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3章 俺の愛しい皇子様
91 パル、過去を断ち切る
しおりを挟むここはティーゼナウム港町。
明るい太陽に白い貝殻入りの壁がキラキラと反射し、とても綺麗な街だ。
ハゼルナルナーデ国と国交を広げる足掛かりとして港町は綺麗に整備されつつある。
あの変態殿下、仕事は早くて優秀だ。
スワイデル皇宮を出る時も、いつの間に用意したのか魔導車三台用意され、中には荷物も詰め込まれていた。
なんでも魔導具の試供品だとか。
今回は軍事に役立ちそうな物が多い。
リストも手渡され、帰りはちゃんと持ち帰れと書かれていた。
そのリストを眺めつつ、港に併設したカフェで軽食を取っていると、珍しい人が話しかけてきた。
リューダミロ王国魔法総師団長ウイディン・ハービナスがいた。
何故この人が?
「君はトーリレステの末っ子の侍従だったか?こんな所で何してるんだ?」
お互い挨拶をし合い、祖国に一時帰省する事を説明した。
今のハゼルナルナーデ国の情勢を知っているのか、今帰るのは危険じゃないかと心配された。
パルがハゼルナルナーデ国の公爵家の人間だった事はあまり知られていない。
曖昧に家族が心配ですからと誤魔化した。
船が来て積み荷を積み込むまで時間があると話すと、ウイディンは自分も暇だからと暇潰しに付き合ってくれた。
リューダミロの魔法師は割と変わり者が多い印象があったのだが、気さくで人が良い人だとパルは好印象を受けた。
………そう思ったのだが……。
「それでだな、俺は独り身なんだ。」
ウイディンの話しは長かった。
相槌を打つ暇もなく話しは続く。
話す内容はウイディンの昔話だ。見た感じ四十代に入ったばかりという感じだが、人は歳をとると昔話を語りたがるものなのだな、とパルは途方に暮れていた。
ウイディンは子供の頃から魔力が高かった。侯爵家子息という身分も有り、周りはウイディンを高く評価していた。
ウイディンはピツレイ学院に通う傍ら、その頃激化していた北の国との紛争にも参加していた。
そこでウイディンは恋をしたのだという。
その相手がロルビィ様の父親トーリレステ・へープレンドだった。亜麻色の髪に翡翠の瞳の治癒師はとても可愛らしかったという。
この戦が終わったら婚約の打診をしよう。
そう心に決めたのだとか。
大きな戦争が終わり、それを祝う王家主催のパーティーで、遂にその日が来たとウイディンは逸る気持ちで会場に入った。
トーリレステも来ている事を確認し、知人に挨拶も済ませ亜麻色の髪を探すも見つからない。
その日のパーティーは盛大に行われた為見失っていた。
いない、いないと探して次の日、トーリレステとセリエリアが婚約するという流れになっていた。
愕然とするウイディン。
セリエリアの存在なんて今まで浮かんだこともなかったのに!
「きさま!何故トーリレステと婚約してるんだ!?」
セリエリアに詰め寄った。
「私が襲ったからだ。」
平然と答えたセリエリアに、ウイディンは硬直した。
いくら魔法師同士魔力譲渡の性行為はあっても、女性がそんな堂々と言うなんて信じられなかった。
「今まで会った事がなかったんだが、一目惚れだ。欲しいものは素早く手に入れなければ。……なぁ、ウイディン。」
ウイディンとセリエリアはよく戦場で一緒になり、セリエリアの存在はウイディンにとって目の上のたんこぶ。
目障りな上に好きな人まで取られた。
二人は卒業と共に爵位と領地を貰い王都を立ち去っても、ウイディンはショックが強すぎて新しい恋に踏み込めなかった。
という話をパルは聞かされた。
ご愁傷様です。心の中でパルは同情したが、へープレンド夫婦がいなければ主人であるロルビィも存在しなかったので、特に声は掛けなかった。
「ウイディン様、そんな話急に聞かされても困りますよ。」
パルの後ろから男性の声が助け舟を出してくれた。
漸くこの話から解放される。
「なんだ、ナシレも来たのか?」
「そりゃあ、スワイデル皇国の使者殿ですから。お見送りに。」
どうやらパルに用事らしいと気付いて、パルは椅子から立ち上がって礼を取った。
来たのはサクトワ共和国の時期元首だった。
サクトワ人共通の浅黒い肌だが、目鼻立ちは小さめで神経質そうにみえる。この大陸に多い茶色の髪に、唯一綺麗と思える碧眼だった。
まだ二十代に見えるので、それで時期元首となると優秀な人物なのだろうと察した。
