落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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女王が歌う神仙国

61 クオラジュのお願い

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 ラワイリャンの話を聞いたが、さてどーしたものかとツビィロランは頭を捻っていた。
 えーと、俺はスペリトトを探して元の世界に帰る方法を知ろうとしていたはずなのに…、と頭を抱える。

「どーしたらいいと思う?」

こういう時は頭のいい奴に考えてもらおう。ツビィロランの知識が少ないのも、頭の回転が悪いのもクオラジュの所為だ。きっとそうだ。
 なので隣を歩くクオラジュに問うた。
 クオラジュは静かに歩きながら前を見ていた。

「…………。」

「クオラジュ?」

 どうしたんだろうか。ずっと考え込んでいる。

「…………帰りたいのですか?」

 前にも聞かれたなぁこれ。
 俺が頷くとクオラジュは立ち止まった。俺も立ち止まってクオラジュを見あげる。隣に立つと身長差が激しい。俺の頭はクオラジュの肩あたりだ。
 サワサワと風が吹き、神殿の外にある森が揺らいでいた。人が入り込めなさそうなくらい茂り、白い花がところどころに見える。
 あれはいつかイツズとリョギエンが見ていた植物図鑑に載っていた花だ。
 レテネルシーだったかな?白百合みたいに花が首を垂れる様に咲かせる花だ。
 俺はレテネルシーの花を見ていたから、クオラジュが悲しそうにしたのを見逃していた。視線を戻した時にはいつもの無表情にほんの少し笑顔を張り付けた顔で、俺の方を見ていた。

 クオラジュは立ち止まった俺の前に回り込み、服が汚れるのも構わず膝を付いた。
 クオラジュの氷銀色の瞳がヒタリと俺を見据え、感情の見えない表情が神々しくうつる。
 中腰の姿勢になったので、長い神官服の裾が地面に放物線を描いて広がり、周りの緑と葉の間から零れ落ちる木漏れ日に、神聖な空気がまざり、まるで何かの儀式の様だ。

「私の質問に応えてくれますか?」

 俺は頷いた。冗談で誤魔化すことも、ふざけることもしてはいけないのだと、クオラジュが放つ雰囲気が言っている。
 俺の降ろされた両手を取り、対面している俺とクオラジュの間に持ってきた。クオラジュは大事そうに俺の両手をそっと掴んで語りかける。

「帰りたいのですか?」

「………そうだな。帰りたいと、ずっと思っていたよ。」

 真摯な問いかけだ。そして分かる。二人が言いたいことが同じなのだと理解できる。
 ああ、コイツもイツズと同じように残って欲しいと語りかけている。

「何か向こうに忘れられないものがあるのですか?好いた者がいるのですか?もしやつがいがいるのでしょうか?」

 真っ直ぐに見つめる瞳はどこまでも透明だった。
 吸い込まれそうになりながらも、視線を外せずに苦しくなる。クオラジュの静かな、とても静かな表情が全てを語って欲しいと訴えていた。

「いな、い。」

 それだけなんとか絞り出す。
 いなかった。家族も友達もいたけれど、大切だとは思うけど、じゃあ一生一緒にいて死ぬ時までいたいのかと聞かれると違うと答える。
 そこまでの重たい気持ちはない。
 ただ向こうの世界は誰もいなくても一人であっても平気だったのだ。程よい距離で家族がいて仲間がいて、その距離でも細い糸で繋がる関係に皆安堵していた。
 それで良かった世界だ。
 
「いなくても帰りたいと思えるほどに、素晴らしい世界ですか?」

 そう聞かれてしまうと素晴らしいとも言えずに口籠もる。
 なんと言えばいいんだろう?
 自分にとって楽だったとしか言いようがない。
 心が楽になる為に勉強した。身体も作って見た目を気にして、友達を作って家族と円満になるよう笑って。
 そうやって努力して津々木学という人間を作った。
 他人からうるさく言われないよう、印象をよく見せるように。
 勉強ができて運動もできて明るくて友達が多くて、大手の会社に就職して、そのくせ嫌味がなくて、よく人から凄いと言われてきた。人生勝ち組だと。
 その評価は俺の努力で勝ち取ったものだ。
 帰りたいと思ったよ?
 あの時に帰れるなら、帰りたかった。
 だって、この世界には何もない。無かった。イツズがいたけど、もうサティーカジィがいる。まだ番にはなってないけど時間の問題だろ?
 努力しようにも何を努力したらいいのかすら分からなかった。ひたすら生きていただけ。
 予言の神子とか言われても、そんな抽象的なものは向こうの世界には無かった。そんなこと言ってれば厨二病か怪しい宗教だ。
 例えあの死んで葬式をしている時間に戻れたとしても、それでも良かった。あの世界なら努力できる気がした。それくらい上手くいっていたと自負している。
 この世界とあの世界、どちらが生きやすいかと言われたら、向こうのほうが断然良かった。それくらいの魅力があると思っていた。
 だから………、ずっと帰りたいと……、思っていたよ。

 迷っているとクオラジュの握る手に少し力が入り、強く指先を握られた。あまりにも尊いものを触るように大事に握られて、俺は気恥ずかしくなって思わず引っ込めたくなったが、そんな風に触ってくれることが勿体無く感じて引っ込めるのを我慢した。

