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女王が歌う神仙国
59 ラワイリャンと透金英
しおりを挟むこれは遥か昔々。
まだまだラワイリャンが女王として全盛期を迎えていた頃。
島の中は仙の楽園だった。
仙の子供たちが走り回り、漁をし、草木を育てて実を生らす。人のように生きながら、植物のように生きていく。
それが仙だった。
たった一人の女王は命を絶やさないよう種を生み、子を成し育て、また次の繁殖期を待つ。
その間の期間は使い果たした神聖力を蓄える期間。
島の外には大きな陸地が見えていたが、女王は島に根付き動くことはない。
それが当たり前だった。
彼等がくるまで、それが常識であり、決して違えることのない思考だったのに……。
今でもはっきりと思い出せる。
幾千年経とうとも、彼等の美しさを忘れることはない。
連れて行って欲しい。そう願い、自分で諦めた。
ラワイリャンの足は動くことはない。
自分は植物だ。足など前女王から受け継いだ時に失くなってしまった。
「透金英が羨ましい。」
そう言うと、彼は決まって困った顔で笑った。
主人とよく似た少年。静かで優しくラワイリャンの一番の友人。
いつか、透金英の主人に平穏が訪れたら、ラワイリャンの側で暮らしてとお願いすると、透金英は静かに笑って頷いた。
必ず。
必ず、約束……。
植物は泣かない。
人のような姿をしていても、人とは異なる心を持つから。
なら、この雫はなんなのだ。
失われた半身の、最後の温もりがなくなった時、ラワイリャンは確かに雫を流した。
シトシトと雨が降り、空は灰色の雲が広がっている。多くの仙達は葉っぱの傘を差し、空を眺めて女王が泣いているのだと嘆いた。
なんと悲しい…………。
溜まった雫の重みに耐えられず、茎がしなり葉が首を落とした。
ーーーー…………ッチャン………。
鈴鳴りのような水音にハッと目が覚めた。それは唐突な幻覚。白昼夢。
「…………あ?」
目の前には変わらずコーリィンエが座っていた。
緑がかった肌色の頬に頬杖をついて、笑ってツビィロランを見ている。
小さな皿に赤い香辛料色の食べ物を乗せて、串で刺しながら食べていた。その串の先をツビィロランに向けてピタリと止める。
「どうじゃ?ラワイリャンの夢は。」
「ラワイリャン……古き女王の、夢?」
そう……。と頷きながら、皿の中身に串を刺し口に運ぶ。
先程見た中に透金英と呼ばれる少年がいた。
透金英は天空白露に生えている樹だ。偶然同じ名前ということがあるだろうか。
「母は夢を見る。そしてその夢は我ら仙にも流れてくる。ツビィロランよ、お前も仙の種を核として生まれた存在。同じ夢を見、同じ哀愁を感じてみるといい。」
確かに夢の中は悲しみで溢れていた。
だが内容が全く分からない。
何のことだか分からず困っていると、後ろから抱きしめられた。暖かく大きな存在に驚いて振り返り仰ぎ見る。
「ツビィロランを巻き込まないようにと言ったはずですよ。」
クオラジュがツビィロランを背後から抱き込むようにしてコーリィンエを冷たく見据えていた。
「過保護だのぉ。」
コーリィンエは見た目は子供なのに、その容姿にそぐわない老齢さを見せながら手をヒラヒラと振った。
「しかしの?お前の言い分も理解はできるが、我にも母を思う気持ちがあるのだ。母を悲しみから救って差し上げたいと思うのは悪いことか?」
焦茶の丸い目がクオラジュの鋭い視線に対抗している。
クオラジュは溜息を吐いて俺の隣の席へ座った。
「ではツビィロランに何をさせたいのですか?」
コーリィンエは「さあ?」と肩をすくめた。
「あのー、俺は古い方の女王から命狙われてんのに、その女王の為になんかやんなきゃなわけ?」
俺はこの世界でどこまで苦労すればいいんだと頭を抱えた。
「無視すれば良いのです。ラワイリャンは直枯れてしまうでしょうから。」
いや、えー?