「申し訳ありません。この方サクトワに仕事しに来てるくせによくサボるのですよ。」
ウイディンも立ち上がり、ナシレ時期元首の隣に立った。
距離近いな。
今日会ったばかりのパルに話し掛けて、過去暴露話を話すくらい人懐っこい人なのだろうとは思うが、ナシレ時期元首にベッタリくっついている。
ナシレ時期元首は積荷が終わったので教えに来てくれたらしい。
礼を言って別れて、パルは海の上でボンヤリと夕陽を見つめた。
「何処もかしこも恋バナ。」
それが自分に降り掛からないのが、なんとも言えなかった。
途中襲ってきた海獣を倒し、船は二週間程度で辿り着いた。
陸に上がると見知った顔が出迎えてくれる。
「キィロ………、生きてたんだ?」
ララディエルの部下のキィロがいた。
薄紫の髪に細い目の年齢不詳な男だ。
コイツだけは恋バナ無いなと、パルは失礼な事を考えた。
「なんとかですね。ララディエル様がハルト殿下に頼み込んで此方に戻してくれたのですが、斥候の仕事押し付けられました。」
「それってどっちの?ハゼルナルナーデからスワイデル?スワイデルからハゼルナルナーデ?」
「やだなぁ、自分の命が掛かってるので、ハルト殿下の手足に成り下がってハゼルナルナーデ側の情報を流してるんですよ。」
決まってるじゃないですかぁと細目が笑顔になる。
この男がハゼルナルナーデ国の情勢を探っていたのかと納得した。平民ながらこの男は貴族にも顔が効いたりする。いい人選である。
あちこちで上がっている戦禍に巻き込まれないように、キィロの先導でハゼルナルナーデ城に着いた。
城に着いて早々に、入城した逆側から火の手が上がる。バリバリという雷撃音に見覚えがあった。
「リッゼレン率いる辺境貴族達の逆賊です。」
「じゃあ、あの雷はリッゼレンのか。」
既に身分剥奪された罪人なので敬称無しの呼び捨てに、なんとなくスカッとする。
婚約者時代、十歳歳下という事でかなり雑な扱いが多かったのだ。
「城地下の坑道から抜けて来たらしいですよ。」
「渋といね。」
大人しく穴掘ってればいいものを。
キィロに三台分の魔導車に乗った魔導具とリストの控えを渡し、これを兵士に使わせるよう指示を出す。
「………火炎放射器?連続魔法弾?水鉄砲水圧で切断可?自動拘束具?えっと武器を持って来たんですか?」
「とりあえず全部試作品だから効能見てこいって言われてるんだ。見といて!」
そう押し付け………もとい言い付けて、後ろから非難するキィロの声を無視して城の反対側に走る。
「パルディネラ!」
かなり近付いたところで父であるフィッゼランデ公爵が走って来た。
多少ボロボロにはなっているが、元気な姿にホッとする。
「父上!陛下は!?」
「陛下は前に出ておられる!」
やはりか、と思う。
ハゼルナルナーデ国の王族は雷属性が多い。リッゼレンもそうだったが、ディーゼレン陛下も雷属性だった。
対立するならこの二人しかいない。
止める父を置いて雷撃が発生している場所に走った。
そこは王宮を出て西門との間にある広場だった。植え込みも街灯も焦げ付き地面は穴だらけ。
王宮の中は倒れた兵士が運び込まれ、混雑を極めていた。
広場はあちこちで戦闘が行われているが、ディーゼレン陛下とリッゼレン元王子は己の進退をかけて戦っていた。
勝った方が王であり、負けた方は反逆者としての不名誉な死が待っている。
実の兄弟で助け合っていれば、国がここまで混迷する事も無かったろうに。
ディーゼレン陛下が肩に矢を受けた。
脇からリッゼレンの軍兵が乱入して来たのだ。
一対一では無いのかと思い、パルも出る事にした。
王宮兵は負傷が多く対応が遅れると判断した。
突然現れたパルに陛下とリッゼレンは驚愕した。
パルは驚くディーゼレン陛下の横に立ち、魔力を練って弓を出す。ツイーと弓を引くと光る矢が現れ、ビィィィンと放たれる。
放たれた一本の矢は三十本程度に別れ、乱入して来た兵達をトストスと寸分違わず額を打ち抜いていく。
「お前は、パルディネラか!!元婚約者に従わず何をやっている!?」
リッゼレンが吼えた。
パルの目がスウッと細まる。お前が元婚約者を冤罪にかけて流刑にしたんだけどな?そう言ってやろうかと思ったが、話す事さえ嫌悪感が湧くのでやめた。
「何言っているんだ?お前がパルディネラを追放したのだろうが!」
代わりにディーゼレン陛下が言い返してくれた。
陛下はリッゼレンより三歳年上。パルより十三歳歳上の陛下だが、国の王としては若い。
そうだ、そうだ、お前の常識の無さの所為で、この国は傾こうとしてるんだぞ?
