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竜が住まう山
34 アオガの夢
しおりを挟むこの方がお前の番になる方だよ。
そう両親から告げられた。
とても綺麗な人だった。
予言者サティーカジィ様。予言の一族の当主。眩い金の髪に薄桃色の瞳。柔らかな表情は穏やかな性格を表していて、こんな綺麗な人と番になれるのかと嬉しかった。
金の髪に赤い瞳で生まれた私を、直ぐに予言者サティーカジィ様が予言した重翼なのだといって、両親はサティーカジィ様のもとを訪れたらしい。
まだ幼い為、直ぐには決めない方がいいと諭されたが、両親は周りの一族を抱き込んで、サティーカジィ様に圧力をかけ、アオガが二歳の時に許嫁になった。
そこにアオガの意思は一切入っていないが、そんなことはどうでもいいくらい、アオガはサティーカジィ様が好きだった。
どんなに美しい天上人を見ても、どんなにカッコいい天上人を見ても、サティーカジィ様には敵わない。
あの方が金の羽を広げた時、陽の光も、反射する水の煌めきも、サティーカジィ様の光には敵わない。
早く番になりたいと思ったけど、アオガとサティーカジィ様は重翼であるはずなのに、その兆候が見られなかった。
サティーカジィ様は困ったように微笑んでいつも言う。
「アオガが開羽し、天上人となった時、また試してみましょう。」
アオガもそれがいいと思った。
本当は不安があったから…。
サティーカジィ様の予言が外れるとは思えない。だから外れるとすればアオガの方だ。
本当にアオガは重翼なのだろうかと不安だった。
だから自分の周りの人にだけは知っていて欲しいと思い、自分は当主の許嫁であり、重翼なのだと話して聞かせた。勿論自分が信じている一族の者だけにだ。皆んなはそうだと納得し、必ず番になれると認めてくれる。
その言葉が欲しくて、安心したくて、人に話すのを止められなかった。
アオガは神聖力が強い。サティーカジィ様の重翼なのだと誰もが納得できる程に強い。
なのに本物はなんの力もない色無だった。
目があってアオガと同じ真っ赤な瞳を見て、本物が現れてしまったのだと本能的に気付いた。
不安は現実となり、アオガは何も言えないまま身を引くしかなかった。
アオガは神聖力が多い。だから感じてしまうのだ。サティーカジィ様がイツズの肩を抱いているのを見て、サティーカジィ様の神聖力がイツズの中に流れ、それがまたサティーカジィ様の中に戻り循環しているのを見て、これが重翼なのかとショックを受けた。
アオガは予言の一族ではあるけれど、予言に関する能力はない。特筆できる力は神聖力を目視する力が強いことと、身体能力を神聖力で底上げする力が強いことだ。
アオガは武芸を好まないサティーカジィ様の為に、自分が守れるようになろうと剣技を身につけた。
もしかしたら本物がこのまま現れないかもしれない。現れなかったらアオガが番になれるかもしれない。サティーカジィ様がアオガに対して愛情を持っていないことは知っていたけど、媚薬を使えば番にはなれるから、それでもいいと思っていた。
どんな人柄が好みか聞いても答えてくれないから、きっと優しそうでサティーカジィ様の隣にいても見劣りしない容姿がいいだろうと、見た目には気を遣った。
そんな苦労も本物の重翼が現れれば意味がない。
アオガはツビィロランが殺された場にいなかった。その時アオガは十二歳だったので、地上にある司地の屋敷でお世話になっていた。
ツビィロランが罪人として裁かれるのは知っていた。いずれ天上人になれる程の神聖力の持ち主だから、罪人として背を切られるのだと思っていた。天上人もしくは天上人になりそうな人間は、背を切られるという処罰を受け花守主の牢に入れられるのだと知らない者はいない。
なのに届いた知らせには、ツビィロランが死刑になったのだという内容だった。
アオガはツビィロランと会ったことはあるが親しいわけではない。サティーカジィ様の許嫁として挨拶した程度なので、向こうがアオガのことを覚えているかどうかは怪しい。あまり賢そうに見えなかったので、覚えていないのではと思っていた。
ツビィロランが死んだ。
ツビィロランはアオガと同じく生まれながらに運命が決まっている。同じように許嫁もいる。共通点の多い存在だった。だからツビィロランの話はよく覚えている。
まるでアオガの指南書のようなツビィロラン。
ツビィロランと同じ過ちを犯さないようにと、話を聞いては自分の方向性を決めていた。
ツビィロランが勉強を嫌がると聞けば家庭教師を増やし、武芸は好まないと聞けば剣の師匠を迎え入れた。
アオガはまだ十三歳になっていなかったので話に聞くだけだったが、お世話になっているネリティフ国の司地ファチが教えてくれた。罪人として切られ、更に背中から突き刺され、血溜まりの中息絶えたのだと。
新たな予言の神子ホミィセナの誕生で祝う天空白露へ行ったファチ司地は、ホミィセナの夜の翼の美しさを讃えるついでに話していた。
僕はそうならない。
そう心に留め置いた。
ツビィロランはアオガの指南書。同じようにならない。同じ轍を踏まない。
そう、思ってはいても………、本物が現れた時のこの苦しみは、身をもって味わった者にしかわからない。
イツズが私の重翼です。
サティーカジィ様の声がワンワンと頭の中に響いている。
ツビィロランもこんな気持ちだったのかな?
背中を切られた時、痛かったのかな?
殺された時、苦しかったのかな?
悲しかった?
