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空に浮かぶ国
13 攻略対象者の魅力ってね
しおりを挟むイツズが捕まえたかった薬材とは鹿の角だった。岩場に生息していて肉食の鹿だ。角がオデコから背中にかけて沢山ついている鹿で、歯はギザギザだった。
「こ、こ、こ、こわっ!」
俺は非戦闘員だ。イツズが言うにはあの蛇の蒲焼を食べている間大人しくなるから、その隙に目を矢で射抜いてしまえば捕まえやすいはずだと教えてくれた。目が見えなくなった鹿は木や岩にふつかって自滅するから、弱った隙に殺すんだとか。
鹿の角の先っぽが淡く光っていて、その光っている所が薬材になるらしい。これもまたほんの少しの収穫量だ。
「ツビィロランは下がっていて下さい。私が首を刎ねますので。」
そう言ったクオラジュは護衛用に持って来た剣でスパッと鹿の首を刎ねてしまった。
その後も二頭三頭と屠ってしまう。まるで小枝を切り落とすかの様にスパスパ切っていくので、怖さも半減してしまった。鹿が弱かったのかクオラジュが強かったのかよく分からなかったな。
「ありがとうございます!クオラジュ様!」
イツズはウキウキと解体しだした。角以外の部位は食用になるので持ち帰ると言って、サティーカジィが連れて来た護衛隊が運んでしまったので助かる。
「クオラジュは強いんだな。」
見た目もいいのに強いとか欠点ないのかよと少し嫉妬してしまう。
「強くなければなりませんでしたから。」
剣についた血を拭いて鞘にしまいながらクオラジュは大したことはないと笑っていた。
翼主って机仕事かと思ってたのに意外と違うらしい。
翼主クオラジュは一匹狼だったはずだ。青の翼主としてたった一人残された存在として、血筋を残す為にクオラジュは生きている。
もしホミィセナが聖王陛下ではなくクオラジュを攻略していたら、クオラジュはホミィセナと番になって子供を作り幸せになる可能性があった。
ツビィロランはどの攻略対象者のルートを辿ってもホミィセナを襲ったとして罪人となり、背中を切られて牢獄に入れられる運命。
「でも話が違うよなぁ。」
突然呟いた俺に、クオラジュは不思議そうな顔をした。何でもないと首を振る。
俺は妹が描いた絵の所為でこの世界に来たと思っている。あの絵は主人公ホミィセナが聖王陛下ロアートシュエを攻略した場合のエンディングだった。
妹が描いた妹好みの世界………。
「……………!」
一つの可能性が閃いた。
いやぁ~、まさかなぁ。あのゲームは乙女ゲームだった。男八割の女二割の世界。女が有利な世界観だから主人公はモテモテになるのだ。何よりライバルが男だしな。攻略もサクサク進むイージーゲームだった。
でも逆に考えるとこの世界って男多いよな?それって男同士のカップルも発生するよな………。聖王陛下の許嫁はツビィロランだしな。
何よりこの十年間地上を旅してきて、何百組の番を見てきたことか…。
いや、普通に男と女の番もいたよ?
でもな?
もしかしてこの世界は妹の趣味で描かれてないよな?妹は腐女子だ。妹の妄想が何なのかまで詳しく聞いたことないけど、妹の推しは神聖軍主アゼディム攻めの聖王陛下ロアートシュエ受け………。
あれ?でも聖王陛下は主人公とハッピーエンドだったのに違うな?
「うおぉーー、わけわからん!」
頭を悩ませだした俺にクオラジュはオロオロしていた。
「どうしましたか?」
氷銀色の瞳がしゃがんで俺を覗き込んだ。ほんと背が高いな。
「うん、いいんだ。攻めとか受けとか知ってる俺が嫌になっただけだから。」
「そう、ですか?」
クオラジュが首を傾げると、黎明色の髪がサラサラと目の前を流れていた。
ここが妹の妄想世界の影響を受けているとすると俺の貞操がヤバい。ツビィロランがその腐女子妄想に入ってるか知らないけど。
クオラジュは足元に気を付けてと言いながら手を差し出してくれる。一匹狼のはずなのに親切だな、この人。何で十年前はツビィロランに塩対応だったのか…。
「俺に優しくしても手を貸さないからな。」
ここはキッパリと言っておこう。
「………はい、承知しております。」
うう、そのちょっと悲しそうな笑顔はやめて欲しい!
