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2章 俺のイジワルな皇子様
78 ハゼルナルナーデ国
しおりを挟む早朝出発しショウマがいるであろう場所に着いたが、そこは異様な混戦状態に入っていた。
先日までオドオドと出て来ては引いてを繰り返していた軍勢が、急に肩を怒らせ目を血走らせて襲ってくる。
前線は混乱状態に陥っていた。
「一先ずカーンドルテ軍に応戦しよう!」
一緒に来たのはユキト、ハルト、ロルビィ、パルの四人だった。
四人が四人とも戦闘能力が高い。
余り近くにいるとお互い戦いにくくもあるので、見える位置で離れていた。
そこをまさか突かれるとは思わなかった。
カーンドルテ兵の塊が、人間の壁となって分断して来た。
「兄上!」
先に気付いたハルトが走り出した。
軍勢の中に異様な姿の人間がいるのだ。
まだあどけない少女。プラチナブロンドに青い瞳の愛らしい姿に、真っ白な肩を出したドレスを着ていた。
微笑みながらユキトの前まで来ている。
ユキトも不審気にしながらも少女に攻撃を当てる訳にもいかず、戸惑っていた。
ハルトの視界に見知った姿が写る。
ショウマともう一人薄紫色の髪をした男の二人連れが、前方の少女に気を取られ気付いていないユキトの後ろに近付いていた。
ショウマがトンとユキトの頭に触れると、目を見開いてユキトが倒れた。
ロルビィが気付いて魔植を繰り出しているが、薄紫色の男がそれを阻んでいる。
何も無い空間に歪な割れ目が出来た。
ゾワリと背筋に悪寒が走り、ハルトは全速力で走った。
ロルビィを脅威としているのか、カーンドルテ兵の殆どがロルビィの方へ向かっている。
ユキトを抱えたショウマが向こう側へ倒れ込む様にして入っていくのを、ハルトは夢中で掴み一緒に落ちた。
一瞬だけ暗闇の中を通ったが、出た場所は石造りの地下の様な場所だった。
ショックを受けた顔で割れ目があった場所を見つめるショウマの襟首を、ガッと掴んだ。
「どういう事だ!?」
ショウマは驚いた顔になった。
「何故、貴方まで…………!?」
まさか追いかけて来るとは思っていなかったのだろう。
オレンジ色の瞳が苦しげに歪んでいた。
何でそんな顔をする?
「よくやった!ララディエル!」
その時見知らぬ声が地下の空間に響いた。
反響で響くが力強い声は張りがあってよく通る声だった。
ハルトの首筋にヒヤリと剣の切先が当てられる。後ろ手に捻り上げられ、身動き取れなくされてしまった。
持っていた魔導刀も獲られてしまう。
コツコツと靴音を立てて現れたのは、焦茶とも取れる飴色の様な金髪に深い青の瞳の三十歳くらいの男性だった。その隣には長いピンクブロンドの髪を後ろに垂らしたオレンジ色の瞳の女性が腕に寄り添っている。
「この様な場所に御足労頂き有難うございます。」
膝を降り首部を垂れる姿は、普段の快活としたショウマとは別人だった。
「どちらがユキト・スワイデルなの?」
女性が目を輝かせて意識なく倒れるユキトと剣を突きつけられたハルトを交互に見ている。
ショウマがこちらですと手で促すと、女性は喜んでユキトの側に近寄り頬に触れた。
「本当、綺麗な顔ね。あんな戦場で戦ってたとは思えないわ。」
うっとりとする顔はそこらへんの貴族達と変わらない。ユキトは美しい。その顔を見た者はユキトに一時の夢を見る。愛されたい、好きにしたいという欲情が見て取れて、ハルトは顔を顰めた。
ハルトは十六歳、この女性は十歳程歳上に見えるので、年増が兄を撫で回している様に見えるのだ。
「気持ち悪い!触るな!!」
ハルトは叫んだ。
「ハルト殿下!今は大人しくして下さい。」
ショウマがハルトを宥めようとしたが、ハルトは怒りの表情でショウマを睨み付けた。
「此処は何処だ!?何故兄上は倒れたんだ!?」
静観していた男性が笑い出した。
「兄か!ユキト・スワイデルの弟まで着いて来たかのか。しかし兄弟でかなり魔力量に差があるのだな。弟はどうするか。」
