翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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3章 俺の愛しい皇子様

92 パル、うっかり

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 その後、旗印を無くした貴族達は捕まっていった。
 パルが非常に優秀な戦力だったのもあるが、スワイデル皇国から持って来た武器のおかげでもある。

「この水鉄砲怖いですよ。」
 
 キィロが使った武器の性能を事細かに書類に上げてきた。
 
「水圧調整っていう部分で試しに弱を出してみたら、庭の水撒き程度のシャワーが出たんで、強で使ってみたら人間を真っ二つにするのですよ!?」
 
 この調節の仕方おかしく無いですか!?
 キィロが身震いしながら教えてくれた。
 あの皇太子、だんだんヤバさが増している気がする。
 小さな主人の好みが可哀想だ。
 
 使い所を選ぶ武器ばかりだったので、遠距離用大砲という味方が全くいない所へ攻撃出来る武器だけ使用する事にした。



 
 明日は隣国が進行しているのでそちらに行かなければならない。
 ディーゼレン陛下には王城で待つよう提案してみたが、隣国は妻であった元王妃の母国になる。
 国としての信頼関係もなくなったので、陛下自ら出向いて勝つ必要があると言われた。
 パルは第四王子だったリッゼレンの婚約者だったが、その頃王太子妃だった元王妃には会ったことがない。陛下は姫ばかり三人子供もいたはずだが、その子達も隣国に連れて行かれてしまったという。
 
「私は独りなんだよ。」

 混乱を極めた王宮の中、今料理場が停止しているという事で、パルが簡単な食事を持って陛下の自室を訪れた。
 一緒にどうかと言われて、どうせ食べなければならないのだからと思い、了承して食べ出した時、ポツリと陛下が呟いた。
 パルはパンを千切りながら、返事して良いものかどうか考え、結局頷く事もできずにディーゼレン陛下を見ているだけになった。
 四人いた兄弟で生き残ったのはディーゼレン陛下だけ。妻も子供も籍から外れ、妻の母国と戦争になってしまっては元には戻せないだろう。
 
「姫だけでも引き取れないでしょうか。」

 パルが考えつくのはこの程度。
 ディーゼレンは小さく笑った。

「あの国の血を引く姫はもう後継には置けないだろうね。」

 それを押し切るほどの強い陛下でもない。
 力が無いとか能力が無いというわけではなく、性格の問題のような気がした。
 暗い室内は魔導ランプの灯りで灯されてはいるが、就寝が近いので仄かにオレンジ色を灯すだけにしてある。その明かりがディーゼレン陛下の飴色の金髪をチラチラと光らせていた。

 終わった食器をワゴンに乗せて、食後用にと持って来た紅茶を淹れる。
 どうぞ、と言葉はないがそっと微笑みながら差し出すと、漸く笑って受け取った。
 ディーゼレン陛下は会ってから一度も笑っていなかった。

「君は強いね。」

「?そうでもないと思いますが。」

 パルは自分自身を強いと思った事はない。だけど、周囲の人間に恵まれたのだと思っている。

「私は弟を処罰するのを躊躇った。躊躇って攻撃の手が緩んだんだよ。君が来て、代わりにやってくれただけだ。」

 側に跪くパルの手を、ディーゼレンは両手で包んだ。

「ありがとう。」

 今日一日見て来て、ディーゼレンは突出した能力は無くとも堅実に良識のある人物に見えた。慌てず確実に処理して行く姿はパルから見ても国王として立派に映り、力強く感じたのに…………。
 その人が微笑んで、礼を言っている。
 疲れたように弱々しい笑顔に、パルはキューンときた。
 あ、ヤバい。これ好み………。
 引き寄せられ、暖かいと睦言のように耳元で囁かれ、パルは一瞬で頬が染まった。
 優秀な人が弱った時、ちょっと力抜けて甘えてくる時にパルは弱いのだ。

 今日は一緒にいて欲しい………。

 そう追い討ちを囁かれ、パルは陥落した。
 
 パルは恋バナが好きで、よく人からその手の相談は受けるが、実は未経験だった。
 なんなら道具を使った事もない。
 婚約者が男だったから詳しかっただけで、使う暇もなく海に流され侍従の仕事に追われたので、そんな暇もなかった。


「…………んぁ、……はっ、あっ………!」

 自分の口から喘ぎ声を出す時がこようとは思ってもおらず、やけに手慣れているディーゼレン陛下に翻弄された。
 妻は勿論女性なのに、男の抱き方も知っているとは。

「ああ、パルディネラ、気持ちいい………。安心する……。」

 これが王家の閨教育の賜物なのかとパルは何度も精を吐き出しながら、夜更けまで肌を重ねる事となった。

 
 その後遠距離大砲がよく効いて、隣国はあっさりと攻め滅ぼした。
 元王妃の処遇は牢に幽閉して毒杯で処刑。
 子供達も同じ道を辿る事となった。
 王がまだ若いので早く次の妃を持つ様周りが進めているが、ディーゼレン陛下は三年程度間を置きたいと溢している。
 パルはその間も割と頻繁にディーゼレン陛下の相手をしていた。
 ハゼルナルナーデ国は男は妊娠しない。
 というか向こうの大陸が異質なのだと思うが、パルは妊娠しない己の身体にホッと安心するやら、モヤモヤと気持ちが消化出来ないやらで、帰る日付を決めかねていた。