森の中を通るので馬車は小さいものだった為、中には俺とイツズしか乗れなくて助かった。ずっとクオラジュに優しくされると心苦しくなってきた。
「やれやれ。ちょっと優しくされて絆されかけてる。」
イツズが呆れた様に本日の収穫物を確認しながら言った。
「くそっ!この世界は何で顔がいいんだ!」
「ツビィだってイイと思うけど?」
そおかぁ?琥珀の瞳は確かに綺麗だけど、ありふれた薄い茶色だったら普通よりの顔だと思うぞ?整ってはいるけど、派手さはない。イツズの方が綺麗な顔をしている。
でもこの世界は男八割なので迂闊にモテたくもない。俺は小柄なので男にモテそうで怖い!津々木学だった時は周りより身長高い方で体つきも男らしかったし、それなりに女子にモテてたのに!
「俺さ、生涯独身でいようかな?」
腐女子妹が妄想した世界かもとか思ってしまうと、俺の行く末がソッチに行きそうで怖い。女二割の方に行けると思えない。俺一応彼女いたのにぃ~!
「………僕は、番に選ばれたいな……。」
頬を染めて可愛らしくイツズは言っている。『選ばれたい』ね、『選びたい』じゃなくてね。元が白髪の色無だからか、基本の考え方が卑屈だ。
そういえばイツズはずっとサティーカジィが相手をしてくれていた気がする。この薬材集めもサティーカジィが手配してくれたのだ。
え?まさか……。
「サティーカジィには許嫁いるからな。」
可哀想だが現実は早めに教えてあげとかないと。
「え!?ええ!?ち、ち、違うよ!?ししし知ってるし!」
イツズはアワアワと手を振って否定しだした。
……………恐るべし、攻略対象者!
目の前の馬車の小窓から楽しげに話しているツビィロランとイツズの影が見える。
最初こそ夜の湖で見せた巨大な神聖力に圧倒されたが、今のツビィロランからはあの荘厳な力は感じられない。相変わらず前髪で琥珀の瞳を隠しているからだろうか。
「クオラジュが誰かと仲良くしようと努力する姿を初めて見ました。」
サティーカジィが話しかけてきた。お互い馬に跨り馬車の後ろにつけている。
動きやすい様三つ編みにした金の髪が木漏れ日に反射して輝いていた。
「………彼の協力を得られれば、今後の計画が大幅に進みますし、安全性も増しますから。」
「確かにそうですが、その為だけに近付くのですか?」
ツビィロランと話していた時の優し気な雰囲気は拭い去り、氷銀色の瞳は静かにサティーカジィを見返した。
こちらこそ本来のクオラジュだとサティーカジィは思う。冷静沈着で合理性を求めた冷淡な判断をする、三翼主の中で一番優れた天上人がクオラジュだ。
サティーカジィはクオラジュから、天空白露の神聖力が弱まり透金英の樹が失われている為、地上にあるかもしれない透金英の樹を回収しようと言われて手伝っていた。
クオラジュはサティーカジィの予見の力をあてにしていたのだろうと思っている。
「仕方ありません。何もしなければ天空白露は大陸のどこかに落ちるでしょう。」
「……………。」
そう言われたから手を貸すことにした。
クオラジュは天空白露を救うのだと言う。だが時々思ってしまう。本当は何を考えているのか読めないのがクオラジュだ。本当に天空白露を救う気があるのかとサティーカジィは疑っている。
それすらも見透かされていそうで怖いところがあるのだが、天空白露が下降し始めた今、予言者の一族として動かないわけにはいかない。
かと言って聖王陛下とホミィセナ側につくのも嫌で、クオラジュ側についたと言うのが現実だ。
「今のツビィロランは昔のツビィロランと性格がかなり違いますね。」
クオラジュが本音を話してくれるとは思えないので、サティーカジィは別の気になることを問いかけた。
それはクオラジュも感じていた。かなりと言うかまるっきり別人だ。十年経ったから?歳をとって成長したから?それにしては昔の単純で幼い精神だったツビィロランの面影が全くなかった。
物理的な攻撃を嫌うのは同じだが、攻撃性が無いわけではない。やられたら多少はやり返すし、小狡かしいこともする。人間が汚い精神と清純な精神どちらも持ち合わせていることを知っているし、汚いことをしたからといって無闇に咎めることもなく許容する。
今のツビィロランは広い世界を知っていると感じた。何事が起きても惑わされない広い視野。それは一朝一夕では身に付かない。どれほど多くの経験を積めばその視野を手に入れられるのか。地上で流れの薬師をする者は多くいるが、それら全ての人間が経験豊富であるとは思えない。
