翡翠の魔法師と小鳥の願い

黄金 

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3章 俺の愛しい皇子様

83 ロルビィとユキトの再会

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 紅龍ノジルナーレに乗ったロルビィとパルは、ハゼルナルナーデ城の上空で数十体の龍に囲まれていた。
 
「こいつら何?」

 ロルビィの目は剣呑に輝いている。
 今度こそユキト殿下を死なせないようにと思っていたのに、連れ去られてしまった。
 パルが言うには直ぐには命を取られる事はないと言うが、貞操の危機はあると言った。
 
「ハゼルナルナーデの龍気のおこぼれに預かろうとする龍達だ。灰龍オスノルに従っている。数が多い所為で近付けなかった。」

「ふうん…………。じゃあどうする?殺す?」

 紅龍ノジルナーレは迷っているようだ。
 殺したいが殺せば龍の個体数が減る。
 管理者となった龍達は新たに子供を産むことが出来なくなっていた。

「ロルビィ様は捕獲出来ますか?」

 ついて来たパルは流石に不安そうに周りを見渡す。
 眼下はハゼルナルナーデ国の城下町が広がっていた。もう夜も更けて暗く、スワイデル皇国のように明るくもない。所々にポツポツと着く灯りは大きな通りの街灯か民家の明かりのようだった。
 
「うん、数が多いけどやってみるよ。こいつら退かさないと城に入れない。」

 空中に緑の球が現れた。
 一つ一つ増えていき、ノジルナーレに乗ったロルビィの周りを緑の球が取り囲む。
 
「レンレン、捕まえて。」

 緑の球はウニョリとたわんで歪んだ。
 一番近くにいた龍をレンレンは膨らんで拘束した。
 龍は強い。
 まさか魔植如きに遅れをとるなど思いもしていない。
 捕まっても簡単に千切れると思っていた。
 次から次に拘束される龍達は、段々と悟ってくる。
 動けない。
 徐々に増していく緑の蔦は翡翠の魔力を帯びて強固で千切れない。
 「馬鹿な!?」「動けん!」
 慌て出す龍達をノジルナーレは嘲笑った。
 自分達をここに落とした時空の神の力に、抗えるわけが無いと。
 氷も炎も刃の風もロルビィ達に届く前に、レンレンの葉が全て受け止めた。

「意外と呆気ないね。」
 
 龍達の攻撃は捻りもなく力任せばかり。
 まだユキト殿下を攫ったあいつらの方が強敵に思えた。
 ロルビィは焦っている。
 早くユキト殿下の下に行きたい。

「そろそろあいつか出てくる。」

 ノジルナーレがそう言って、城の方に視線を向けた。
 城の上に一人の男性が浮かんでいた。

「久しぶりだなぁ、灰龍オスノル。」

 ノジルナーレは忌々しげな声で男に声を掛けた。

「また来たのか。私の番を奪いに来ても追い返されるだけだ。」

 紅龍から怒気が上がる。
 魔力が渦となって立ち上がり、炎が撒き散らされた。

「だぁれが番だ!!!」

 灰龍オスノルの灰色の髪が、ノジルナーレの龍気に当たってブワリと広がった。
 
「金の瞳ですか?話に聞いた王族?」

 熱風はロルビィとパルに当たらないよう保護されていたが、全てが塞がれているわけではなく、パルは辛そうに目を眇めながら灰龍を見ていた。

「違う!アイツは銀色だった。ハゼルナルナーデの龍気をほとんど吸い取っている。」

 忌々し気にノジルナーレは説明した。龍は龍気が増えると瞳が金に変わる。黒龍ワグラの瞳も同じ要領で黒い瞳から金に変わっている。
 他龍の龍気を吸えるのは黒龍だけだが、灰龍オスノルは半分だけ黒龍の血が残っている所為か、独自の能力久灰の檻の力で閉じ込めた龍の力は吸い取れるようだった。
 
 オスノルが現れた事によって、龍達が活気付いたら。
 龍は強者に従う。
 前代龍王の子供で有ったノジルナーレよりも、今は金の瞳を持つ灰龍オスノルの方が、龍達にとっては王となっていた。
 しかしノジルナーレにとっては白龍ハゼルナルナーデこそが王だった。
 今もその想いは変わらない。

「まだハゼルナルナーデを上に置いているのか?」

 笑うオスノルに、ノジルナーレの怒りはますます増していく。
 灰龍オスノルは無表情にノジルナーレを見やる。
 
「いい加減諦めたらいい。他の大陸の龍も手を貸さなかっただろう?そんな弱い人種に頼ってまでハゼルナルナーデを取り戻してどうするんだ?」

 ほら、見せてやろう。
 灰龍オスノルは片手を前に出した。
 ジャランと音を立てて鳥籠の様な灰色の檻が、オスノルの手にぶら下がる。
 檻の中にはグッタリと横たわる一人の白髪の男性が倒れていた。

