翡翠の魔法師と小鳥の願い

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2章 俺のイジワルな皇子様

75 スワイデルの裏切り者

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 ユキトが剣を振るうと、魔法式が帯になって流れる。
 ユキトの属性は火属性なのに、纏う魔力は瞳と同じ紫色な為、魔法式はほんのりと紫の光を纏いリボンの様にユキトの周りをはためいていた。
 魔法式には攻撃、防御、回復、補助とあらゆる効果のある魔法が組み込まれている。戦闘相手や戦況によって内容を変える為、魔法式は文字と数式の羅列が高速で書き換えられ、誰も読み解くことは不可能だった。
 一度剣を振れば近くにいた敵兵のみがサクッといなくなる。切られ、炎に焼かれ、絶命していく敵兵達は、黒軍服に銀の髪を揺らし、紫の凛々しい瞳をしたユキトの優美な姿を捉えると、逃げるようになっていた。

「兄上っ!そんな前線で戦わないで下さい。」

 今日はたまたま後方支援のハルトが近くで戦っていた。たまには自分も出たいと言ったので近くにいさせたのだが、二人で戦うとあっという間にここら一帯は制圧してしまう。
 ハルトもまた皇族としての黒軍服に剣を携え奮っていた。剣といっても、今回携えたのはユキトが作った魔導具の試作品、片刃の剣だった。
 ハルトは魔力が少ないので、それを補う為に魔石と魔法式を組込んだ、斬る専門の魔導刀だ。
 
「またカーンドルテ軍は逃げたな。」

 カーンドルテ国の戦い方は出てきては直ぐに引き返すの繰り返しだった。

「まるで持久戦に持ち込んでいるようですね。そんなに国力がある国でもないのに、物資や備蓄はどうしてるのでしょうか?まさか北の国に援助されてるとか?」

 ハルトはさっさと終わらせたいと愚痴っている。
 カーンドルテ国は裕福な国ではない。戦闘が長引けば不利なのはカーンドルテ国側だった。

「北からの援助はないだろうね。ヴィアシィ国はリューダミロ兵が制圧済みだし、ヴィアシィ国はもう国として潰れたも同然だよ。」
 
 一週間程前、ヴィアシィ国が北の国境を越え森から出てきて砦で待機していたリューダミロ兵と戦闘を開始した。
 開始したが、それは呆気なく終わった。
 ロルビィの母親、セリエリアが遠慮なく森から出てきたヴィアシィ国軍に炎の一線を放ったのだ。
 森と共に出てきた前衛は焼き払われ、一番後方でふんぞり返っていた国王は、セリエリアの剣の餌食となった。

「こんな豚の魅了魔法など解除する必要無かろう。」

 恐怖で散り散りに逃げるヴィアシィ国兵は放っておかれた。
 敗戦国に対する賠償金も隷属国にする気も無いリューダミロ国は、北の国の侵攻を制圧したら大概ほっとく。
 無力化を確認すると直ぐにスワイデル軍に合流した。
 勿論ロルビィも一緒に来たのだが、見たことの無い大男を連れて来た。
 紅龍ノジルナーレと名乗った男は今ロルビィと共にいる。

「引き上げよう。」

 カーンドルテ国土に入ってまで敵兵を追い掛けるつもりも無かったが、この状況はどうにか解決しなければならない。
 ユキトの号令と共にスワイデル軍も一旦下がる事にした。





 

