落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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女王が歌う神仙国

53 仙達の歌

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 空が夕焼け色に染まる頃、ツビィロランの部屋に訪問者が現れた。扉を叩く音に、俺とイツズのお喋りは止まる。
 返事をしない俺に、イツズは不思議そうに首を傾げたが、俺に合わせて黙っていた。ここで勝手に動かないのがイツズだ。

「少しお話をいいでしょうか?」

 声から訪問者はフィーサーラだと知る。
 俺が返事をしなかった理由は、扉の外には護衛が立っているはずだからだ。誰か来た場合、それが誰であろうと護衛を通してしか受け答えをしないことにしていた。
 フィーサーラは護衛を無視して扉を叩いて声を掛けている。その違和感に疑問を抱いた。
 もう一度扉が叩かれ、俺はイツズの手を取って窓側に寄った。
 あまりベランダには出たくないが、背に腹はかえられない。ゆっくりと窓の鍵を開け外に出る。
 昼間とは違い少し涼しくなった外は、空と同じように夕陽の色に染まっていた。
 鍵がかけられているはずの扉がゆっくりと開かれる。
 予想通りフィーサーラが立っていたが、いるはずの護衛の姿がなかった。
 ツビィロランにつけられている護衛は、竜の住まう山に行った時同様、天上人で熟練者がつけられている。神聖軍主アゼディムが配置したので間違いない人選のはずだが、年若いとはいえ赤の翼主となったフィーサーラの相手にはならなかったのかもしれない。

「…………何故ベランダに?」

 フィーサーラはニッコリと笑って室内に入って来た。

「俺、許可してないけど?」

 ツビィロランは用心深くフィーサーラから視線を外さずにベランダの手摺りに凭れ掛かる。
 室内の場合、護衛は扉の外と窓の外にも待機している。ツビィロランはベランダに出てすぐに、階下にいる護衛へ目配せをしていた。
 
「ツビィ……。」

 無言でイツズと繋いだ手をギュッと握りしめる。
 フィーサーラの様子がおかしいと感じるのだが、何がどうおかしいのか分からない。いつもの通り笑顔でいるのに禍々しく感じるとでも言えばいいのか。
 部屋を通り過ぎ、フィーサーラは窓まで近付いて来た。
 何も言わないフィーサーラは、やはりどこかおかしい。
 フィーサーラの身体が一歩ベランダに出ようとした時、羽音と共に人影が現れた。鞘ごと腰から剣を抜き、フィーサーラと俺との間に立ち塞がったのは、階下で見張りをしていた護衛の一人だった。もう一人が俺とイツズを守るように側につく。

「赤の翼主様、何用でしょうか。」

 俺の目配せに飛んできた護衛達が、フィーサーラの行く手を阻んだ。俺は緊張していた身体から少し力を抜く。

「申し訳ありませんが、神子に用があります。」

 淡々と笑顔でそう告げるフィーサーラは、右手を上げて手のひらを上に向けた。

「ツビィロラン様っ!」

 俺とイツズの側に立つ護衛が、俺達を庇うように抱え込んだ。
 フィーサーラと対峙していた護衛の方は、ベランダの外へと吹き飛ばされる。
 俺達を抱えていた護衛は、俺とイツズを抱えてベランダの手摺りを越えた。背に羽を広げて階下へと身を踊らせる。
 ひぃっ…………!
 内心悲鳴を上げつつも、守られている立場では文句も言えない。思わず目を瞑ってしまった。

「くぅっーーー…!?」

 俺達を抱えて飛んだ護衛は、追いかけて来たフィーサーラの剣によって弾き飛ばされた。赤の翼主に対して剣を抜くことが出来なかった二人は、受け身をとったが、庭に植えられていた木に強打してしまった。
 
「ツビィ!!」

 慌てて護衛からフィーサーラの方へ視線を移すと、フィーサーラの手が俺に伸ばされているところだった。
 それをイツズが阻もうとフィーサーラの腕に抱きつく。

「ばっーーー!イツズは逃げろっ!」

 慌てて止めようとしたが、フィーサーラの剣がイツズに向けられた。
 どんなに神聖力が多くても、咄嗟に使えなければ意味がない。ツビィロランは目を見開き、フィーサーラの剣が振り下ろされる瞬間に、身体中の血の気が引いた。

「イツズっ!」

 ツビィロランの必死の叫びに応えるように、イツズの周りに水の壁が出来た。
 薄い壁に見えるが、下から上に水が流れているのか、水圧でフィーサーラの剣が上へ弾き飛ばされる。
 水壁を出したのはサティーカジィだった。
 金の羽がフワリと広がり、イツズの身体を抱え込む。