俺は意味がわからず二人に説明を求めた。
「つまり、遥か昔ラワイリャンはシュネイシロとスペリトトに会っている。」
コーリィンエが頷いた。
「そして透金英というのはシュネイシロ神が作った人間だった。ラワイリャンは仲のいい友人に自分の核を半分渡したと。」
半分渡した理由はシュネイシロとスペリトトのように精神を繋げた番になりたくて、ラワイリャンは透金英に自分の核ともいうべき種を半分渡して精神で繋がっておきたかったと。
「今でも母は透金英を待っておる。」
「確認しましたが、透金英の親樹の中には魂なんて存在していませんでしたよ。スペリトトも、それから透金英も。」
クオラジュは天空白露に戻ったついでに透金英の親樹を確認していた。イリダナルと戦っていたけど、本来はコーリィンエの話から透金英の樹の中に魂が残っているのかを見に行ったらしい。
「残念だの。」
あまり残念そうでもなくコーリィンエはそう言った。だけどそれは想定内だと言う。
「我ら仙は個々別人格、別の魂を持ちながら、仙の種で繋がっておる。女王が見るものを我らも垣間見る時がある。時々こことは異なる世界などをなぁ。」
俺はガタンと立ち上がった。ひっくり返りそうになった椅子をクオラジュがすかさずキャッチしている。
「異なる世界!?」
もしかして!と思い叫んだ。
「神聖力のない世界だの。」
「その世界に行くことは出来るのか!?」
コーリィンエは首を振った。
「無理だのぉ。母も何度も行こうとしたが己の神聖力が邪魔して行けんのだ。」
「でも俺は来た。」
おそらくスペリトトに呼ばれて来たんだ。
「確かではありませんが貴方には神聖力がなかったから来ることが出来たのではないでしょうか。」
クオラジュも一緒に説明してくれた。
神聖力があると向こうとこちらを行き来できないが、向こうの人間の魂には神聖力がない。ないから弾かれることなくすんなりとこの世界に渡り、ツビィロランの中に入った。
ツビィロランは作り物の身体なので、スペリトトの誘導で入ったのではと言われた。
「でも俺がツビィロランの中に入った時はツビィロラン死んでなかったぞ?」
なんで生きている身体に入ったのかと疑問になる。
「死にそうだったから一時しのぎで無理矢理入れたのではと思いますが、何故向こうの世界から貴方を呼んだのかは分かりません。兎も角そうやって貴方は呼ばれてやって来ましたが、その後スペリトトは一度ツビィロランの魂を見失ったのではないかと思います。」
「あぁ、うーん?じゃあなんでわざわざスペリトトは俺がいた世界の人間の魂をツビィロランの中に入れたんだ?」
「神聖力がないからだの。」
コーリィンエは何を言ってるんだとばかりに呆れた顔で言い切ったが、何のことだかさっぱり分からない。
ムウっと顔を顰めた俺の背中をクオラジュがトントンと慰めるように撫で、分かりやすく説明してくれた。
身体と魂にはそれぞれ神聖力が宿っている。どちらも日々使用した分の神聖力を休息と共に回復するわけだが、身体と魂には神聖力を貯めこむ容量がある。その容量は身体と魂それぞれ同量であるのが好ましい。
ツビィロランの身体はスペリトトが大量の神聖力と大量の竜の魂を使って作り上げた一級品。大陸どこを探してもこれ程の身体は見つからないというくらいのものなのだが、この身体と同等の魂はそうそう見つからない。かろうじてツビィロランの魂が宿っていたが、あの時点で代わりになる魂が大陸にいなかったのだろうと教えてくれた。
いなかったから、逆に全く神聖力のない魂を呼んだ。それがたまたま俺だったと?
ある程度神聖力のある魂では、膨大な神聖力を持つツビィロランの身体には拒否反応で入れないらしい。
「え?えーーー?何で俺ぇ?そもそもさぁ、ツビィロランはシュネイシロ神の魂じゃないのか?」
「おそらく違います。私が身体を作る時中断し邪魔したので、私はその身体は崩れると思っていました。しかし終わってみればその身体の中にはツビィロランの魂が宿っていた。それこそ奇跡的な巡り合わせとしか言いようがありません。」
じゃあ、たまたま身体に宿ったツビィロランの魂を失うわけにはいかなくて、死ぬ前に俺を入れた。そして生き返らせるつもりだったのに、俺は入ったままだったし、元のツビィロランの魂は俺の世界に行ったきりになってしまった。んで、スペリトトは探している。
「まぁ、何となくわかった。じゃあさ、スペリトトは向こうの世界に行くことができるのかな?」
「そこで我等仙の種よ。」
あ、そこで仙の種が繋がってくるの?
「ラワイリャンの種が今貴方が宿るツビィロランの身体の中と、ラワイリャン自身と向こうの何かに繋がっているのではと思っています。そしてスペリトトも種の一部を所持し、ツビィロランの魂を探していると考えています。」
仙の種同士通信みたいにつながってるってことか。
「あれ?ツビィロランの魂は神聖力なかったのか?行けたってことだろ?」
「一度貴方の夢に入り込んだ時見た感じでは、極々少量といった感じでしょうか。貴方も神聖力がありませんし、神聖力が多い者ほど向こうには行き難いのでしょうね。」
ん、ん~~~~。
「えーと、じゃあさ、向こうの世界の何かって何?種が向こうの世界にあるんだろう?」
コーリィンエがニマーと笑った。
ずっと串で赤い何かを食べている。見た目はキムチ?でも魚の身っぽいのも混ざっている。
ぽりぽりと美味しそうに食べているが、見た目赤いし辛そう。
「そう、あるようなのだ。その種は人に宿り、時折母にその景色を覗かせる。そして我等もその景色を共有しておる。」
見てみたくはないか?
コーリィンエは悪巧みを唆すように俺を誘惑する。
「見てみたい!」
俺は速攻で返事をした。
見るだけでもいい。可能性があるなら進んでみたい。
「よいだろう。」
コーリィンエは頷いた。
向こうの世界を見れる。前は俺の身体に入ったツビィロランを見てショックを受けだが、今は情報が欲しい。
「その種が宿った人ってのは俺の身体に関係してるのか?」
コーリィンエは串を咥えてふぅむと考える。
「我もたまにのぞいていたくらいだからのぅ。その者をのぞけば時折いた様な気もするが、関係性は分からぬ。それに……、まぁ、一度見て見るがいいのだ。我にもハッキリと分からぬゆえクオラジュに伝えておらぬからな。お主なら魂ごといけるはずだから、もっとハッキリと見てこれるであろ。先程クオラジュの考えではスペリトトはツビィロランの魂を戻したいということであったが、我は違うことを考えておる。」
コーリィンエはまだクオラジュに教えていないことがあるらしい。不確かな情報は確かに言いにくいもんな。
「そうなのか?とりあえず見れるなら見てみたい。よろしく頼むよ。」
「よいぞー。」
俺は話が進み出した高揚感で気付けなかったが、隣でクオラジュが少し悲しそうな顔をしていたのに気付いたのは対面していたコーリィンエだけだった。
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