落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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竜が住まう山

30 夢の中の夢

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 日が暮れる前に、ちょうど良さそうな洞穴を見つけ、今夜はこの洞穴で一晩明かすことになった。

「どこに向かってるんだ?」

 ヤイネの案内で進んでいるが、行き先が決まっているわけではない。

「ここに向かっています。」

 ヤイネが地図を取り出し印を付けている場所を指差した。

「ここは?」

 アオガも当たり前のように顔を突き出して覗き込んでくる。最初の頃は我関せずで遠巻きに見ているだけだったのに、ヤイネに引っ付くようになってからは話に入ってくるようになった。話しやすくはなったなと思う。

「えっと………、聖王陛下よりこの場所から存在を感じると言われて、ここへ案内するように言われました。」

 言いにくそうにするヤイネにピンときた。
 サティーカジィが水鏡を通して見たのだろうと思う。神聖力を増幅させるイツズがいるおかげで、自分より強いクオラジュの居場所を見れたのかもしれない。
 隣のアオガを横目で見ると、少し複雑な顔をしていた。アオガも気付いたんだろう。

「俺達は今どこにいるんだ?」

 ヤイネはココですと隣の山を指差した。竜の住まう山は一つの山ではない。大きい山が五つと小さい山が複数連なる連峰だ。目的地は大きな山の内の一つだった。
 もうかなりの日数を使ってここまで登って来た。最初は飛行船を使おうと言っていたのだが、竜の住まう山は気の乱れが強く神聖力で飛ぶ飛行船は危ないらしく、山の近くまで来てからはずっと馬と歩きになっていた。

「ただ神聖力を追っただけで居場所というにはそこまで見れなかったそうです。実際にまだいるかどうかの確証はないと。」

「でも他に当てもないし、行くしかないな。」
 
 瓶を送りつけて来た奴の存在も気になる。結局俺達が出発するまで何の音沙汰もなかった。

 目的地を確認して俺達は寝ることにした。洞穴の奥には深さがなく、直ぐに行き止まりになっていた為、入り口を見張るだけでいいだろうということになり、見張り以外は休息を取ることになった。

「………あの、大丈夫ですか?」

 食事も終わり早々に寝ようとしたら、少し離れた場所でアオガに声を掛けるヤイネが見えた。

「うん、ごめん。気にしないようにしてるんだけどさ。」

「いいえ、私こそ上手い言い方も知らずに……。」

 気にするヤイネに、ゴロンとアオガは寝転がって微笑んだ。

「いい。この剣抱っこして寝てていい?」

「はい、お貸ししたのですから好きに使って下さい。」

 ヤイネはアオガの隣に寝るつもりのようだ。
 そんな仲良い二人の様子を見ながら、俺はウトウトと眠りだす。
 この十年で旅には慣れたけど、登山は初めてだった。山に入ってもここまで急斜面を登ったり降りたりしたことはない。
 疲れていたのか、俺はストンと眠ってしまった。











 カンッーーー、カンッ、カンッ…………。

 乾いた鉄の音が響く。
 この世界に来て全く聞かなくなった金属音だ。この世界にも金属はあるが、剣のような武器、小物類に使われるくらいで、建造物に使われるほどの技術はまだない。

 久々に聞いたなと目を開けた。

「…………っ!?」

 一瞬で夢から現実に戻り、急激な覚醒により胸が激しく鳴り響く。
 どうして…………、ここに!?
 とても古い非常階段。錆びて所々は穴が空き、手すりは今にも抜け落ちそうだった。少しでも動けばこの階段は揺れる。それを津々木学は知っていた。
 よろけた拍子に手をついた手すりは、ギイィと鈍い音を立てて傾いていった。慌てて手を離すと、それは簡単に落下していく。
 こんな重たいものが下にーーー!
 誰か人がいては大変だと思うのに足が竦んで動かない。

「津々木っ!お前、何落してんだよ!!」

 下から怒声が上がってきた。学の肩がビクリと跳ねる。
 ごめん、そう言いそうになって、自分の意思でここに上がってきたわけではないことを思い出した。
 
 学には小学校からの友達がいた。いつも四人で遊び、中学校に上がってからもその付き合いは続いていた。
 中学校では小学生時代にはなかった学力や運動能力の違いの差が浮き彫りになる時期でもある。
 学は部活こそ帰宅部だったがそこそこ足も早く、学力も飛び抜けていた。常にトップ層にいる学は人の注目を集めるようになっていく。
 後から考えれば四人の仲が崩れてきたのは、注目を集め出した学に他の三人が引け目を覚え出したからだ。
 少しぎこちなくなり離れ出した三人を、学はなんとかして昔通りの仲間に戻そうとしたが、どうしても上手くいかなかった。
 今、下で叫んだのは親友だと思っていた道谷柊生みちやしゅうせいだ。背が高く俺達の中では一番体格が良かった。リータシップがあって、仲間内で引っ張っていってくれるのは柊生の役目だった。
 いつからか三人の俺に対する態度が悪くなり、特に柊生はあからさまに避けるようになった。
 女子から告白されるたびに、定期テストで順位が出るたびに、俺は皆んなから離れていく。
 無視されるのも嫌がらせされるのも当たり前になってきた頃、俺はこの廃ビルに呼び出された。
 この頃の三人は、俺が一人仲間はずれになっていないようにみせかけて、イジメるのが上手になっていた。こんなところでリーダーシップをみせなくてもいいのにと思ってはいても、それを言っては更に三人を怒らせると思って黙っているしかなかった。
 