 黒龍ワグラの屋敷からノジルナーレに乗ってリューダミロ軍に合流したロルビィ達は、ヴィアシィ国軍を蹴散らした後スワイデル軍に合流していた。
 合流したはいいものの、スワイデル軍の数は相当なものになる。
 前方にユキト殿下がいる部隊、後方にハルト殿下がいる部隊、後は各将校たちが率いる部隊が散らばっているのだが、リューダミロ軍側から来たセリエリア、ロルビィ、パル、シゼ、テレセスタ、そして紅龍ノジルナーレは適当に混じっていた。
 戦力がありすぎて何処でもいいと言われてしまったのだ。
 じゃあ前方のユキト殿下の所に、と行こうとしたらそれは危ないからダメだと断られてしまった。前方にはセリエリアが行き、シゼには今カーンドルテ国に帰ったと予想される聖女の動向を探らせに行かせている。
 そのシゼから通信が入って来た。
 前方部隊はショウマに任せて来たと言ってユキト殿下とハルト殿下が、ロルビィのいる後方へ戻って来た。
 魔導車を使っているとはいえ、部隊の端から端までかなりの距離がある。
 シゼの報告を直接聞いた方がいいだろうと判断したハルト殿下がユキト殿下を呼びに行ったのだが、朝から迎えに行って夕方頃漸く帰って来た。

「じゃあ、シゼを呼びますね。」

 今は作戦本部として建てている大きなテントの中に集まっている。
 ユキト殿下と会うのは最初に合流してから一週間ぶりだった。
 リューダミロ王国で別れてから同じ戦争に参加しながらも会えていなかったのだ。
 チカチカと魔導石が光り、通信画面にシゼが映る。

「シゼ、今は大丈夫?」

「はいはい、大丈夫ですよ~。早速報告いいですかぁ?」

 緊張感のない声でシゼは応答した。
 今はカーンドルテ国王都の宿に泊まっているらしい。
 そこでシゼに聞いたのは驚く内容だった。

「聖女が交代しましたよ。オッルから次期聖女候補だったサナミルに変わってますね。オッルは病死と発表されてます。この戦争が終わったら大々的に聖女サナミルのお披露目をするらしいですよ。国民は浮かれてますねぇ~戦争中とは思えないくらいです。」

 聖女サナミルの周辺はガラリと変わったらしい。女王の様に雰囲気を変えた聖女サナミルに皆頭を垂れ、恭しく扱う。朗らかで親切だった神官達は、虚な人形の様に静かに動き、無駄はないが生気もない。
 今まで聖女オッルは近寄りもしなかった国王イゼリアーテの下へ寝所を移し、其方で生活しているという。
 毎日身体を磨き着飾る聖女に、苦言を言う者もいない。
 十二歳の少女の変貌はシゼから見ると、急に欲に塗れて気持ち悪いものらしい。

「それから、カーンドルを援助している先ですが、分かりましたよ。海の向こうの国、ハゼルナルナーデ国の第四王子リッゼレン・ハゼルナルナーデが手を回している様です。聖女サナミルの近くにその間者と思わしき者がいて、今回の戦争もハゼルナルナーデ国側が焚き付けた様ですね。」

 まだ着いて一日程度しか経っていないのに、シゼは内部に入り込み調べて来ていた。いくら身を隠す魔法があるとはいえ、かなり危ない事をしている。
 シゼの話を一緒に聞いていたパルが、あの、と遠慮がちに声を上げた。

「そのハゼルナルナーデの間者ですが、どんな人間でしたか?」

 パルは元々ハゼルナルナーデ国の貴族だったと言っていたので、何か知っているのだろうかと、画面の前の場所を譲りシゼと話させる。

「キィロと呼ばれる薄紫の髪に目の細い男だった。それに、気になる事を言ってたんだよなぁ。まず聖女サナミルにハゼルナルナーデ国に来ないかと言ってた。それとユキト殿下を連れ去るとかなんとか………。」

 キィロか…、と呟いてパルは考え込んでいる。
 いや、それよりユキト殿下を連れ去るとはどういう事だろう!?

