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空に浮かぶ国
15 イツズの色
しおりを挟むイツズの朝は早い。
ツビィロランとの二人旅は楽しいのだが、相方は生活能力が低いので旅の必需品を揃えたり食事を作ったりするのはイツズがメインだ。逆に金勘定はツビィロランの方が得意で、闊達な人柄のおかげか人との交渉も得意だ。たまに突拍子もないことをするけど、なんとか切り抜けているのもツビィロランの機転が利く判断能力のおがげだったりする。
予言の当主様の好意で屋敷に滞在できるおかげで、生活の心配をする必要がないというのは実に楽だ。起きたら食事の用意をする必要がないなんて!
ツビィロランが起きてくる前にイツズは昨日用意してもらった作業部屋に行くことにした。
汚れるので外にある小屋でいいと言ったのだけど、外では何かあった時に対応出来ないからと屋敷の一角を提供してくれた。
日当たりのいい一階の角部屋で、螺旋階段で地下も付いている。二階にも螺旋階段は続いているのだが、そちらは使用出来ないように天井に板で封をされていた。
薬草を天日干しできる無風になる場所がいいという条件にピッタリなのだけど、作業部屋というにはちょっと立派な部屋だ。貴族の趣味に使われていた部屋という感じに見える。
角の方はタイル張りで、汚れも落ちやすいし水も使えるからと、薬草を乾燥させる場所にいいですよと勧められてしまった。
確かに作業しやすい。ただ綺麗で立派なのがしづらいだけだ。
わざわざ大きなテーブルまで運んで入れてくれているので、そこに敷物を敷いて薬草の選別に取り掛かる。
種類ごとに分けて要らない花や実を千切り、必要な部分を取り分けていく。
「はっ!うそっ!」
滅多にお目にかかれない薬草に声を上げてしまった。ツビィロランにむしらせていた薬草の中に混ざっていたのだが、むしった本人は気付いていないだろう。
「その紫の草は何ですか?」
「!!!」
ビクゥと肩が震えた。集中し過ぎて誰かが来たことに気付いていなかった。
「あ、申し訳ありません。ノックはしたのですが返事がありませんでしたので勝手に入りました。」
この屋敷の当主、サティーカジィだった。
「………っ!い、いえ、サティーカジィ様のお屋敷なのですから、僕の許可はいりません!」
サティーカジィは薄桃色の瞳を細めて和かに笑っている。基本的にいつもニコニコしている人だ。
「この部屋は使いやすいですか?」
どうやら様子を見に来てくれたらしい。
「はい、こんな立派な部屋じゃなくても良かったんですが、風も吹かないのでやりやすいです。」
「それは良かったです。」
いつもは森の中で風を気にしながらやっているので、気兼ねなく広げて選別出来るのは楽だ。
プチプチと葉を一枚ずつ丁寧に千切りながらイツズは話し掛ける。
「本当によろしかったんですか?この部屋は何か使われてなかったんでしょうか?」
自分の為にわざわざ空けてくれたのなら申し訳ないと思い尋ねた。
「空き部屋でしたので構いません。一階と地下があっても使いませんでしたから。上には執務室と寝室と居間があるので十分なんですよ。」
「…………へぇ?」
意味がよく分からずイツズは首を傾げたが、実は螺旋階段の上はサティーカジィの自室だった。
そこから暫くはサティーカジィの質問にイツズは答えながら薬草の選別を続けていた。聞かれるのも薬の作り方ばかりで、イツズの得意分野を聞いてくれるので話しやすい。
イツズは人と話すのが苦手な方なのだが、それに気付いたサティーカジィは話しやすいように話題を振ってくれているのだと気付いた。
その優しさにドキドキしながら一生懸命質問に答えていく。
外の天気を確認して窓側に日干しにする分を吊るしていく。紐で括ったり袋に入れて吊るしたり、その作業もサティーカジィは手伝ってくれた。
「すみません、手伝わせてしまって。」
「構いませんよ。」
イツズはツビィロランよりも少しだけ背が高いので、普段は高い所の作業はイツズの役目だったのだが、イツズより背の高いサティーカジィにかかるとその役目は無くなってしまった。
高い窓の位置に紐をかけて率先して吊るしてくれる。
「……………。」
サティーカジィの金髪が陽の光を受けてキラキラと輝くのを見て、イツズは自分が知る頭の中の情報を引き出しから取り出す。十年前にはホミィセナに売る為の情報をかき集めていた。その中の一つが気になっていたのだ。
「僕はここにいて大丈夫でしょうか。」
「?はい、大丈夫ですよ。」
サティーカジィは手を止めて不思議そうに答えた。
「僕が金髪赤眼でも?」
紐を括っていた手が止まる。その反応にイツズは困った顔をした。
「本当は黙っておくべきかと思ったんですけど、やっぱり髪と瞳の色は良くないかと思って確認しておきます。」
サティーカジィは括り付けていた分を結び終わり、イツズの方を向いた。
「これは一族の一部の者しか知らないことなのですが、何故貴方までご存知なのでしょう?我が家の情報は筒抜けなのでしょうか。」
「うーん、サティーカジィ様の所為ではないですよ。言いにくいのですが、アオガ様の方が…、その…。」
「ああ…………。」
はっきりと言わずともサティーカジィはイツズが言いたいことをキチンと理解した。
アオガは秘密だと言いながらも他人に自慢しているのだ。サティーカジィの耳に入っていないということは身内のみでやってはいるのだろうが、本来なら番になるまで秘匿しなければならない。