「もし………、貴方が帰れるとなった時、ほんの少しでも時間があれば………、一瞬でもいいから迷ってくれませんか?」

 氷銀色の瞳は綺麗に笑みを作り俺を見ていた。

「迷う?」

「はい、迷って下さい。私達が、私がこの世界にいるのだと、残して行けばもう会えなくなるのだと迷ってくれませんか?」

「……っ!」

 それは、その迷いは…………。
 本当にその時が来て、クオラジュやイツズの顔を思い浮かべた時、俺の足は止まるという予想しかできない。

 その約束は狡いじゃないか。

 俺はきっと苦々しい顔をしていたことだろう。
 クオラジュはそんな俺を見上げてクスリと笑った。

「必ずですよ?」

「…………お前、策士だな。」

 俺の悪態にクオラジュは笑い、両手で恭しく握っていた俺の両手の指に唇をつけた。
 その仕草があまりにも流れるように清廉としていて、俺は止める暇がなかった。見惚れてしまったのだ。
 跪いていたクオラジュは立ち上がり、俺の手を引いた。その顔はどこか嬉しげで、ほんの少し血色良く微笑んでいる。

 クオラジュは策士で腹黒で冷淡で、そのくせ真面目で全体的に見れば優しくもある。
 よく分からない奴だ。
 怪しいし、信用ならない気もするのに、その顔が木漏れ日の中で子供のように嬉しそうに笑顔だったものだから何も言えなくなった。

「お、お前……。」

 そんな笑顔も狡いじゃないか…。
 俺の顔は赤いと思う。顔が熱い。血が溜まってる。
 なんてことだろうか……、思わず可愛いと思ってしまった。
 え?可愛いのはどっちかというとツビィロランみたいに小さい奴じゃ?
 自分の思考に混乱して、うおぉぉと頭を抱えていると、クオラジュに普通に心配されてしまった。



 俺達は今、ラワイリャンの神殿に向かっていた。
 コーリィンエにすぐに行ける渦を出してとお願いしたら、ラワイリャンが拒否しているから近くに行けないと断られてしまった。
 なので俺とクオラジュは二人で道を歩いて移動している。
 クオラジュが羽を出して飛ぼうとしたので拒否した。すぐ近くだと教えられたのに態々怖い思いをして空から行く勇気はない。

 何故か抱っこして飛びたがるクオラジュをなんとか宥め、暫く歩くとラワイリャンの神殿に到着した。

「火をつけたというのは本当ですか?」

「うん、バッチリ。」

「放火がお好きなんですね。私も一瞬で終わらせるには一番得意な方法です。」

「俺は別に火をつけるのが好きなわけではない。」

 しみじみと言うクオラジュへ一応ツッこんでおく。俺は放火魔じゃない。
 入り口へ入る為の階段を上がっていくと、中から人影がゾロゾロと出てきた。

「え、フハ?」

 あれ?俺達を神仙国へ送る為に唱和しょうわを使って枯れたとか言ってなかったっけ?
 出てきた先頭にはフハにそっくりな男性が出てきた。

「違うようですよ。」

「何で分かんの?」

「飾りが一人一人違うのです。」

 よくよく見ると髪飾りが違う。男女や背の高さや体格の違いはあっても、仙達の容姿はとても似ている。よく似た別人。そして皆手には武器。

「え……俺戦えない。」

「…………殺して魂の核に使われている種を取る気でしょうね。」

 えーと、とりあえず逃げるか?
 数が多すぎる。神殿の中だけでなく、森からも出てくる仙達に勝てる気がしない。
 
 また歌が聞こえる。抑揚をつけて流れるように歌われる歌に歌詞があるようには聞こえない。

「唱和を使って仙達を操っているはずです。気をつけて下さい。」

「どーしよう?」

 俺が迷っているとクオラジュは俺を抱っこした。

「少し我慢して下さい。」

 俺足手纏いだし我慢するけど、お姫様抱っこなのは何故?
 クオラジュの背に黎明色の羽が広がり、神聖力の風が吹き出した。
 走ってきた仙の一人がナタを振り上げ襲いかかってきた。
 クオラジュは羽を一羽ひとはばたきすると、トンと軽く地を蹴った。振り下ろされたナタを足の腹でタンッと蹴って躱す。次に襲いかかってきたナイフを器用に足の爪先で手の指を狙って弾き飛ばすと、次の斧はグルっと回って持ち手ごと蹴って落とした。
 足のみを使った早技に俺は目を白黒させながら見ているしかない。
 次々に襲いかかってくる武器を足技のみで器用に捌いて、あっという間に神殿の入り口に入ってしまった。
 俺をお姫様抱っこしているとは思えない早さで走り抜けていく。
 奥へと進んでいくと、だんだん石の通路が黒く変色してきた。

「かなり焼いたようですね。」

 火を放ったのは昨夜だ。燃えるもののない石の建物だから既に消えているかと思っていたのだが、古き女王ラワイリャンは大木だったことを思い出す。

「焼け死んでないよな?」

 話を聞く前に死んでたらどうしようと心配になってきた。なんだか大物感があったから火をつけても大丈夫かなと思ったのだ。

「コーリィンエの話では死んでいないようです。」
 
 それを聞いてホッと安心する。
 最初に連れて来られた広い部屋に到着した。

「…………おお。」

 自分でやったことだが驚いた。
 広間の中は真っ黒焦げだった。そしてラワイリャンがいた位置には、白い大きな花の蕾が咲いていた。その姿は真っ黒な背景に白く輝いて、美しく首を垂れているように見えた。








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