「フィーサーラ!どういうことですか!?」

 夕方になり、イツズを迎えにサティーカジィが来たのだと察した。イツズが切られなかったことに安堵する。
 フィーサーラは現れたサティーカジィに対して驚いた様子もなく、弾き飛ばされはしても握り込んで離さなかった剣を、今度はサティーカジィに向けて構えた。
 真っ直ぐに構えられた剣は、神聖軍が構える剣に似ている。クオラジュのフラリとした捉えどころの無い構えとは違い、訓練された模範的な構えに見えた。

「なんかおかしいんだ。」

 俺の指摘にサティーカジィも目を細めてフィーサーラを見る。
 イツズを自分の身体の後ろに押しやり、俺と一緒にいるように指示しながら、サティーカジィは少し迷いながらもフィーサーラに向かって話しかけた。

「何か飲まされましたか?」

 唐突にサティーカジィが尋ねた。
 フィーサーラの眉がピクリとあがる。

「なんで飲まされたってわかるんだ?」

 確信を持ったサティーカジィの言葉に俺は尋ねた。

「お腹の辺りに異物があるようです。フィーサーラのではない神聖力を感じますが、なんでしょうか。」

 お腹……。だから何かを飲まされたと思ったのか。それが原因だと分かっても、とりあえずフィーサーラを捕まえて動けないようにしなければどうすることもできない。

「拘束できるか?」

「私は争いごとは専門外なのですが……。」

 誰か連れて来ないと無理だろうか。ここからアゼディム達がいる場所まで距離がある。俺が走って間に合うか?サティーカジィがその間耐えられるか判断がつない。それとも一緒に攻撃した方がまだマシだろうか。
 迷っていると建物の中、フィーサーラの背後から神仙国の使者達が出て来た。この状況に薄っすらと笑っているのだが、六人全員が同じ表情で気持ち悪く感じる。

「えーと、フハ?なんでお前達がここにいるんだ?」

 夕方ならばそれぞれ客室に戻っている時間のはずだった。
 俺は先頭を歩くフハの名前しか知らない。代表としてフハしか名乗らなかったのだ。
 フハはぺこりと頭を下げた。
 
「本日は神子殿の案内がなくなったと聞かされ、とても残念でした。しかたありませんので、こんな時間になってしまいましたが、我々の目的を達成させて頂こうかと。」

「目的?」

 クオラジュが聖王陛下に俺と仙達を合わせるなと言っていたくらいだから何かあるのだろうと思っていたが、クオラジュに聞く前にこっちの方が動いたようだ。

 フハは勿体つけたように頷いた。

「女王の種を返していただきます。」

 女王の種?
 それは神仙国について書かれていた本に載っていたやつか?一千年に一度女王が花開いて種を作って仙が生まれるとかいうやつ?
 
「お前達は繁殖期で神聖力を集めてるんだろ?女王の種は神仙国にないのか?俺は持ってないぞ。」

 無いことをアピールする為に両手のひらを前に出す。

「ありますよ。」

 フハが俺を指差した。

「貴方の胸に。」

 え?胸?と俺は一瞬胸を押さえ、サティーカジィもどういうことかと俺の方をチラリと見た。
 その瞬間をついて、それまで大人しくなっていたフィーサーラが突然突進して来た。

「!」

 剣を抜き手前にいたサティーカジィを通り越して、俺の横にいたイツズにフィーサーラの剣が迫る。
 俺がイツズの腕を掴んで引っ張り、サティーカジィの方へ押した。イツズがサティーカジィの方へ倒れ込むのを見ながら、フィーサーラがそのまま俺を剣を持つ手とは反対の手で掴もうとしてくるのを、どうすることもできずに見ていた。
 捕まる!と思った瞬間、俺の横を何かが駆け抜ける。
 
 ギッ、ギイィィィィン……!!

 身体の直ぐ横で、金属音が大気を震わせ重々しく響いた。
 紫紺の髪と、同色の羽が背に広がり、大きな長剣でフィーサーラに切りかかる人物、神聖軍主アゼディムが黒い鳥のように飛翔して襲いかかっていた。
 フィーサーラの剣とアゼディムの剣は合わさったまま、まだ離れていない。
 アゼディムはまさしく飛んできて、その勢いのまま切り込んだようだった。その足は地面についていなかったのだが、軽く片足が地面を蹴ると、身体が高速で回転した。
 紫紺の髪を身に纏わせて、グルンと滞空したまま剣ごと回り、フィーサーラの剣を絡め取ったかと思うと上空に弾き飛ばしていた。
 ツビィロランにはアゼディムの身体がどう動いているのか何となくしか視認出来なかったが、フィーサーラは剣を手放し、どうやら足を掛けられひっくり返されたようで、あっという間に地面に押さえつけられていた。

