翡翠の魔法師と小鳥の願い

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2章 俺のイジワルな皇子様

74 魔女サグミラ

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 魔女サグミラは勧められた時には気が乗らなかったが、言われた通り転移魔法陣を用意していて良かったと思っていた。
 あのままあそこで逃げ続けても翡翠の魔力が追いかけて来て、囚われ殺されていただろう。

 到着した場所はカーンドルテ国王都の本神殿の中。
 今回は大量の龍気を手に入れる事が出来た。龍を連れてくる事が出来なかったのは痛いが、自分の身の方が大事だ。

「お帰りなさいませ、聖女オッル様。」

 出迎えたのは一人の青年神官だった。薄紫の髪と細い目の特徴のない男だ。風魔法使いで魔力も高いのだが、利用価値があるのでそばに置いていた。
 転移魔法陣を置く様進言したのもこの男だった。
 男の名前はキィロ。
 海の向こう、ハゼルナルナーデ国から来たと言って近付いてきた。
 一緒にこの大陸を手中にしましょうと言ってきた。
 だがサグミラはこの大陸を手に入れたいわけではなく、ただ好きな様に生きたいだけだった。
 美しい者を、魔力を豊富に持つ者をそばに侍らせ、自由に贅沢に生きたいだけ。
 その為にも翡翠の魔法師を排除したいというと、キィロはこの大陸の内情を教えてくれれば力になりますと言ってきた。
 必ずハゼルナルナーデ国に与する必要は無いと。

「無事に龍気を手に入れましたか?」

 北の国で水龍ソギラを探すと決めた時、情報も少なくなかなか見つけられなかった。そんな時、この男がやってきた。自分が見つけるので話を聞いて欲しいと近付いてきたのだ。
 キィロは情報を掴み纏めるのが早かった。
 あっという間に地域を絞り、ヴィアシィ国へ入り込む手筈を整えサグミラを送り出したのだ。
 
「お前のおかげで手に入ったわ。」

「それは重畳。」

「でも翡翠の魔法師がきて邪魔されたのよ!?」

「ふむ、予定ではもう行く日か余裕があると思ったのですが、何か有りましたか?」

 サグミラはいつもの通り水龍の龍気を食べに行ったのだ。意識が無い所為でキスで唾液を取り込むくらいしか出来なかった。
 せめて精液を飲むか性交を交えたかったが、全く勃たなかったのだ。
 魅了魔法を掛けていても、身体は起きたが意識は無い。そんなおかしな状態に辟易した。
 
 突然入ってきた二人は、翡翠の魔法師と恐らく龍と思われた。
 翡翠の魔法師はサグミラを見て攻撃してきた。
 水龍を盾がわりに逃げるので精一杯だった。

「もう一体龍がいたわ。赤い髪と目をしてた大きな男よ。」

「ふむ、龍ですか………。邪魔をされるのは面倒ですね。」

 キィロの細目は何を考えているのか分からない。
 この男に合わせてても疲れるだけなので、サグミラは次に移ることにした。

「どちらへ?」

 聞かれてサグミラは答える。

「サナミルのところよ。」







 サナミルは部屋でお茶を楽しんでいた。
 愛らしい水色の壁紙にレースの施されたクロスとクッション。淡い木製家具で揃えられた少女らしい部屋で、香り高い紅茶とお菓子が並べている。
 オッルが不在時もサナミルの世話係は手を替え品を替え、美しい少女を可憐に育て上げた。
 オッルが部屋に近付くと、どちらが聖女か分からない程に、サナミルを囲みオッルの姿をしたサグミラを近寄らせようとしない。

「退きなさい。部屋には誰も近付かないで。」

 それでもオッルの方が聖女である。
 強く命令されて、世話をしていた神官達は部屋から遠のいた。
 中からは楽しげな笑い声。
 またいるのかとサグミラは舌打ちした。
 ここ数年離れていたが、相変わらず幼馴染タジカはサナミルの側にいて世話を焼いていた。
 タジカはオッルと同じ歳だったはず。二十七歳が幼い十二歳の少女に盲愛する様は見ていて気持ち悪い。
 