私は殺されないように大人しく身を引いた。
悲しすぎてイツズには話しかけなかった。何か言いたそうにアオガのことを見ていたけど、話せば罵りそうで、拳を握って視線から逃げた。
本物が現れた。
本物には偽物は敵わない。
夢の中のサティーカジィ様は何度もアオガにイツズを紹介する。
その度に胸に何かが刺さってくる。
胸に刺さった棘は背中に回って、背中をズキズキと痛めつけてくる。
ツビィロランという指南書がなければ、血溜まりの中で死んだツビィロランのように、私も死んでいたのかもしれない。
だからアオガは我慢した……。
あぁ………………ーーーーーーー……、それでも、なんて、………………ーーーー苦しい。
ツビィロラン達は急いで山を登っていた。
今までは高所恐怖症のツビィロランに合わせてゆっくり登っていたのだが、そんなことは言ってられない。
「……ゼィ、ハァ………。」
ツビィロランは神聖力を身に纏って、これでも脚力を上げている。なのにみんな速い。ヤイネは慣れているというのがあるらしいが、護衛達も速い。
ツビィロランが転がり落ちたら大変だということで、ツビィロランは真ん中を歩いているわけだが、後ろからせっつかれて振り返る余裕もない。おかげで下を見ずに進めてはいるが。恐怖が優ってツビィロランの足は進まないのだった。どこに進んでも山の傾斜が激しく、いつ転がり落ちてもおかしくない。
前方を歩いていた護衛の一人が「止まれ!」と短く叫んだ。一斉に全員立ち止まる。
「こんな中途半端なとこで………。」
チラリと見た下にサァーと血の気が引く。
無茶苦茶高い!多少生い茂った草でわかりにくくなってはいるが、通り過ぎた木々が下の方に見える。命綱なしで登ってきた俺すごい!そう心の中で自分を励ました。誰も励ましてくれないから。
「誰か来ます。神聖力が高いのですが、敵意はないようです。」
直ぐ後ろの護衛が教えてくれた。
あ、ほんとだ。誰か一人くる。物凄い速さで近付いてくる。
別の護衛も呟いた。
「竜ではないでしょうか。」
ここは竜が住まう山だ。既にその領域に入っているらしいので、いつ出会ってもおかしくはない。やはり竜は存在しているのか。どんな姿だろう?
ツビィロランはワクワクしながらその存在が近付くのを待った。
「………………意外と普通だな?」
現れたのは黒に近い濃い紫の髪をした男性だった。見た感じ二十代後半。黒かと間違えそうなくらい濃い紫色の髪は、両サイドが顎まで長めで後ろはバッサリと短い。切長の瞳は明るい黄色で、鬱蒼とした森の中は薄暗いのに、縦長の瞳孔が目立つ輝くような瞳だ。
神聖軍主アゼディムも紫の髪をしているが、アゼディムの方は紫だとはっきりわかる色なのに対して、目の前の男の髪はもっと深い色だ。
背は高く鍛えられた身体をしていて、威圧感がある。
「普通か?あまり下の奴らとは会わないからな。」
可笑しそうに返されてしまった。結構距離があると思ったのに聞かれてしまった。初対面で印象悪い男になってしまった。
「ツビィロラン様、ダメですよ。相手は竜ですよ。」
「あの見た目を普通と評価するのはツビィロラン様だけです。」
コソコソと周りから怒られてしまった。
いや、天上人ってやたらキラキラしいし、お前らだって喋ってる感じは親父くさいのに、見た目はキラキラしてるぞ?なんの集団かよって思えるくらい派手な集団だぞ?
毎日これ見てたら慣れちゃうんだよ。
「俺はロジチェリという。お前達はクオラジュから呼ばれた天上人か?」
「呼ばれたと言うわけではありませんが、天空白露にクオラジュ様の羽が届いた為、真偽を確かめる為に調査しに来た者です。」
先頭を歩いていたヤイネが答えた。
ロジチェリはそれを聞きながら、俺の方を見ている。
「そうか。クオラジュは数日前まで俺達の家にいたんだ。詳しい話は戻ってからにしよう。ついてこい。」
「あ、お待ち下さい!」
直ぐにでも飛んで消えそうなくらいの勢いで背中を見せたロジチェリへ、ヤイネは慌てて声をかけて止めた。
「何だ?」
ヤイネは申し訳なさそうにする。
「申し訳ありません。一人ついて来れそうにない者がおりまして、ゆっくりでもいいでしょうか?」
ヤイネの言葉にロジチェリは不思議そうな顔をする。
「みなそれなりの神聖力があるように見受けられるが?」
そうなんですが……、とヤイネは気まずそうに俺を見た。
その視線を追ってロジチェリも俺を見る。
「俺高いところ怖くて進むのゆっくり。」
俺の声は震えていた。
立ち止まっている今、下を見てプルプル震えて青い顔をした俺は、後ろの護衛さんが支えてくれている状態だ。うっかり下を見るんじゃなかった。
「………………。」
ロジチェリは押し黙ってしまった。
「ぎゃーーーーーっっ!!ーーーーーっ!っ!こっ…………こぉ~~~わぁ~~~いぃぃーーー!!」
ビュンビュンと風を切る音がする。
俺はぎゅうっと目を瞑っているが、俺を背中に担いだ男は遠慮なく猛スピードで森の中を走り抜けていた。
この中で俺は誰よりも神聖力がある。俺自身がそれを感じている!だけど足がすくんで動かないのだ!
そう言い切ったら、ロジチェリの肩に担がれた。
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「……………少し黙ってくれないか?」
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「むりむりむりむりーーーーー!!!」
「はぁ………。」
ロジチェリの後ろをヤイネ含む護衛達はついて来て走っていたが、彼等もロジチェリのスピードについて行くので精一杯で、誰も助けてくれなかった。
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