 それでもようやく五ヶ月目で帰る事にした。
 そろそろロルビィ様の婚姻の準備に取り掛からねばならない。
 流石がにもうユキト殿下も水に流している頃だろう。
 
「戦後処理も落ち着いたと思いますので、私は帰りますね。」

 パルが別れを告げると、ディーゼレン陛下は残念そうに笑って送り出してくれた。
 
「いつでもこちらに帰っておいで。仕事が欲しいなら王宮に用意するよ。」

 飴色の金髪を無造作に一括りにした王は、何度も抱擁して別れを告げてくれた。
 またおいでと言って。
 父である公爵に、男だけど側室になって側で支えてはどうかと言われたが、男の身で側に侍りたくなかった。
 ハゼルナルナーデ国の男性は妊娠しないのだ。
 いずれディーゼレン陛下は妻を娶り子孫を繋げる必要がある。それを側で見ていたいとは思わなかった。

「キィロも帰るのか?」

 船に乗り込みながら一緒に乗ってきたキィロに尋ねると、何やらぶつぶつ言いながら不貞腐れて乗ってきた。

「はあ、二重勤務目白押しですね。」

「そんなに沢山任務があるのか?大変だな。でも金にはなるんじゃないか?」

「ん~、家族もいない独り身なので金ばかりあってもですねぇ。」

「なんだ独りなのか。予想通りの男だな。」

「失礼ですね!」

 キィロだけは恋バナは無さそうだなと安堵する。
 好きになりかけた人間が、元婚約者の兄で、国王で、もと妻帯者。自分は男で子供も作れないんじゃ、失恋しに帰省した様なものである。
 何やってるんだろ…………。
 来た時同様、パルは深々と溜息を吐いた。





 やたらと最近身体が怠い。
 注意力散漫というか、小さなミスが増えたし、何より眠たい。
 食事も食べれないわけではないが、少し吐き気がする。体力を落としたくないから食べるが、あまり入らない。

「…………どうしたのですか?顔色が優れませんね。」

 ララディエルが気付いて心配してくれるが、自分でもよく分からないのだ。

「治癒師に見てもらおうよ。」

 ロルビィ様にまで心配された。

「……………そうですね。季節の変わり目の風邪でしょうか?薬貰ってきます。」


 周りに心配かけてまで無視するのも悪いので、皇宮の治療院に顔を出した。

「まあ、あらあら、パルディネラさんはハゼルナルナーデ国の人ではなかったかしら?」

「え?そうですが。」

「うーん、魔力が多いから土地に馴染むのかしら?」

「え?余所者は合わないのですか?何かこの土地特有の病気が?」

「やぁねぇ~。土地に合ったから、おめでたになったのよぉ。」

「…………え?」

「あら、未婚なのね?避妊薬使わなかったの?お父さんの名前も聞いときたいんだけど、教えてもらえるかしら?」

 すみません、今は言えません…。となんとか答えてフラフラと治療院から出た。
 は?おめでた?
 
「あ、パルディネラ!どうでしたか?大丈夫………そうには見えませんね。何か病気だったのですか?」

 青褪めてフラフラ歩いていると、心配して迎えに来たララディエルが抱き止めてくれた。
 今なら分かる。
 男だから、妊娠しないと分かってたから、安心して抱かれたのだ。
 きっと陛下だって男だから抱いたのだ。
 弱気になって誰かに縋りたくても王として縋れなくて、近くにいて、いずれは離れていくパルディネラだから相手に選んだ。
 公爵家の子息という身分も、下手に寵愛を得ようと騒ぎ立てないだろうというのもあっただろう。

「どどどどどうしよう!?」

 いつにないパルディネラの動揺に、ララディエルも慌てる。
 更に妊娠したと聞いて、ロルビィ含めて周りも驚いていた。
 誰の子かと聞かれて答えれる訳ない。
 ディーゼレン・ハゼルナルナーデ陛下の子で間違い無いのだ。
 
 誰が尋ねてもパルは父親を明かさなかった。
 正直明かしてディーゼレン陛下に伝えたとしても、向こうも困るだろう。
 ハゼルナルナーデ国の男は妊娠しないのだ。
 大きなお腹を抱えて帰るつもりは無かった。
 ロルビィ様が水龍ソギラに確認してくれたが、この大陸には子宮生成魔法が働くよう細工してあるらしかった。この大陸は女性が少ない。なので時間が経っても男性も妊娠できるようにしていたらしい。
 途中から移り住んでも長く居れば、身体が変化するようになっていた。
 ララディエルも、え?自分もですか?と動揺していたので、身に覚えがあるのだろう。