アオガはサティーカジィの許嫁だ。
予言者の一族の能力は多岐にわたるが、サティーカジィは幼い頃から水鏡で遠見が出来た。誰に教わることもなくそれは息を吸うのと同じように出来、サティーカジィは幼い頃に水鏡で己の未来を見た。
一族から金の髪に真っ赤な瞳の子が、サティーカジィの重翼として生まれると。
重翼とは神聖力の相性が良いと相乗効果が現れる者達のことをいい、大概は番となるが、相手に番がいる場合は相乗効果は発現しないとされている。滅多に現れることはなく、もし出会えれば奇跡とさえ言われているのに、サティーカジィは重翼が現れることを予見した。
元々神聖力が強く次期予言者になると言われていたサティーカジィの当主交代は早まった。
それから一族は金の髪に赤い瞳の重翼が誕生するのを待った。
そうして産まれたのがアオガだ。
一族は早く番になることを求めているが、サティーカジィはそれをのらりくらりと拒否していた。
イツズはこちらの事情を鑑みて、金髪赤眼という色合いが近くに居るのはあまりよろしくないと考えているのだろう。
サティーカジィはイツズの謙虚さが微笑ましかった。
「…………見て下さい。」
サティーカジィは右手をイツズに見せた。見せられたイツズは不思議そうな顔をしたが直ぐに気付いた。
「爪の色が戻ったんですね。」
最初サティーカジィの屋敷に来た時、彼の爪が真っ黒なことに驚いた。コレがツビィロランが言っていたイタズラなのかと呆れてしまった。サティーカジィがどうにかして欲しいと頼んでいたが、ツビィロランも思いっきりやったから分からないと無責任なことを言っていたのを思い出す。元に戻るのはまだまだ先だろうと言っていたのに、サティーカジィの爪は綺麗な薄桃色に戻っていた。
サティーカジィは嬉しそうに微笑んでいる。
そりゃ嬉しいよね。聞いた話じゃ飲み水でさえ真っ黒に代わっていたらしいから。いくら味はそのままでも黒い水は飲みたくないよね。
「私の許嫁のことは気にせず、この部屋を使用して下さい。」
「そうですか?サティーカジィ様が大丈夫ならいいですけど…。追い出されても行く所が無いですし。」
いつまでここに居るのか分からないし、イツズにとってツビィロランはもう家族だも同然だ。一人で出ていくなんてあり得ない。
「それよりも、イツズの金髪ですが、本来は淡い色合いなのですか?」
「え?あっ、違うんです。僕は、その………、元々は色無なんですよ。」
眉を垂らして視線を落としたイツズは自嘲気味に笑った。作業をする為に後ろに一つ結びにしていた髪を指先で弄る。
「ああ、じゃあ今は自然な色なのですね。」
サティーカジィの言葉にイツズはフルフルと首を振った。
「地上では透金英の花を毎日食べてたんです。色無は何かと不便なのでツビィがそうしようって言ってくれて……。金髪のままじゃご迷惑をかけるかと思い白髪に戻そうと思ったんですけど、天空白露では神聖力が大気に混ざっている為ここまでしか薄まらなくて……。すみません。」
モジモジと謝るイツズの頭をサティーカジィは撫でた。
「いいえ、そのおかげで気付けたので私としては喜ばしいかぎりです。それに天空白露の神聖力を取り込んで出た色なのですから、今の淡い金髪がイツズの色なんですよ。」
何に気付いたのか分からずイツズは首を傾げたが、それ以上は教えてもらえなかった。
「少し待っていて下さいね。決して私の屋敷から出てはいけません。」
優し気なのに有無を言わせぬ笑顔にイツズは思わず頷いた。それはツビィに確認しなければならないのにとは思ったが、言えない雰囲気だった。
イツズに与えた作業部屋から出たサティーカジィを腹心達が廊下で待機し出迎えた。
「ご報告申し上げます。」
サティーカジィは鷹揚に頷き先を促す。
「アオガ様が生まれた数日後に遠縁にあたる一家が行方不明になっております。身内の少ない夫婦でいなくなっても問題にされなかったようです。妻の方が出産したところまでは確認できましたが一月も経たないうちにいなくなっていたそうです。」
「そうですか。子供の容姿については?」
「それが、関係者は全て死亡しており確認が出来ませんでした。」
「引き続き調査を。それからその赤子が産まれてすぐは白髪だったかもしれません。」
指示を出し外に向かう。今日は聖王宮殿に呼び出されていた。翼主クオラジュも来ることだろう。
予言者という立場は聖王に仕えるのではなくシュネイシロ神に仕える。なので神の意思を伝える者として国事に携わる事はなく、あくまで導くものとして助言をするだけだ。後は祭事か天空白露の存続に関わる場合のみ。
なのに予言者の当主を呼び付けるとは、何を考えているのか。
可能性としては先日ツビィロランが花守主の透金英の樹を燃やした際、リョギエンに何か悟られたのかもしれない。
サティーカジィは歩きながらゆっくりと首を振った。金の髪がサラサラと揺れる。
ツビィロランはクオラジュに任せるしかない。サティーカジィから見ればツビィロランに一番近いのはクオラジュだと思っている。
話す回数は少なくとも、ちゃんと会話をしていたのは意外にもクオラジュの方だったのだ。
「私は出かけますのでイツズをお願いします。」
柔らかな薄桃色の瞳には古き一族の威厳がある。腹心達は首を垂れて偉大なる当主を送り出した。
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