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2章 俺のイジワルな皇子様
67 黒龍ワグラとロワイデルデ殿下に会いに
しおりを挟む冬の年越しの前に、黒龍ワグラの下へ行く事にした。
魔女サグミラの動向はシゼ達に追わせているが、相変わらずヴィアシィ国から動いていないという。
冬に戦争が始まる事も少ないので、カーンドルテ国も魔女も動かない今のうちに霊峰を訪ねようと考えた。
黒龍に尋ねる内容はまず水龍ソギラを探せたのか、魔女サグミラも探しているのか、ロワイデルデ殿下の二属性は一属性に出来たのかを聞くつもりだ。
後はパルからも相談された内容をどうにか出来るか聞いてみようと思う。
パルの身体の中には封魔石という魔力を封じる魔石が入っているという。
パルは海の向こうの大陸ハゼルナルナーデ国の貴族だったが、婚約者から裏切られ冤罪をかけられ海に放流された。運良くこっちの大陸に流れ着いて今ここにいるのだが、罪人として身体に入れられた封魔石を解除したい。その方法が此方にあるかと言われ、とりあえず毎日の兄弟のお喋りでその話をした。
一応パルには話して良いか許可は取った。
結果はこちらにはその方法は無いのではという事になった。何故なら此方の技術では魔力を封じる物がないからだ。
なので新しく方法を考えた方がいいとなったが、どこに誰に言うべきかを悩んだ。
魔法大国リューダミロのカーレサルデ殿下か、魔導具に精通したユキト殿下か?
因みにパルはどっちも怖くて頼りたく無いですねぇ~とか不思議なことを言っていた。
なんで?って聞いたらこの三兄弟は最近自分に頼りすぎで、皆さん気が立っておりますからとかなんとか言っていた。
じゃあ黒龍に会いに行くから、聞いてみようって話になった。
パルは普通に龍って実在するのかと驚いていた。
ハゼルナルナーデ国では龍は白龍であり神聖化されて伝わっていて、王様しか会えないと言われている。殆ど伝承となっていて、実在していないと思われているらしい。
今はパルと共に前回も通った草木で出来た緑のトンネルを歩いている。
チラチラと緑の暗がりの奥に陽の光が見えるが、それは遠くほぼ真っ暗で、魔導ランプで照らしながら進んでいた。
通り抜けながら先日の事を思い出していた。
本当はユキト殿下にもついて来てもらおうと思っていた。
ピツレイ学院の冬の長期休学に入った為、リューダミロ王宮のユキト殿下の所を訪問したのだ。
ユキト殿下が滞在する離宮へ案内されると、何故か同学年にいる生徒が出て来た。今は自分達がいるから案内すると侍女を下がらせた生徒は、とても綺麗な少年だ。
どこかの伯爵家の子息だったはずだが、ロルビィは神の領域と思われているので誰も寄り付かず、未だに生徒の名前を把握していない。
綺麗な少年は名乗ることも無く、此方へどうぞと案内する。
奥へ奥へと進むと人払いされているのか使用人がまばらになり、誰もいなくなった。
綺麗な少年が一つの部屋の前で止まりノックも無く扉を開けた。
「………あの?」
流石におかしいと感じ声を掛けるが、彼は目を細めて笑い部屋の奥へと進んで行った。
居間を抜け奥の寝室へと続くドアを開けたのだと分かるが、ユキト殿下はこんな昼間に寝ているのだろうか?昼寝中ならもう一度出直して良かったのにと思いながら、有無を言わせず案内される。
「………あぁっ!……きもちぃぃ!」
高い声とくぐもった声。
ハッとして佇んだ。
リューダミロ王宮内では使役魔植は結界に支障が出るので使うなと言われて使っていなかった。だから中で何が行われているのか今知った。
薄いカーテンから陽の光が入り銀色の髪がキラキラと輝いていた。汗濡れた髪は頬に張り付き、後れ毛は首筋に張り付いている。
鍛えられた身体は衣服を纏っておらず、下に寝転がった人は動く度に赤い顔で気持ち良さそうに喘いでいる。
「………はっ、あ、……殿下!殿下!」