 月日が流れると段々とお腹が大きくなってくる。
 ロルビィ様の侍従としての仕事もギリギリまで頑張った。
 もういつ出てきてもおかしく無いと言われるまでやり続けた。
 だって婚礼衣装も道具も式の準備も全部パルも参加したかったのだ。
 ロルビィ様のおかげで、何故か探してくれたおかげで今の自分はあるのだ。
 のたれ死んでたっておかしくなかった。
 

 
 産むのは無茶苦茶大変だった。
 女性が産むのは当たり前の世界で生きてきて、まさか自分が産むとは思っても見なかった。
 たまにハゼルナルナーデ国の父から帰っておいでと手紙が届くが、妊娠した事は言えなかった。
 なんて書けば良いのか分からなかった。
 なんせ陛下の子供になるし。

「あー、分かった。父親分かっちゃった。」

「そっくりだな。」

 お見舞いに来たロルビィ様とユキト殿下は労って早々にそう言った。
 髪と目の色が自分似なら良かったのに、思いっきり向こうの色だったのだ。

「教えないの?その、嬉しいと思うよ?勿論、パルが赤ちゃんと一緒にここに居てくれるのは、俺も嬉しいけど。」

 遠慮がちなロルビィ様は優しい。
 ユキト殿下が何を思ったのか、赤ん坊の手にチョンと触れた。
 パリパリという火花らしきものが触れた箇所に発生する。

「雷属性………。間違いないな。」

 言い逃れが出来ない。

「その、向こうには教えていないので、黙ってていただけると…………。」

 勇気が出ない。

「黙秘はいいけど、どうせ俺たちの結婚式にハゼルナルナーデ王は来るぞ?」

 ユキト殿下の一刀両断に、子供を産んだとバレる期限がハッキリとした。
 いや、出産を知るのは皇宮のごく一部なのだ。口裏合わせてくれないだろうか?
 ニヤリと殿下が笑う。
 合わせるつもりは無さそうだった。




 結婚式は一週間続く。
 というのも各所から人が集まるし、今回の皇太子の結婚式に参加したいという通知があちこちから来たのだ。
 ハゼルナルナーデ国は勿論、それ以外の下の大陸にある国や貴族達からもだ。誰だそれ?という状態である。
 一つ一つ調べて選別をして、招待客を決めるだけでも一苦労だった。
 招待客は結婚式の一週間前から集まりだす。なんせ船を渡って態々来るので大掛かりだ。
 どんどん集まる客を招いては毎日歓迎パーティーをする必要があった。
 そして漸く最終日に結婚式を行なって、皇太子夫妻は新婚旅行に行く予定だ。


 勿論ディーゼレン陛下も早目にやってきた。というかそれよりも早く三週間前に来た。
 予定よりも早い到着に皇宮は大慌てで客間を用意しようとしたが、ユキト殿下がゆっくりでいいと言って一つの部屋に案内した。
 
 ノックの音が響いて、窓際の暖かい場所で寝かしつけていたパルが、はいと返事する。
 日差しを浴びた赤ん坊の飴色の金髪が、太陽の光の様に綺麗に輝いていた。
 開いたドアから入ってきた人物に、パルはポカンと口を開けた。

「久しぶりだ、パルディネラ。」

 今抱っこしている赤ん坊と同じ飴色の金髪に青い瞳の男性が入ってきた。

「……………あ、えぇ……?」

 言葉を無くしているパルディネラに、ディーゼレン陛下は困った顔をした。

「どうして教えてくれなかったんだ?知ってたらもっと前に来たのに。」

 相変わらず王とは思えない優しい人だ。

「そんな………だって……。私は男ですし。」

「男でもこの大陸では普通に妊娠出産するのだろう?」

 座って赤ん坊を抱いていたパルをディーゼレン陛下はそっと抱きしめた。

「言っただろう?いつでも仕事は用意すると。私の隣にくるといい。」

 パルのピンクブラウンの髪を撫でる手は優しい。

「……となり?」

「私は王妃がいないからね。」

 パルは灰色の目から涙を零しながら、はい、と返事をした。


 何というか、私の恋バナが一番いい話だよね。





 因みに、パルの妊娠出産を伝えたのはキィロだった。
 ディーゼレン陛下直々に勅命でパルディネラの動向を報告させていたのだ。
 出産し、父親は陛下ですよね?とハゼルナルナーデ国産の通信魔導具に赤ちゃんと共に添い寝するパルディネラを撮影し送っていた。
 いつの間にそんなもの撮ったのか…。
 キィロは多めの追加報酬を貰ったそうだ。



















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