「…………うわ…………。」

 パルが嫌そうな声を思わずあげる。
 ノジルナーレの龍の喉が低くにグルゥと鳴った。

「………趣味わるっ。」

 檻の中に居るのが白龍ハゼルナルナーデなのだろう。眼下に広がる国の神として崇められる龍とは思えない扱いだ。
 仰向けに倒れ、裸の身体に長く白い髪が流れている。顔は遠目でも凛々しく美しい男性なのだと分かった。
 
「っハゼル!!」

 ノジルナーレが叫ぶと、薄っすらと閉じていた目が開いた。
 ああ、瞳が………!耐えきれない様にノジルナーレが叫んだ。
 白龍ハゼルナルナーデの瞳は灰色だった。
 ロルビィもザワリと嫌悪感が増した。
 あれがもしユキト殿下だったらと思うと、怒りが湧いてくる。
 もしこの国に連れ去られたユキト殿下も同じ目にあっていれば?
 
 ロルビィの魔力が怒りで高まり、レンレンの体積が一気に膨れ上がった。
 既に捕まえていた龍達はミシミシと圧迫され悲鳴を上げる。
 月の光で城下町に大きな影が落ちた。
 空を覆う魔植に気付いた人々が慌てて騒ぎ出す。
 ハゼルナルナーデ国の兵が出て来て弓を射り、魔法弾を放つが、魔植には全く効いていない。

「何だ?その力は!?」

 流石に灰龍も気付いた。この力の源が時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテだと言う事に。
 
「お前達もいけ!このままではまたあの神に落とされるぞ!」

 意味のない脅しだったが、時空の神にこの世界へ落とされた記憶のある龍達は、一様に恐怖した。
 そして灰龍オスノルの言う通り、一切にロルビィへ攻撃しだした。









 先程まで明るく廊下を照らしていた月明かりが、フッと消えた。
 長く広い廊下に集まった騎士達は、廊下に灯ったランプの灯りを頼りに、立ち尽くす銀髪の青年を注視していた。
 突然額に謎の攻撃をした。
 聞き慣れない轟音に皆動きを止めてしまっていた。
 カツーンという軽い音と共に、何か小さい物が落ちたが、誰もそれを気にする者はいなかった。

「…………兄、上?」

 周囲の騎士達を気にしつつ、恐る恐るハルトは後ろに立つ兄に声を掛けた。

「それがユキト・スワイデルが作るという魔導具か?自分の頭に何をした?」

 最初にこの国にやって来た時にいた男が偉そうに何か言っているが、ハルトは無視した。
 こんな魔導具をハルトは見た事がない。
 ユキトは両手でダラリと魔導具を持ったまま俯いている。
 動かない兄に、血は出ていないが、もしや頭が吹き飛んでるのではと青褪めた。
 よくよく見れば服ははだけ、乱れている。
 自分で急いで着込んだ様な有様。
 もしや陵辱されたのかとハルトは頭に血が昇った。ユキトは妊娠させる側だが、全くゼロではないのだ。

「まさか……………!?」

 ハルトは目尻に涙が浮かんだ。
 ハルトにとってユキトは尊敬する兄なのだ。その兄が………………!!

 ハルトの動揺をよそに、ユキトはゆっくりと面を上げた。
 紫の瞳は爛々と輝き、いつもはピシリと品良く背筋が伸びているのに、今はダラリと立っている。
 ダラリと立つのに、何故か近付き難い畏怖に、ハルト達は硬直した。
 見てはいけない、触ってはいけない、なのに…………目が離せない。
 
 ユキトの紫の瞳がスゥと動き、ほんの少し後ろを見上げた。
 窓の外には空を覆う様に黒い何かが蠢いている。それの所為で月が隠れたのだと分かっても、誰も言葉を出す事が出来なかった。
 ユキトの一挙一動に皆目を奪われていた。
 それはこの国の王子であるリッゼレン第四王子ですら同じだった。
 先程組み敷き顔を歪ませていた人間とは思えない神聖な魔力に、リッゼレンは動けずに、ポカンと口を開けて見ていた。
 美しい顔に、均整の取れた鍛え上げた身体。それを見た瞬間、自分の下に置こうと思った。矜持を踏み躙り、尊厳を奪い取り、奴隷の様に侍らせて、その美しい奴隷を見せびらかそうと思っていた。何より孕ませればこれほど話題になる人間もいない。そう思っていた。
 小さな島国など一瞬で滅ぼせると、ハゼルナルナーデ国が本気になれば、誰も知らない様な国等一溜まりもないと思っていた。

 空を見上げた紫の瞳は、また室内に戻って来た。ゆっくりと右から左に視線が動く。
 それがただの下っ端騎士だろうと、リッゼレン第四王子だろうと、平等に通り過ぎ、半周した目はハルトに戻った。

「……………兄上、ですよね?」

 ゴクリと唾を飲み込みながら、ハルトは掠れた声で問い掛けた。
 元々美しい人なのだが、今は人外の美しさというか、迂闊に言葉を発したら神罰でも降りそうな程の神聖な圧を感じるのだ。
 ほんの少し揺れる髪一筋すら、犯してはいけない。