もっと、もっとと要求されるがままに行われる行為を、ロルビィは頭が真っ白になって顔を背けることも出来ずに佇んで見ていた。
魔力が二人の身体を回っている。
グチュグチュと聞こえる濡れた音。独特のすえた臭いに、ロルビィは息を止めた。吸いたく無い。
訓練の後の魔力譲渡なのだろうとは理解している。
でも、これは性行為だ。
リューダミロ王国では普通の事なのは理解しているが、好きな人が違う人とやっているのを見て、納得できる人間はいるのだろうか。
見たく無いから、普段は周囲を守っているレンレンをその時は離して見ないようにしていた。
何をやっているかは分かってるけど、見なければまだ我慢出来るから。
「いくら神の領域とは言え、まだ子供のロルビィ様には早かったでしょうか?」
綺麗な少年は楽しげに笑ってそう言った。
何のつもりでこれを見せるのか、ロルビィにはこの少年の心が図れなかった。
ロルビィという名を聞いて、ユキト殿下の背中がビクリと震えた。振り返って紫の瞳が見開かれ、慌てて組み敷いた人間の上から離れる。
何も羽織っていないユキト殿下の身体も、立ち上がって濡れた陰茎も、下に寝転がって足を開いてポッカリと開いた穴を見せる人も、全部ハッキリと見えて、ロルビィの心は不思議と凪いでいた。
ガウンを急いで羽織ったユキト殿下が、ロルビィの腕を掴んで隣の部屋へ連れ戻した。
その間もここへ連れて来た綺麗な少年は微笑んで、出て行く二人を見送っていた。
「ロルビィ、どうしてここへ?」
やや苛立つ声で尋ねられ、本来の目的を思い出した。
本当は黒龍ワグラの下へ一緒に行こうと誘うつもりだった。出来るだけ一緒にいれば守れると思っていたのだが………、そんな気持ちは消えてしまった。
「長期休学中に暫く不在になるので、その事を言おうと思って……。」
それとなくユキト殿下の手から逃れ、見上げてそう言った。
ユキト殿下がリューダミロ王宮にいるのなら、この王族の結界に守られた場所なら離れてもいいだろう。スワイデル皇国でもユキト殿下はあちこち公務で皇都を離れ、ロルビィには留守番を言いつけて出て行っていた。魔女サグミラが動いてこないなら、戦闘力に長けたユキト殿下ならそうそう危険な事にもならないはず、そう思って不安を抱えながらいつも送り出していたのだ。
だから、今回は自分の方から離れるけど、大丈夫。……そう心に言い聞かせた。
「……そうか………。私も行こうか?」
ロルビィはふるふると首を振って、龍に会いに行くから、大人数では行けないと言って断った。
ユキト殿下の紫の瞳が珍しく焦ったような、困惑したような様子で忙しなく動いている。
いつもはもっと余裕のある微笑みを浮かべているのに、何をそんなに焦ったようにしているんだろうと考えて、ああ魔力譲渡の最中に来てしまったからかと思い直した。
見られてバツが悪いのか。
前をはだけたガウンも、すえた臭いも、ユキト殿下の後ろで笑いながら此方を見ている少年達も、ロルビィにはちゃんと分かっている。でもユキト殿下はロルビィが理解出来ていないかもしれないと思っていそうだ。
「その、今度からは知らせてからおいで?」
なんとか誤魔化そうとしている雰囲気に、ロルビィは笑って頷いた。
何も知らない顔をして、ユキト殿下が安心するように。
「ほんの少し伝えるだけのつもりで来てしまいました。」
ユキト殿下はロルビィの事を子供と思っているのだ。まだ何も知らない子供だと。
見られても焦りはしても隠そうともしない。逆に堂々とする事で、違和感を無くさせようとしているユキト殿下を見て、ロルビィの心は静かに落ち着いていった。
自分は今十二歳だ。だけど、小さくてユキト殿下を見上げている自分はきっと、性も何も知らないような子供に見えるのだろう。
これで三度目の人生だから色々知識だけはある。でもロルビィ自身は童貞だし処女だ。
知らないと言われれば知らないかも、等と思いながら笑った。
「ごめんなさい。」
ちゃんと笑えてるだろうか?