顎に手を当てて面白そうに男は嘯く。
とりあえず剣で痛めつけ、牢に入れておけと命令した。
甲冑を着た兵が突き付けていた剣を振り上げる。
ランプの灯りを反射する剣が振り下ろされた。
ハルトは来るであろう痛みに耐える様に顔を背けて歯を食いしばった。みっともなく叫ぶものかと身体を強張らせる。
ザシュッという音がしたが、いつまで経っても痛みはこなかった。
目の前には庇う様にショウマの苦痛を浮かべた顔があった。
「はははは、何だ!今度はそいつがお友達か!?パルディネラといいそいつといい、お前の友達は歳下ばかりだな!」
命令した男と、ピンクブロンドの女が嘲笑う様にショウマを見下ろしていた。
「彼は予定外の人間です…………。スワイデルの王族ですので交渉にも役立ちます。生かして捕らえるのが賢明ではないでしょうか…。」
苦し気にそういいながらも、ハルトを背に庇った。
「おい、少年。いちおう今は使い道もある様だから生かしておこう。だがそいつはお前の兄を此処に連れ去った男だ。仲間では無いから勘違いするなよ。ララディエル、閉じ込めておけ。」
ララディエルと呼ばれたショウマは深く頭を下げた。
「そこの少女がカーンドルテの聖女か?お前もついて来い。」
「あら、無視されてるのかと思ったわ。」
ユキトの前に現れたプラチナブロンドの少女も密かに側にいたらしい。
男が促すと一緒に後をついて行った。
「あっ!」
連れて行かれるユキトを見てハルトが声を上げたが、ララディエルは後ろに下がってハルトの前に立った。
ララディエルの背中にはざっくりと斬られ血を流す傷が出来ていた。
「何故ついて来たのです!」
振り返ったララディエルはハルトの肩を掴んで叫んだ。
「兄が連れ去られようとしてるのに、当たり前だろう!?」
ハルトが叫び返すと、ララディエルは押し黙った。
ハルトだって今の状況が悪いのは分かっている。一緒に飛び込んで来たのが違う人間だったらもっと状況も変わっただろうが、魔力が少ない身体強化しか出来ない自分では力不足は否めない。
ララディエルのこちらへ来て下さい、という言葉について行くしか無かった。他に頼れる人間はいない。何よりララディエルは咄嗟にハルトを庇ったのだ。関係無いと思っていれば庇わない筈で、少なくともハルトに対して悪感情は持っていないと思えた。
階段を上がり、何処か地上の部屋に着いた。窓の外から此処が城の一部分であり、城自体も大きい事が理解出来た。スワイデルの城も大きいが、それよりも広い。
「此処はハゼルナルナーデ国の王城です。私の名前はララディエル・ウォザレネ。先程の男性はこの国の第四王子リッゼレン・ハゼルナルナーデ、その隣に居た女性は私の異母姉のルネーティエル・ウォザレネです。彼等の命令によりユキト・スワイデルとカーンドルテ国の聖女を此方へ連れて来ました。貴方は魔力が少ない。この国は魔力があるものを尊ぶのです。私の側を離れない様にして下さい。」
ララディエルの簡単な説明に、ハルトは目を見開いた。
「ハゼルナルナーデ………。海の向こうの国か?何故兄上を欲しがる?」
部屋の中は程よい広さの一部屋。ベットがあり、ソファとテーブルのセットが有るだけの簡素な部屋だった。
ララディエルはベットの上に座り背中の破れた服を脱ぎ出した。
「分かりませんか?スワイデル皇国でも貴方の兄上は魅了的な人物だったはずです。魔力があり、美しく、数々の魔導具を開発する頭脳を持っている。それを欲しがる人間は沢山いるはずです。」
ララディエルはベット脇の棚から箱を取り出し何か薬を飲もうとするが、フラリと倒れて床に手をつく。
「!…おい、大丈夫か!?」
ハルトが助け起こすと、ふっふっと息が荒い。
「俺が治療するからそこに寝そべってくれ。」
ハルトが手を貸すと大人しくベットに上がり寝転がった。
背中は思ったより深く斬られていた。
「消毒どれ?」
「………青い小瓶。」
小瓶を取り出し手近にあった布で抑える様に拭いていく。
「薬は?」
