落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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竜が住まう山

32 山に住むトネフィト

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 ふい……、と盲目の竜が顔を上げた。
 山では人型を取り殆ど竜体になることはない。あまりにも巨大である為、普段生活する分には人型の方が便利だ。
 トネフィトは生まれつき眼球がない。本来ならばこのように身体に障害をもって生まれれば、直ぐに親に殺されるのだろうが、今や竜の個体数は少なく、たった一つの命でも惜しい。その為トネフィトは生きることを許された。
 目は見えないが嗅覚はあるし、見えないからこそ自然の有り様を別の形で察することが出来る。杖をつきゆっくり移動すれば問題はない。
 それにトネフィトには保護者のような同居人がいてくれる。

「トネフィトはもう起きたのか?」

 自分より先に起きているであろう同居人の片割れが話し掛けてきた。
 
「うん、おはよう。遅いくらいだよ。」

 相手もおはようと返してくれる。
 ロジチェリは朝から狩りをして食料を調達してくれる。ついでに食べられる薬草や芋類も採ってきてくれるので助かっている。

「待っててくれ、カンリャリに渡してくる。」

 それ以上動かないようにと念を押して、ロジチェリは奥の部屋へ入っていった。
 三人で暮らす簡素な家。贅沢も何もない、長く暮らすので手入れを施し手を加えていった愛着のある木製の家だ。
 目の見えないトネフィトの為に、ロジチェリとカンリャリは段差のない家にしてくれていた。前に段差にこけて大量の擦り傷を作った時、二人は泣いて謝りながら家を改造してくれたのだが、彼等の過保護っぷりに拍車がかかってしまった。

 とりあえず顔を洗いたいとコンコンと杖をついて井戸まで進む。カツンと井戸の積み上げた石に当たる感覚に、杖を立て掛けて桶を握った。

「トネフィト、落ちたら危ないだろう?水が欲しいのなら声を掛けてくれ。」

 いつの間にか直ぐ側にカンリャリが来ていた。二人はトネフィトと違って神聖力が高い。身体能力にも優れ、何でも出来る二人は自慢の家族だ。
 盲目で神聖力も低く身体も満足に動かせないトネフィトに、二人はとても優しかった。

「水くらい……。」

 家事全般全てのことを任せてしまっているのに、これ以上の負担は掛けられない。顔を洗うくらい自分でやりたい。
 この二人の過保護っぷりに、つい先日まで滞在していた客人は呆れつつも何も言わずに観察していた。
 天空白露の翼主クオラジュとトステニロスだ。
 カンリャリが調べた噂では、二人は今、天空白露から離れているという。何故かは秘匿されていた。二人も翼主がいない為、今現在緑の翼主一族が仕切っている。青の翼主はクオラジュしかいないし、赤の翼主に至っては存在すらしていない。代理か次期翼主を上げようにも誰もいない状態で、聖王陛下ロアートシュエが統率をとっていると聞いた。
 それからいくと、翼主二人は天空白露が海に落ちてから直ぐ、ここにやって来たことになる。

 来て早々翼主クオラジュは私に尋ねた。

「万能薬の研究をしていると聞きました。それについて詳しく説明をお願いします。」

 物腰柔らかく丁寧な口調ながらも、そこには強者の圧力が覆い被さってきた。
 ロジチェリもカンリャリも竜である為、たとえ相手が天上人であろうと負けることはない。それでも二人がかりで対峙しても、クオラジュには勝てないかもしれないと言っていた。
 特に研究と言う程のことをしているわけではない。
 私には眼球がないので、遥か昔にスペリトトが考案したという万能薬が作れないかと思い、暇な時に色々と調べているだけだ。
 もし作れたら私の眼球を作ることが出来るかもしれない。そんな淡い希望だ。
 なので知りたいと言うのなら教えて構わない。
 翼主クオラジュは若いながらも頭脳明晰で、次期聖王とまで言われていた人物だ。私の調べた内容から、何かヒントを得て更に素晴らしい答えを導き出せないだろうかと考えた。