今のツビィロランは長寿である天上人よりも経験を積み思慮深い。
簡単に騙される性格ではないだろうが、だからこそ違うやり方を取るつもりだ。
「ええ、だから以前とは違う関係を築いている途中です。」
淡々と応えるクオラジュに、人の心を弄ぶなと言いそうになってやめた。クオラジュはおそらく情を深めツビィロランの良心に訴えるつもりだ。
サティーカジィから見ても、その方法は効果的に見える。
「裏切ることのない様にお願いします。」
念を押すサティーカジィに、クオラジュは冷笑した。
「貴方こそイツズに構いすぎではありませんか?金髪赤眼が気になるのですか?」
サティーカジィはグッと喉を詰まらせた。その言い方では予言者の一族の事情を知っていると言っているようなものだ。一族のほんの各家家長しか知らない秘密事項を何故クオラジュが知っているのか。
それともカマをかけているのか。
「何が言いたいのですか?」
氷銀色の瞳は表情が読めない。用心してサティーカジィは慎重に尋ねた。
クオラジュの口角がほんの少し上がる。
「貴方の許嫁殿と同じ色合いですね。」
サティーカジィは、ハァと溜息を吐いた。何故知っているのか。調べたのか?
「私も今日は真実を知り少し動揺しているのです……。」
クオラジュがツビィロランを構っていた間、サティーカジィはイツズを手伝っていた。そして気付いてしまった。
その事実に驚き、今どうすべきかを考えている。
「貴方こそイツズを悲しませるのでは?…………もしくは許嫁を。」
クオラジュの指摘にサティーカジィの懸念が増し眉間に皺がよった。
そこから二人は無言になった。お互いやるべき事がある。それは天空白露の創世から始まる一族の為だったり、今後の天空白露の未来の為だったりする。
クオラジュは考える。
あのツビィロランは別人と言われれば信じてしまえるくらいに昔とは違う。
それでもやるべき事は変わらない。
アレが別人だろうと本物だろうと、もう時間がないのだから。
『どうしてそんなに一人で頑張るの?天空白露には聖王陛下がいらっしゃるのに、何で一緒にやらないの?』
昔、無邪気な子供が琥珀の瞳を瞬かせて尋ねてきたことがある。
ツビィロランは無知だ。地上ではそれなりに勉強させていたと報告はきているが、相対し話してみれば分かる。誰もが青の翼主の一族にはクオラジュしか存在しないのだと知っているのに、ツビィロランは知らない……、いや、知ろうとすらしないだろう。
聖王陛下ロアートシュエ以外の人間は彼にとってどうでもいいのだから。
予言の神子が天空白露の統治者に懐くのはいいことだ。
そう思ってクオラジュは微かに笑った。
笑われたことにツビィロランは気付いたらしく、顔を赤らめて怒り出した。
『バカにしてるの!?僕は予言の神子だよ?天空白露を救う人間を貶していいと思ってるの!?』
軽く後ろに結えた黒髪を揺らして叫び出した。クオラジュは内心面倒だと思いつつも、顔に笑顔を貼り付けて謝る。
『申し訳ありません。神子様の慧眼につい嬉しくなり喜びで笑ったのです。』
ツビィロランはキョトンとまた目を瞬かせて、それならいいんだけど…、と言いながらツンと横を向いた。おそらくクオラジュが言った内容がよく理解出来なかったのだろう。
あの時の少年は大人になって目の前に現れた。
美しい琥珀の瞳は理知的に輝き、その動きは幼さが抜け、人を惑わす言動にクオラジュは翻弄されてしまった。
ツビィロランにとって以前の自分があまり好印象でなかったことは理解しているが、どこまで彼の心に入り込めるだろうか…。
今の彼を嘲笑おうものなら、一瞬で見切りをつけられかねない。そんな気配を彼からは感じてしまう。
信頼を得なければならない。
最後の最後でしくじらない様に。
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2,015
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➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
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