子供のように無邪気に、無垢な顔を作れているだろうか?
「いや、謝る必要はないよ。来るとわかっていればお茶の用意も出来るからね。またおいで?」
ユキト殿下の安心したような微笑みに、別の用意もですか?と皮肉を言いたいのを我慢して無邪気に笑った。
「また来ます!今はお客様来てたんですね。お邪魔しました!」
手を振ってロルビィは帰ることにした。
子供らしく、元気にぶんぶんと右手を振れば、髪飾りの鈴がチリチリと音を鳴らした。
手を振り返すユキト殿下と別れて、ロルビィは公爵邸に帰った。
「あれ?もう帰ったのか?」
「早かったですね。いらっしゃらなかったので?」
自室に帰る途中アーリシュリン兄やパルから声をかけられたが、いつも通り笑いながらちゃんと伝えて来たと報告した。
いつも通り。
いつも通り。
皆んなに気付かれないよう、自然に帰ろう。そう念じながらゆっくりと歩く。
この心のざわつきも、悲しみも上手に押さえ込もう。
「ロルビィ?どうしたんだ!?」
トビレウス兄が慌てて廊下の向こうから走って来た。
血相を変えてロルビィの肩を掴んできた。
「何かあったのか?」
…………あぁ、そうか………。トビレウス兄は感情の色が見えるんだっけ。
そんな慌てる程、何色が見えたんだろう?
心配気な深緑の瞳が覗き込んでくる。
「…………いま、何色が見えますか?」
トビレウスはハッと驚いた。
「私の能力を知っているのかい?言ってなかったつもりだったんだけど………。」
頷くと、迷いながらトビレウスは教えてくれた。
「とても深い色だよ。青く昏く水底のようだ………。銀色の揺らめきが波のように混じって、綺麗だけど今にもたち消えてしまいそうで怖いよ。何かあったんだろう?」
トビレウスから見たロルビィはいつも銀色に輝いていた。何かを完遂せんとする心が綺麗に輝き、それが薄まることは無かった。
銀の中に複雑に感情がせめぎ合いながらも、それは綺麗に昇華された銀色に混じる。それがロルビィの色だったのに……。
身体が小さくとも、どんなに熱にうなされようとも、ユキト殿下に邪険にされていた時もロルビィは何かをやり遂げようと決意していたのに、こんなに仄暗い色を纏うのを見たのは初めてだ。
「俺はやっぱり子供でしょうか?」
翡翠の瞳は真っ直ぐに問いかけた。
トビレウスはそれを見返して、はっきりと言う。
「ロルビィは確かに身体は小さいし、年齢も子供だけど、心は老成したどんな偉大な者よりも成熟し力強いと感じるよ。でもね?だからこそ、心配なんだ。そのチグハグな身体と心が壊れないかと心配になるんだよ。だから、辛いことがあったら言って欲しいし、力を貸して欲しい時は言って欲しい。」
ロルビィの目から涙が落ちた。
ポロリと流れ落ちるのに、ロルビィの顔は無表情で、トビレウスは心配が増す。
「ロルビィ?」
ロルビィは涙を払うように、ぶんぶんと頭を振った。束ねられた髪がしっぽのように激しく振られ、鈴がアメジストと当たってチリチリと音を鳴らす。
「いいんです。大丈夫です。戻したのは俺なんですから…………。」
優しく笑うユキト殿下は同じだけど、前のユキト殿下と今のユキト殿下は違うのだ。送った過去が経験が人の人格を形成する。根っこは同じかもしれないが、経験が違えばこんなにも変わるのなのだろうか。
トラウマも何もない自信に溢れたユキト殿下は、もう前回のユキト殿下と大きく違ってしまったように感じた。
それを望んだのは自分なのに、こんなに悲しんではダメだ。
トビレウス兄の優しさに思わず涙が溢れてしまったけど、泣くのは今だけと言い聞かせながら、優しい兄に縋り付いて泣いた。
出口ですねと言ったパルの声に、夢を見るように無心に歩いていたロルビィは意識を戻した。
トンネルの出口は明るく、出る瞬間は白く光って一瞬目を細める。
「お久しぶりです。」
青く流れる草原を背景に、佇んで待っていたのはロワイデルデ王太子殿下だった。
パンッと激しく叩きつけているのに、組み敷いた少年は顔を潤ませ感じ入ったように嬌声を上げている。
