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3章 俺の愛しい皇子様
82 管理者の記憶
しおりを挟む優秀な一つの種族を作ろうと思った。
強くて賢い、世界を存続させることに長けた種族を。
そうやって龍の世界の管理者は、世界を作っていった。
一つの本星と五つの衛星に龍達は増え、繁栄していった。
管理者は満足していた。
龍王を頂点に立て、龍王によって支配調整された世界。
管理者は龍王にのみ交流を持ち、世界を操っていた。
管理者に特定の姿はない。
誰の目にも記憶に残らない様な凡庸とした姿。それが管理者だった。
龍という種族は強い。
身体もその能力も優れた者達ばかりだった。
だから生まれ付き弱い個体や、身体に欠損のある者は、産まれた瞬間に出来損ないだと言って卵のうちに破られたり、生まれて直ぐに殺された。
弱い個体は生きられない世界。
それが龍の世界だった。
管理者はそれで良いと思っていた。
そうで無くては繁栄していけない。
管理者の仕事は世界の繁栄と拡張。それによる魂の拠り所を作り、魂の大河を流す役割だと認識していた。
管理者は今までずっと迷わずそう信じて世界を作り上げていた。
だから、あの子供に会ったのは偶然で、自分の信念を迷わす存在になるとは思ってもみなかった。
あの子は金の髪に魔力が多い証拠の金の瞳を持っていた。しかし、その瞳は何も写さない。盲目の龍の子が、ひっそりと王宮の片隅に生きていた。
龍王の最後の番の子と教えられた。
管理者の信念に外れたその子を、どうすべきかと考えた。
一先ず観察しようと思った。
欠損のある龍は生きられないと思って直ぐに処分させてきたが、再度確認する良い機会だと思った。
龍の子は見えない目に頼らず、耳で音を拾い、龍気で周囲を確認しつつ動いていた。
それでも見えない目は不自由で、杖を持ってコツコツと地面を確認しながら歩いては、たまに躓き転びながら過ごす生活。
たった一人の孤独な龍の子に、管理者は興味を惹かれて観察していた。
この龍の子が処分されなかったのは、類稀な龍気と金の瞳の所為だった。
使えない子供だが、惜しくなる程の龍気。
龍王が何の為にこの子供を残したのか分からなかったが、龍王は誰にもこの子の事を話さなかった。管理者である自分にさえも。
盲目の龍の子をよく見たくて目の前に降り立ってみた。
気配を殺し、龍気を抑え、只の空気になる。目が見えないのなら分かるはずもなかった。
「だあれ?」
十歳にも満たない盲目の子供は、庭で日光浴をしていた。
金の髪がサラサラと流れて、見えない事で視点の定まらない瞳は空を見ながら管理者に尋ねた。
「だれか、いるの?」
「……………………。」
何故気配を読まれたのだろうかと、管理者は首を傾げた。
暫く考えて、それは孤独の所為かと気付いた。
盲目の子供を世話する者はいない。
定期的に龍王から食料は届くが、配達人は顔を合わせない様に家から少し離れた、柵の入り口にある収集箱へ入れられる。
教師もいない。
盲目の子供の住む家の周りは森になっており、龍王の結界で誰も近付けない。
たった一人で生きる子供には、誰かの気配に敏感だった。
「いる、の?」
誰とも会話のない子供にしては、少しは話せるのだなと、この時管理者は思っただけだった。
「………………いる。」
応える気は無かった。無視するつもりだった。
何故応えてしまったのか自分でも分からない。何と無く口から出てしまった。
盲目の子供の顔がパァと輝いた。
この日から盲目の子供と少しずつ話す様になった。
訪ねれば嬉しそうに顔を綻ばせて、急いで近寄ってくる。躓いて転びそうになるのを、手を差し伸べて倒れない様に助けると、盲目の目を細めて笑いながら感謝を告げられる。
話す声は子供の特有の高い声だが、話し慣れてない所為で、ゆっくりと静かに話してくる。
今日の天気、空気の味、ご飯が美味しく出来た、鳥の声が聞こえる。
何気ない話を管理者は黙って聞いていた。
ゆっくり、静かなこの時間が、盲目の子供と管理者の安らぎの時間となっていた。
管理者は孤独を寂しいと思った事も、世界を管理する事を辛いと思った事もない。
なのに、盲目の子供との時間はとても大切な物の様に感じる様になっていた。
「龍王よ、あの子供は何故生かしている?」
「………あれは最後に愛した番の最後の子供。私の最後の龍気を込めた子供です。愛しくて殺せなかった。…………ただ、それだけです。」
愛しい…………、それが管理者の心に響いた。
弱く、儚く、小さく、愛しい。
金の髪をサラサラと梳いて、温かく滑らかな頬を包み込んで、小さな身体を抱きしめて。
盲目の子供は管理者の愛しい子になった。
龍王が崩御し、継承者争いが始まった。
龍王不在。
世界の星の調律は龍王の仕事だった。
五つの衛星が離れない様、龍王の龍気が必要になるが、この時ばかりは龍王不在の為、管理者が代行する。
だから気付かなかった。
盲目の子供の家を取り巻く結界の存在を忘れていた。
本星と五つの衛星を繋ぎ合わせて、盲目の子供の所へ行った時、子供は力無く倒れていた。
温かな頬は冷たく、小さな身体はピクリとも動かない。
管理者は初めて喪失感というモノを知った。
何の為に世界を創るのか分からなくなった。
愛しい子がいない世界は、管理者にとって要らない世界になってしまった。
盲目の子供の龍気を誰かが食べてしまったのだ。大量の龍気で金色に光っていた瞳は、根こそぎ龍気を取られたことによって灰色に変わっていた。
誰が殺した?
