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女王が歌う神仙国
60 見知らぬ高校生
しおりを挟むユラユラと陽炎のように景色が揺れている。
アスファルトの道。歩く人並。生暖かい匂いの風。
高校生が騒めきながら歩いて行く集団の中、俺は立っていた。
知らない制服ではあったけど、校門の学校名に見覚えがあった。
津々木学が通った高校ではなかったが、視野には入れていた高校だ。距離があったのでやめて違うところを受験しそっちに通った記憶がある。
見回せば辺りには高校生しかいない。
ということはラワイリャンの種を宿した人物は高校生?
どいつだろうと一人一人見てみるが、数が多いし何も感じなかった。
どうしようかと考える。
今コーリィンエの誘導によって魂だけこっちの世界にやって来た状態だ。ツビィロランの身体を長く放置出来ないので、数分程度しか行けないと言われている。この短い時間で何かしらの収穫が出るか分からないが、ラワイリャンの種を宿し神聖力のない俺しか渡れないと言うので一人でここにやってきた。
俺はラワイリャンの種と種の親和力を使ってこちらに来ている。だから種を宿した人間がここにいるはず。
誰だ?
久しぶりに見た女子高校生に、懐かしいなぁと顔がほわっとする。
こいつ?
ちょっと厳つい運動部らしき男子生徒。
この陰キャそうな奴とか?いかにも異世界大好きそうに見える。
ウンウン言いながら一人一人近付いては覗き込んでいると、フ……と視線を感じた。
俺はその視線の先を何気なく見る。
そしてハタと気付く。俺は魂だから見えないはずなのに?と。
「津々木さん……?」
そう呟いたのは真っ直ぐな黒髪をセンター分けした男子高校生だった。形の良い卵形の輪郭に綺麗めな眼差しでよく似合っている。
その黒目は確かに俺を見ていた。
知らない顔だ。
「………だれ?透金英?」
俺の問いに男子高校生はふるふると首を軽く振った。手が伸びて来て俺に触ろうとしてスカッと手が身体を通り過ぎてしまう。
「僕は…、」
シュネイシロ……。
そう聞こえたがぐいっと引っ張られた。時間切れだ。でも、シュネイシロ?
待って、もう少し話を!
そう叫んでも声は誰にも届かない。
ああ!
「まっーー………てぇ?」
目を開けると氷銀色の瞳が心配そうに見下ろしていた。
「ツビィロラン?」
不安そうだ。何でこんな顔をしてるんだ?
手を伸ばしてクオラジュの頬を触る。
「…………むちゃくちゃ重要人物にあって来た。」
「ほうほう、そうかの~。」
クオラジュの頭の上からコーリィンエが目を見開いて俺を見下ろしている。
俺はコーリィンエの誘導尋問のような誘い文句に釣られて、津々木学がいた世界に行って来た。魂だけなので向こうの存在には気付かれないだろうと言われていたのに、俺が見えた奴がいた。
「シュネイシロって名乗る奴がいた。」
クオラジュも目を見開く。そして思案気に口元に手をやって考えだした。
クオラジュはテーブルに突っ伏した俺を抱き上げて椅子に座っていたらしく、片手で軽々と俺を膝に乗せ横抱きしていた。
降りようとしたのに、なんと足が床につかない!しかも何でか腰をがっちり掴まれていた。
「透金英の方はどうでしたか?」
「ん~、それは分からん。見て分かるもんじゃなさそう。」
「惜しいのぅ。我が行ければ親和力でわかるのだが。ツビィロランの種は発芽せず使われておるから無理だの。しかしシュネイシロに会えるとはこれは大収穫だの。」
そーなのか。発芽されても困るけどな。胸から芽が出て来たらホラーじゃん。
「コーリィンエはシュネイシロが向こうにいるの知ってたのか?見れはするんだろう?」
「見れるが本当に見ておるだけ。水面に映る影を見ているようなもので、何も分からんのじゃよ。それこそ死んで魂が浄化されれば行けるかもしれんが、その時は記憶も何もかもが洗われた後で何の意味もない。」
それって転生ってこと?でもシュネイシロって名乗るあの男子高校生はどーいうことなんだ?
