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空に浮かぶ国

12 お世話になります

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 氷銀色の瞳が驚いてツビィロラン達を見下ろしていた。
 長い衣の服はクオラジュの体型を隠しているが、抱き付くとかなり逞しい。背も高いし着痩せするタイプかと羨ましくなる。

「………何故ここにいるのです?」

 クオラジュは逃すまいとツビィロランの手首を握った。

「えーと、追われてる。」

「追われてる?」

 遠くから兵士達の怒鳴り声が近付いてくる。クオラジュは逡巡して俺の手を引いて走り出した。

「今は私も神聖力がありません。少し走って下さい。」

 走る俺達の後をイツズもついてくる。
 クオラジュの髪はこの前見た時よりもかなりくすんでいた。夜だったけど月の光に透き通る黎明の空のような髪で綺麗だったのに、透明感もなくなり色味も薄くなっている。
 暫く走ると大きな屋敷の前に来た。門番が慌てて対応してくれる。

「これは翼主様!」

「すみませんが直ぐに入れて下さい。そして私達が来たことは誰にも言わないようお願いします。」

「はっ!」

 直ぐに門番は開けてくれて中に入れた。ここって予言者の屋敷じゃなかったっけ?

 俺達はそのままスタスタと庭を歩き玄関に辿り着いた。使用人が玄関の前に待機しており、礼をとって扉を開けてくれた。

「今日はもう来ないかと思っていたのに、どこで捕まえてきたんですか?」

 優しげな声が話し掛けてきた。

「たまたまです。」

 俺の手首はしっかりと捕獲されたままだ。これ逃げられないなぁと汗が出て来る。
 ロビーで待っていたのは鮮やかな金髪に薄桃色の瞳をした予言者サティーカジィだった。







 そして俺は説明を求められた。

「…………火を、つけたのですか?」

 信じられないと氷銀色の瞳が言っている。だって咄嗟にそうしちゃったし。

「少しだよ?樹が何本か燃えたかもだけど。」

 いや、枯れた森なんだから下手したら全焼?ヒヤリと背筋が凍る。

「今使用人に調べに行かせましたが火は直ぐに消し止めたようですよ。危ないからそんなことをしては駄目です。」

 サティーカジィがゆったりと注意してきた。

「申し訳ありません。」

 なんでかイツズが謝っている。火をつけたの俺だけど。
 何故花守主の屋敷に入ったのかと聞かれて、正直に船を盗もうかなと思ったと伝えると、クオラジュは怪訝な顔をした。

「船で何をするつもりです?」

「え?だって天空白露落ちたら危なそうだなと思って。」

「…………。」

 クオラジュが絶句していた。少し立ち直れなかったようだが、気を取り直したのか俺の両手を握ってきた。

「そのことでお願いがあるのです。」

「やだ。」

「聞いて下さい。リョギエンの屋敷を見たのなら知ったはずです。透金英の樹が枯れるくらい天空白露の神聖力は失われています。今は辛うじて浮いていますが、いずれ落ちるでしょう。」

「浮かせるの手伝ってっていうなら無理だよ。」

 ツビィロランの背中を傷付けて開羽出来なくしたのはお前達だ。ツビィロランは悲しみと痛みの中で死んでいった。
 それを無かったことにはしたくない。

 クオラジュが一瞬苦しそうな顔をした。

「そうですね。貴方の背を傷付けたのは私達です。申し訳ありません。傷付けた私達が貴方に手伝って欲しいと願い出るのは烏滸おこがましいと重々承知しています。」

 そう素直に謝られると気まずい。

「………そもそも俺じゃ何していいのか分かんないよ。」

 俺は悪役側のツビィロランだ。ゲームじゃホミィセナが主人公で、彼女が攻略対象者とくっついてバッピーエンド迎えれば天空白露は救われるという設定だった。
 まさかエンディングを迎えた十年後に落ちそうになるなんて思いもしなかったけど。それでも天空白露を浮かせるのはホミィセナの役割だよな?

「貴方の神聖力を私に貸して欲しいのです。」

「うーん、やかな。」

 プイッと顔を背ける。手は握られたままなので逃げられないのが困るけど。

「…………そうですか。」

 うっ…………。そんな顔されても…。流されちゃダメだ!
 俺はギュウと目を瞑った。こんないい顔を見ちゃうからいけないのだ。男の俺でも見惚れる程整った顔だ。絆されたらいかん!

「………君たちは花守主から追われているのなら、私の屋敷かクオラジュの所で匿われるのがいいと思いますよ。」

 見かねたのかサティーカジィが間に入ってきた。漸く俺の手が自由になった。ずっと握られてて汗かいてるし。

「それなら是非私の屋敷に………。」

「んにゃ、サティーカジィのとこにこのままいる。」

 サクッと断ったらクオラジュがショックを受けていた。









 次の日、美味しいご飯とフカフカ布団を満喫して俺達は目覚めた。たまにはいいよねと少しお高めの宿に泊まったこともあるけど、どんな高い宿屋よりも気持ちのいい部屋だった。
 クオラジュは俺達が泊まる予定だったホテルを引き払い荷物を持って来てくれていた。
 透金英の枝が入った時止まりの袋もあったので、クオラジュの気遣いにちょっと感謝した。
 昨日の枯れ木の森を見たら、この透金英の枝はかなり希少なものということになる。昨日はクオラジュは何も透金英の花について聞いてこなかったけど、きっと気になっているに違いない。
 だけど俺達の荷物は一切荒らされることなく戻ってきた。
 