「ああ、そうだ。」

 力強い返事に、ハルトはホッと息を吐いた。違うと言われてもおかしく無いと、何処か頭でそう思ってしまった。
 そう思わせる程の雰囲気。
 
「少し上を片付ける。お前も来い。」

 此処には置いて行けないと手を伸ばして来た。ハルトは無意識に手を乗せ、ハッとして辺りを見渡す。
 廊下の奥に、ララディエルが立って此方を見ていた。
 案内だけさせて怪我をしているので奥にいる様に言い付けて、ハルトだけ駆けてきたのだ。
 ユキトもハルトの視線でララディエルを見つけ、ヒョイと方眉を上げた。

「俺を拉致った奴か?連れて行くか?」

 俺……?え?拉致った………?
 言葉遣いに違和感を感じたが、今はそれどころではないと頷いた。此処に残して行けば、ララディエルの命はない様に感じたからだ。
 ユキトは捕縛の魔法式の帯を伸ばすと、遠くに佇んでいたララディエルをあっという間に捕まえた。
 ララディエルは驚いたまま引き寄せられる。

「行くぞ。」

 ユキトが無愛想に合図を送ると、足元から魔法式の帯が広がり、外側に向けた壁とガラス窓を突き破った。
 音もなく静かに砂の様に穴が開く。

「…………………!?」

 ユキト以外の全員が声もなく驚いたが、悲鳴をあげれる者はいなかった。
 それくらい皆身体が硬直していた。
 龍でもないのにフワリと身体が浮く。
 まるで魔法式の帯が羽の様に広がり、紫の魔力が蝶の鱗粉のごとくに辺りに舞った。

「飛んでる!」

 ハルトは感嘆の声を上げた。
下を見れば魔法式の帯に捕まりぶら下げられたララディエルが、青い顔で縮こまっている。

「着いたぞ。」

 トンと降り立ったのは真紅の龍の鱗の上。
 滑らかに星空を写す鱗はどんな宝石よりも美しい。

「…………ユキト殿下?」

 震える少し幼い少年の声が、ユキトの名前を呼んだ。
 ロルビィが翡翠の瞳に涙を湛えてユキトを見つめていた。

「戻ったよ。」

 先程までの無愛想な態度は何処へやら、ユキトは優しくロルビィに腕を広げた。
 ハルトはまたもや、え?となる。
 何やら色々兄の人格が変わりすぎている。
 
 ロルビィは走り寄ってユキトに縋り付いた。

「良かった!…………うぅ、良かったぁ~~!」

 泣き出したロルビィをユキトは抱き上げてヨシヨシと頭を撫でている。
 パルもジッと見つめて、誰だこれ?という顔をしていた。
 パルから見てもユキトのロルビィに対する距離が近いと感じた。ユキトは今まで独占欲を持ちながらも、ロルビィが近付くと少し距離を取っていたのだが、今やゼロ距離では無かろうかと感じる。
 ロルビィはロルビィで無事な姿に安堵して、抱き上げられておでこや頬にキスをされているのに気付いていない。
 お互い距離感が無くなっていた。

「え!?皇子様助かった?自力脱出?俺の方手伝ってくれるよな!?」

 全員背中に乗せている所為で人化出来ないノジルナーレが、慌てた様に騒ぎ出した。
 ユキトは煩そうに半眼になると、ああ、と言いながら灰龍オスノルを見た。
 檻の中で倒れるハゼルナルナーデを見て顔を顰める。

「相変わらず胸糞悪い事してくれるな。」

 ユキトは灰龍オスノルも白龍ハゼルナルナーデも知っていた。
 
 盲目の愛しい子に残った残り香は灰龍オスノルのものだった。
 灰龍オスノルは愛しい子の龍気を吸い取り、ハゼルナルナーデに献上しようとした。
 この龍気を受け取れば貴方は龍王になれますと言って。
 ハゼルナルナーデは断った。
 何処からその龍気を集めてきたのだと責めた。それ程の龍気を奪い取れば、奪われた者は生きていないと。
 盲目の愛しい子は龍王が亡くなった事によって結界が喪失し、他の龍に存在がバレた。
 それがたまたま灰龍オスノルとその周辺にいた龍達だった。
 新たな継承者が現れたのかと集まった龍達は、盲目の幼い龍を見つけて出来損ないだと殺した。大量の龍気を奪い取り、愛しい子は苦しんで死んだのだ。
 管理者であったユキトは愛しい子を追って世界を終わらせた。

「俺の過失だと思い罪を問わなかったが、やっぱりお前らは消そうか?」

 ユキトは獰猛な笑顔で龍達を睥睨した。

「お前達は害意だ。」


 なあ?オスノルよ。


 ……ミチ…………ミシミシ…………ブチン。
 鈍い音が響く。
 ユキトの一言で、久灰の檻が地に落ちていった。





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