「予言者スペリトトは魂の復活を願ったんじゃないかと思うんだ。」

「万能薬ではなく?」

 万能薬とはあらゆる病気も治し、欠損した身体を復活させることが出来ると言われている。

「魂と言われてしまうと、まるで不老不死か死者の復活だと思うだろう?」

 私は目がないので見えないが、クオラジュの視線は強く感じた。なので話を続けることにする。

「個人によって神聖力の強さが違う理由ってわかる?」

「…………個人の生まれ持った資質ですね。」

 それが一般的な考え方だ。生まれた時から神聖力の強さは決まっている。
 だがそれを覆せる事象がある。一つは天空白露で神聖力を浴びて過ごすこと。もう一つが透金英の花を食べること。最後につがいをつくることだ。

「………先程魂の復活と言われましたね。話の流れから神聖力の強さは魂に関係しているのですか?魂………、いや、精神?番は精神で繋がることを指します。精神が繋がることは、魂が繋がること。魂の弱い方は強い方の魂の寿命に引き上げられます。それは神聖力が増したと言うことですよね………。魂とは神聖力の核であり、スペリトトはその核を作り出そうとしていたと言うことですか?」

 ちょっと話しただけで核心をついてきた。頭脳明晰という噂は本物だなと実感する。
 竜の住まう山にはスペリトトの残した遺産が多数あり、その中でもまだ実際に動いている装置があった。だから気付いたのだ。

「そう、魂の核を作り、その入れ物……、つまり肉体を作ろうとしていた。万能薬は肉体を作る方法だよ。」

 私は一番高い山にスペリトトの像があることを教えた。その像は竜の魂を集めている。竜は天上人よりも一個体ずつの神聖力が強い。それは魂の核も強いことを意味している。
 スペリトトは天上人には手を出さず、関係のない竜の魂を犠牲にして、魂の核を集めていた。
 その装置が今も山にあり動いている。

「像に近付くにはかなり強い防御壁が必要でね、私達は竜だから迂闊に近寄れないんだ。」

 それでも可能な限り調べた。
 魂の核の方は未だに分からないが、万能薬を作る為のレシピは完成している。後は実際に作るだけだった。
 そのレシピも惜しげなくクオラジュに見せた。
 入手方法が不明なものもあるが、彼の実力なら集めることが出来るかもしれない。
 
「………私も同じ物が必要なのに?」

 クオラジュは同じ物が必要になるのに、何故それを態々教えてしまうのかと疑問に思った。
 トネフィトはほんの少し笑う。

「私の方は材料も少ないし必要なものは揃ってるんだ。実は私が欲しいのは竜の魂の方ではないんだよね。」

 トネフィトが作りたい物は自分の眼球だ。眼球二つ分なら竜の魂一つで事足りる。足らないのは神聖力の方だった。

「天空白露にある透金英の花を分けて貰えないだろうか?」

 こっちの方が目的だった。透金英の花は手に入らない物ではない。高価ではあるが取引されている為、取り寄せることも可能だろう。
 問題なのは数だ。大量にいる。
 そのことにクオラジュも納得した。

「竜の魂は既に所有しているということですか?それならばスペリトトの像が集めた魂は私が貰い受けてもよろしいでしょうか?」

 そうなのだが………。トネフィトは困った顔をした。

「それが、魂の核は既に使用されているんだ。」

 クオラジュの眉根が一瞬クッと寄る。気配が重く暗くなる感覚に、トネフィトはどうしようと内心慌てた。
 直ぐ後ろに待機していたロジチェリとカンリャリが、帯刀していた剣を持ちトネフィトを守るように立ち塞がった。
 その二人の様子を眺めて、クオラジュはまたフッと威圧を解く。