愛しい子、大切な子。
もう笑わないのだと、嬉しそうに顔を綻ばせないのだと、その現実が管理者に初めて涙を流させた。
本星の空は今、龍王の継承者争いで戦争が起こっていた。
闇雲に力を行使する者、街を守ろうとする者、それを阻止しようと暴れる者。
巨大な龍気の流れ弾が星に落ちようとしていた。
いつもだったら星が壊れる程の攻撃は、管理者が星を保護して壊れない様にしていた。
もうそんな気がしなかった。
愛しい盲目の子供はいないのだ。
管理者は本来自分も只の一つの魂に過ぎない事を知っていた。
だから死んで愛しい子を追いかけようと思った。
そうすれば、次の生で会えるかもしれないと。
全ての防御を解除した管理者と星は、跡形もなく吹き飛んだ。
強い龍が納める星はこうして消滅したのだ。
『長く貢献したお前に褒美をやろう。』
虹色の髪の時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテは、魂の大河の下で、管理者にそう入った。
歯車は壊れ、大時計は一部崩れている。
世界が二つも消失してダメージを負っていると言っていた。
管理者は愛しい子ともう一度会いたいと願った。
時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテは今は混乱しているので、先に生まれ変わる様言った。愛しい子は大河に入ってしまった為、必ず探して同じ所へ送ろうと約束した。
管理者は何の変哲もない普通の子供として生まれ変わった。
黒い髪、黒い瞳の人間が沢山いる国。
龍気もなく、力も無い、皆同じ程度の生命体。
待っていれば自分の近くにあの子は生まれてくる筈。
そう信じて元管理者は待ち続けた。
歩き出し、話し出し、元管理者は龍の世界の記憶がある所為か、とても賢い子供になっていった。
見た目も美しく、周りには人が溢れる様になったが、愛しい子が見つからず、元管理者の焦燥は増すばかりとなっていった。
「何故現れない?」
苛立ちが募り、時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテに問う事も出来ずに、元管理者の心は暗く歪んでいった。
「神にとって人の時間は瞬きほども無い。もしや長く待たされるのか?」
何処を探しても見つからない。
畑と田んぼばかりの田舎に、同じ世代の子供は少ない。
中学に上がれば少しは対人も増えるので、もしかしたら会えるかと思ったが、愛しい子には会えなかった。
「……………何処にいるんだ?」
いない、いない、いない。
一瑶の心は荒んでいったが、理性的な性格と優れた頭脳を持ち合わせていた為、誰も一瑶の性格が歪んでいる事に気付いていなかった。
愛しい子がいない焦燥を誤魔化す為に、好意を寄せる人間と付き合っていった。
男も女も関係ない。
何なら歳上でも相手したが、一瑶の心はいつも空っぽだった。
「一瑶兄ちゃん、何でいつも違う人といるの?」
隣の家の従兄弟が話しかけてくる様になった。
黒い髪、黒い瞳の丸い目の小さい子供。
真白は一瑶が小学生になってから産まれた従兄弟だった。
産まれた時、もしや愛しい子かと思ったが、一瑶にはよく分からなかった。
もう盲目の愛しい子の顔が記憶から薄れていた。声も、笑い方も、記憶から溢れていく。
人の身体とはなんと脆く、力無い事か。
暫く会えないだけで、分からなくなるとは思わなかった。
愛しい子が思い出せない。
一瑶の心は哀しみで崩れ落ちかけていた。
世界を滅ぼすほどの愛情とはこんなに脆いのだろうか。
管理者の心とはこんなに薄い感情で出来ていたのか。
「一瑶兄ちゃん、あそぼー。」
隣の家の従兄弟、真白は執念いくらい纏わりつくようになった。
「やだーー!可愛い~。一瑶君の弟!?」
「…………従兄弟。」
真白にお菓子をやると、喜んで貰って走っていった。
犬の様だ。
一瑶に擦り寄る人間も、犬の様だ。
そして一瑶の心が手に入らないと知ると、皆んな狂った様に騒ぎ出す。そしたら、ソイツとの関係はお終いだ。
愛しい子はどんな性格をしていた?