「は、早業っ!」

 思わず感嘆の褒め言葉が出る。
 アゼディムは当たり前だと言いたげにフィーサーラを踏みつけていた。踏んでいいのか?
 アゼディムの召集で集まった神聖軍がフィーサーラとフハ達を取り押さえていく。
 
「ありがとうございます、アゼディム。」

 聖王陛下がクオラジュ達と共にやって来た。
 アゼディムは頷いて聖王陛下に近寄り寄り添っている。表情には出ていないが、まるで褒めてと駆け寄る犬のようだなと思ってしまう。
 フィーサーラは部下達が押さえつけて跪かせていた。
 
「だから仙を天空白露に入れるなと言ったのですよ。」

 ゆっくりと近付きながら、クオラジュはフィーサーラを見下ろした。氷銀色の瞳を細めて薄っすらと笑顔なのがちょっと悪そうに見える。

「油断しましたね。種を入れられたでしょう?」
 
「種とは何ですか?」

 クオラジュはフィーサーラに話しかけたのだが、隣に立つ聖王陛下が口を挟んだ。
 
「仙達からなる種です。彼等は植物のように花を咲かせ種を作ります。繁殖用の種は女王しか作れませんが、子供の彼等からなる種は色々な用途があるのですよ。例えば人に植え付けて根付かせ操るなど。」

 聖王陛下はやや憂い顔をつくると、フィーサーラを見た。

「その種は取り除くことができますか?」

 クオラジュはそうですね……、と言いながらフィーサーラの前へ片膝をついて目の前に座った。
 クイ、とフィーサーラの顎を摘んで上向かせると、フィーサーラが物凄く嫌そうな顔をする。

「まだ胃にあるようです。種も神聖力の塊ですので、自分の神聖力で抵抗しているのでしょう。今なら吐かせれば大丈夫です。」

 抵抗中か。どうやら仙達の言いなりになっても意識はきちんとあるようで、クオラジュから顎クイされて心底嫌そうな顔をしている。
 クオラジュの顔が何だか楽しそうにしているように見えて、分かっててやってるんだろうなと呆れてしまった。

「ではフィーサーラからその種を吐かせて…。」

 聖王陛下達がフィーサーラと仙達の処遇をクオラジュ達と話し出した時、何か音が聞こえた。

「………?」

 クオラジュ達は気付いていない。いや、聞こえていない?

「ーーー、ーーーー、ーー、ーーーー。」

 ボソボソと聞こえていた声は、抑揚がつきだんだんと歌声に聞こえてくる。

「?」

 誰がこんな時に歌っている?
 イツズも聞こえているだろうかと思いイツズの方を向いたが、イツズは不思議そうに俺を見返しただけだった。

「どうしたの?」
 
 首を傾げて聞かれたが、何と言えばいいんだろう?

「ーーー、ーー、ーーーーー。」

「歌が……。」

「歌?」

 俺の呟きを聞き咎め、クオラジュがハッとした顔で俺を見た。

「その歌を聴いてはいけません!」

 クオラジュが慌てて俺の腕を掴もうとしている。
 クオラジュの向こう側には、フィーサーラと捕まっている仙達がいた。
 六人の仙がワッと動き出す。縄で括られ大人しく座らされていたのに、フィーサーラを押さえつけていた神聖軍に体当たりしていた。フィーサーラを押さえ付けていた手が緩み、フィーサーラが動き出す。聖王陛下とクオラジュにも仙達はぶつかり、場が一瞬騒然となった。
 フィーサーラがクオラジュを追い越し地を蹴り俺にぶつかった。
 俺は慌てて地面に手をつこうとしたが、その手は何故かスカッと空を切った。
 落ちる!
 フィーサーラ共々身体は傾ぐ。

「ーーーくっ!」

 クオラジュが手を伸ばして宙に投げ出された俺の足を掴んだ。
 俺の身体は地面に叩きつけられることもなく、暗闇に落ちていく。
 俺、落ちてばっかり!
 そう心の中で叫んだが、スウゥとすくみ上がる身体は動かなかった。

「ツビィ!」

 イツズがはしっと俺の手を掴む。ばっ………!!掴むなっ!と怒鳴りたかったがイツズまで落ちて来た。
 イツズを抱き締めていたサティーカジィも落ちて来て、数珠繋ぎに俺達は落下していく。

 俺は落下する恐怖で意識を手放してしまった。









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