立ち、愛おしげに微笑んでいた。
「透金英じゃよ。」
え!?この子が透金英!?
驚いた。
コーリィンエから聞いた昔話のようなラワイリャンの話から、透金英はシュネイシロと同じ黒髪で、勝手なイメージ清楚系かと思っていたからだ。
「ようやく生まれたが、そこは見知らぬ世界じゃった。こうやって覗くことは出来たが、話すことも触ることもできんのだ。」
その言葉は悲しげだった。茶色の髪に触れようとして、指がスッと通り過ぎるのをまた哀しげに見ている。
「……俺の中にある種を取り戻せなければどうなるんだ?」
そうされては困るのだが、聞かないことには対応が出来ない。だから危険だが尋ねるしかない。
「我が枯れ、コーリィンエに女王の権限を譲り与えれば、我は消えてしまう。せめてこの透金英の命が尽きるまで見届けたいだけじゃ。」
つまり命が尽きようとしているから延命させたいということか。そこの茶髪ピアスが死ぬまでは。
「そっ……か………。でもさ、元はアンタのかもしれないけど、俺もとられちゃうわけにはいかないんだよなぁ。」
取られたらどーやら俺は魂が消滅しちゃうらしいし?
ラワイリャンはゆるゆると茶髪の頭を撫でていた。触れないのに、まるで慈しむように撫でる。
「……………そおじゃのぉ。」
まるで年老いた老婆のようにラワイリャンは腰を折り、茶髪ピアスの頭にキスを落とすのかと思ったが、その身体は掻き消えた。
周りの風景が渦を巻き流れていく。
強風に煽られ、腕を上げて目を庇いながら開く。こんな危険な状態で目を閉じるわけにはいかない。
目の前にあった教室も生徒達も消え失せ、ラワイリャンはいつの間にか隣に立っていた。
広がる風景は森の中。どこかの高台なのか、白と黒の二人組の向こう側は何もない夜空が広がっていた。
白髪に赤い目の長身の男の背には、真っ白な羽が大きく広がり、隣に立つ美麗な青年をその羽で覆っていた。包まれた青年は金にも銀にも見える光の粒がチラチラと散る漆黒の髪と、琥珀の瞳の中性的な男性だった。体格から男性とわかるのだが、着ている服は中途半端にはだけていて艶めかしい。
視線を合わせ微笑み合い何かを語り合っているようだが、少し離れて見ている自分達には聞こえない。
「あれは我が大好きな羽の番。透金英が愛した二人だよ。」
若い声なのにラワイリャンの発する言葉はどこか年寄りじみて重々しい。
「シュネイシロはその体質からあらゆる者に狙われておったが、万物全ての頂点にいたようなシュネイシロが選んだのは、神聖力も何もない白髪のスペリトトだった。」
これはラワイリャンの昔の記憶だった。ラワイリャンはいつもこうやって二人を眺める透金英の隣に立っていた。
本来なら何の力もないスペリトトだが、シュネイシロと愛し合い番になることで、シュネイシロと同じ大きな羽を手に入れた。
「髪の色変わってないな。」
白髪が番になると髪の色が相手の神聖力を貰い受けることによって変わるんじゃなかったのか?
「そうだの。スペリトトもまた逆の意味で希少な人間だったのだよ。アレはシュネイシロから神聖力を授かったが真っ白なままだった。」
俺が意味がわからず頭を捻っていると、ラワイリャンは手をヒラヒラと降った。
また景色が変わり、今度は天空白露が遠く見える場所に来ていた。
「これは透金英も、シュネイシロもスペリトトも、皆いなくなり空に浮かぶようになった天空白露だの。」
ラワイリャンの姿は大きな木の枝の上にあった。足が樹に埋もれたような姿で、腿の辺りから上が枝の上に立っている。
俺が最初にラワイリャンに呼ばれて来た時に見た大木の上に俺達はいた。
遠くには島の端っこが見え、港町があった。その先の海の向こうには大陸が霞んで見え、天空白露はその上を飛んでいた。
「透金英の身体はスペリトトに奪われた。透金英の魂は昇華され消えてしまい、スペリトトを包んだまま身体は死んで再生する為に花になろうとした。じゃが、我の半分。元は仙ではない身体では上手くいかず、あのような樹に変貌してしまった。それが今の透金英の親樹と言われるものよ。」
だから樹なのかと納得した。花になれず樹として成長したわけか。
「透金英の樹に取り込まれたスペリトトはシュネイシロが残した天空白露を大事に抱えた。透金英の身体を使って地面に根を這わせ、落ちないように崩れないように大事に守ったのが今の天空白露だのぉ。」
ラワイリャンは悲しそうだ。
ラワイリャンが愛した透金英はいない。いなくても元は透金英だったものを、ラワイリャンもまた大切に思っていたのだろう。
それでも魂はあそこにはいない。
しかも生まれ変わったのは俺がいた世界だ。
ラワイリャンは透金英が生まれ変わるのを待っていたのだろうか。神聖力とかいうのがある世界なのだから、生まれ変わりを信じていてもおかしくはない。
「スペリトトは番の魂を追ってシュネイシロを見つけた。お前も誰かと番えば良いではないか。我が女王の力を取り戻し、代わりの種を授けよう。その身体程の神聖力は無理じゃが、番と生きる分には申し分ないはず。どうかの?」
「………だからってフィーサーラはねぇだろ!?」
何でフィーサーラなんだ!
「クオラジュよりはマシだと思うがな?」
「はぁ!?」
いやいやいや、俺はフィーサーラに襲われたんだぞ!?助けてくれたのはクオラジュの方だ!
「……我はこれでも長生きよ。クオラジュは凡人にはちと重かろう。」
え?意味分かんないんだけど?
俺が凡人かと言われれば否定はしねーけど。
クオラジュが重いってのは体重じゃないだろうしなぁ。性格のことだよな?うーん。
ラワイリャンは可笑しそうに笑った。美しい顔が春の日差しのように柔らかくなる。
「気付いておるか?お前の意識がこちらにある間、身体を少し使わせてもらったが、やはりあの男は恐ろしいものよ…。」
俺の身体のこと?ツビィロランの?
「使うって何やってんだ?」
「戻ればわかる。もう我には手がない。我の子達は種を落とし次の生へと踏み出してしまった。レテネルシーの花が咲き乱れるのが先か、我の命が尽きるのが先か。どちらにせよ我は刈り取られ次の女王コーリィンエが仙を生むさ。」
花のような微笑みが諦めへと変わる。
え?現実世界では何かあってるのか?
「……なあ、じゃあさぁ。」
俺は提案した。だってなんか可哀想だ。俺の知らないところの話なら、へーと言って聞き流すけど、聞いてしまうと無視もできない。
イツズに知らん顔できないんだと言われてしまう所以だ。
せめて茶髪ピアスが死ぬまでだろう?
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