気持ち良くなった方が魔力は巡りやすい。
それが分かるのでなるべく気持ち良くなるよう努めてはいるが、今日はそんな気も薄くただ激しく抱いているだけなのに、少年は非常に気持ち良さそうにしている。
感じる場所を愛撫し、相手が望む言葉をかけてはいるが、そこにユキトの感情は一欠片も乗ってはいない。
だが相手がそれに気付いていようがいまいがどうでも良かった。
ユキトが相手に選ぶのは線の細い小柄な人物ばかりだ。
勿論成人している人間しか選ばないが、あまり成熟していない幼い容姿の少年少女ばかりを選ぶので、周囲の人間はユキトの好みはそっちだと思われている。
少女より少年。痩せ型で背の低い可愛らしい者ばかり。
ユキトにとって彼等は替わりだった。
非情な事をしている自覚はあるが、どこかで発散させないと思わず抱き潰してしまいそうで怖いのだ。
翡翠の輝きが溢れるように脳裏に焼き付いている。
片手で握り込めてしまえそうな細い手足、小さな頭を押さえつけて、小粒な唇を貪れたらどんなにいいか。
一度やってしまうとタガが外れてしまいそうで、せめてもう少し成長する迄はと我慢している。
先日突然やって来て情事を見られたのは失敗だった。最中はもし来ても通さないように言い付けていたのに、相手にしている少年が貴族であった為に、位の低い使用人達は逆らえず中に通してしまった。
翌日言い訳という訳ではないが、様子を見に行こうと思ったら、既にロルビィはパルという以前学院に来た従者を連れて出てしまっていた。
よりにもよってあのピンクブラウンの髪の従者かと思ったが、あれが専属従者でロルビィが態々希望した人間と聞いて、更に苛立った。
帰りはいつになるか分からないと、いつになく険しい顔をしてトビレウスに言われてしまった。
あの日の事を何か聞いているのだろうか?
ロルビィの純真無垢な笑顔に安堵して帰してしまったが、慌てすぎて挙動不審になってしまいその事を話されてしまっただろうか。
ロルビィは五歳でスワイデルに来て、途中からはユキト自身が勉強も運動も計画を立てて見てきた。そこに性教育は一切入っていなかった、というかユキトが入れていない。変な知識を入れたくなくてというのが正しいのだが、そのおかげかロルビィから魔力譲渡の話が出た事はない。
リューダミロでは当たり前のように魔力保持者は性行為で魔力譲渡を行う。流石に人から見える場所でやる人間はいないし、ピツレイ学院では専用の部屋が各所に散らばっており、申請して使用出来る仕組みになっている。スワイデル皇国のソルトジ学院では考えられない方法が罷り通っていて、来た頃はユキトも困惑したものだ。
だが性行為の魔力譲渡が自分の魔力の質を高める事に気付き、これをやらない人間はいないだろうとも思う。
他者との魔力の循環はなんとも言えない高揚感と、魔力容量の広がりを感じさせる。
これがどんな人間よりも魔力の豊富なロルビィだったら、どうだろうかと想像し、あの小さな身体を開く瞬間を想像するだけで、ゾクゾクと快感が押し寄せる。
心ここに在らずで揺らしていると、下にいた顔だけは綺麗な生徒がユキトに抱きついてきた。
手足が細く、白くて細い首と丸顔が何と無くロルビィを連想させて回数が多いが、気持ちは全くない。
無いが最近ユキトを独占しようと動いており、ついこの前もロルビィを態々最中の部屋に通して見せつけてきた。
ロルビィに欲情している顔は出しているつもりはないが、そろそろ感ずいてもおかしくは無い。
ロルビィに少し似ているだけで、側に置くつもりは毛頭無かった。
エリン・キトレイの様にロルビィに悪意を持たれても困る。
「リューダミロ王国における君との魔力譲渡は書類から削除しておくから、そのつもりでね。」
そう言われて真っ青に泣いて縋り付いて来たが、笑顔で馬車に連れて行き強制的に帰らせた。
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