パルとしては本当はこんな国放置したいところだが、優しい両親が高位貴族としているので無視できないだけだ。
パルはリッゼレンへ向けて問答無用で矢を放った。
「!!」
バチンという音を立ててリッゼレンの雷撃がパルの矢を打ち消す。
「陛下、この者は罪人ですのでこの場で処理して構わないのですよね?」
パルは微笑んで許可をとる。
「あ、ああ、構わない。」
「実は私の主人が良いものをくれたのです。」
それは魔導車の積荷と一緒に用意されていた。
ポケットをゴソゴソと探って玉を取り出す。緑色のデコボコとした丸い玉だった。
「レンレン、アレを捕まえて穴に落として封じよう。」
ロルビィが念の為にパルに渡した魔植の塊。使用者の魔力を吸収してしまうが、魔力がある限りは好きに使って良いとメモに書かれていた。
ただロルビィの魔植なので威力も強いが消費魔力も凄い。
グワリと広がり驚愕したリッゼレンを取り込んだ。
「坑道の入り口はどこでしょうか?」
ディーゼレン陛下を見上げて尋ねると、リッゼレンと同じ青い瞳が瞬きながら、此方だと促した。
リッゼレンが一瞬で囚われた事により、敵側の兵が崩壊しだした。
後を父に頼んでリッゼレンを引き摺って行く。
後ろを引き摺られながらリッゼレンはずっと喚いていた。
チラリと薄汚れた元婚約者を見て、フウと溜息を吐いた。
愛情等一欠片もないが、こんなのに十五歳まで縛られたのだ。自分の過去が勿体無いと感じた。
「パルディネラ、こんな弟だが君の元婚約者でもある。私が引導を渡しても良いのだ。」
案内しながらディーゼレン陛下が気遣わしげに聞いて来た。
ディーゼレン陛下はリッゼレンと違って温厚な人柄だった。甘いと言えば甘い。為政者には向いてないのだが、それでも長子を後継者とする王族はディーゼレンを王太子とした。
それがリッゼレンには許せなかったようだ。しかも二番目と三番目の王子と違ってこの二人は母も同じ。
見た目はそっくりでも性格は違うディーゼレンに対し、リッゼレンは昔から対抗心を燃やしていた。
それが王位簒奪を企てる迄落ちぶれようとは。
坑道の入り口は大きな両扉付きの部屋の中にある大きな穴から続いていた。
ここに来るまでもかなり地下に降りて来たので、魔石坑はかなり深いのだろう。
陽の光も届かない暗闇の中は狂気渦巻くように感じた。
「リッゼレンに尋ねます。今からこの暗闇の中へ貴方を追放します。貴方の罪を消すことは出来ません。ですが最後に恩赦として一思いにこの世から別離する権利を与えます。どうしますか?」
パルも海へ独り小船に乗って流された。
誰もいない、何もない、ただ広がる青い海。
パルに生きる力をくれたのはララディエルが残してくれた食料と魔石だったけど、それのおかげで人を恨んで死なずに済んだ。
きっとリッゼレンは今から恨んで死ぬだろう。
それはとても辛いことなのではと、思ったのだ。
「なんだ!?服毒せよと言うのか!?私は抗うぞ!私こそが王になれる!そんな流されるだけの王にこのハゼルナルナーデ国を担う事など出来ない!」
リッゼレンは一度この中に落ちたのに、それでも這いあがろうとする。
それは素晴らしい素質かもしれないが、誰もそれを望んではいない。
パルはリッゼレンの狂気めいた眼差しを哀れと思った。
そんなに王という地位にしがみつく必要があるのだろうか。
レンレンが巻き付いたリッゼレンは、引き摺られて穴の中に落とされる。
真っ直ぐ下に落ちているわけではなく、斜めに降りて行く穴だ。
「くそ!くそぉ!?離せぇぇ!!」
どんなに叫んでも暴れても、レンレンの蔓は解けない。
ドンっ!と最後に押されたように、リッゼレンは奥へ放り投げられた。かろうじて魔導ランプの明かりが闇に溶け込もうとしているリッゼレンを浮かび上がらせていた。
「残念です。」
パルの声が掛け声となって、レンレンが膨れ上がった。
穴の入り口を蔦が多い塞いでいく。
「…………っ!!まっ、待て!」
深い青い双眸が驚愕に見開かれた。
慌てて入り口に走ってこようとしたが、レンレンの増殖は早い。
見開いた目を最後に、レンレンは全てを覆ってしまう。レンレンは広がり、城の地下を覆い全ての坑道の入り口を塞いだ。密かに掘られた脱出口も、過去に偶然開いた穴も全て。
「すみません、魔石は取れなくなったと聞いていたので塞ぎました。」
笑ったパルに、ディーゼレンはなんとも言えない顔をした。
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