「ちっ、変態が。」

 部屋に入ってきたオッルを見つけて、サナミルは急いで椅子から降りて駆け寄った。

「オッル様!いつお帰りになったのですか!?」

 嬉しそうに輝く顔は愛らしい。白いまろやかな頬に薄紅色の唇。青い瞳は輝き、サグミラがここに何をしに来たのか、疑いすらしない。

「聖女オッル様、お疲れ様で御座います。」

 そう労いつつ、タジカはサナミルのやや前に出た。まるでオッルから護るかのようだ。

「タジカ、お前も部屋から出てちょおだい?」

 タジカの眉がピクリと震えた。
 サナミルの周りにいる者は何故かオッルからサナミルを隠そうとする。
 現聖女よりも次期聖女に心酔しているのだ。
 タジカもサナミルが現れるまではオッルの側にずっといたのに、掌を返すようにチラリともオッルの前に現れなくなった。
 オッルの心に偏り掛けた頃は辛くも感じたが、今はこの光景も忌々しい。
 現聖女の命令は聞くつもりがないらしいタジカに、オッルは鼻で笑った。
 怪訝な顔をするタジカは無視して、オッルはサナミルの前に立った。
 サナミルの身体を上から下まで視線を這わせて、満足気に笑う。

「ふぅん、魔力は安定したのね。」

 そして、美しい。

「はい!」

 そして可憐。

 褒められたと思い嬉し気に微笑むサナミルの両頬を、優しく手のひらで覆った。
 腰を屈めて小さなさくらんぼの様な唇に自分の唇をつける。

「?」

 ありがとう、サナミル。
 こんなに魔力たっぷりな美しい身体で生まれてきて。
 サナミルの小さな口内に、ゴポリと何かが流れ込んだ。

「ーーーー!ーーーーーっ!ーーー!!」

 サナミルの悲鳴は全て抑え込まれた。
 白目を剥き血混じりの涙が流れる。脂汗が流れて失禁が綺麗なドレスを濡らした。

「な!?貴様っ!!」

 タジカがサナミルを助けようと剣を抜いて動いたが、剣は黒い棘の様なものに弾かれた。棘はグルグルと回転し、タジカに近付ける隙を与えない。
 サナミルの身体がビクビクと動いて、ゴポリゴポリと音を立てる度に、オッルの身体は薄く皺くちゃになり、まるで中身を無くした抜け殻の様に干からびていった。
 パサリとオッルだったものが枯葉の様に落ちた時、サナミルは陶然と虚空を見ていた。
 青い瞳は輝き美しいのに、その温度は今までのサナミルでは無かった。
 
「あはっ!そうよ、これよ!この魔力!この大きな聖属性!!」

 サグミラとしてはもっと成長する迄待ちたかったが、翡翠の魔法師に再度出会った事で予定を早めた。
 やはり翡翠の魔法師は怖い。
 何故か立ち向かう前に恐怖が這い上がるのだ。

「でも……、やっぱりもっと龍気が欲しかったわねぇ~。」

 サグミラの呟きに応える声があった。
 
「ハゼルナルナーデ国の王城に行けばもっと龍気を取り込む事が出来ますよ。」

 人払いを無視して入ってきたのはキィロだった。
 一度来られてはどうでしょう?と提案してくる。

「そお?何か対価を求められそぉ。」

 目を細めた姿は愛らしいサナミルのモノだが、その表情は全く子供らしく無い。
 無邪気で妖艶な年齢不詳の少女。

「我が主がスワイデル皇国のユキト皇太子殿下を所望なのです。なんでも魔導具の質が全く違うらしく、その技術をお望みなのです。」

「ふうぅん?確か魔力も多いのよね?あたしも一度会ってみたいわ?捕まえに行きましょうよ。」

 魔女サグミラは楽し気に笑った。
 一国の王子を誘拐するのに躊躇いはない。国同士の争いとか関係ない。
 サグミラはまだユキト・スワイデルに会った事がなかった。その美しいと言われる美貌には興味がある。