「私を狙ってるという事?何の為に?」

 ユキト殿下が不快そうに眉を顰める。皆んなの疑問はそこに集中した。
 
「それは、私が説明出来るかもしれません。」

 パルが画面から退きながら意見を言っていいかと皆んなを見渡す。

「パルはハゼルナルナーデ国の人間だったんだ。聞いて判断していいと思う。」

 ロルビィの後押しでパルからハゼルナルナーデ国の内情を説明された。

 まずパルは本名をパルディネラ・フィッゼランデと言う。公爵家の子息でリッゼレン第四王子の婚約者だったのだという。
 ハゼルナルナーデ国では男性は妊娠しない。
 何故妊娠しないパルが王子の婚約者だったかと言うと、王家は第二王子迄しか子供を作れない決まりがあるからだった。
 産まれて直ぐに婚約者となり、勉学や作法の習得に励んでいた。それにパルは魔力が豊富だった。
 ハゼルナルナーデ国は魔力が多い子供は光の子と言って、国の繁栄に貢献する為王都に集められるらしい。
 魔力の多い子供は王宮の龍の間に集められ身を捧げる。何をしているのかは知らないが、一度入ると出て来た者はいないことから、それは死を意味するのではとパルは思っていたらしい。
 第四王子の婚約者であり、光の子であり、公爵家の子息。パルの生活は息苦しく、自由などなかったが、産まれた時からその状態でそれが当たり前だった。
 それが崩れたのは十五歳の時。
 第二王子と第三王子が立て続けに亡くなった。
 第四王子の継承権が繰り上がり、子供を儲けていいことになった。
 じゃあこれで婚約者というお役目は無くなるのだと、特にショックを受ける事なくパルは思っていたらしい。
 リッゼレン第四王子はパルより十歳も歳上で、見目は良かったが高圧的であまり好きではなかった。
 王城に呼び出された時、単に婚約を解消するのだと思っていたのに、何故か婚約は既に解消済みだし新たな婚約者がリッゼレン第四王子の隣に座っていた。
 透き通る様な桃色の髪とオレンジの瞳の美しい女性ルネーティエル・ウォザレネ嬢だった。しかも対面のソファに勧められるまま座って直ぐに、ルネーティエル嬢は紅茶を飲んで苦しみ出した。
 驚くパルを他所に、周りは一気に慌ただしくなる。
 パルは紅茶に毒を入れたのだと言われ拘束された。
 パルは友人だと思っていた人間に後ろ手で縛られ、薬を飲まされた。
 いつも穏やかに微笑んでいた彼はネーティエル・ウォザレネ嬢の弟ララディエル・ウォザレネ。姉と同じ透き通る様な桃色の髪にオレンジの瞳。この時も微笑んでいたけども表情は冷え冷えと見下ろしていた。
 なんで?どうして?
 パルは朦朧とする意識の中外に連れ出され、馬車に乗せられた。ララディエルを見つめながらパルの意識は落ちていく。
 次に気がついたのは海の上だった。

「私の過去はざっと言えばこんなものですが、これでリッゼレン王子の人となりが少しは見えるでしょうか?私も婚約者と言いながらほぼ会った事なかったんですけどね。リッゼレン王子がユキト殿下を狙うのは恐らく魔導具だと思います。私もこちらに来て驚いたくらい性能がいいんです。多岐にわたる発明品と魔石の消費量減量化の凄さが桁違いです。その知識と頭脳が欲しいのではないでしょうか?今回私の生家であるフィッゼランデ公爵家を敵に回し、公爵家陣営を第一王子に取られた可能性があるので、ユキト殿下の頭脳と聖女の力、後はこの大陸に足場を作って隷属させた功績等で国民の人気や貴族階級の取り込みを計るのではと思います。」

 一気に説明されたがなんとなく理解した。
 第四王子は継承権が二番になった途端女を作りパルを追い出した。そして立場が危ういからこっちの土地と能力高そうな人間を連れ去ってこき使おうとしているって事なんだな。
 