嬉しそうに笑って、静かに話していた筈。
こんなに犬みたいな奴じゃ無かった筈。
朧げな記憶は、一瑶の心を更に暗く落としていった。
もう会えないかもしれない。
会っても分からないかもしれない。
「一瑶兄ちゃん、つまんない?」
「俺はお前みたいに単純に生きてない。」
「ふーん、俺は楽しいよ!?田んぼにタニシがいるよ!赤いお腹のイモリも見つけたよ!?あの大きな木に鳥の巣があったよ!」
真白の話はそこら辺のどうでもいい話が多い。
蹴っても、遠くに置いてきても、何度も何度も纏わりついてくる。
何故こんなに諦めないのか。
中学生になり、高校受験を控える頃には一瑶の成績は顕著だった。
飛び抜けて頭が良く、少し離れた私立の進学校を進められる。
ここら辺では一番の高校だと言い、親は自慢げだった。
同じ年頃の従兄弟達からは疎まられるようになり、敵対心を持つ人間も増えていく。
「一瑶兄ちゃん、小学校にハトがいるよ!」
「あーはいはい、良かったな。」
学校帰りに真白が駆け寄ってきた。
ランドセルをカショカショと鳴らし、小さい身体で精一杯見上げてくる。
「一瑶兄ちゃん!面白い!?」
「…………鳩の話は面白くねぇな。」
そっかぁ~と真白は残念そうにしているが、何故面白いと思ったのか。
「お前なんで俺に話しかけてくんの?」
「え?だって、一瑶兄ちゃんに喋ると楽しいんだもん!」
嬉しそうに目をキラキラとさせて、真白は一瑶に笑いかけた。
その満面の笑顔が眩しかった。
いつの間にか一瑶は真白の話し相手になっていた。
ここら辺に真白の同学年はいない。近くて真白の弟の日向になる。
だから従兄弟というだけで話しかけているのだと思っていた。
「お前、今まで何処で遊んでたんだ?」
もう日が暮れようとしているのに、もっと早く学校から帰ってきてた筈なのに、真白はランドセルを背負っている。
「友達と遊んでた!」
「俺に話すより友達と話した方が面白いだろ?」
「何で?一瑶兄ちゃんの方が楽しいよ!」
また満面の笑顔で、なんでそんな事聞くの?と不思議そうにしている。
かなり邪険にしている気がするのに、真白の好意は消えない。
黒い丸い目は真っ直ぐに自分を見ている。
瞳の中に、一瑶の顔が写っている。
あの子も、愛しいあの子も、見えないのに金の瞳で一生懸命管理者を見ていた。
見えないのに、一つも漏らすまいと、見つめていた。
一瑶は動揺した。
心がグラグラと揺らいだ。
真白は愛しい子だったのだろうか。
何も分からない。
この世界の生命体は、龍気も無いので魂の判断が出来なかった。
親や学校が望む通り、私立の進学高に進学した。
そこでも一瑶は飛び抜けており、羨望と嫉妬、執着と愛情を持つ人間が更に増えてきた。
短期間で恋人が移り変わり、誰かといる時は真白は遠慮して近寄らなくなってきた。
だから真白を見つけたら、真白を優先する様になった。
そうしないと八歳も歳上だとどんどん距離が出てくると思ったから。
真白のどうでもいい話も楽しくなってきた。
犬が鳴いた、芋虫に驚いた、魚がいっぱいいた。
子供のどうでもいい話は、愛しい子が話すどうでもいい話と一緒だった。
今日は空気が湿っている、小鳥が近くで鳴いた、火の日差しが暖かい。
真白が愛しい子なのだと漸く気付いた。
産まれた時に気付けていれば良かったのにと後悔したが、この世界の身体では限度が有ったのだろうと納得するしか無かった。
離れて行かない様に時間がある限り構う様にした。
真白だけを特別にした。
抑えれない性欲がたまに真白に向かったが、小学生相手に突っ込むわけにもいかず、他の人間で発散していた。
管理者の身体と違い、人間の身体は性欲が強く、一瑶はその感覚に翻弄された。
一瑶の欲望は幼い真白を前に歪んでいった。
オシッコを漏らしたと泣く真白は可愛かった。
膝に乗せると、もう大きいのにと恥ずかしそうに降りようとする真白を、問答無用で押さえつけると、真白は抵抗するが、そのか弱い抵抗を押さえつける感覚にゾクゾクした。
小さい、小さい、真白。
まん丸の黒い目が、上目がちに見上げてくる顔が可愛い。
黒い髪が風に流れて、華奢な胸元が服の襟から覗くと、一瑶の喉がゴクリと鳴る。