透金英を探しに行ったら更に謎が深まってしまった。
「ではコーリィンエがいう別の考えとは、向こうにいるシュネイシロをスペリトトが呼び戻そうとしていると言うことですか?」
クオラジュはコーリィンエに尋ねた。
コーリィンエはにぱっと笑った。
「そーだの。我はツビィロランが死ぬ時、スペリトトが呼ぼうとしたのはシュネイシロの魂だと思っておるよ。そしてそれに失敗し、代わりに神聖力のないこの者が引っ張られて来たのだと思うておる。ま、神聖力がないおかげでツビィロランの身体に入れたのは運が良いのか悪いのか。」
えぇーーーーー……。俺って身体は事故るし、魂まで巻き込まれ事故だったんだぁ。
ちょっと、いやかなりヘコむ。
「どったん?」
ヒョコッと人の顔の前に現れたのは同級生の天城玖恭だ。薄い茶髪に両耳ピアスをつけて、いかにもチャラい。
「いや………。」
玖恭の友人の中では僕は異色だ。全く染めていない黒髪を普通にセンター分けしただけの髪型。背の高い玖恭に対してごく普通の身長に体重。鍛えていないのでちょっとヒョロっとしている。
玖恭は人目を引く容姿をしていて派手な印象なのに対して、地味な僕にはこれといって特徴はない。
あるとすれば前世の記憶があるくらい。
今から十年前に交通事故にあった時、頭を打って思い出した。
「ともくーん。石森采茂くぅーん。お願い!無視しないで宿題写させて!」
見た目に反して頭が悪いわけでもないくせに、こうやって玖恭は自分を頼ってくる。
わかった、わかったと返事しながらも、先ほど見た人を思い出した。あの姿は確かに采茂が知る津々木学の姿だった。だが若い。今の津々木は三十四歳でもう少し老けているのに、今見た津々木学は若かった。
もう一度来るかもしれない。
それから津々木さんに連絡をしないと……。背負ったリュックの横ポケットからスマホを取り出し、パッと画面を点ける。
あと少しで校門という所で立ち止まった二人に邪魔だと顔を顰めながら、数人が避けて通り過ぎて行ったが、それどころではない。
「んあ?珍し~、采茂が歩きスマホ。」
横で騒ぐ玖恭は無視して、トトトと文章を打った。
『津々木学が現れましたよ。』
送り先は勿論津々木学さんだ。三十四歳、会社員の津々木学へ連絡する。
中身がツビィロランのあの人へ。
テーブルは痛いだろうからと抱き込んで膝に乗せると、温もりを感じる身体に安心する。だがこのまま意識が戻らなければ魂不在のこの身体は死んでいく。
「心配か?」
ジッとツビィロランの顔をのぞいているクオラジュへ、コーリィンエが尋ねてきた。
それに応えを返さずただひたすらに見続けた。
「彼」がそのまま向こうに居続け、帰ってこないと言うのならクオラジュに止める権利はない。向こうに行った「彼」の魂は満月の夜、命の炎を燃やしながら昇華されていくことだろう。
そうして次の生をうける。
この身体は作り物の身体だ。本来の「彼」のものではない。
スペリトトがシュネイシロを呼び戻したくて作った身体。
あのまま身体を完成させていれば、シュネイシロが戻ってきたかどうかは分からない。
クオラジュが作ったからこの身体がある。
クオラジュが邪魔したからシュネイシロは宿らなかった。
クオラジュがツビィロランを殺したから「彼」がいる。
どれ一つが欠けても「彼」はここにいない。
だから後悔はない。
どれをとっても「彼」がここに来る為に必要なことだったのだとしたら、クオラジュの過去すら許容できる。
「………母もそのような顔をしておったのぅ。」
ポツリと呟くコーリィンエの声は、思考に耽るクオラジュに届かない。
目が覚めたツビィロランに、ホッと安堵の息が漏れた。
もし戻ってこなかったらという不安が解消されても、降りようとするツビィロランの身体を降ろしてあげる気になれなかった。
その昔、シュネイシロが生きていた頃の大陸は、もっと様々な種族が混在していた。今は人と人から進化する天上人、山に住む竜と、神仙国の島に住む仙だけだが、その時は魔狼に妖霊、精霊魚、巨大な亀の陸地に巨人族、それから力なき人族。