 十四歳。中学二年生の修学旅行で、同じ班になりたいなら、この非常階段を上まで上がって、無事に降りて来れたら班に入れてやると言われた。既にもう班決めは終わっているのに、今更違う班になんていけない。
 渋々ボロボロの非常階段を上がり出したが、俺は四階に差し掛かった所で後悔していた。
 何十年も前に建てられたビルに横付けされたスチール製の階段は、今時外に丸出しで誰でも簡単に上がれる仕様だった。申し訳程度に黒と黄色の縞々の縄で上がらないように封をされていたが、入ろうと思えば簡単に入れてしまった。
 取り壊す予定なので管理なんかされていない。使われなくなってからも十年くらい放置されていたので、窓ガラスは割れているし、非常階段はいつ崩れてもおかしくない程度に錆が浮き出て年季が入っていた。

 老朽化が進んで腐食した床には所々穴が空いており、そこから下が見えていた。
 上がりたくないのに俺の足は上へ進んでいる。
 あの時は同じ班に入りたくて、また元の通りに仲良く皆んなで過ごしたくて、その一心で上に進んでいた。
 六階に上がり下を見ると、柊生達はまだ下で俺が登り切るのを待っていた。

「………………!」

 ゲラゲラと笑って見上げている二人に対して、柊生はずっと眼光鋭く俺を睨みつけていた。
 あんなに睨みつけなくてもいいのにとチクリと心が痛む。

 外は少し薄暗くなりかけていた。見下ろした下はビルの敷地で人は誰も入って来ないが、こんな高い所にいるところを誰かに見られて通報されないかとヒヤヒヤしながら進んでいく。

 一番上の階に到着し、俺はゆっくりと引き返す。
 上の階には誰かが来た形跡があり、あちこちに落書きがされていた。誰かが来ているということは、そう簡単に崩れないのかもしれないと少し安堵する。
 早く降りてしまおう。
 俺はなるべく内側を歩き、壁に近い方を意識して歩いた。
 半分程降り切った時、ガンっと激しい音が鳴った。降りていた階段がグラリと揺れる。

「柊っ!どーすんだよっ、アイツ降りてきちゃうじゃん!」

 友達の一人が叫んだ。

「どうせ途中で泣き出すって言ってただろ!?そしたらお小遣い全部俺達のにするって約束させようって言ったの柊だぞ!」

 俺は壁に手をついて立ち止まってしまった。じゃあ班から出すのが目的じゃなく、俺のお小遣いが目的だったのか?
 お金が欲しくて友達にこんなことさせてるのか?
 俺は今でも友達だと思ってたけど、三人はもう友達と思ってなかったのか?とっくの昔に他人だった………?

 今更ながらに老朽化した階段が怖くなってきた。
 こんな今にも崩れそうな階段を登り切ったら、三人は凄いって笑ってくれるかと思っていた。
 落ちたら命はないかもしれない。でもこの遊びをやり切ったら、また四人でツルんで遊べると思った。勉強とか女子とか関係なく、小学生の時のように………。
 
「友達じゃなかったんだ……。」

 下ではまだ二人が文句を言っているようで、それに対して柊生が何か話しているようだけど、まだ五階にいる俺には聞こえなかった。
 またガンッという音と振動が響く。俺の手が壁から離れた。

「!?」

 咄嗟に着いた手は手すりを握った。所々に色が残る手すりは冷たくガサガサとしていた。
 バキンッーーと音が鳴る。

 ーーーーーーーあ。

 まるでスローモーションのように景色が見える。折れた溶接部分と宙に投げ出される俺。
 下には目を見開く柊生が見えた。
 非常階段の下を蹴った一人は落ちてこようとする俺に気付いて、慌てて走って逃げようとしている。
 柊生が何か叫んだけど、俺は下に落ちていった。

 俺はコレの所為で高所恐怖症になったのだ。
 運良く助かったけど、あちこち骨折して入院は長かった。その所為で中学校の修学旅行は行っていない。どうせ行っても嫌々ながら班に混ぜてもらい、自分のお小遣いはアイツらに盗られてしまうのかと思えば、行かなくてよかった。
 苦い思い出ができただけだ。
 



 また気付けば俺は宙にいた。
 手には折れた手すりの感触。

 なんで?さっき落ちたはず…………。
 落ちた衝撃も痛みもさっき味わった。落ちて直ぐに俺は気を失ったらしく、誰かが直ぐに救急車を呼んだおかげで助かったのだと言われた。誰が呼んだのか親は教えてくれなかった。
 
「そんなっ!学、学、しっかりしろっ!!」

 悲鳴が聞こえる。
 この声は………………。
 俺の意識はまた閉じた。



 何故何度もこの階段を登ってるんだ?下を見下ろせば薄暗い敷地に柊生達が見上げていた。
 穴ボコだらけの踊り場に、直ぐに取れそうな手すり。いつ壁から切り離されてもおかしくない非常階段。昔の安全性なんて考えて無さそうな古ぼけた廃ビル。
 なんで、ここに…………!
 
 いつ終わる!?

 宙に投げ出された俺は、救いを求めて手に伸ばした。下で驚愕に目を見開く柊生達はあてにならない。



 誰かーーーーーー!

 
 
 手が伸びてきて俺の腕を掴む存在がいた。
 グンと上に引き上げられる。
 俺は目を見開いてソイツを見た。

 涼しげな氷銀色の瞳は真っ直ぐに俺を見下ろして、黎明色の髪が風に舞ってフワリと広がっていた。
 髪と同色の翼は空を覆い、ヒラヒラと一枚二枚と羽が散る。
 
 どうしてここに………?

 クオラジュはもう片方の手で俺の腰を抱き締めた。
 もう下にいた柊生達は見えない。
 老朽化の進む廃ビルも非常階段も、握っていた手すりも、遠くに見えていた街並みも、全て消えていた。


 俺はどうやらクオラジュのおかげで悪夢から覚めたらしい。
















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