「失礼しました。魂の方は自分で集めるしかないようですね。考えてみれば使用済みでおかしくありません。」

 クオラジュは集めたスペリトトの像に入っていた魂の行方を知っているんだろうか?
 トネフィトは少し迷ってから話を続けた。

「私達はアレに近づけないから、暫くしてから気付いたんだ。遥か昔から溜め込んだ幾千という竜の魂を、どう使ったのかは予測できる。」

「相当な量でしょうね。」

 クオラジュにも予測はついていた。一番最初にトネフィトが言ったのだから。

「誰かを生き返らせたんじゃないかと思って調べたんだ。」

 それくらいの膨大な力の塊があそこにはあった。一度だけ無理してロジチェリとカンリャリに助けてもらいながら覗き見たことがある。
 スペリトトの像の中にある凝縮され力の塊。
 像の大きさがほんの小さく見えるくらいにしか近付けなかったが、それでも圧倒的なその力に具合が悪くなった。
 手足が痺れ、二人に頼んで身体を引き摺るようにして帰ったのだ。
 ロジチェリとカンリャリは強い竜だが、半端な身体で生まれたトネフィトは弱い。暫く体調が戻らず寝込んでしまい、二人にもう近付いてはいけないと禁止されてしまった。

「誰を生き返らせたか分かったのですか?」

「君の直ぐ近くにいた人だよ。」

 あの膨大な魂を使って作られた身体なら、その中に収まる魂の核も相当に強くなければならない。強い神聖力を保有した強い魂の核を包み込む、神聖力に溢れた身体。
 それはもう奇跡なのではないかというくらいに、綺麗に全てが収まっていた。

「………。」

「予言の神子ツビィロランだ。」

 二十五年前、竜の住まう山を覆う神聖力が消えた。
 スペリトトの像から溢れる余波は、連峰を包み込み人間達の侵入を防いでいた。そして山から竜達が逃げられないようにもしていた。竜が住まう山は檻だった。
 それが一度失われた。
 残り少なくなった竜達は、突然の事態に慌てふためき、自分達が住んでいる山だけに結界を張ることにした。
 スペリトトの像がある山だけは更に結界で包み込み、悪夢によって魂を吸われてしまわないようにした。スペリトトの像が空っぽになっている時でないとそれは不可能なことだった。
 それでも弱った竜や迷い込んだ人間の魂は吸い込まれたが、なんとか被害は抑えられた。

「では今のスペリトトの像には魂が少しだけ集められていると?」

 トネフィトはおずおずと、以前集まっていた量には程遠いのだがと答えた。口調は穏やかで雰囲気は優しいのに、も言われぬ圧力が怖い。天上人が穏やかで温和だと言ったのは誰だったか。

 クオラジュは思案するように目を伏せた。黎明色の睫毛が影をつくり、氷銀色の瞳は透き通るように美しい。前髪と横髪を軽く後ろに撫でつけ結んだ髪は、開けたままの扉から入る風に揺れていた。

「お尋ねします。私は万能薬を作り身体の造り変えを行いたいと思っています。その為に必要な魂はどの程度でしょうか?」

 これならば答えられるとトネフィトはホッと息を吐いた。無理難題言われたらどうしようか、もしかして私達の命を差し出せと言われやしないかとビクビクしていたのだ。そう言われたら自分の魂を差し出そうと思っていた。

「容姿を変える程度なら一つで十分だ。」

 死者の復活、生なきものの想像、無から有へ。あり得ない奇跡を実現する為に、あの膨大な竜の魂を集めたのだろうと思う。
 有から有へ形を変えるだけならそう必要ではない。トネフィトの眼球を作るより簡単だろう。
 一つでいいとは言っても、それなりの竜の方が成功率は上がる。

「炎竜ルワントの魂がいいと思う。」

 竜の中で一番の年長者であり、神聖力に長けた竜。
 年老いてもなおその力は強く、トネフィト達を苦しめている竜。

 クオラジュは喉の奥で笑った。
 顔はとても優し気で、何も知らなければ神の慈悲なように見える。
 トネフィトはゴクリと唾を飲み、守るように前と横に片膝をついて構えていたロジチェリとカンリャリはジンワリと汗を流した。
 氷銀色の瞳は笑っていない。
 見透かすように深く透明な瞳は、トネフィトの無い瞳を見返した。


「私にゴミ処理をしろと?」


 三人の背中はびっしょりと汗で濡れていた。

















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