母が見せる記憶という名の夢は、コーリィンエを御伽の世界へと誘うようだった。
ずっと見ていたいからずっと生きていて。
そう母に強請るくらいに、そこは不思議に包まれている。
中でも美しい金の光を散らすシュネイシロは、コーリィンエの一番のお気に入りだった。
シュネイシロの側にはスペリトトという番がいつも寄り添い、真っ白な羽と漆黒の羽が合わさり溶け合い笑い合う姿が何よりも好きだった。
そんな二人を透金英は見守り、そんな透金英に母はいつも話し掛けていた。
透金英はシュネイシロが作った人形ではあったけど、魂が存在し確かに生きていた。
「いつか共にこの地で暮らしたい。」
その母の願いに、透金英はいつか必ずと応えていた。
シュネイシロはとても特殊な存在で、大陸中から狙われる存在だった。
無尽蔵に生み出される神聖力。力の源。命の根源。それを無限に与えることが出来る存在がシュネイシロだった。
番のスペリトトはいつも誰かと戦い、そんなスペリトトの為に透金英は作られたので、透金英は常にスペリトトと共にシュネイシロを守っていた。
いつかシュネイシロに平和が訪れたら、その時は。
そう約束していたが、それは叶わなかった。
あっけなくスペリトトが敵に殺された時、シュネイシロは涙を流して天空白露を作った。
もうシュネイシロを求めて争いが起こらないようにと。
力なき人族と、無害な動物達を乗せて、大地が空に浮かぶ。誰も入り込めない楽園を作る為に。
涙を流してシュネイシロはスペリトトの後を追う様に命を大地に流していく。
何百年、何千年、この大地が空を飛び続けれるか分からないけども、その時まで私の愛しい子たちに安息の地が与えられます様に。
そう願ってシュネイシロは死んでいった。
「間違ったかもしれない…。」
死んだシュネイシロの前で、透金英はそう言った。
透金英の魂の核にはラワイリャンの仙の種が半分入っている。いや、入っていた。
「ごめんね、ラーヤ。約束は果たせそうにないよ。ごめんね………。君が番の証にとくれた命の半分を、僕はスペリトトにあげることにした。」
実際は死のうとしていたスペリトトが、シュネイシロを守る為に透金英の胸から奪った。防ごうと思えば防げたが、透金英はそうしなかった。いや、寧ろそうさせた。
シュネイシロを守るのはスペリトトが相応しい。
透金英が生き残るより、スペリトトが生き残った方がいい。
だけど悲しみに暮れたシュネイシロは、命を使い果たして天空白露を作った。
透金英の魂の核を奪ったスペリトトは、ダメージが大きすぎて未だ眠ったまま。
シュネイシロとスペリトトはすれ違ってしまった。
透金英の魂の核をスペリトトにあげずに、そのまま二人を死なせた方が良かったかもしれないと思うが、それは後だから言えること。
「ラーヤ………。君の残りの人生が、幸せであります様に……。」
透金英の身体は崩れていった。ほんの少し残ったラワイリャンの種も力尽きる。
ラワイリャンは透金英に死んでほしくなくて、透金英の中にある自分の種を発芽させた。
それは歪な仙の子供。
人の形すら取れない神聖力を吸う木へと変化した。
だがその中にはもう透金英はいない。
いなくなってしまった。
透金英の木は、スペリトトが宿ったラワイリャンの種を、大事に大事に包み込んでしまった。
ラワイリャンはそんな透金英の樹を大事に育ててきた。
身体は神仙国と天空白露と遠く離れていても、仙の種を通じて寄り添い続けた。
それももう終わりが近い。
ラワイリャンにも寿命がくる。
身体が死ねば魂は満月の夜に月冥魂の炎となって燃えて消える。
そうなればラワイリャンは透金英のことを忘れてしまうだろう。
それを思うとコーリィンエは母に死ねとは言えなかった。
次の女王として誕生はしたが、未だその力はラワイリャンから譲り受けていない。
だからコーリィンエは子供の姿をした半人前なのだ。
だけどもう時間切れだ。
せめて最後は何か手向けの幸せを。
透金英が願った様に、幸せをあげたかった。
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