「今我が国の船団がサクトワ共和国の下まで来て待機しております。スワイデル皇国の王子を攫う事により宣戦布告を行いましょう。」

 魔女サグミラを仲間に取り入れ、カーンドルテ国とスワイデル皇国を戦闘により疲弊させたら攻め込む予定だった。
 サクトワ共和国もこの戦争に参加する為自国に残る兵は少ない。
 カーンドルテ国は魔女の言いなりだし、サクトワは直ぐに堕ちると予想している。スワイデル皇国も立て続けの戦争に疲弊しいずれ降伏する。ハゼルナルナーデ国とこの国の国力には大きな差がある。
 残るはリューダミロ王国という魔法特化の国だけだが、地盤を作れば攻め込みやすくもなる。

「いいわよ?じゃあ用意して行きましょうか?」

 ちょっと直ぐそこに遊びに行く様な気軽さで魔女サグミラは楽し気に返事をした。
 あ、その前に、と固まって会話を聞いていたタジカの方を見る。タジカは邪魔しない様に黒い棘に囲まれて身動き取れなくなっていた。
 サナミルの愛らしい口で、楽し気にバイバイ、と別れを告げた。
 タジカの目が大きく見開かれる。
 突き刺さる無数の棘から血が溢れた。
 
「良かったんですか?彼は結構魔力有りそうですが。」

 お食事されないんですか、と何を考えているのか分からない細目で聞いてくる。
 サグミラは輝くプラチナブロンドを掻き上げながら、同色の眉を嫌そうに潜めた。

「要らないわ、こんな子供に色目使う様な男…………。気色悪い。」

 死に掛けたタジカに最後の絶望を与えて、サグミラは部屋から去っていった。








 美しい身体を手に入れた魔女は、今からお手入れをすると言って部屋に篭ってしまった。
 女がこうなると長い。
 それはキィロもよく分かっている。
 キィロからすれば無駄な時間だが、魔女サグミラの魅了魔法をいたく王家が興味を持っている。
 ハゼルナルナーデ国に是非連れて来るよう言われてしまえば、キィロに拒否権は無かった。
 それは自分の現在の上司ララディエルにも言えた事だった。

 今の内に報告しとこうとポケットから簡易型通信機を取り出す。これはハゼルナルナーデ国産で一方通行型だ。手のひらサイズの丸い形。
 スワイデル皇国のユキト王子が作った双方画面が映り会話ができるものとは違い、入れ込んだ会話を飛ばすだけのもの。
 魔力の消費は激しいが、長文が送れるので使っている。これやると自分の魔力がゴッソリ抜ける。
 そういう意味ではユキト王子が作った魔導通信機は魔石の消費も少なく、物によっては半永久的に使える。
 その技術をララディエルが本国に報告した時、なんとかユキト王子は生かして連れ帰るようにと命令されていた。
 魔女サグミラが帰ってきた経緯と現在までの状況を入れ込み送信する。
 キィロは平民生まれでそこまで王家に縛られていないが、ララディエルは貴族出身で姉が現在王族の婚約者になっている。
 姉の婚約者はハゼルナルナーデ国の第四王子。そこからの圧力が強く、逆らえないでいるようだった。
 貴族とは大変だなぁと思いながら、キィロはのんびりと通信機を手のひらで転がした。


 魔女サグミラの用意は長かった。
 まだ子供とはいえ、美しいサナミルになった魔女は、早速カーンドルテ国で聖女になったと国中に通達を出した。
 手当たり次第に魅了魔法を掛け、自分の配下を増やしていく。
 オッルとは天と地程も能力差があったのか、その威力は凄かった。
 この力をハゼルナルナーデ王家が手に入れればどうなるのだろうか。
 ま、平民のキィロには関係ないかと思い直し、どうでもよくなる。
 漸く国境付近で行われている戦闘に参加すべく、出発したのは一週間も経ってからだった。



























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