「さっき、落とした………。」
「これ何の薬?」
「………痛み止めです。」
「まさか、ガーゼ当てて終わり?傷薬すらないのか!?」
呆れた様なハルトに、ララディエルは無言だった。
ハアと溜息を吐いてハルトは腰に下げていた袋から治療薬を取り出した。ガーゼに塗り込んで切り傷にペタペタと貼っていく。ガーゼが剥がれない様に大きな布を上から重ねてテープで止めた。包帯も巻きたかったが動かせないだろうと判断した。
「ほら、痛み止め。」
ララディエルの口元に錠剤を持って行くとパクリと食べた。
「…………すみません、腕についてる腕輪を取って下さい。トパーズの魔石がついいるやつです。」
言われた通り腕輪を外すと、ララディエルの髪の色が茶色から綺麗なピンクブロンドに変わった。透き通る様な桃色は不思議な色合いをしていた。
上半身裸の身体には数多の傷が浮かび上がり、さっきの様子から碌に治療をせずに今まできたのだろうと予想できた。
ただの切り傷だけではない。長年経っても取れない黒ずんだ打撲痕、火傷の引き攣った後、今負った切り傷よりも深そうな裂傷後。
何故ララディエルを側に置いたのかと言えば、この傷だらけの身体を見たからだ。
たまたま、下級兵士とも親交を持とうと思って気紛れで風呂場に混じった時、隅の方で見られない様に身体を洗っているのを見てしまった。
魔導具で髪を染める人間は沢山いるので、本来の髪はピンクブロンドという珍しい色なのかと思い声を掛けようとして止めた。
戦闘だけで出来た跡ではない。
普段は長袖の軍服をキッチリ着込むので見えていないだけなのか思っていたが、魔導具によって髪と傷も変換されていたのだと今知った。
この傷跡はさっきの王子とかいうのと姉の所為なのか?
ララディエルは布団に寝転がったまま寝息を立て出した。
「兄上が攫われたの、もしかして俺の所為?」
同情でララディエルを近付けてしまった所為だろう。
ハルトは何とかこの状況を打破せねばならないのだが、頼みの綱のララディエルが気を失う様に寝てしまった。
どうしようかと悩んでいると、目にさっきのトパーズの腕輪が飛び込んでくる。
ニヤリと笑って腕輪を付けた。
付けた瞬間にショウマの姿に変わる。
「おお、凄いな!」
寝ているララディエルが冷えない様布団を掛けて、ショウマに化けたハルトは部屋の外へ出て行った。
ララディエルがぼんやりと目を覚ますと、既に外は薄暗かった。
テーブルには食事が置かれ、布を被せてあるのが見える。
そんな指示も出していないのに誰が置いていったのか。
この部屋はスワイデル皇国に行く前に使用していた部屋だった。度々王城に呼び出されて小間使いの様にこき使われる時、この部屋で寝泊まりしていた。
ベットと風呂トイレしかない何もない部屋だった。
ガチャリと風呂場へ続くドアが開き、ハルトが出て来た。
「お、目が覚めたのか?食事は取れそうか?冷めると思ってパンとハムと煮た野菜しか置いてないんだが。」
普段碌に食べないのでララディエルとしてはそれで充分だったが、何処から持って来たのだろう。
ハルトはこれ、と言って腕輪を腕に通した。
音もなくショウマの姿に変わる。
顔は同じなので実に不気味だ。
「まさかその姿で出たのですか?」
「ははは、話し方違うんだな。」
答えになってない返事にイラッとする。
食器を乗せた盆をハルトが持って来てくれたが、どうしようかと悩んだ。
「少しは食べた方がいい。痛み止めはまだ効いてるか?この城広いな。兄上を探したんだが全く見つからなかった。」
「あまり無理をしないで下さい………。」
なんて怖いもの知らずなんだろうと思いながら、フォークを取って煮野菜を食べた。
少しだけ食べると残りはハルトが食べてしまった。
「さあ、兄上の所へ案内してもらうぞ。」
ニヤリと笑う姿は獰猛で、ああこの人も人を従える者なんだなと、ララディエルは思った。
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