 イツズも自分の荷物が戻ってきて喜んでいた。イツズの荷物はほぼ薬材が占めている。貴重なものや苦労して手に入れたものもあるので、イツズは自分の時止まりの箱を大事にしていた。
 朝からまた薬材採取に行きたいというので、俺達はその下準備に取り掛かった。
 なんでも昨日毒袋を集める為に獲って集めた蛇の死骸を、今度は違う獣を捕まえる為の餌にするらしい。
 イツズも今は俺があげてる黒い透金英の花を食べているので神聖力が使える。あまり派手なことは出来ないが、焚き火の火をつけるくらい造作もなく出来る。屋敷の庭に枯れ枝と枯れ葉を集めてボッと火をつけた。

「お~、蛇の蒲焼かばやき。」

「かばやき?こうやって少し炙って撒き餌にするんだ。この生臭い臭いが好物なんだよ。」

 確かに臭い。ちょー臭い。
 縦に裂いて広げた蛇に串を刺して適当に焚き火で炙っているのだが、あたり一面とても臭い。

「貴方達は何をしているのです!?」

 屋敷の中からサティーカジィが慌てて出て来た。
 
「…………蛇焼いてる?」

「この後薬材取りに行きます。」

 俺達の返事を聞いてサティーカジィは信じられない!と騒ぎ出した。

「昨日追われたくせに何を言ってるんですか!?リョギエンが昨日の放火魔を捕まえると兵を放っています。この屋敷から出たら捕まってしまいますよ!?あと、臭いのでやめて下さい!」

 サティーカジィは叫んだ。確かに臭いもんな。

「でも!蛇は新鮮なうちに炙って餌にしないと意味がありません!」

「あ、貴方は綺麗な顔をしてなんてことを!」

 イツズはさっきまで蛇を捌いて焼いてた手でサティーカジィに詰め寄った。サティーカジィは少し顔を赤らめて慌てている。

 そしてサティーカジィはイツズの主張に折れてしまった。こういう時の薬材を求めるイツズは強い。
 俺たちを心配したサティーカジィは、翼主の屋敷に連絡を入れてクオラジュまで呼び出してしまった。

「手伝ってくれてもクオラジュの手伝いはしないからね。」

 先に言っておく。

「ええ、構いません。ツビィロランが花守主に捕まるのは危険ですから、私が守ります。」

 ニコリと微笑まれてしまった。クオラジュってこんなキャラだったっけ?
 俺達はサティーカジィとクオラジュを護衛に馬車移動で昨日とは違う森へと向かうことになった。

 翼主クオラジュは攻略対象者の中で一番攻略しにくいと聞いていた。その理由は青の翼主の中で最後の一人というところにある。
 生き残る為に政敵を作らず、常に中立を保ち、翼主の仕事に没頭しているのが翼主クオラジュだった。主人公ホミィセナの周りには他の攻略対象者もいる。クオラジュを攻略する場合、他の攻略対象者に接触してはいけないのだ。なのに話を進めると直ぐに違う攻略対象者が現れてしまう。選択一つ間違うと翼主クオラジュは目の前に現れなくなってしまうと妹は嘆いていた。
 現実ではどうだっただろうとツビィロランの記憶を辿る。
 …………………確かに喋ったのは数える程度。殆どの会話が挨拶程度で終わっている。
 ツビィロランは基本婚約者だった聖王陛下ロアートシュエの所にしか行かなかった。それ以外はホミィセナを邪魔しに行くだけ。翼主クオラジュは仕事上宮殿にやって来ても、ツビィロランが現れると直ぐに挨拶をして去ってしまっていた。
 それはホミィセナに対しても同じだったように感じる。
 ホミィセナが仲良かったのは聖王陛下と花守主、後は神聖軍主の三人だった。たまにそこに当時まだ王子だったイリダナル王が居た気がする。
 

 ツビィロランは首を傾げてクオラジュを見上げた。
 今日は一晩休んだのか顔色が戻っていた。髪の色も綺麗な黎明色になっている。
 俺達は目的地である森の中を歩いていた。

「昨日は何であんなに神聖力無かったんだ?」

 俺は朝から少し透金英の枝に神聖力を吸わせたけど、ちゃんと量を調節しているので、昨日のクオラジュのように満身創痍になることはない。というか、どんなに神聖力吸われても平気だったりする。
 
「聖王宮殿にはまだ透金英の樹が数本残っているのです。最近体調を崩している聖王陛下の為に透金英の花を咲かせる必要があり、予言の神子の依頼で神聖力を与えて花を咲かせに行ったのですよ。」

 え?何でクオラジュが?ホミィセナが咲かせればいいじゃん。
 俺の不思議そうな顔に、クオラジュは苦笑した。

「予言の神子が透金英の樹に神聖力を与えたことはありません。聖王陛下も病気だということで宮殿の奥深くから出てこられないのでなかなか確認も出来ません。」

「なぁ、ホミィセナは神子だよな?」

 俺は予言の神子じゃないよな?じゃなきゃ……、もしツビィロランが本物だとか今更言われたら、死んだツビィロランが可哀想だ。本当はずっと敬われて大切にされるべき存在だったのに、天上人にもなれず死んだことになる。

 俺は懇願するようにクオラジュに尋ねた。

「………………。」

 無言になったクオラジュは俺の手を握った。
 ここで黙られたら悲しいだろうが。俺まで息が止まるように無言になる。

「………………。」

「申し訳ありません。」

 クオラジュの返事が答えなのだろうとは思うけど、俺は聞きたくなくて先を歩くイツズの元へ走って逃げた。
 ツビィロランの居場所を奪った人間を憎く感じた。








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