「あまりにも此方を低く見過ぎじゃないですかね?」

 ハルト殿下が少し怒っている。
 大国故か見下した感じはするのは確かだ。
 パルの話を聞いて俺が思うのは、前回のパルの事だ。自分は裏切り者だと言って自死したパルは、ハゼルナルナーデ国の事情に巻き込まれたんじゃないかと思う。
 誰かがパルに命令した。仕方なく言う事を聞いたパルは責任を感じて自分で命を絶った。
 あり得そうだ。
 パルに命令したのは誰だろう?
 パルは裏切り者がスワイデルにいると言った。今カーンドルテ国の聖女の近くにいる人間ではないと思う。裏切り者と言う言葉は味方にいるからこそ使われる言葉だ。
 キィロと言う人間は知らない。
 スワイデルの人間で俺が知ってる人間は一人しかいないのだ。まだ今回会えていない人間。

「スワイデルにはショウマと言う人いるんだよね?」

 先程前線に残してきたという人物の名前がショウマと聞いて、おや?と思ったのだ。
 唐突な俺の質問に答えたのはハルト殿下だった。

「いるが、どうかしたのか?」

 いるのか。

「どんな人?」

「人相か?茶髪にオレンジの目、淡白そうかな?平民出身という割には品がある。戦闘は出来るし事務仕事も上手い。能力が高いから今は私の直属に入っているが。」

 ハルト殿下の近くにいる。前回もハルト殿下の計らいでサクトワ共和国に行ったのだ。
 気さくで話しやすい、俺の中では好感触な人柄。

「ショウマが何かあるのかい?」

 ユキト殿下に聞かれて、まだ何も確信は無いのでどうしようかと考える。
 もしショウマがスワイデルの裏切り者なら?

「キィロがいるならその上司が来ているかもしれません。」

 パルはキィロ単独では動かないだろうと言った。

「ララディエル・ウォザレネ……。彼がキィロの上司に当たります。姉のネーティエルが第四王子の婚約者になった事で、第四王子の部下として動いている可能性があります。髪の色が違いますが染めれば分かりませんし、何より瞳の色が同じオレンジです。ロルビィ様が気にされるなら、確認した方がいいと思います。」

 パルならショウマがハゼルナルナーデ国の人間か分かるという事か。

 そこでハルト殿下が遠慮がちに手を上げた。

「あー、ショウマの髪だがピンクかもしれん。ちらっと風呂で見た事がある。」

 じゃあほぼ確定では?パルの髪もピンクがかった茶髪って感じだけど、ララディエルはかなり珍しい綺麗なブロンドのようなピンクをしているらしく、たまたま一緒というのも考え辛いらしい。
 一旦確認しようということになった。
 通信機越しに話を聞いていたシゼには戻ってくる様指示を出す。
 壁で控えていたテレセスタがホッとした顔をした。
 なにしろ危険な場所の情報収集はシゼが一番適任な為、いつもシゼがやっている。今回の様に急ぐ場合は単独で行くので、危険極まりない。
 テレセスタはシゼの身を案じていつもハラハラしているのだろう。なんか申し訳ない。

 明日前方に待機しているショウマを見に行くことになった。
 これは俺も何としてでもついて行くことにした。

「ロルビィ様、ショウマと言う人物が本当にララディエルだった場合ですが。」

 自分達のテントに戻りながら、パルが心配気に話し掛けてきた。

「私の身体に封魔石を入れたのはララディエルなんです。彼は姉の命令で封魔石を作る能力を持っています。封魔石は作成者の命令を聞かなければなりません。拒否すれば激痛が走り、拒否し続ければ死に至ります。」

「パルにはまだ身体の中に封魔石入ってるよね?」

「私のは黒龍様に石の能力を無力化してもらいましたので、大丈夫です。ですが新たに誰かが入れられない様に気をつけて下さい。もし、ユキト殿下に入れられれでもしたら………。」

 前回のパルにも封魔石が入っていたんだろうと思う。そして逆らえなかったんだと思うと、ロルビィはパルが今回自分を信じて頼んで来てくれた事が嬉しかった。

「うん、気をつけるよ。」

「はい、私も注意しておきますので。」

 二人で頷き合った。
 












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