ああ、欲しい。
龍の世界では盲目の愛しい子は一人で過ごしていたから独占出来たけど、真白には家族がいて、学校もある。
自分だけの愛しい子に出来なかった。
大学生になり、住む所が離れた。
一瑶は計画していた。
良い大学を出て、収入のいい仕事に就こうと考えた。
就職したら真白の高校受験は自分の近くに来させよう。
学費も生活費も全部出す。
真白の家は農家で三人の子供がいるので、生活に余裕がある訳では無かった。
高校、大学と出してやると言えば、真白の親は頷くだろうと思った。
自分の親は無視だ。
真白が来るまで離れているのは辛いが、その先を思うと頑張れると思った。
約束を取り付けとこう。
真白が自分を忘れないように、夏休みに遊びにおいでと言った。
今はバイクだけど、車を買って遊びに連れて行こう。
真白がやっぱり同じ歳の友達がいいと言い出さないように、飽きないように繋ぎ止めとこう。
真白の身体を抱けるのはいつだろうかと、胸が高鳴った。
先の未来が輝くようだった。
真白、真白、大好きだ。愛してる。
そんな溢れる気持ちを持ったまま、一瑶の人生は唐突に終わった。
なんて事ない事故だ。
巻き込まれただけだ。
こんな形で別れるなんて思っていなかった。
会いたい、会いたい。
魂の大河に流されて、一瑶は叫んでいた。
一度流されればもう記憶を持ち越せない。
一瑶の人生は管理者を長く勤めた褒美だった。こんなにアッサリと短く終わるなんて、なんて酷い褒美だと嘆いた。
『管理者では無いが、龍達に管理させている世界がある。お前が世界の転機となる一点になってみるか?』
時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテが話しかけてきた。
それをやったらもう一度愛しい子に会えるのなら、やると言った。
それがユキト・スワイデルだった。
記憶はどうするかと尋ねられて、今は要らないと言った。褒美というならば、今記憶を持っていても愛しい子がいないという事実に心が壊れると思ったから。前世の知識は残した。時空の神はそれを活かせる頭脳をくれた。
また愛しいあの子に会えたら、記憶を戻して欲しいと頼んだ。
時空の神は善処すると言った。
何も覚えていないのに、何かが足らないと心が叫ぶ人生が始まった。
こんなつまらない人生には興味ないとばかりに死を目指す人生。
執念い魔女に毎回狙われ命を落とす。
時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテがは魂の大河に流れた魂にしか干渉できない。
上手く育った世界を何とかモノにしたいのか、時空の神は時間を巻き戻しユキト・スワイデルは人生をやり直した。
三度目に死んだ時、魂の大河で時空の神ルーベンディレウス・ロルビィ・セレンテストルテは真白の人生が終わったと言った。何度かやり直すうちに、真白は死ぬ運命に変わってしまったらしい。
じゃあ、もう一度自分の下にくれと言った。
そうしたら頑張ろう。
時空の神は真白の魂を探してみると言った。
四度目の人生で、愛する人が出来た。
無性に欲しいと思う欲求。
ずっと側にいたいという独占欲。
今なら分かるが、真白の魂に時空の神の力が干渉されていた。
何故そうしたかなんてユキトには分からない。
ただ四度目のユキトの人生は死の色が濃かったのかもしれない。
過去へ戻ることを選んだロルビィの魂は、疲れているようだった。
身体はボロボロで、時空の神に苛ついた。
大事な愛しい子になんて事してくれるんだ。
三度目が終わった時に、直ぐに記憶を戻して貰えば良かった。
何としてでも生き残らねば、時空を飛ぶ能力を持ったままのロルビィは、自分が死んだらまた戻そうとするかもしれない。
身体も魂もボロボロになり、ユキトは戻ってもロルビィはもう存在出来ないかもしれない。
ユキトは何としてでも生きていなければならない。
愛しい子を死なせない。
ユキトはゆっくりと目を開いた。
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